事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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十話 事件屋のとある一日

「ん。もう落とさないでね」

「あ、ありがとっ、ジケンヤのおねえちゃん!」

 

可愛らしいうさぎのぬいぐるみを幼い少女に手渡す。

満面の笑みで礼を告げ、その手を引いてぺこぺこと頭を下げる母親を見送りながら、ヨルダは満足げに肩の力を抜いた。ラフィを通しての依頼でこそなかったものの、まぁ良い噂にはなるだろう。桃色の手帳を取り出し、意外と綺麗なラフィの字の下に、己のまだあまり上手くない字で“ぬいぐるみの捜索”と書き足した。

 

お礼と称して渡された、マーテル公園に落ちていたらしいどんぐりを腰につけたポシェットに入れ、歩き出す。今日のラフィから頼まれた“バイト”は終わっているし、そのまま帰ってしまおう。

今日の料理当番はラフィだ。イクスが単独の“仕事”で数日開けることになったから、きっと今日のお昼はソースをかけるだけの手抜きスパゲッティだろう。それもまぁ美味しいからよしとする。

 

ふと、街角に置かれた掲示板に目を向ける。

万屋の特価チラシ、レストランの従業員募集……様々な掲示物の中に、青を基調とした、小洒落た雰囲気のチラシが一枚混ざっている。

 

──── お困りごと、ございませんか? 落とし物の捜索から手配魔獣まで何でも受けます。 ご相談は『アルト通り4-32-22-203号室』まで!

 

チラシの上部にCriminal Case Wistel……事件屋ウィステルの文字。あの特別実習の翌日、3人で貼って回ったものだ。

バイト屋、とかにしようとしたらラフィを押さえて双子が「かっこいいからこのままがいい!」とワガママを言った結果である。

「今の仕事量じゃお前らに手伝わせたら秒で終わる」というラフィの言葉の元、広報のために張り出したは良いものの、遊撃士が居なくなったせいで溜まりに溜まっていた市民たちの悩みがドバッと雪崩れ込み、てんてこ舞い状態。ひとまず緊急のものは終わり、ゆっくりで良いと言われた依頼を少しづつ片付けて行っている状況だ。

 

「もしもし」

 

まだまだ人の多い真っ昼間の帝都をぼーっと眺めながらアルト通りへの道を進むヨルダに、一人の少女が声をかける。

振り向いた視界に映ったのは、綺麗なミント色の長い髪をくるくると風にもてあそばせた、温和そうな少女だった。

年齢はヨルダより少し上だろうか。黒を基調とした可愛らしいワンピースはサンクト地区にある女学院の制服だ。

振り向いたまま黙ってじとりと少女を眺め続けるヨルダに苦笑いした彼女は、背に背負った鞄から例の青いチラシを取り出し、ヨルダに差し出す。

 

「事件屋さんに行きたいのですが、案内して頂けますか?」

 

少女はにこりと花開くように笑う。普通の男性やイクスであったならイチコロだっただろうが、生憎ヨルダには効かない攻撃だ。

じ、と少女から目を離さず警戒する。この女、先程から隙がないのだ。

 

「……どうしてわたしが知ってると思ったの?」

「さっきジケンヤのおねえちゃん、って呼ばれてたじゃないですか」

「そう呼ばれたのはドライケルス広場だけど。ずっとついてきてたの?」

「あら、思ったよりもガードが硬いですね」

 

少女はクスクスと笑う。

 

「じゃあ、これで信じていただけますか?」

 

少女は続けて学生証を差し出した。

なんの変哲もない、綺麗な学生証だ。女学院らしく可愛い、かつシンプルで品のある装飾が目を惹く。

しかし、記述してある文章に目を向けたヨルダは少しだけ目を見開く。

 

「ミルディーヌ、ド……カイエン」

 

少女────ミルディーヌは、これまでの少女らしい微笑みを崩さずに「はい!」と返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前別に家知ってるだろ。家主なんだから」

 

帰宅第一声がこれだ。

客を招き入れる様になったのだからと家具だけ大改装したウィステル家のリビングで、赤服ではなくいつも通りの黒パーカーを羽織ったラフィがそう呟いた。

思わずバッとヨルダは振り向く。この年端も行かない少女がこのそこそこ大きなビルの持ち主であるという事実に対する驚きと、騙したのかという恨みを込めて。しかしミルディーヌはそんな視線をものともせずに、ニコニコとラフィへと近づいていく。

 

「お姉様がちゃんと暮らせてるか心配になっちゃって♡」

「変質者に目ェつけられたらどうするつもりだったんだバカ」

「優秀なボディーガードさんが居たので大丈夫でした」

 

ちょん、とヨルダへと手のひらを向け、ミルディーヌは平然と言う。

そして手を向けられたヨルダは両手でピースを決め、一つ言葉を紡ぐ。

 

「10人は撃退した」

 

暗殺者から変質者、もろもろ込みで。

即座にラフィの右手がミルディーヌの頭を鷲掴みにした。

 

「昔からずっと言ってたよな。ミュゼは海都に咲き誇る花の様に可愛い上に帝国一頭がいいんだから護衛つけろって、あたしも叔父様も言ってたよな」

「頭鷲掴んで可愛いって言われても説得力ないですお姉様」

「あたしが居てもいなくても伯父様と伯母様が亡くなった今カイエンの正当な後継者はあんただけなの。おわかり?」

「わか、わかりました! ごめんなさい! 気をつけます! だからその、お姉様、ミシンシ言ってるのですがっ」

 

必死なミルディーヌの謝罪を受け、右手から従妹を解放するラフィ。

頭をさする彼女をじっと見つめ、小さくため息をつく。

 

「わざわざ来たってことは依頼があるんだろ。いつも通り紅茶でいいよな」

 

数秒きょとん、とした後、ミルディーヌは心底嬉しそうにこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

「女学院に殺害予告だァ?」

 

こくん、とミルディーヌが頷く。

差し出された資料には、恐怖感を与えるためか血の様に赤黒いインクで書かれた、ありきたりな殺害予告の写真が確かに写っている。

主に顔が愛らしいと称される生徒達に届いており、中には数少ない平民生徒も含まれているそうだ。殺害予告状の封筒にはそれぞれの名前がフルネームで書かれており、下調べも十分。

ただの悪戯の可能性もあるが、それならば女学院本体に送りつけるだろう。生徒をそのためだけに調べ上げる可能性は低い。

 

「予告ナシの方が成功率高いのに……犯人ってバカ?」

「感情もなく仕事で殺すだけならそっちの方が効率良いだろうな」

 

普段そっち方面に慣れているらしいヨルダがぼやく。

しかし犯人は女学院に憎しみ、恨み……とにかく負の感情を抱いているらしい。文面は酷く過激で、中には女性と侮辱する様なR18間違いなしの単語も書かれている。箱入り娘達が見た時卒倒してしまう事間違いなしな、そんな文章が並んでいた。

 

「7日後貴様らを惨殺す……本当に使い古されたありきたりな文章だし、インクが濃いせいでちょくちょく破けてんな」

「はい。中でも酷かったのが私のことを可愛がってくれている先輩で……はい、こちらは実物を預かってきました」

 

ミルディーヌが目の前で一つの封筒を開く。

中から取り出された羊皮紙は、シンプルに一文だけ書かれていた写真とは真逆だった。インクに染まって真っ赤で、文字も辛うじて筆圧で沈んだ跡のおかげで読める程度だ。先ほどの写真と同じく、インクが滲みすぎて度々破けている。

手紙を受け取り、きっちり見渡す。

散見できる文章は『殺す』に類する単語が8割、『美しい』に『愛してる』がそれぞれ1割程度だろうか。

そして手紙の底辺、その右端。宛名だろうか? 真っ赤に染まった中で唯一青いインクで書かれているのは、『親愛なるアルフィン・ライゼ』……

 

「は?アルノール?皇女殿下!?」

「……あら?私、先輩のことお姉さまに話しましたっけ」

「ここに書いてるじゃねェか!ご丁寧に青色で!!」

 

ぴ、と皇族の名を指し示す。

下地が赤く染まっているというのにやたら綺麗な青色が不気味に浮き上がっている。犯人は随分と自己主張が激しいらしい。

しかし、ラフィの指先を見つめたちびっ子二人は顔を見合わせ、首を傾げる。

 

「ただの潰れた赤文字じゃん」

「これがアルフィン先輩に宛てられたものであるのは間違いありませんが……」

「……ンだと……?」

 

一度眉間を揉み、再び目を開ける。しかし例の文字は変わらず、むしろ心なしか先ほどよりも煌々と青く輝いている。

自己主張するように、ハッキリと。そう、光っているのだ。二人には見えないインクが。

 

(……気味悪ィが、とにかく今はミュゼの話を聞かないと)

 

がしがしと肩で切り揃えた髪を乱す。

非科学的な現象は今に始まった事ではない。あの長剣しかり、母の失踪先しかり。

後で馴染みのシスターに連絡するか、と一つ心の中で仕事を増やした。

 

「とにかく、皇女殿下に予告が届いてるっつーことは軍が動いてもおかしくないだろ。なんであたしに持ってきた」

 

そう訊ねたラフィの正面で、ミュゼは小さくはぁとため息をつく。

 

「先輩ったら、初めての出来事にワクワクしちゃってて。せっかくなら専門の人……ミュゼのお姉さんに頼んじゃいましょう!って……」

「命の危機にワクワクするんじゃねェよ」

「皇女サマってバカなの?」

 

ミュゼは続けて鉄道憲兵隊や正規軍も私服で護衛に乗り出しているから大丈夫だ、と告げる。そうじゃなきゃ困るんだよ、とラフィは再び眉間の皺をほぐした。

少なくとも、皇女殿下の護衛は居るわけだ。調査なら普段から大量にこなしているし、少しくらいなら。

優雅に紅茶を啜るミュゼに向かって、ラフィは指を3本立てる。

 

「3万」

「良いでしょう」

「……結構高く設定したんだが」

「今回は皇室から予算が出るので♡」

 

そうか、ついに皇室にも関わることになるのか、と天を仰ぐ。報酬をもらう以上、相手が誰だろうと大切な雇い主となる以上、会わないわけにもいかないだろう。

ただでさえ一度鉄道憲兵隊や正規軍から魔獣退治の依頼を受けてずるずる頼まれ続けているのに。これ以上権力と関わると頭がおかしくなりそうだ。

ちら、と時計を見やる。ちょうどおやつの時間だ。

先程まで依頼をこなしていたせいでまだ昼食の洗い物が済んでいない。数秒うんうんと唸り、面倒になったラフィはニコリと笑って告げた。

 

「なんか食いに行くか。軽いやつ」

「わーい」

「はい!お姉様の手作りがいいです!」

「洗いモンめんどくせェ」

「えぇっ! そんな〜……」

 

早く出ろと二人の背を押す。

照明を消した室内を見渡し、ふと心が暖かくなる。

机に山積みにされた娯楽小説。ゴミ箱の燃えないゴミ入れにつまったお菓子の大袋。先程面倒だと思った、台所の洗い物。そこそこ丁寧に掃除されたダイニングテーブルの上。

この部屋は、一人で暮らしていた時よりも随分生活感が出るようになってしまった。そのことが、なんだかくすぐったかったのだ。

 

鞘に入れたロングソードを背負い、玄関から一歩踏み出す。閉めたドアに引っ掛けたCriminal Case Wistelの木札がドアに合わせてガタリと揺れた。

それをひっくり返し、CLOSEに変える。そして、2つあるうちの鍵一つをがチャリと閉めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をやっているのだ、あの阿呆は……」

 

帝都大通り、とある掲示板の前。

青いチラシを前に、金髪の青年が頭を抱えていた。

 

「突然家出したと思ったらこんなに近くにいるとはね。本当にあの子は私たちの予想を悉く裏切ってくれる」

「僕らを無理やり引っ張ってパーティーを抜け出すやつだぞ?まともな訳があるか」

 

金髪の青年の肩に腕を回し、じっくりとチラシを眺める男装の麗人に、橙髪の青年がツッコミを入れた。

旧友である彼女の従妹が女学院に入学しているのは知っていたが、あれから音信不通となっていた故に、所在地がここまで近いとは思っていなかったのだ。今回だって、リィンのリークが無ければ居ることすら知らなかったのだから。

事件屋、なんて物騒な稼業まで始めて……まったく、貴族の娘がやることではない。金髪の青年はため息をついて、晴れ間の覗く曇り空を見上げた。

 

豪華絢爛なパーティーで出会い、退屈だからとドレスやらスーツやらを脱ぎ捨て街へ飛び出して行ったのはある意味いい思い出だ。その後親たちにコッテリ搾られたが。

年代も近く、確かにいい友人になるだろうと作り笑いを会場に響かせていた大人たちを驚かせたのは確かだった。まるで平民の子供のように泥だらけになって帰ってきたのだから。あの女に普通の貴族の付き合いなどできる訳がなかったのだ。

 

「場所は……ほう、アルト通りか」

「なんだか家にいない気がしてきたぞ」

「そりゃあ彼女のことだし、きっと帝都中を走り回っているだろうさ」

 

赤服と白服にライダースーツの組み合わせというのは案外目立つもので、帝都市民からの視線がチクチクと3人につき刺さっている。

麗人は全く気にしていない様子だが、青年コンビは居心地悪そうに顔を見合わせ、麗人を引っ張ってちょうどいいタイミングでやってきたトラムへと乗り込む。

そしてトラムの扉が閉まると同時に、3人の女子が街角からのんびりと歩いてきた。

 

「6段とかバカの量だろ」

「食べきったからいいでしょ」

「わたしも少し手伝いましたけど……殆どヨルダちゃんが食べてましたよね」

「ホントよく落とさずに食い切ったよお前。腹壊しても知らねェからな」

 

パリパリとアイスのコーンを頬張る少女に、それを困り笑いで見届ける少女。

そして、そんな二人の少女に腕を取られて歩く、ミルクティーのような色をしたミディアムヘアの女性。

 

無情にもトラムは発車する。

が、ふと女性がトラムの方へと振り向いた。

じいっと白夜の瞳で遠ざかっていくそれを眺めていたが、一言「気のせいか」とだけ呟き、少女二人の背を押した。

 

「おら、とっとと行くぞ。ヨルダは着く前にちゃんと食べ切れよ」

「はぁい」

「道案内ならお任せを♡」

 

きゅるん、とかわいこぶる従妹の頭にチョップを食らわせ、3人はサンクト地区へと足を急がせるのであった。




一章帝都編、突入です
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