「……いや、何があったんだよ」
ホテルの女子部屋。
同じベッドに寝そべり動かないフィーとヨルダに、部屋へ入った二人は思わずぽかんと口を開けた。
隣にいるエマ──ルーファスとの話が終わるまで待っていてくれた──に視線を向けると、彼女も少々困惑しているようで曖昧な微笑みが帰ってくる。
そんなやりとりの後、もぞりと動いたフィーが布団から顔を上げずにもごもごと喋り出した。
「……寝れる……」
「寝るなー?荷解きしろー?」
「全部そのままじゃないですか、もう」
とにかくまずは自分の荷物から、とエマは持ってきたスーツケースを広い床に広げる。
自分もやるかとガシガシと後頭部を掻き、“妹”の首根っこを引っ掴んで布団から引き剥がそうとした。
「ん゛ーっ」
「んーじゃねェの。お前の本もここに入ってンだから荷解き手伝え」
「フィーちゃんも。バッグ、放りっぱなしじゃいけませんよ」
「……ん……」
ちょうど日差しが入って心地いいのだろう。すっかり布団にしがみつく子猫達に、二人揃って息をついた。
「似たもの同士、ですね」
「本当に……困ったモンだよ。家に置いてくりゃよかったかな」
結局二人でやることになった荷解き現場に、イクスが乱入して来るまであと……2分程度、といったところだろうか。
翡翠の公都、バリアハート。
翠と白で彩られた街並みはその二つ名に相応しい美しさ。平民であってもどこか裕福そうな暮らしをしているこの街は────正直言って苦手だと、女は顔に出さずに不快感を心の中で抑えた。
同じクロイツェンなら確実にケルディックの方が性に合っている。無論、一番暮らしやすいのは帝都だと思っているが。
道ゆく貴族は皆赤服を纏ったユーシスを見てギョッと目を剥き、そんな人々の様子にマキアスは苛立ちを隠せていない。
双子はあれ何これ何とラフィに尋ねて忙しない。その隣でフィーがつまらなさそうに欠伸をした。
「最初の依頼は……職人街だな」
「先ほど復習した場所ですね」
「ターナー宝飾店か。中々腕のいい職人がいると聞く」
ユーシスの言葉に、依頼が書かれた書類を覗き込んでいたエマとリィンがへぇと顔を上げる。
地図に沿って歩いているうちに、入り口すぐにあった宝飾店に辿り着き、一行は扉を開けて店内へと足を踏み入れた。
「あぁ、ほら。丁度いらっしゃいましたよ」
店員と男性客がこちらへ振り向く。男性客はあぁ良かったと安心したように笑った。
「トールズのⅦ組の方々ですね。お待ちしておりました」
「丁度、ということは……?」
依頼の件です、と店員は頷き、最初から少しづつ説明を始めた。
まず、男性客────ベントは旅行客であること。
婚姻指輪を買いに来たこと。資金の関係から比較的高価でない、樹液が固まってできた半貴石・≪樹精の涙≫を使用したいということ。
「つまり、僕たちはそれを取ってくればいいんですね」
マキアスの言葉に店員はその通りだと頷く。
なるほど、ルーファスも上手く考えたものだ。貴族からの依頼でないならマキアスは快く受けるだろう。
もう一つの依頼者は名前を見る限りどうやら貴族のようだが、さて。
「≪樹精の涙≫なら言うほどレアもんじゃねェよ。あたしも何度か探し回ったことがある」
店内を見てまわりたいらしい双子の首根っこを引っ掴みながら、事件屋がそう告げた。
ケルディックで騒ぎを起こした、帝都の宝石商の男────ハインツからの数々の依頼。大抵は受け取り依頼や荷運びといった変哲のないものだが、たまに宝石の原石探しとかいう無茶振りを仕掛けてくることは記憶に新しい。
≪樹精の涙≫はこのバリアハート近辺ならばそう珍しいものではない。そう、ハインツがあの日ケルディックで売っていた珍しい魔獣が溜め込み作り出した大ぶりの紅耀石に比べれば、よっぽど。
「でもアテがないのはちょっとめんどくさいね」
「あぁ、周辺にある樹は皆泣く。街道の整備員にでも聞いて……」
フィーの言葉にユーシスが答えた、その時。
「その必要はない、と言ったら?」
やたら気取ったよく通る声が、店内を反響した。全員がその声に気を取られて背後を振り返る。
白い外套を身に纏った、青髪の男。身なりからして貴族だろうか。
訝しげな目で男性をじろりと睨むラフィの背で、ヨルダがぐるりと影を蠢かせた。
「フ……そう警戒しないでくれたまえ。君たちが探し求める無垢なる木霊の涙……先ほどこの目で見たところでね」
その言葉に警戒を緩めるわけでもなく、少女は姉の制服の裾を握りしめ、子猫のように男を威嚇する。
しかし、先ほどともに昼寝したフィーがその方をポンと持った。見上げた先にいた“センパイ”は男をまっすぐ見つめ────後ろでくんだ手元は、さりげなく双銃剣がいつでも握れるような形をしていた。
そんなやりとりの手前で、年上組は顔を寄せてなんだアイツと口々に告げる。
「ユーシス、知り合いか?」
「いや……知らん」
「じゃあ、ラフィさんの……?」
「知らねェよ。あんな気取ったやつ知り合いにもなりたくねェ」
「と言うことは、完全初対面の僕たちに話しかけてきた……不審者?」
マキアスの一言でエマが年下3人の保護に動く。
貴族の義務だろうか、ユーシスはベントと店員を守るような立ち位置を取り、ラフィはリィンとマキアスの正面へと出た。
すると男は「流石に自己紹介くらいはさせてくれたまえ!」と慌てる。
「私はブルブラン。男爵だ。絵画や彫刻品といった芸術品、そして美麗な細工の施された様々な調度や工芸品の数々……およそ芸術と名の付く物であれば、どんな物にでも愛と情熱を傾ける────自他共に認める好事家さ」
「そうか、本当にあったか……あぁ、こっちも無事だ。帰りも気をつけて」
パタンとARCUSの蓋を閉め、≪樹精の涙≫が見つかったとベントへ告げると、青年は店員と手を取り合って喜んだ。
その様子を眺め微笑むラフィを、さらに後ろから眺めるヨルダは、隣の貴族へと視線をぶつけた。
「どうかしたかい、白夜の妹君」
「べつに。あなたから知り合いのオジサンと同じ匂いがしただけ」
「……それは、加齢臭という意味かね」
どうだろーね。そう呟いて、ヨルダは姉と片割れのいるカウンターへと歩いていった。
僅かにその影が蠢く。そうして────ブルブランの足首から影の手が離れたのであった。
「なぁ、どーゆー形にすんの?」
「それがね、まだ迷っているんだ」
「大きさによって変わってしまいますからね。ですが、≪樹精の涙≫の硬度は低く柔らかいので、いくらでも加工は効きますよ」
その言葉を受けて、ベントはどうしようとさらに考え込んでしまった。ずっとカタログと睨めっこをして、うんうんと唸っている。
横から覗き込むイクスがこれは、あれはと候補を挙げるほど青年の唸りは大きくなっていく。全部選択肢に入っているらしい。
そりゃあ、大切な婚姻指輪だ。大いに悩んで、悩んで、納得の行くものを選ぶといい。裾にきゅう、としがみついてきたヨルダの頭を撫でながら、ラフィは僅かに微笑んだ。
「今、≪樹精の涙≫と言ったかね」
そんな穏やかな空間に、年若いメイドを連れた一人の男が割り入ってきた。────貴族だ。
嫌な予感がその場を覆う。明らかに歓迎されていないムードの中、空気も読めない男は尊大にこう告げた。
「丁度“飲みたかった”ところだ。金は出す、わしに譲れ」
「あ゛?今何つったテメェ」
すかさず吠えたラフィに男は目を落とし、明らかな嫌悪の目を向ける。「この店は不良も入れているのかね」と。その言葉にギッと強く歯を食いしばり、ふぅと怒りを鎮めるように息を吐いた。
そして、僅かに震えるベントと、冷や汗を垂らす店員をチラリと見て、貴族へと詰め寄った。
「……失礼しました。相当な階級とお見受けしますが」
「なんだ、キチンと出来るではないか。……わしはゴルディ伯爵だ」
伯爵か、と呟く。正直ユーシスが帰ってきてしまえばイチコロだが、さて。
別に“ラファエラ”として振る舞ってしまうのが一番早いが、厄介なことに無駄に高い反骨精神がそれを邪魔する。Ⅶ組の教官代理として依頼を受けたのは“事件屋ウィステル”であるが故に。
「私はトールズ士官学院 特務科Ⅶ組の者です」
「おぉ、ユーシス様がご在学と噂の」
「えぇ────今丁度、そのユーシス様が≪樹精の涙≫を“彼のために”採って帰ってきた所なのですが」
それを、どうするって?
目の前の女学生と、双子。3対の不気味な目が伯爵を睨みつける。
怯えてずり、と後ずされば、何かにぶつかる。
思わず無礼者と叫びかけた伯爵は、ぶつかった相手を見て声にならない悲鳴をあげた。
「……何の騒ぎだ、“ラファエラ”」
「ラフィって呼べ馬鹿」
「誰が馬鹿だ阿呆」
スッと通った鼻筋、若干燻んだ金髪。美しい翡翠の瞳。
ユーシス・アルバレア、その人であった。