事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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十二話 信仰

「不審者情報、ですか?」

 

あァ、と事件屋が頷く。

生徒会室で書類整理をしていたエリゼはその手を止めることなく、目の前の女に続きを促した。

いつも隣に居る彼女の“妹”は現在アルフィン皇女と共に学院生への聞き込みへ出ており、用事があると突然訪ねてきた“姉”は今、だだっ広いソファに一人で腰掛けている。

出された紅茶をクッと持ち上げ、静かに飲み込んでからラフィの口が開き、調査結果を差し出した。

 

「周囲の住人に聞き込みをしたら様子のおかしい男、って目撃証言が結構出てきてな。なんでもキーホルダーをジャラジャラつけててここらじゃ有名だとか」

「……あぁ、確かに1年生の間で噂になっている“キーホルダーおじさん”ですね」

 

きょとん、とするラフィにエリゼは説明をする。

曰く、授業が終わり、街へと繰り出した少年少女問わずガラス細工のキーホルダーを配り歩いているのだとか。ガラス細工だけあって内部に盗聴器等の仕込みも不可能である上に生徒たちも喜んでいることから、教師陣からは黙認されているらしい。

エリゼもひとつ持っているらしく、導力器に取り付けられたぷっくりとしたクリアブルーのそれは、可愛らしいクマの形をしていた。

 

「本職は神父様だそうですよ。趣味でガラス細工をされているとか」

「……お前それ、リィンには見せねェ方がいいぞ」

 

確実に“キーホルダーおじさん”を殺しにかかるだろうから。

きょとんとするエリゼをよそに、ラフィは少し脳内で情報を整理することにした。

 

まず、サンクト地区での聞き込みの結果。様子のおかしい男は一人。特徴からするに件のキーホルダーおじさんだろう。ただ、最近はいつもの巡回時間になっても現れないらしい。

彼の勤める大聖堂にはいつも通り優しい微笑みを浮かべて働いているそうだが、どうやら顔色も悪かったとのこと。

 

(一回会いに行ってみるか)

 

じ、と晴れ渡る窓の外を眺めそう結論づけた事件屋は静かに質の良いソファから立ち上がる。

不思議そうにこちらを見上げるエリゼに「お茶、ごちそーさん」とだけ告げて、生徒会室の扉に手をかけた。

 

「ヨルダちゃん、待たなくて良いんですか?」

「……ガキのお守りなんぞゴメンだからな」

 

「アイツのこと、頼んだ」という言葉と共に、右手をひらひらと宙に舞わせ、ラフィは生徒会室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

お昼下がりのこの時間、ヘイムダル大聖堂は熱心な信徒でいっぱいだった。

ただでさえ人口が多いヘイムダルには空の女神を深く信仰する人間も多いわけで。一応各地区に小さな教会こそあるものの、やはり手軽にトラムで来れる分帝国で最も大きな大聖堂に人は集まるのは当然のことだ。

 

(空の女神、ねぇ)

 

そんなものが本当に居るのならば、性格が悪いのは間違い無いだろう。わざわざ“早すぎる贈り物”を送りつけてくるやつだ、てんてこまいな人間達を見て遥か空の上から嘲笑っているに違いない。

昔から聖堂の前を通るたびに、心のどこかでそう捻くれていた。貴族の娘として祈りを強要されるたびに無駄な行為だと思っていた。

 

勿論、今でもその考えは変わっていない。

漏れ出す祈りの歌を聞き流しながら、退屈を感じたラフィは入り口脇の階段に座り込んだ。

だが、昔ほどは否定一方ではなくなった。ただそれだけの話だ。

地面でなにかの種を運ぶ蟻を眺めながらミサの終わりを待っていると、女の正面に誰かが立ち止まった。

 

「なんだ、案外あっさり見つかるじゃないか」

 

明確にラフィへ向かって投げられた掠れたハスキーな声に、ふっと顔を上げる。

サラサラな紫の短髪に、逆光だというのに綺麗に瞬く水晶の瞳。

華やかなドレスではなくぴっちりしたライダースーツを着ているところ以外は昔と全く同じ姿に、ラファエラは目を丸くした。

 

「……アンゼリカ?」

「うん、私だ。久しぶりだね、ラファエラ」

 

彼女────アンゼリカはそのままラファエラの隣へと座り、長い足を組む。

ずっと目を丸くしっぱなしな幼馴染の眉間に寄った皺をぐ、と伸ばし、そのまま話し始める。

 

「まったく、よくも5年も行方を眩ませてくれたね。どこへ行っていたんだい?」

「……えっと。まずアルテリア。あとは共和国、クロスベル……最後にリベール」

「フフ、そりゃあ見つからないわけだ。国内ばかり探していたんじゃあね」

「家出た直後に巡回神父さんに保護されてさ。その人の手伝いしてたら、いつの間にか」

 

まだまだ歌声は続いている。

恐る恐るアンゼリカの顔を覗くと、いつも通りのスカした笑顔で「ん?」と尋ねてくる。

変わらない幼馴染に安堵して、ラファエラはくっと肩の力を一気に抜いた。

 

「……なんだ、怒ってるのかと思ったのに」

「勿論多少は怒っているとも。ただ、それよりも男二人の方が物凄くてね」

「げッ、もう一生会いたくない」

「君がいると知って昨日は一緒に探しにきてたんだがね。今は大真面目に授業を受けているよ」

 

ちら、とアンゼリカを見上げ「なんで知ってんの」と聞けば、幼馴染はニッコリ笑ってARCUSの連絡先を見せてくる。

────リィン・シュバルツァー。

 

「……クソ、次会ったらぶん殴ってやる……!」

「ん?……フ、ははははは!!」

 

頭を抱えたラファエラの横でキャッキャと喜ぶアンゼリカ。神聖な大聖堂の正面だというのに、ただの学生の昼休みのような有様だった。

怪訝な顔をして通り過ぎていく人々など気にせずに、腹を抱えて笑うアンゼリカが口を開いた。

 

「み、見ないうちに……フフッ、随分と、口が悪く……はははっ!」

「悪いか!? 元々そんな上品な方じゃなかったし良いだろ!!」

「完全に男言葉じゃないか! パトリックが聞いたらひっくり返りそうだ!」

 

腹を抱えて笑うアンゼリカの奥で、怪訝な顔をした人々がゾロゾロと教会から出てくるのが女の視界に映った。どうやらミサは終わったようだ。

足の隣に鞘ごと置いていた長剣を背負い、事件屋の顔になったラフィはアンゼリカを見下ろす。

 

「仕事があるからもう行く。とっとと授業あんだろ? ちゃんとガッコーに戻れよ」

「なんだ、手伝って欲しいのではないのかい?」

「ンなこと一言も言ってねェんだわ」

 

しっしと左手を追い払うように振れば、幼馴染は「しかたないな」と立ち上がった。

聖堂の中を覗き込めば、まだ例の神父はシスターと話しているところだ。ならばと振り返り、昔馴染みに声をかけた。

 

「これからはラフィって呼べ。ラフィ・ウィステルな」

「わかったよ、ラファエラ」

「わかってねェだろアホ。そのお綺麗な頭一回叩き割ってやろうか?」

「はは、それは遠慮しようかな」

 

「またね、ラフィ」と微笑むアンゼリカをしばらくじっと見つめたあと、事件屋は何も言わずに右手を3回ヒラヒラと宙に舞わせた。

その口元を、少しだけ綻ばせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……母君の旧姓、ね」

 

ラフィが去って行ったあと、アンゼリカはポツリとつぶやいた。

彼女の母親……アリエル・ウィステル。彼女とは逆の朝焼け色の瞳を持った、優しげな女性だった。

カイエンの館にも家族写真はきっちり残っているらしい。かつてアリエルが生活していた部屋は、彼女が失踪した今も綺麗に整えられているとか。

 

そう、アリエルは失踪した。

10年前。ラファエラ7歳の誕生日。部屋にいつも使っていた髪飾りだけを残して、忽然と消えた。

窓は空いていたが、彼女の部屋は2階だ。か弱い女性だったアリエルが飛び出せるとは思えない。

 

あの日からだ。クロワールと幼いラファエラが仲違いしたのは。

そして、極め付け。娘が家出する理由でもある、5年前に起こったある出来事。

 

 

『アリエル……? 誰だ、それは』

 

 

クロワール・ド・カイエンは、妻のことをすっかりこんと忘れ去っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃ。忙しいとこすんません」

「いや、こちらこそ紛らわしいことをして申し訳ない」

 

犯人が見つかることを祈っているよ、と神父はにこやかにラフィを送り出す。それに小さく会釈をして、軽やかに大聖堂前の階段を駆け降りた。

昼陽の差し込むそこにはもう幼馴染の姿は無く、夏羽なのか少しほっそりとした小鳥たちが落ちたパン屑をサッカーのように啄み争っていた。

 

ふぅ、と一つため息をつき、ポケットから適当に取り出した飴を見もせずに剥き、咥える。……ミント味だ。アタリ。

先ほどまで話していた人当たりのいい神父────アルフォンス神父の話を思い返す。

 

『ろ、ロリコン……!? ちが、神に誓って違います!! 』

 

あの慌てっぷり。表面上では取り繕っているが、まぁ図星だろう。ロリコン、というより小さな子供が好き、と言えば聞こえもいいだろうか。

ガラス細工についても、教会に来る子供たちに配っているうちに噂が広がって、欲しがる子供が多い故にああして休日に不審者スタイルで出歩いているとのこと。

 

子供達の笑顔が好きなのだ、と朗らかに笑う彼からは、あんな狂気じみた脅迫状を書く様子など想像できるはずもない。なるほど、不審者スタイルで闊歩してても嫌がられないはずである。

 

ぷらりともらってしまったキーホルダー達を太陽にかざす。

四角く切られたガラスに丁寧な文字で聖書の一句が書かれている。弟妹が居ると話せば、彼は快く二人の分も出してくれた。

青と、ピンクと、水色。3つ残っているのがこれしかなかったと申し訳なさそうに差し出されたそれは、奇しくも髪飾りと全く同じカラーリングであった。

 

「……っと、ぶね」

 

そのまま癖でトラム停へ向かいそうになった足を曲げ、女学院の方向へと切り替える。

がり、と飴を噛み砕き、そのままボリボリと食べながら、棒の飴の付いていた部分を包み紙で覆い、ポケットに突っ込んだ。

 

(そろそろ捨てねェと)

 

がさ、と飴の棒が音を立てた。溜め込みすぎである。

そろそろ汗ばむ季節だ。パーカーもいい加減洗わなければと、校門前で怒りの仁王立ちするヨルダを見つけつつ笑った。

 

 

 

左手に下げたキーホルダーが、単眼と翼のカタチに煌めくのに気づかずに。

 

 

 




通学時間が無くなっちゃってェ……執筆時間が消失しちゃってェ……
はァ……こまったなァ……
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