エクシアたちに振り回された翌日。目が覚めてもドクターの体は女性のままだった。落胆しながらミヅキの作ってくれた朝食を食べているところに、アーミヤが訪ねて来て……。
なんでも許せる人向け。買ったからには女性なんだし着けないと……ねえ?
嗅覚に優しく染み入ってくる匂いにつられて、ドクターは目を覚ました。
身を起こすと、胸元に重みを感じる。寝巻代わりにしている薄手のシャツを押し上げるふたつの膨らみを見下ろして、暗澹たる溜め息を吐いた。部屋の隅には、桃色の固い紙袋。ランジェリーショップへ連れていかれた際のものだ。
―――夢であってほしかった。
無情な現実に首を振っていると、曇った心を晴らすように人懐っこい声が飛びついてきた。
「あっ、ドクター! おはよう。よく眠れた?」
「……ミヅキ」
部屋の中央、遊びに来たオペレーターの応対に使うローテーブルのそばで、空色の髪をしたエーギルの少年がにこやかに笑う。
卓の上には、四角い盆に乗った数品の料理。色は薄いが良い匂いを濃く漂わせるスープと、鱗獣の卵を乗せたライス、タルタルソースをかけたから揚げ、千切りのキャベツ。それがふたり分。
極東の伝統的なメニューだった。
「朝ごはん、できてるよ。昨日は大変だったみたいだから、元気の出るものを作ってみたんだ!」
「ありがとう。いただくよ」
ドクターはローテーブルの傍に座り、スープを口にした。
羽獣の出汁が利いたそれは暖かく、体を内側から癒してくれるようだ。ミヅキの料理は大概、不気味な色合いになるが、毒などは入っていない。むしろとても美味な上、たちまち滋養で満たしてくれる。
ロドスに料理上手は多くいるが、その中でもミヅキは上澄みの方だろう。現実逃避気味にそんなことを考えていると、静かに食事を進めていたミヅキが不意に疑問を呈してきた。
「ところでドクター、あの紙袋、何が入っているの?」
「……あの紙袋か」
ランジェリーショップのロゴが入った紙袋を視線で示され、ドクターは口の中いっぱいにハイビスカスの健康食を詰め込まれたかのように顔を歪める。
昨日の悪夢がありありと蘇る。女性として下着を買いに連れ出されたことは元より、ウタゲたちのチョイスや、果てには無理やり服を剥がれてメジャーを巻かれ―――思い出しただけで顔から火が出そうだった。
そんなものを、男のミヅキにどう説明したものか。無言で悩んでいると、ミヅキがきょとんとした顔で小首を傾げた。
「ドクター?」
「ああ、いや……。あれはその、なんというか……。ミヅキもそのうちわかるようになる、と思う」
「そうなの? わかった、じゃあそれまで待つよ」
素直な返答に、ほっと胸を撫でおろす。
流石に年端もいかない少年に、それも男である自分が、女性ものの下着について解説などはあまりしたくない。
エクシアたちも、これぐらい配慮してくれればよかったのに、恨みがましく考えていると、私室の扉がノックされた。
「あの、ドクター。もう起きていますか? アーミヤです」
「起きているよ。今、開ける」
少しだけ残っていたキャベツを口に入れて飲み込んでから、扉を開く。
既に準備を終えていたらしいアーミヤは、なぜかドキッとしたような表情を見せた。
「ど、ドクター!?」
「どうかした?」
「あ、いえ、その……」
アーミヤはほんのりと頬を朱色にし、もじもじと両手を合わせる。
その様子を不思議に思っていると、アーミヤは咳払いをした。
「ええとですね、今日ドクターが訪問する予定だった企業に、私が代わりに行ってくるので……事前に頂いていた資料なんかがあればと」
「そういえば、今日だったか。わかった、会議資料は執務室にあるから、取ってくる。すぐ戻るから……」
「あ、ああいえっ、どこにあるか教えていただければ、私が取ってきますから!」
慌てたように言葉を連ねる姿に、ドクターは首をひねる。
アーミヤは隠し事が上手くない。この口ぶりと様子からして、それほど深刻なことではないようだが。
「……アーミヤ、何かあった?」
「え?」
「何か問題があるなら、対応しよう。教えてほしい」
「ち、違うんです、問題はないというか、ええと……」
アーミヤは所在なさそうに目を泳がせて言葉を探す。
ドクターがしばらく待っていると、アーミヤは観念したのか、深く深く俯きながら消え入りそうな声で訴えた。
「ドクター、その格好は、そのぅ……」
「格好?」
自分の体を見下ろすが、これといっておかしなところは―――女になっている以外にない。寝巻姿はアーミヤも見たことがあるはずだし、それほど変な服装をしているわけではないはずだが。
次の瞬間、その考えの甘さを自覚させられることとなる。
「し、下着……つけて、ないんですか……? 昨日、エクシアさんたちと買いに行かれたと……」
今度は、ドクターが顔を赤くする番だった。
部屋の中を振り返ると、ミヅキが丸い瞳でまばたきを繰り返している。
さっきの会話をした直後でこれとは。いや、問題はそこではなく。
「着けなきゃ、だめか……?」
アーミヤは上目遣いで見上げてくる。
くりくりとしたブラウンの瞳は胸元に向けられ、すぐに逸らされてしまった。
ドクターは、全てを察してうなだれた。