事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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十三話 外法

酷い死臭がした。

鼻が曲がりそうな臭いの地下道で、一人立ち尽くしていた。

周囲には腐った死体が散らばり、それが酷い臭いを放っているのだとわかる。眉を顰めた事件屋は、そのままゆっくりと地下道を歩き始めた。

 

導くような青い光に誘われ、しっかりとした足取りで追いかける。酷い偏頭痛を耐えながら、それでも頼みの綱である長剣を手放さずに。

痛みで霞む視界に鞭を叩き、周囲の状況を確認する。

 

壁は赤煉瓦。どこか遠いところでは水も流れる音も僅かに聞こえる。どうやらここは帝都地下水道……と、酷似した場所のようだ。

別の場所だと判断できる理由は今まさに目前にある。帝都地下には現在進行形で目の前をズルズルと腐った肉体を引き摺りながら移動している異形の怪物など存在していないからである。

 

……どこからか年若いであろう少女たちの啜り泣きも聞こえる。長居は禁物かもしれない。

手の中の長剣をしかと握りしめ、意を決して立ち上がって、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼の閃光が目の前を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ばちん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う……」

 

爽やかな朝日に顔を照らされ、むくりと起き上がる。

……酷い夢を見た。まだあの死臭が鼻の周りに漂っている気がする。

いつも通り重みが腹の周りにかかり、ラフィはため息をついてべろん、と布団をめくった。

 

「ん゛ん〜……まだはえーって……」

 

そういえば昨日の夜に帰ってきたのだった、と懐で丸まるイクスの頬をつんとつつく。

どうやら相当なファイトを繰り広げてきたらしく、あちこち切り傷擦り傷打撲痕まみれ。それを手当したせいか、今この少年の手足には湿布やら包帯やらが大量に巻かれている。

 

(……ヨルダは……もう起きたのか?)

 

イクスがくっついているのはラフィの右側。反対側には確かヨルダが寝ていたはずだが、そこには僅かな温もりが残されているだけだ。

眠気を飛ばすように眉間を揉んで、抱きついて離れないイクスごとリビングこと事務所に顔を出す。

 

イクスが昨日開けたらしい揚げ菓子の残骸、読みかけの本とその間に挟まれた可愛らしい栞。

“妹”の姿など全く無く、昨日の夜の状態のまま、リビングは朝日だけが存在感を放っていた。

 

ヨルダが、居ない。

咄嗟に風呂場も、トイレも、キッチンも全て戸を開き覗き込み、誰も居ないことを確認するとイクスを振り解いてドアから飛び出した。

 

アパートの出入り口。居ない。

正面の大通り。いない。

トラム乗り場。いない。

路地裏。……いない。

 

「っくそ、どこに……!」

 

アルト地区を駆け回り、ついに探していない場所が無くなった。

あと考えられるとすれば……

 

(……地下水道)

 

視界の端でキラリと青が光る。

驚いて振り向けば、そこにはまるで待ち構えていたかのように、地下水道への入り口が鎮座していた。

鉄の扉の前にぽつんと落とされたピンクのキーホルダーが嫌な予感を現実にする。

やはりあの神父が黒だったのか。しかしアレに嘘をついている様子などなかった。

 

(考えてる暇なんざねェ、か)

 

ばちんと頬を引っ叩き、事件屋は一気入魂と気合いを入れ、鉄扉を蹴破るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある男の話をしよう。

男は幼い子供が好きだった。

性的な興奮を覚えたこともあったが、それよりもずっと見守ってやりたいという加護心の方が勝っていた。

男は神父だった。故に、神の御言葉を刻んだキーホルダーを作り、教会へやって来る子供達に少しでも神のご加護があるようにと無償で配り歩いていた。

 

いつしか男がキーホルダーおじさんと呼ばれるようになった頃。一人の青年がミサへやってきた。

青年は懺悔をしたいのだと訴え、神父は懺悔室へと青年を通した。

 

その時だ。全てがおかしくなったのは。

見知らぬ蒼い錠剤を無理やり飲まされ、頭がおかしくなってしまったのだ。

毎晩飲まねばひどい乾きや震えに襲われ、頭を掻きむしりたくなる衝動に駆られる。 押さえ込んでいた欲望が暴れ出すような、嫌な感覚。トリガーとなる蒼い錠剤を持っているのはそんな状態にした青年だけだ。

 

薬を得るために何でもやった。青年の言う通りにキーホルダーへ妙な紋様を仕込み、ふらりとやってきた少年少女を地下水路へ導き、青年の配下らしい男へ引き渡す。

あれだけ守りたいと思っていた子供達を我欲のために犠牲にする。その行為に、もう何も思わなくなっていた。

 

男は助けを求めたかった。

この蟻地獄から抜け出したかった。そのためなら死んでもいい。

だから、手紙を出した。かつてミサの際によくお話した、皇女殿下へ。震える手で、霞む視界を頼りに文字を書き続けた。

お助けください、お助けください、と。

インクが赤だと気づいたのは、一枚丸ごと書き終えてからだった。精神がおかしくなったから、ずっとそのインクを黒だと思っていたのだ。

 

青年はその様子を見てひどく喜んだ。

そうして男のインクとペンを横から奪い、数枚の紙にシンプルな殺害予告を書き記し、上機嫌で手紙を全て持っていてしまった。

 

 

あぁ、誰か。

助けてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

その時、蒼い閃光が走った。

傷だらけの女の手から放たれたそれは男の首を鮮やかに切り落とし、飛び去ることなく持ち主に手へと再び収まった。

男が最後に見たものは、輝く剣を携えた女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラボー! 鮮やかな手際だね」

 

乾いた拍手が地下推理へと場違いにも響き渡る。

眉を顰めた事件屋は軽く剣を放り投げ、ピッと指を立てる。落ちた後の金属音は鳴らず、拍手の音源へと切先を向けて空中でぴたりと静止した。

ゆるりと白夜の瞳が振り返り、背後を睨む。

 

「やだなぁ、そんなに睨まないでよ」

「……どこで外法を知った」

「知った? いいや、これは実験さ。まさに今初めて結果を知ったよ」

 

拍手の音源────ショートヘアの青年は両手をおどけたように上げ、顎でアルフォンス神父だったものを指し示した。

どろりと溶けた体。なくなった足。異形に転じかけた彼を寸前で仕留められたのはまさに奇跡と言えるだろう。

小さく舌打ちしたラフィを見て青年はケラケラと笑う。そしてつんつんと剣を突き、好青年の顔でツラツラと話し続けていた。

 

「薬を毎日少量摂取させて、いきなり供給を断つ。 同盟相手の大元に協力して良かったなぁ、こんな面白いものが見られるなんて!」

「……」

「コレ、何の薬なんだろうね。教団は叡智を得るため〜とか言ってたんだけどさ」

「…………」

「ところでこれ古代遺物? 魔のモノに効果があるってことは聖剣? 宙を飛ぶ剣なんて初めて見、」

「ヨルダはどこだ」

 

白けたように青年はじとりとラフィを見下ろす。そして光り始める剣を見て、勢いよく部屋を飛び出した。

彼らが拠点にしていた小部屋の扉が細かく切り刻まれる。片手でロングソードを握る女に、青年は大袈裟にため息をついた。

 

「やだなぁ、あの子たちは元々うちの子なんだけど」

「あァそうかよ。今決めた、絶対てめェのとこには返さねェ!!」

 

その宣言と共に長剣が光の軌跡を描いて青年へと振り下ろされる。少々驚いたような表情と共に、青年は軽やかにロングコートを靡かせ飛び退いた。

続けて横一文字に振り抜かれる刃を妙な形の短剣で受け止め、すぐ正面まで迫った女の背後へ小さなコロンとした球体を転がす。

そうして互いに飛び退き、水路の水が跳ねる。

水滴が元の液体へ戻る頃、事件屋の足元で閃光が巻き起こる。

 

「チッ……!!」

 

思い切って閃光の根元を空中へ蹴り飛ばせば、小さな、されど人一人は巻き込めそうな爆発が赤煉瓦を照らした。

そうして広がった煙の奥から、よく目立つ青緑色の短い髪が飛び出してくる。

青年は短剣を大きく振りかぶり事件屋の首を狙うが、その手元には鮮やかな紅色の導力器が光を放っていた。

 

「ARCUS駆動────そらよッ!!」

 

短い詠唱が終わり、青年の足元から氷の柱がズンと立ち上がった。フロストエッジ────ARCUSの初級水属性導力魔法のひとつだ。

青年を貫きこそしなかったものの、水路の水で濡れたその足を止めるには十分な量の氷だった。

そうして動きを止めた青年へ向かって、思い切り投槍のように剣を飛ばす。

 

「アハッ、面白いことするじゃん!」

 

しかし再び放り投げられた爆弾によって長剣はその向きを真横へ変える。

同時に足元の氷も破壊した青年は丸腰のラフィへ向かって再びナイフを振り翳した。右手をポケットへ突っ込み、飴を取り出した事件屋と青年の間に蒼い閃光が走る。

閃光の正体……宙で静止した長剣は軽々と短剣を受け止め、そのまま傷だらけな左手の動きに合わせて押し返すようにギチギチと競り合いを始めた。

そして両手で短剣を支える青年へ向かってブーツの爪先が振り上げられ、

 

「っらァ!!」「がッ!?」

 

渾身の一撃がその鳩尾へ直撃した。

青年は蹲り、支えを失った長剣は青緑の髪を少しだけ切り裂き、大きく旋回して主人の右手へ戻ってくる。

黙って倒れ伏す青年の首へ剣を添えた。

青年は嗤った。

 

「僕らってさぁ、正面からの戦闘は得意じゃないんだよね」

「だろうな。お前、戦い方ねちっこいし」

「酷くない?……ま、何が言いたいかっていうとさ」

 

油断したね。

 

その一言の後、地下水路の奥から順番に閃光が弾け始めた。

青年の手元には小さなスイッチが握られており、戦闘中にも何度か使用していた爆弾が水路のあちこちに張り巡らされていたことは容易に想像がついた。

前方からのみならず後方からも迫り来る爆音に耳を塞ぎたくなる衝動を抑え、青年へ目を戻せば、そこには腹の立つほどキザったらしく薔薇の描かれたメッセージカードにただ一文、「Au revoir」の文字が残されていた。

 

「外法の塊かよ、クソ……」

 

元々分身だったか、もしくは転移か。ともかく表の世界の出ていいものではない。

そういう知識がラフィの頭の中に叩き込まれているのは家出中に彼女を拾った巡回神父の影響であって、あの男のように“愉しむ”訳ではない。アレとは違うのだと背後に残るアルフォンス神父の亡骸をじ、と見つめた。

ARCUSで部屋の様子をパッと写真に撮り、小さく十字を切ってから、壁へもたれてずりずりと下がり、蹲った。

右手に持っていた未開封の飴が硬い音を立てて水中へと落ちる。

 

「……ヨルダ……」

 

爆破の熱波がラフィの髪を靡かせる。

右へ行ったり、左へ行ったり。ミルクティー色の髪が鬱陶しく視界を塞ぐのも気にせず、事件屋は諦めたようにため息をついた。

きっとヨルダは無事だ。あの化け物娘がそう簡単に死ぬもんか。

だが、これじゃあ生きては帰れない。迫り来る死に怯えもせず、女は目を閉じてその時を待った。

 

 

 

そうして熱波が肌を焼き始めた、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

「……あ?」

「ラフィ!!」

「お姉様っ!!」

 

ラフィは、二人の子供に勢いよく抱きつかれた。

 

「……イクス……ミュゼ……? あたしは……」

 

ちゅんちゅんと囀る小鳥の鳴き声。人々が行き交う帝都の景色。

そして気を失った少年少女を介抱するエリゼと皇女の姿。

腹に巻きつくのは水色と緑色。手元には───桃色がすり、と自身の腕へと頭を擦り付けていた。

 

「ふふ、間に合ってよかった」

 

姉を見上げた少女は年相応の微笑みを浮かべ、ぽんとその傷だらけの手を己の頭へ乗せ、何かを期待するように、揃いの白夜を向けていた。

 

 

 

 




べったにイラストまとめました
https://privatter.me/page/659f4ed03461b
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