49.五月祭前夜祭
昼休みの終わりか近づいている。僕の鼓膜を予鈴の聞き慣れた振動が揺らす。僕は眠気を振り払って、突っ伏していた机から顔を上げる。周りを見ると、誰もいない。ただ、机と椅子だけが残されていた。薄暗い教室の中に差し込む午後の優しい光を見てそうか、今日の五限は移動教室だったか。そう思って、次の授業を確認して、一人で教室を出る。ここまで言えばわかりそうなものだが、僕は今絶賛ボッチである。春奈たちしか友達がいないのに春奈とは気まずいし、そもそも全員とクラスが離れた。だから、無事ボッチである。五月と愛梨は仲良く文系だから理系の僕とそもそも同じクラスになるはずもないけれど。
家に帰ると珍しくラインの通知が来ていた。ホントに珍しい。前にラインを使ったのはこの前上坂先輩に呼びつけられたときで三月の末で今は五月の頭だから一ヶ月振りか。
「五月祭開催也。何不来邪。」
この人なんで漢文で送ってるんだ、しかも絶対適当に打っただろ、Google翻訳にかけても意味わからんもん。そもそも五月祭って何?と思って、Google先生に聞いてみると、東大の学園祭らしい。なるほど、つまり東大の学園祭に来いってことね。まあ、普通に考えて親が許可を出すわけがない。先輩には申し訳ないが、親が駄目って言いましたーとか言って断るか。
「あら、いいわよ」
とは母親の言である。なんかよくわからんけどいいらしい。旅費も全部出してくれるとのこと。太っ腹だ。別に東大行っても僕は賢くなりませんよ?どうやら先輩が家に泊めてくれるらしいので、ホテル代などはいらないらしいが、そこそこの値段だ。上坂先輩の家に泊まるってだけで嫌な予感しかしない。
五月祭は土日にあるので、金曜日の高校が終わったらその日のうちに荷物を持って、駅に向かう。東京に行くには乗り換えが必要だから、少し面倒くさい。特急に乗って新幹線の駅があるとこまで行って、乗り換えをして、新幹線に乗る。上野駅で降りると、すぐに上坂先輩を見つけた。久しぶりだ。と言っても二ヶ月弱だが。上坂先輩に連れられて駅を出る。駅の中にいたときから思っていたが、人が多いし駅がデカイ。これで東京で一番じゃないって何事?県で一番大きな駅でもこんなんじゃないぞ。うわーん。見渡す限り人、人、人。
キョロキョロとしていると
「はー、お上りさんみたいだね、まあまさにそうなんだけど」
と上坂先輩に呆れた顔で言われた。貴方はもう慣れたかもだけど、僕は慣れてないんだよ。慣れない人混みに揉まれながら歩いていく。ぎゅうぎゅうということはないが、歩きにくい程度には人がいる。街中にこんなに人がいるのは正直驚きだった。
先輩の先導についていきながらカルチャーショックを感じ、キョロキョロしながら歩いていたのでどれくらいかかったかは分からなかったが、上坂先輩の家に着いた。小綺麗なアパートだ。東京の相場がどれくらいかはわからないが、これならかなり家賃はするのではなかろうか。
先輩がドアを開けると、部屋の中からほんのりといい香りがする。なんの匂いだろうか。部屋の中はきれいに整頓されていて、おしゃれな部屋になっていた。部屋は8畳程度の部屋と2〜3畳くらいのキッチンが一緒になったワンルームだ。収納はウォークインがあるみたいだが、どれくらい入るんだろう。
「適当なとこに荷物おいてねー」
という上坂先輩の言葉に従って、部屋の端っこの方に荷物を置かせてもらう。
「青はご飯食べてきた?」
と聞かれる。時計を見ると、短針は8を指していて、僕のお腹のすき具合も既にいい時間であることを知らせている。そういえば何も食べていない。お腹は空腹を声高に主張していた。上坂先輩がご飯を作ってくれるのかと思ったが、どうやら、たまたま食材を切らしていたらしく、二人でファミレスに行くことになった。ファミレスについて、メニューを選ぶ。僕はカロリーが少し気になるが、ええいままよと思って唐揚げ定食を頼んだ。上坂先輩もそれにしたらしい。僕が悩みに悩んで決めた高カロリー食をさらっと注文できるあたり自分への自信がうかがえる。
「青のお母さんって意外とこういうの許してくれるんだね、私誘ったはいいけど断られると思ってたよ。」
「僕も驚きました。東大生の先輩っていうのが効いたんですかね?」
「ま、私東大生ですから?首席ですから?」
とドヤ顔をする。この人首席だったのか、そこまでは知らなかった。バケモンじゃん。
10分弱も待てば熱々のカロリー爆弾がやってくる。
口に唐揚げを入れ、噛んだ瞬間、肉汁がジュワ~と口内に広がる。これだよこれ。
「上坂先輩、大学は楽しいですか?」
ときいてみる。この人なかなか社会不適合者だからなあ、
「うーん、みんな良くも悪くもいい子ちゃんって感じ。まあ高校よりは楽しいかな。」
東大生は確かにいい子ちゃんなイメージがあるな、この人に無惨に打ち砕かれたけど。
唐揚げを堪能して上坂先輩の家に戻る。都会というものはこんな時間になっても人が多く、かなりうるさい。寝れるか心配だ。
上坂先輩の家に戻って、風呂に入ってたら上坂先輩が乱入してくるという事件は発生したが、それ以外は特に何もなく、床につくことになる。
「あの、先輩。僕はどこで寝ればいいんですか?」
「そこ」
と言ってベッドを指差す。
「先輩はどこで寝るんですか?」
「そこ」
ベッドを指差す。
「いや、僕は客ですから適当にソファにでも……キャッ」
「今日は寝かさないぜ?カワイイ声出しやがって」
ソファに寝ようとすると、上坂先輩がベッドに押し倒して、耳元で囁く。え、怖い。そのまま上坂先輩に強く抱きしめられながら布団の中に入る。というかこれ関節極められてるよね?全然動けないけど。
しばらくすると、上坂先輩は寝たらしく体の自由が戻ってくる。スースーと規則正しい寝息も聞こえてくる。かと言って今からソファに行ったら起きたとき何されるかわからん。上坂先輩に抱きしめられてドキドキで寝るどころではないんだけど。
先程危惧した外の騒音は大したことがない。上坂先輩に抱きしめられて寝られなくなるとは予想外だった。上坂先輩に背を向けて横になっているので、背中に双丘がこれでもかと主張している。こんな状態では寝られるわけがない。上坂先輩の方をむこう。寝返りを打って、上坂先輩の方を向く。石鹸のような香りがする。整った顔が眼の前にある。心拍が上がっていく。こんなんどうやっても寝れんやん。
上坂先輩の言う通り、眠れない夜を過ごしたのであった。