事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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twitterの相互が始めてくれた記念と閃NW完結記念で連載開始


序章 出会い
一話 花散しの雨の中


1204/8/31────ガレリア要塞

 

 

 

ドン、と一発の銃声が響き渡る。

 

「っだぁ!! 多すぎるっつの!!」

 

自身の背丈よりも大きな長銃を次の標的に向けて構え、そう吐き捨てる少年。

引き金を引いた瞬間、その銃身に見合った巨大な銃弾が敵の人形兵器を文字通り吹き飛ばした。

 

「ウダウダ言うなガキンチョ!! 次来るぞ、構えろ!!」

 

少年を叱り飛ばす赤い制服を着た女性は、古くさい装飾のついたロングソードで機械人形の関節部分を切り飛ばした。

続けて流れるように周囲の人形を斬り飛ばし、叩きつけ、壊してゆく。

 

「もう、キリがないな……二人とも、こっち集めて……!」

「オーケー! オラっ喰らいな!!」

「わかった!! 飛んで……けッッ!!」

 

外から雪崩れ込んできた小型の人形兵器たち。

女はロングソードを大きく振り剣圧を発生させ、少年は導力魔法を付与した銃弾で人形たちを吹き飛ばす。

そうして一方向に飛んでいった人形たちを、黒い“手”が全て切り裂いた。

 

「ん……集めてもやっぱ柔らかいね」

「そりゃここに来てンの、チビばっかだろ? あーあ、デケェの一匹の方が絶対楽だったって」

「そっちはそっちで大変だろうけどな」

 

先ほどの波で襲撃は一旦落ち着いたらしい。

演習場の中では無人戦車と第四機甲師団が争っている。先程彼らのトップが指揮に入ったおかげで、こちらは任せていても決着がつきそうだ。

 

「あたしたちも乗り込むぞ。もう空砲は鳴った、時間が無い。鉄血宰相が死ねばクソ親父が暴走しやがる」

「それはそれで面白そうだけどなー」

「お姉ちゃんが嫌ならしょうがないね。転移でいい?」

 

頼んだ、と頷く“姉”に向かってにこりと小さく微笑み、少女は自身の影を広げる。

三人の足元が影に飲み込まれ────姉弟たちは、影の中へ落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り、七燿暦1204年3月31日。

その日、女は急いでいた。

昼間はあんなお日様燦々カンカン照りだったのに、バイトを終えて帰る頃にはバケツをひっくり返したかのような土砂降りだったからだ。

春先には珍しいほどの大雨。「ライノが散ってしまうね」とボヤいた、バイト先の喫茶店のマスターである男性から一本だけ傘を借りて、夜闇と雨に包まれる緋色の帝都を早歩き……いや、半分小走りで帰路を急いでいたのだ。

雨は酷いもので、傘を打ち付ける音は耳障りなほど。マスターの渋めな傘が壊れてしまわないかと少しだけ不安になった。

 

そんな中、女の耳はとある声を拾った。大雨のクソみたいな轟音の中聞き取れたのは運命としか言いようがない。

 

子供の呻き声。

お人好しの女はすぐさま声の聞こえた路地へ足を踏み入れた。

奥を曲がって、曲がって、曲がって……本当になぜあんな表通りで聞こえたのかわからないほどの奥の突き当たりに、子供たちは居た。

真っ黒なジャケットを羽織り、びしょ濡れでゴミ捨て場に倒れ込んでいた、男女の双子。その近くには大勢の黒服の屈強な男たちが死体の山となっており、一人だけ裕福そうな太鼓腹の男(露出狂)が、下半身を露出したまま血まみれで息を絶っていた。

 

思わす吐き気が込み上げてくる。目を開けたまま、驚愕したような表情で倒れ伏す死体。しかも下の方が丸出し。人の死というものに触れてこなかった女にとって、黒服たちはともかく変態の死体というものはただの嫌悪の対象でしかなかった。

しかし、その隣で寒さに震える双子はまだ生きている。ぐっと吐き気を堪え、女は死体の絨毯を踏みつけながら双子に近づいた。

 

(……冷え切ってる)

 

少年を背負い、少女を抱き上げる。

少年の方は着ていた薄手のパーカーでおんぶ紐のようにしっかりとくくりつけ、傘を少女と自分の間に挟んでなんとか固定する。

二人の服は少し乱れていた。あの変態に襲われかけたのだろうか。生きているのが双子しかいなかったことを考えると、この二人が殺したのだろう。

 

雨脚はどんどん強くなっていく。

いつものリュックに加え、双子の重みに呻き声を上げながら、女は歩いた。ずりすりとすり足を鳴らし、下半身が泥で汚れるのも気にせずに。

やがて『アルト通り4-32-22-203号室』……自分が借りているアパートにたどり着き、ようやく重みから解放される。二人をそっと玄関口に下ろしてから、リュックを部屋の奥へ放り投げた。

 

あまり使っていない毛布を引っ張り出してきて、双子にかける。そして懐に常備している棒付きのアメを口に含み、自分も雨でびしょ濡れのまま二人が起きるのを待った。

 

暗い夜道ではよくわからなかったが、双子の髪色は案外奇抜な色をしていた。染めたのだろうか、メッシュも入っている。

両親が染めさせたのだろうか。それとも自分で染めたのだろうか。

 

(まぁ、どっちでもいいか)

 

だいぶ小さくなってきた飴玉をがり、と噛み砕き、女はそっと、近い方にいた少年の頭を撫でようとした。

が、それは叶わなかった。

 

「……イクスに、触るな……!!」

 

少女が目を覚ましたのだ。

片割れに触れさせまいと、明らかに歳上である女をぎりりと睨みつけ、手首をキツく握りしめ、少ない体力で必死に抗う。そして少女の“影”から飛び出した、化け物のような黒い手に女の首を狙わせていた。

目をパチクリとさせた女は思わず笑みをこぼす。

 

「大丈夫だ、変なことはしないよ」

「信用できない。どうして私たちを連れてきたの」

「そりゃ、雨の中子供が血まみれで倒れてたら助けるでしょ」

「……死体の中にいたのに?」

「人殺しだろうが子供には違いねーよ。もし殺されたらあたしの実力不足ってことだ」

 

玄関のフックに引っ掛けられた随分と古い、けれど丁寧に手入れされたロングソードに目をやる。

女はそこそこ自分の腕前に自信を持っている。完全に我流だが、日雇いバイトで手配魔獣の駆除も余裕でこなせるからだ。

つられてロングソードを見ていた少女は小さくため息をついて、“影の手”を仕舞い、毛布から完全に這い出た。

 

「そうだ、お前さん名前は? こっちのガキンチョはさっき呼んでたからわかったけど」

「先にあなたが名乗って」

「……あー、それもそうだね」

 

女は少女に同じ色の視線を合わせ、ニカっと笑った。

 

「ラフィ。ラフィ・ウィステルだ。フリーターやってる」

 

名乗ったぞ、とでも言いたげな視線を少女に投げかける女────ラフィ。

少女は居心地悪そうに身じろぎすると、渋々口を開いた。

 

「……ヨルダ。こっちはイクス。私のお兄ちゃん」

「ん、ヨルダにイクスな。とりあえずそいつが起きたら風呂にしようか」

 

満足そうに立ち上がり、風呂場へと歩いていった薄茶髪が揺れる無防備な背を見送り、ヨルダは自分よりも怪我の酷いイクスを抱きしめた。

自分を庇って足を打たれた片割れ。あのゴミ捨て場で眠る前は一緒の明日が来ると信じてやまなかったが、あのお人好しが拾ってくれなければ、雨に打たれ失血で二人とも死んでいたかもしれない。

 

(……回復するまで。イクスが回復するまでなら)

 

案外、世話になってもいいかもしれない。

煌々と明かりのつく脱衣所へ、イクスを引き摺りながらゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

「……え?」

「おっ、やっと起きたかガキンチョ」

「おはよう、イクス。結構寝てたね」

「待て待てヨルダ、誰だよそいつ!!!!」

 

あの拾われた日から7日目の朝。

怪我をしているはずなのにいつもより喧しい片割れに眉を顰めた後、ヨルダは目の前のパンにがぶりと噛み付いた。散らばったチョコチップがいい感じである。

すでに食べ終わって優雅にコーヒーを嗜みながら新聞を広げていたラフィがカラカラ笑って唖然とするイクスの頭をぐしゃりと撫でた。

 

「案外口悪ぃなお前。ヨルダ、お代わりは?」

「ラフィの方が口悪いよ。もらう」

「ヨルダ!?!?」

 

仕方がない、ラフィのご飯は美味しいから。齢8にしてヨルダは今までレーションで済ませてきたご飯タイムがいかに尊いかを知ったのだ。

この一週間でラフィの人の良さは十分に理解したつもりだ。落とし物届けに始まり、通りすがりの老人の荷運びや道案内、多数の掛け持ちバイト。極め付けには格安で手配魔獣退治まで受け持っていると言うではないか。

 

見た目はクロスベルの旧市街にでもいそうなガラの悪さだと言うのに、この性格。毒なんてあっという間に抜かれてしまった。

この能天気が料理に毒なんて入れるわけがないし、そもそも家中探しても毒やら薬やらは市販の風邪薬しか見当たらなかった。凶器だって、玄関先の古くさいロングソードだけ。……流石に一般人が風邪薬しか常備していないのはヨルダもどうかと思ったが。

本気でこの目の前でコーヒーを啜る女は、自分達を善意で保護したのだ。

 

「ま、お前も座れよ。メシ温めるからちと待ってろ」

 

鼻歌を奏でながら当の本人であるラフィはキッチンへと引っ込んでいった。

顎が外れたのかと見紛うほど口を大きく開けっぱなしにしたイクスを隣に置いてある昨日買ったばかりの椅子に座らせ、お代わりをもらった一口サイズの卵焼きを口に放り込んだ。

ちん、と導力レンジが音を立てる。そうして運ばれてきたふかふかな卵焼きと、いつも通り外パリ中ふわなパン。そしてキンキンに冷えた麦茶が唖然とするイクスの目の前にコトンと置かれる。

さっきからわずかな音量で流れ続けるラジオが9時を知らせた。

 

「今日は何時に出るの?」

「もう出る。ずっと向こうだから昼は食いに来い」

「わかった。イクスもちゃんと連れてくから」

「うん、いい子だ。じゃ、行ってくる。オイタは程々に、な」

 

そう言ってテーブルに置きっぱなしにしていたコーヒーをぐいと煽り、シンクに置いた後、二人の頭をひと撫でしたラフィは荷物を手に取って玄関へと続く廊下に消えていった。

そうしてしばらく。ヨルダが麦茶を飲み終わった頃。

 

「……はっ」

「お、再起動」

 

イクスの女神の元へ飛んでいた意識が戻った。

そして頭を抱え、食事に当たらないように机に突っ伏した。

 

「誰だアイツ……なんでヨルダしっかり馴染んでんの……?」

「イクス、寝る前何があったかは覚えてる?」

「……たしか、クソペド依頼人がウラ掻いてきて……襲ってきて……足撃たれてェ……あっボクの足!!」

 

慌てて撃たれた箇所である太腿を確認するイクス。多少傷跡は残っているものの、傷自体は綺麗に塞がっていた。弾丸を摘出した後に傷が塞がるまでラフィが一晩中回復アーツをかけ続けていたから当然といえば当然である。

「嘘だろ……?」と先程から間抜けに口を開けてばかりの片割れの口に卵焼きを一つ放り込むヨルダ。

そして反射でもぐもぐと噛み、飲み込んだイクスは目をキラリと輝かせた。

 

「なんだコレ……うま……」

「卵焼きって言うんだって。ラフィの得意料理」

 

普段はイクスが兄なのに、今は自分が色々教えていてまるで自分が姉みたいだ。

情報量の嵐がイクスを襲う。知らないやつの家にいて、ヨルダは知らないやつに懐いてて、いつのまにか足は綺麗に治ってるし、卵焼きとやらはうまいし。

まるで、一般人の子供みたいだ。

 

「イクス、一つ提案がある。ここを拠点にしよう」

「なんで?もしかして絆された?」

「……違うと、思う……ううん、わかんないや。絆されちゃったのかも」

 

ヨルダはゆっくり首を振り、先程まで目の前に並んでいた皿を慣れた手つきでどんどん重ね、持ち上げた。

 

「けど、ここにいる方が安全だと思う。ラフィは私たちの仕事のこと、多分勘付いてる。のに、私達を害そうとしない。帝国での拠点、まだ作ってなかったでしょ」

「……それは、確かにそうだけどさ……」

 

皿を狭い台所へ持って行く彼女は、普通の少女のようで。

ラフィの元に居ると……なんだか“殺し屋”の自分達からかけ離れていくような気がしていた。

 

「それに、ラフィが仕事に行ってる間は暇になるし。私たちの仕事が終わったら、家事を手伝っても良いかなぁって」

「ヨルダから家事手伝いって言葉聞くとは思わなかった」

「そりゃそうでしょ。私たちは普通の子供じゃないし」

 

でも、そこそこ楽しかったよ。この一週間。

ヨルダは小さく笑みを浮かべた。

楽しい殺しの時の顔とも違う。普段の冷たい顔とも違う。

片割れが初めて見せるその表情を見てしまっては、イクスも笑うしかなかったのだった。

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