変人先輩とアクターズ 作:人間っていいな
私の先輩は変人だ。
いつも貼り付けたみたいな笑顔を浮かべているし、私達とご飯を食べる時以外は必ず同じものばかりを口にしている。食事や風呂みたいな生活に不可欠な時間以外は何らかの映像作品を観ている不摂生な生活のせいで本来整っている外見は崩れている。そんな変人だ。
「夜凪この役者の口元を見てみろ目尻が僅か5度上がるだけで吊り目がちでキリッとした印象を与え結果この役の厳格そうな雰囲気を感じさせる一助になっているああいやだが声はダメだな元の声質が高めということもあるが必要以上に上擦りすぎてせっかく顔で作った役とのイメージとはかけ離れすぎてしまいちぐはぐだ実に惜しい主演の頼れる上司役としてもっとどっしり構えた演技がふさわしいかと俺は思うが夜凪はどう思う?」
「……とりあえずご飯中くらいドラマ観るのをやめてくれない? ルイとレイにも悪影響だし、スマホへし折るわよ」
日常になりつつある四人での食卓ではあるものの、食事中にスマホをいじることまでいつも通りと流すことは看過できない。
『というか、一応自分の手作りなのだがこの
「しかしあれだな。初めは作品を観ていない時間は落ち着かなかったものだが、この時間そのものがホームビデオ風作品だと思えば中々得難い経験なのかもしれん」
「人の家族を勝手に作品にしないでちょうだい」
ぺしりと軽く頭を叩いても「この画角……ルイとレイの微笑ましい光景が……」とぶつぶつ呟くのをやめない変人を見て、景は深く溜め息を吐く。
溜め息を吐くと幸せが逃げるとはよく言うが、それが事実ならこの先輩のせいでいくつの幸せを逃したのだろうか。それでいて悪気もなく真剣なのだから責めづらくてタチが悪い。
「……そういえば先輩、私、役者になるわ」
その言葉にどんなことをしても呟きを止めなかった男が電池の切れたおもちゃのようにぴたりと止まる。
「……遂にか。何処のオーディションを受けるんだ?」
「確かスターズって事務所」
ほんの一瞬ではあるが、男が二度目の硬直を見せる。
「そうか。あそこでも夜凪なら実力的には問題ないだろう。後は……いや、なんでもない」
そう言うと、その思考を張り巡らせているのか再び早口で呟き始めた。その様子を見てルイとレイは少し怖がり、景はまた一つ口から幸せを逃した。
俺の後輩は天才だ。
頭がいい、という意味ではない。学力に関しては知らんが、あの天然ぶりを見るにそんな理知的なやつでもないだろう。
まぁ、夜凪のやつが馬鹿だろうが頭がよかろうがさしたる問題も意味もない。強いて言えば、知識は多い方が演技に活かせるものがあるかもしれないというだけだし、必要なことは俺が教えればいい。
そう、あいつは演技の天才だ。
もちろん今の夜凪をハリウッドにぶち込んで、そこの名だたる名優達に劣らぬ女優になれるかと言えばそんなことはない。だが、間違いなくそう遠くもない未来にそうなるだろうという予感……いや、確信だ。
「ふ、ふ、ふふふ……」
夜凪景は原石だ。磨き方によっては宝石にも路傍の石ころにもなりうるくらい純粋で染まりやすい。そしてその磨き方は現状この俺に全て委ねられている。
「いやしかしどう磨くべきか……? 夜凪はメソッド演技、手持ちの感情こそが武器そのものと言ってもいい。故に夜凪に様々な感情を味わわせる方針は決して間違いではないが、それだけでは感情表現ができるだけのロボットだ。役者にはなれない……」
表現とはなんぞや。
「スターズのオーディション……ならばまず間違いなく星アリサも観る。夜凪の演技を受け入れられるわけもない。じゃあ夜凪にオーディション用に演技を変えさせる? ……バカな、それでは夜凪の演技ではない。それで合格したとていずれあいつの持ち味はスターズに潰される」
唐突に全力で自分の拳で顔を撃ち抜く。当然血の味が口内を占めるが、今は男にとってそんなことは些事だ。
夜凪家からの帰り道は夜ではあっても人通りが全くないわけじゃない。いきなり自分の顔を殴った男を不審者に向ける眼差しが襲うが、気付いた上で無視をする。
「……ふむ、夜凪にはスターズオーディションに落ちてもらうしかないな!」
どう考えても夜凪がスターズに入って大成する未来が見えない。少なくとも星アリサが変わらない限り、どうシミュレートしてもミッションインポッシブルだ。大穴で夜凪の演技を見た星アリサが考えを改める可能性もある。確かに夜凪の演技は人の人生を変えるほどの力を持っているが、それは今の夜凪に求めることじゃない。
何より、出来るだけ長くあの原石を磨いていたい。
『先輩、オーディション落ちちゃったわ』
「そうか! それはめでたい! ならばパーティーをせんといかんな! なに費用は全て俺が持つから……む? 切られている……」
電波か?
かけ直す。ワンコールで出た。
『先輩が人の不幸を喜ぶ人間とは思わなかったわ。私、オーディション落ちたのに』
「む? ああ、言葉が足りなかったな。俺はあくまでスターズのオーディションに落ちてよかったという意味で……また切れたな。先に性能がいいスマホを買ってやった方がいいかもしれんな」
かけ直す。ツーコールで出た。
『……先輩、私に言うべきことないかしら?』
「……む? ……おめでとう?」
また切れた。
かけ直す。留守電になった。
「……なんなんだ? 全く、マイペースなやつだな。これも天才たる所以か……?」
「なんなのかしら!? あの先輩は! なんてマイペースなの!?」
無表情がデフォルトな景にしては珍しく怒りの感情を露わにして吠える。
あくまで報告のために電話をかけただけで別に慰めの言葉を求めていたわけではない。だがこともあろうに喜ばれなんてしたら普通に腹が立つ。
「今日のご飯は先輩の嫌いなものにしてやろうかしら。……あの人嫌いなものとかあるのかしら……?」
何を作ってもあの微笑が揺らいだ覚えがない。自分が作ったものどころか、先輩がいつも昼食として食べているエネルギー補給ゼリーでも同じ顔を浮かべられては立つ瀬がない。
大きな怒りと連鎖して、怒るほどではなかったがイラッとした出来事がネチネチと次から次へと湧いてくる。
「……私、初めて知ったわ。怒りって全く同じものじゃないのね」
「「おねーちゃん、なんか怖い……」」
怯えたように声を上げる双子を気に留めず、ぶつぶつと呟いて思考をまとめていく。そうすること約三分、彼女の頭脳は一つの結論を弾き出した。
「そうよ……! 先輩は私に感情を教えるのがお仕事だもの。きっと今回は同じ感情でも色んな種類があるってことを教えるためにあえてあんなことを言ったのに違いないわ。ふふん、私気づいちゃったわ」
喜びそのままに慣れた手つきで男の連絡先を探し、通話をかける。たった数コールの時間が長く感じる。なるほど、待ち遠しいとはこんな感じなのかと景が新たな学びを得たところで通話が繋がった。
『夜凪か。電波は大丈夫なのか?』
「電波? 全然問題ないわ。それより先輩、私わかっちゃったわ! 先輩は私に同じ感情にも種類があることを教えるためにあんなことを言ったのよね?」
『は? 何言ってるんだ夜凪? それよりパーティーに何を買っていけばいいかルイとレイに聞いて──』
「────」
ミシリ、と手元から音がすると男との通話が途切れる。今自分がどんな顔をしているかはわからないが、近くにいる弟妹が大人に怒られている時のような表情を浮かべている辺りから察するに、多分怖い顔をしているのだと推察した。
「ふふ……期待を裏切られた時ってこんな気持ちなのね……。……ほんっとうになんなのよあの先輩はぁぁぁぁぁぁッ!? 」
書きたい部分はあるけど文字には起こせていません
つまり見切り発車です
変人先輩を少しでも気に入ってくれたら嬉しいという気持ちで書きます