事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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十一話 忍び寄る棘

「失礼します、アルフィン先輩。お連れしました」

 

扉全てを皇族親衛隊が警護する温室。どうぞ、と愛らしい声が中から飛び出してくる。ちら、と後方に二人とも居ることを確認したミュゼは、そのまま扉を開いた。

咲き乱れた薔薇が夕陽に照らされる、どことなくノスタルジックな光景。その中に、まるで絵画から飛び出してきたかのような金髪の美少女と黒髪の美少女が二人、座っていた。それだけで宗教画にもなり得るような美しい光景だ。ここに画家がいたならきっと喜び勇んで絵を描き始めただろう。

金髪の少女は読んでいた本を机の上へ置き、3人へ至宝とまで呼ばれる微笑みを向ける。

 

「お待ちしておりました、事件屋さん」

 

アルフィン・ライゼ・アルノール。

今回最も深刻な脅迫被害を受けている人間であり、ラフィたちの依頼人でもある。

その隣で静かにお茶を飲んでいた黒髪の少女が立ち上がり、ラフィとヨルダを席へと案内した。

椅子までたどり着いたヨルダが座ろうとすると、ラフィは“妹”の首根っこを引っ掴んで止め、腹に左手を回し、右手はそのまま流した上で腰を曲げる。

 

「お初にお目にかかります、皇女殿下。ラフィ・ウィステルです」

 

所謂貴族のお辞儀だった。

スカートではない故に男性式────ボウ・アンド・スクレープと呼ばれる動作だが、妙に様になっている。

思わずヨルダは目を丸くした。普段思い切り足を組みだらしない格好で書類を片しているあのラフィが、異様に丁寧なお辞儀をしたのだ。元貴族とはいえ、普段の振る舞いからは想像もつかない所作だった。

そんなお辞儀を受けて、皇女もそっと音を立てずに立ち上がる。

 

「あら、ご丁寧に。私はアルフィン・ライゼ・アルノール。そしてこちらが友人の……」

「エリゼ・シュバルツァーです」

 

二人とも見事なカテーシーを見せ、ふわりと微笑む。流石女学院生と言ったところだろうか。

そしてその自己紹介を受け、ぴくりとヨルダが反応する。

 

「シュバルツァーって、リィンおにーさんといっしょだね」

「兄をご存知なのですか?」

 

こくり、とヨルダが頷く。そこにラフィが補足として彼らの特別実習へとついていったことを説明した。

少女は硬かった表情を少しだけ和らげ、そうですか、と呟いた。

 

じ、と少女を見つめる。

確かに、先日帰りの列車内で彼女の義兄が暴露したように血は繋がっていないようだ。同じ黒髪ではあるが、純黒のリィンと違って少々青みがかっている。リィンが闇色なら、彼女は夜色と言ったところだろうか。

 

「あの……何か?」

「ん?いや、なんでもねェ。美人なお嬢さんだな、って思っただけだ」

「お姉様、このミルディーヌというものがありながら……!」

「何嫉妬してんだよ。こら、ヨルダも抱き着いてくんな」

 

あれから何度かリィンとはテストがてらARCUSの遠距離導力通信を繋げており、度々彼の口からエリゼ嬢の話は聞いていた。気立てのいい妹で、愛らしくて、賢くて、自慢の妹なのだと。

リィンが相当な兄馬鹿であることは当時の口調から明らかだが、それを抜きにしても彼女は相当な淑女であるはずだ。警戒心の強いミュゼがじゃれる程度には懐いているのだから間違いない。

 

「ふふっ、仲がよろしいのですね」

「う……みっともない所をお見せして申し訳ない」

「いえ、私もお兄様達と似たような戯れ合いをしていますから」

 

皇族の戯れ合い、と聞き、黒パーカーの中に頭を突っ込んだヨルダの脳内に娯楽小説でよく描かれる王族達の優雅なティータイムが再生される。夢を見ているヨルダには悪いが、皇族兄妹の華麗なる戯れ合いといえば真ん中に挟んだ半泣きのセドリック皇太子をあの手この手でいじくることである。

 

「こほん……姫様、ミルディーヌも。戯れはその程度に」

 

エリゼの咎めるような言葉に、アルフィンは「そうね」と姿勢を整える。

 

「さて、事件屋さん。あの情熱的なお手紙は持ってきてくださりましたか?」

「あァ、コイツッスね。何回見ても気味悪ィ……」

 

机の上に赤インクで染まり切った手紙を差し出す。

やはり何度見ても青いインクが綺麗に皇女殿下のフルネームを記していた。そこだけ切り取ったように。

まるで血のような色をしたインクで埋まるほどの一方的な愛の言葉の趣味悪さと、自分だけ見える青いインクという超常現象の二重の意味で気味が悪かった。

 

「一応聞いておきます。軍に捜査させた方が良いのでは?」

「あら、そんなのスリルがないじゃないですか」

「はァ……あたしらが遅けりゃ死ぬかもしれませんよ」

「護身用の導力器は持っていますので♪」

 

皇女は懐から取り出した導力器────ARCUSを小さい顔の隣にぴとりとくっつけた。

ぴく、とラフィの眉が跳ねる。なぜ皇女殿下がテスト中の戦術導力器を持っているのだ。職権濫用か?

ふと、横でじっとしていたエリゼが口を開く。

 

「私も居ますし、何より暫く正規軍の方々が学院を固めてくださるそうなのでご安心ください」

 

じ、とラフィを見つめる水晶のような瞳に根負けし、ラフィはいつものリュックサックから一枚の紙を取り出した。

 

「契約だ、皇女殿下。ここの注意事項を確認した上でサインを」

 

そして、一人の“依頼人”に不敵な笑みを見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、どーするの?」

 

ヨルダはラフィを見上げてそう尋ねた。

アルト通りのトラム駅。すっかり陽の落ちた夜空の下でカン、と快活な音を鳴らしてARCUSを閉じる。

 

「とにかく捜査は明日からだ。今日は流石に遅すぎるし」

 

急拵えでベルト穴にくっつけたチェーンへARCUSを取り付け、ふぅとため息をついた。

サイン一つで小説みたいだ、と喜ぶ皇女殿下の相手は案外疲れるものだ。帰る時だってついていくと聞かないミュゼと皇女殿下をエリゼ嬢と共に必死に説得し、なんとかわかってもらえた。

例の放蕩皇子ならわかるが、その妹まで破天荒だとは思っていなかった。

 

「今日は仕事あンのか?」

「うん。いっこだけ」

「そうか。いつ出る」

「帰って準備して、ちょっと休んだら」

 

返事の代わりにわしゃ、とヨルダの頭を撫でる。きらりと月の光で少女の髪飾りが瞬いた。

アパートにたどり着き、カンカンと二つ分のヒールが金属製の階段を叩く。

2階の203号室は廊下の一番奥、要するに角部屋だ。まぁこのアパートにはラフィ以外住んでいないから、そんなに関係はないのだが。

いつも通り上の鍵をがちゃりと開け、細長い持ち手を持ち引く。

 

「何か飲むか」

「じゃ、カフェラテ」

「また微妙にめんどくせぇモンを……」

 

ロングソードをいつもの場所へ引っ掛け、真っ直ぐにキッチンへと進む。

寝室へ着替えに行ったヨルダを見送り、冷蔵庫から冷えたコーヒーと牛乳を取り出す。パック売りの安いやつだ。

戸棚にしまっていたガラス製のコップに牛乳を半分ほど注ぎ、氷を入れる。その上から雑にコーヒーを注いだらストローを突っ込んで完成だ。

かき混ぜるもよし、牛乳とコーヒーをそれぞれ別で楽しむもよし。ラフィは最初に一気にスプーンでかき混ぜて、ストローを使わずに飲む手法を好んでいる。

 

もう眠る自分の分は同じコップに氷水を入れるだけで済ませ、依頼人がいつ来てもいいように整えていた机の上にコトリと置く。

「あ、できてる」という言葉と共に寝室から真っ黒スタイルで出てきたヨルダを椅子に促し、ラフィ自身もキンキンに冷えた水をコクリと飲んだ。

 

「……ん、おいしい」

「そりゃよかった。正直アイスコーヒーの方が楽なんだけどな」

「帰ってきた時寝れなくなるじゃん」

「あんま変わんねェよ」

 

小さな手でコップを掴み、軽くかき混ぜてからストローを咥えるヨルダは、じっとラフィを見つめた。

今日の分含めたここ数日の契約書をじいと眺めている“姉”は元貴族だという。

いつもの荒っぽい仕草からは想像もつかないが、きちんとやろうと思えばできる人だ。今日の皇女殿下に対する態度を見て、確かにこの人は貴族なのだと改めて認識してしまった。

今だって足を組んでこそいるが背筋はぴんと伸びているし、手元の読み終わった書類だって丁寧にまとめられている。育ちの良さ、というやつだろう。

ふと、ヨルダは口を開いた。

 

「私たちのことって、どこまで調べたの?」

 

ちらりと白夜が書類から上がる。

 

「……どこまでって、なんも調べちゃいねェよ。なんとなく殺しやってんだろうなァ、とは思ってるけど」

 

書類を置いて、氷水に口をつける“姉”をじっと見つめる。

この人はことあるごとに「お前らが喋る気にならんならいい」と、事情を聞くのを避けているようなきらいがある。

都合はいいが、こちらがラフィのことを知ってしまっているのに、という罪悪感がヨルダの中にはちょびっとだけ芽生えていた。

テーブル越しに伸びてきた、言うほど大きくもない手のひらがそっとヨルダの頭を撫でる。

 

「止めないの?」

「あたしのとこに依頼が来ない限り止めねェよ。TMPから依頼が無ェってことは大したことないっつーことだ」

 

確かに、雇い主が雇い主なだけに政府にとって都合が悪いことにはなっていない。だが、それだけだ。

一般的に殺しは悪いことだと<棘>の管理人に教えられた。一般人に紛れ込む時はそこだけ気をつければいいとも。

この人は何故止めないのだろう。どうして叱らないのだろう。なぜ嫌悪感を抱かないのだろう。

平気な顔して「殺しをしているのだろう」と言われたら、昔いた訓練所にいる時のような感覚に陥って、へんな気分になる。

 

「お前みたいなガキが殺しやってるってことはそういう組織があンだろ。そこ抜けてまでやってたらフン縛って憲兵さんに差し出すさ」

「変なラフィ」

「言っとけ」

 

じ、とカフェラテを見つめる。

そしてふと、口からぽろりとこぼれ落ちた。

 

「……四の庭園。わたしたちの実家」

「へェ、洒落た名前だな」

「まさか。この世の趣味悪いとこギュッと凝縮したみたいな場所だよ」

「あたしの半分も生きてないガキンチョがこの世を語ンじゃねェ」

 

ぴ、と額を弾かれ、思わずヨルダは両手でぺちこんと抑えた。少しだけヒリヒリする。

言っちゃった、と思った。本来ラフィが知る由もない庭園のことを、どんな拷問を受けても喋らなかった極秘情報を、するりと喋ってしまった。

……まるで優しい拷問だ。

 

「じゃあ四の庭園さんにカイエン一家暗殺依頼が来ないよう女神様に祈るとするか」

「ふふ、そうだね」

 

ごちそうさま、と飲み終わったカフェラテのコップを差し出し、玄関へと向かう。

ふと、雑に引っ掛けられた長剣が目に入る。雑に壁へ打ち付けられた釘に、持ち手部分をひっかけただけのそれは、室内に吹く僅かな風を受けてゆらりと揺れていた。

 

(これを向けられるのはごめんかも)

 

コップをキッチンへ運び終えたらしいラフィの足音でハッと我にかえり、家用の柔らかいスニーカーを脱いでショートブーツに足を突っ込む。

 

「今日は窓から出ないんだな」

「だってもうバレたし」

「そうかよ。……ちゃんと帰ってこい」

 

「うん」と返事をする。

そして、いつもラフィがやっているように、上の鍵だけガチャリと開き、細長い持ち手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

夜の帝都で、二人の男が裏路地を歩いていた。

片方の男はひどく焦燥し、荒い息で周囲を伺っている。顔色は真っ青で、歯をガチガチ鳴らし、数枚の写真を必死に握りしめていた。

 

「そんなに怖がらなくても、今周りには誰もいないよ」

 

もう一人の青年が、酷い様子の男の背をさする。

しかし、優しく、それでいてどこか厭らしい手つきは余計に男の震えを増やすだけだった。

 

「あらら、さっきまであんなに楽しそうだったのに。やっぱり一錠が限度かなぁ」

 

楽しそうな青年は、路地裏の狭い空から覗く月へ、とある錠剤が詰まった瓶をかざした。

透き通った独特な青色は月の光をその中で乱反射して、僅かに輝いているかのような様子を見せる。

酷い様子の男は、先ほど無理やりこれを飲まされたところだった。

 

「お薬キメてヤったの、楽しかっただろ?少女趣味のキミが僕にがっつくのは意外だったけど」

 

ひら、と酷い様子の男の手から写真が舞い落ちる。

明らかに隠し撮りとわかる角度で撮られた、数人の女学院生の写真。そして、その中に一枚だけ紛れ込んだ黒パーカーを着込んだ姉妹の写真を拾い上げた。

 

「まさかウチの秘蔵っ子にまで欲情するなんてね。流石にこの子はあげられないかなぁ」

 

そのままびり、と破り、生ごみの中に放り投げる。

あ、あ、と言葉にならない声をあげる男の手を絡め取り、青年は男の耳元で囁いた。

 

「さ、計画を立てようか」

 

まだまだ帝都の夜は、長い。

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