アクナイ二次~TSドクターの受難~   作:よるめく

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人嫌いの人が賑やかし要員の前に引っ張り出されることでしか得られない栄養素があります。


穏やかな雪原・1

 雪原。

 

 一歩踏み込めばふくらはぎまで沈むほどの深い雪に覆われた地を、ドクターはぐるりと見回した。

 

 あたり一面、白く平らに(なら)された景色。彼方には、空と大地の継ぎ目が、青白く横たわっている。

 

 気温は低いが、陽射しと凪いだ天候が着込んだ防寒着を温める。マスクの下に籠もる湿った温もりも忘れて、ドクターは感嘆した。

 

「改めてみると、凄いな。こんな場所があったとは」

 

「ねー、あたしもここまで広い雪原を見たのは初めて!」

 

 隣のマゼランが双眼鏡を下ろす。その下は、陽光を受けて輝くトパーズのような、きらきらした目だ。

 

「そうなのか? 君なら、こうした雪原のひとつやふたつ、発見してると思っていたが」

 

「ううん、あたしが行くのは、山になっていたり、崖になっていたり、森になっていたり、源石の結晶が生えていたりするところだから。こんな走り回れそうなところ、見たことが無いんだよ」

 

「アスベストスに感謝だな」

 

 振り返ると、雪を退かして設置された仮設テント。

 

 その前に置いた簡易なキャンプチェアには、苦虫を噛み潰したような表情の、サヴラの冒険家が腰かけていた。

 

 膝に肘をついて頬杖を突いた彼女の表情は、明確にうんざりしている。

 

 何にかは、彼女を知る者には明白だ。

 

「なあ、おい。アタシもう帰っていいだろ?」

 

「ダメ! ここで抑制剤をもらう手筈なんでしょ? それまではここにいないと」

 

「うるせえな、アタシは別に病気がどうとか、興味ねえんだよ! つか、ここまで案内してやったんだから、もういいだろ? 鉱石病より、退屈で死にそうだ」

 

「今は、それなりに人数も多いからな。すまない、アスベストス」

 

「チッ」

 

 顔をしかめて、聞こえるように舌打ちをしてくるアスベストスに、ドクターはほんのり苦笑する。

 

 マゼランは、彼女が心配で仕方がないようだ。

 

 元より人嫌いで、単独での冒険を好むアスベストスにとって、平和な雪原に大所帯など、それはもう退屈で仕方がない環境だ。

 

 加えて、同行者が同行者である。不機嫌になるのも当然だった。

 

「ドクター、基地局の設置が出来たよ!」

 

「お疲れ様、オーロラ。ノーシスは?」

 

「例のお花を見て、作業してる」

 

「わかった。必要な物資と人数の概算はメモしてある。ここにノーシスが必要だと思うものを付け加えて、クロージャに連絡してくれ」

 

「うん! あ、アスベストス、そこにずっと座ってたら寒いでしょ。ココアを持ってくるね」

 

「いらねえよ、アタシに構うな!」

 

 アスベストスが噛みつくように吠えるが、オーロラは既にテントの中に戻ってしまっていた。

 

 彼女の傍まで戻ってきたドクターは、ポケットに入れていたスキットルを投げ渡す。

 

「あ? んだよ、これ」

 

「イェラグの酒だ。今朝、シルバーアッシュに持たされた。マゼランも、後で飲むか?」

 

「いいの? イェラグって、オーロラちゃんの故郷だよね?」

 

「彼女も、自分の分を持たされている。ノーシスもな」

 

 スキットルの蓋を開け、アスベストスは怪訝そうに匂いを嗅ぐ。

 

 早くもひと口呷ると、機嫌は多少直ったようだった。

 

「ふーん、悪くねえな。ドクター、こっち来いよ。一杯付き合え」

 

「ああ。だが、飲みすぎるなよ。物資を運んでくるのは、ハイビスカスだ」

 

「げっ、あの健康食のクソガキか」

 

「潰れていると知ったら、長く説教されるぞ」

 

「チィッ」

 

 アスベストスは渋い顔で、ちびちびと酒に口をつけた。

 

 ドクターはその隣に腰かけ、取り出したメモ帳とレコーダーで記録を残す。

 

 今回、ロドスを離れて雪原までやってきたのは、マゼランが探索途中で発見してきた“花”のためだ。

 

 ライン生命より早くサンプルを手にしたミルラにより、その花には特殊な薬効成分が含まれていることが判明した。

 

 だが、療養庭園における栽培の試みは失敗。パフューマーたちの提言により、原生地に近い環境での栽培実験が行われることになる。

 

 そこにちょうど、半年に一度の帰艦を果たしたアスベストスが、酒の席で漏らした“退屈な場所”―――つまり、この雪原に研究室を作るという案を、ドクターが提示して、今に至る。

 

 現在は下見と、設置する研究所の規模、資材搬入ルートと通信基地の確立、冷凍保存したサンプルのチェックが目的だ。ついでに、次の冒険に旅立つアスベストスの物資補給も兼ねている。

 

 アスベストスは、さも当然のような顔をして、椅子を持って来たマゼランをじろりと睨む。

 

「なあドクター、アタシを嫌うのはいいがよ、嫌がらせするぐらいなら……」

 

「そう斜に構えるな。私にとって、君のような人物は貴重なんだ」

 

「半年に一度しか戻ってこない冒険野郎がか?」

 

「色々気にしないでいてくれる人が、だ」

 

 ドクターは猫背気味になって、膝に置いたメモを取る。

 

 こうしないと、胸が邪魔で手元が見えなくなってしまうからだ。

 

 こうすると、妙に積極的な女性陣から注意されるのだが。

 

 女性になってからというもの、捻じ曲げられた習慣は多い。

 

 オペレーターたちの反応も、前とは変わってきている。それなりに時間が経っているので、ある程度の落ち着きこそ見せているが、それはむしろ、ドクターに危機感を抱かせるものでもあった。

 

 そうした中にあって、アスベストスやスルト、トギフォンスなど、何も気にしないでいてくれる者の存在は、とても有難い。

 

 酒が入って少し機嫌が直ったアスベストスを挟んで、ドクターとマゼランはペンを走らせる。

 

 考えることは山積みだ。研究所の見取り図作成案、完成までのあれこれ、物資や研究データの輸送について。

 

 マゼランはマゼランで、ライン生命に提出する報告書を書かねばならない。彼女を通して、研究に一枚噛ませられれば、より多くの研究費用や機材が手に入る。

 

「つくづくご苦労なこったな。紙切れの山に囲まれて、手にペンだこ作ってよ」

 

「君は冒険を記録しない主義か、アスベストス?」

 

「しないね。必要もねえ」

 

「ええ、それじゃあ勿体ないよ。せめて写真だけでもさ」

 

「いらねえっての。そんな時間ねえんだ、こうやってボヤボヤしてる時間も惜しい」

 

「君が逃げ出そうとしなければ、ここで医療物資を待つ必要もなかったんだが」

 

「こんなことにならなきゃ、アタシだって、もう一杯引っかけてから出たっての」

 

 憎まれ口の応酬が、深い雪の中に吸い込まれていく。

 

 やがて、その輪にオーロラが加わった。寒冷地帯でも使えるキャンプコンロを設置して、火をつける。

 

 ほどなくして火の粉の爆ぜるパチパチという音が、他愛のない会話に花を添えた。

 

 網の上に三つ置かれた、炭火でも煤けないケトルが炙られるのを目端で捉えつつ、ドクターは見取り図をオーロラに手渡す。

 

「たくさん建築資材を注文してたから、もしかしてと思ったけど、結構本格的だね。雪解け水を利用した濾過装置に、源石粉末を集積・凍結保存する設備まで……。あっ、この防衛設備、もしかして私の?」

 

「君の成果の応用だ。天災を凌いだ君の盾については、マゼランから聞いている。そこにライン生命の“共振”技術を加えることで、より強固なものにしたそうだ。特許料は、ちゃんと入っていたか?」

 

「入ってたけど、ねえドクター……」

 

「気にするな。あれは、君が受け取るべき報酬だ。君がさらに先へ進むための」

 

「でも……」

 

 申し訳なさそうに首を縮めるオーロラに、ドクターはココアを淹れてやる。

 

 オーロラは躊躇いがちにカップを受け取り、チョコレート色の水面を啜る。

 

 少し、カカオパウダーが多かったようだ。

 

 彼女に特許を取るよう勧めたのも、ドクターだった。

 

「その躊躇を忘れないでくれ、オーロラ。躊躇う限り、君が道を誤ることはない」

 

「そんなこと言って、オーロラちゃんが道を踏み外す心配なんてしてないんでしょ、ドクター?」

 

「ふ。マゼラン、ココアは?」

 

「淹れてくれるの? 飲む!」

 

「アスベストス、君は?」

 

「アタシはいい。酒を寄越せ、酒を」

 

「健診の前に、飲みすぎるなよ?」

 

「お前も飲むんだよ!」

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