事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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十四話 そして日常へ

思えば、私は昔から中途半端だったのだ。

目上の者の不信心をみなかったことにして。あれで良かったのだと、痛む良心を押し殺して。

無邪気に己を慕っていた子供達が、あの悪魔信仰者どもに好きなようにされているのを黙って見ていたくせに、自分で連れてきた子供達を自分で逃して。

 

ああ、我が友よ。いっそ君のように悪辣になれたら良かった。

君が破門された日、差し出してくれた、君の手を取れば良かった。中途半端に女神を信仰する己を壊して終えば良かった。

 

殿下、お許しください。

私はまだ幼い貴女に救いを求めてしまった。

もう手遅れだと知っていたのに、希望を見てしまった。

 

これが罰なのだろう。

全てが中途半端で、情けない、私の最期。

救いの蒼色が、霞んだ視界を埋め尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────以上が調査の結果だ」

 

一枚の写真と共に、事件屋の報告は終了した。

早朝で一気に行方不明になったと言う少年少女たちは無事親の元へ送り届け、ことなきを得た。

彼らが拠点にしていた一角は街道の外れの真下であり、爆破によって崩落はしたが巻き込まれた人は居なかった。しかし同時に部屋の調査も不可能であり、神父の死体や犯行動機は瓦礫の下の謎となった。

唯一残っているのがその写真だ。ARCUSから現像したものであり、不慣れな機能を使用したからか少々ぶれているそれにはあまりはっきりと神父の死体は映っておらず、皮肉にもギリギリ無修正で皇女殿下へ献上することが可能となっていた。

 

「……はい、確認致しました。ありがとうございました、事件屋さん」

 

アルフィン皇女は宝石のような微笑みを見せ、こちらが報酬ですと封筒を差し出した。

そして受け取った封筒の中を改め、女は一つ、ため息をはぁとついた。

 

「少し多い。指定通りにしてくれないと困ります」

「あら、お駄賃を弾んだらダメなのかしら」

「あのな姫さん……税金の処理とか面倒くせェの」

 

余分なミラを引き抜き、立ち上がって皇女の手へ握らせる。そのままその手を支えにして立ち上がったアルフィンは小さく頬を膨らませ、不満を全力で露わにしていた。

 

「一人計画犯らしい男を逃した。あの様子じゃ何度も狙うようなタチじゃねェだろうが、しばらくは今の警備体制を続けた方がいい」

「えぇ、わかりました。転ばぬ先の杖ですね」

 

そのまま並び立って生徒会室の扉をくぐり、廊下へ出る。

昼の日差しが学院の廊下を照らす。少女達の控えめな笑い声があちこちで響き、平和を証明している。

その様子を眩しそうに見つめ、少女は立ち止まった。

数歩先を歩いていた女も立ち止まり、振り返る。

 

「私、この光景が好きです。皆が安心して、笑って過ごす休み時間」

「……そッスか。じゃ、授業は?」

「少し退屈かも」

 

ただの女学院生のようにイタズラっぽく笑い、皇女は事件屋の後を追って再び歩き出す。

窓の外、一つ下の階でエリゼに絡むミルディーヌを数秒見つめた後、事件屋も階段へ向かって足を進めた。

 

「ふふ……見込み通りだわ、さすがお兄様♪」

 

小鳥の囀りがよく似合う、穏やかな昼下がりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレーは甘口に限る。ウィステル家の常識だ。

野菜や肉がゴロゴロと入ったカレーを大きめのスプーンでぱくりと一口。とろとろになるまで煮込んだ玉ねぎの甘みとホクホクのじゃがいもが一気に口の中で溶けた。

 

「というわけでラフィはこれから単独行動禁止な」

「なんて?」

 

最高にうまいカレーを堪能しているうちに弟から単独行動を禁止されていた。思わず止めたスプーンからこぼれた次の一口がぽろりと皿へと戻り、スパイスの香りがぱちゃんと弾けた。

 

「だってラフィ弱いじゃん」

「ン〜生意気が聞こえたが許してやる」

「今日だって私が間に合わなかったら死んでた。違う?」

 

あの時堂々と褒美の撫でを要求してきた妹が何を言う。

まぁ、確かに。今回のMVPは間違いなくヨルダだ。

 

ラフィが神父を殺した瞬間、目が覚めた後に子供たちを地上へと順番に送り届け、さらに大ピンチの姉の元へ駆けつけた。極め付けにはどうやらあの爆弾魔が取引していたらしい男も仕留めてきたらしく、そりゃあもう大活躍だった。

だとしても。

 

「仕事に支障が出る。明日は本業だし」

「む……マスターのとこなら仕方ないか……」

「じゃあ危ないとこ行く時はぜっっっっったい声掛けろよ! ヤクソク!!」

 

口端に米粒をつけたイクスがぐ、と姉へ向かって小指を立てた左手を差し出した。

それを目を見開き数秒固まった女は、横からさらに小さな小指が出てくるのを見て、ふっと優しく微笑んだ。

 

「へェへェ、わかったわかった」

「あ、雑に流した」

「ひでー! おらっ確保!」

「かくほー。ゆびきりげんまん」

「ぎゃあ、ヤラレター」

 

強引に二つの小さな指を絡められ、笑う。

頬をふくらせる二人が可愛らしく思い、ラフィの口端は自然と上がっていた。

 

「今日だってイクス連れてけばよかったじゃん」

「疲れてたんだよコイツ。振り解いても起きなかったし」

 

ガツガツとカレーをかき込み始めたイクスを指差し、ヨルダはじとりと姉を睨んだ。

そんな視線など気にもとめず、いつも通りの勢いでカレーを口に運ぶラフィ。ムッと頬を膨らまし、腕の火傷跡に貼られたガーゼをつんとつついた。

 

「いてっ」

「……」

「ヨルダさん? 痛い、ちょっと、痛いのでやめてほしいんだが」

「…………」

「いたたた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いね、今は君も忙しいだろうに」

 

切なく、されど何処か懐かしい、昔のヒット曲が流れるアルト通りに居を構える雰囲気のある喫茶店。

その店内で普段は下ろしっぱなしにしている髪を括り、掃除に精を出すラフィは、己の雇い主の謝罪に「やめてくださいよ」と否定を示した。

 

「あたしはこっちが本業のつもりで居るんで。イクスたちも居るし、事件屋稼業は手が空いた時だけッスよ」

「ふふ、それならばよかった。忙しい時はいつでもお休みを出すからね」

「あざっす」

 

机の拭き掃除を再開したアルバイターを眺め、店主も手元のガラスコップを布で覆い、回すように乾かし始めた。

 

店主と彼女の出会いは単純だ。半年前、彼女が店頭に貼っていたアルバイト募集のチラシを見て乗り込んできた。面倒を見てくれていた師に放り出された、と語った彼女に同情し、雇い入れたのだ。

まだ青い子供かと思えば、存外良い働きをしてくれている。客の顔もよく覚えるし、持ち前の快活な性格は店員として満点である。

しかし、たまに痛々しい怪我をしてくるのはいただけない。今日だって顔にも四肢にもガーゼを張り、隠しているとはいえチラチラ服の裾から見える白は痛々しい印象を与える。やっと足の傷が完治したところだというのに、年若い少女がしていい怪我ではないだろう。

 

複雑な心境を隠さず掃除に精を出す彼女を見つめる店主の耳に、聞き慣れたドアベルの音がカランカランと響く。そちらへ目をやると、店主より少し年下の、体格のいい男性が気安く手をやぁと挙げていた。この店の常連客だ。

 

「スミスさん、らっしゃい」

「お、ラフィちゃんじゃないか。なんだか久しぶりだね」

「最近ちょっと忙しかったからさ。これからしばらくまたバリバリ入ってく予定」

「はは、そりゃあいい」

 

常連客は豪快に笑うと、店主の目の前の席へ座った。この客の、いつもの席だ。変わらずモーニングセットを頼まれ、店主は準備に取り掛かる。

 

「あら、ラフィちゃんじゃない」

「ミーシャさん。お久しぶりッス」

 

「ウィステルくん、久しいね」

「アーベルさん。久しぶり、いつも通りカレーでいい?」

 

「ラフィ! 久々だね、ポーカーでもどうだい?」

「受けて立つぜ、クレーマンさん」

 

朝の常連が次々と入店し、久々にシフトを入れているラフィと一言二言話し、いつもの席へと案内する。

普段通りの光景に微笑み、店主はゆったりと注文を片付けていく。

昼になればオスト地区の子供達がきっと彼女目当てで飛び込んでくるはずだから、それまでにクッキーでも焼いてみようか。

そんなことを考えながら、クレーマンとラフィのポーカー勝負に釘付けになっているアーベルへ、店主はそっとカレーを差し出した。

 

「ほら、できたよアーベルくん」

「お、運ばせてしまって悪いねマスター。ご覧よ、ウィステルくんが優勢だぞ」

「ふむ。ラフィくんが勝ったらきちんとツケを払ってもらおうかな」

「彼、昨日競馬で溶かしたって言ってただろうに……マスターも鬼だね」

 

当然さ。ツケはツケなのだからね。

 

 




一章、完
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