「マキアス、今の感想は?」
「控えめに言って腐ってる」
そんなマキアスの返答に「正直すぎるっしょ」とイクスがゲラゲラと笑った。
オーロックス峡谷を出てすぐ、中世に造られた橋梁をくぐった先。手配魔獣のいる小高い丘を目指して、一行は歩いていた。
「結局食べられてしまったな……≪樹精の涙≫」
「ベントさん自身が譲ってしまいましたからね……」
結局、皆が苦労して取ってきた半貴石はあの貴族の腹の中に収まってしまった。「虫の入ってるところを持ってくればよかったね」とフィーがぼそりと呟いた。
「そういえばラフィ、あの琥耀石、よかったのか?」
隣を歩いていたリィンが、視線を下げて女へと尋ねた。
すると女は心底面倒くさそうな顔をして「あー……」と生返事を返し、ぼりぼりと後頭部を掻いた。
先ほど食われてしまった半貴石。貴族が去って行った後、代わりにとラフィが差し出したのが、≪樹精の涙≫によく似た色合いの、それなりの大きさの琥耀石だった。
いまだにラフィが貴族としての生活をしていたらなんとも思わないが、今は帝都のアパート暮らしアルバイターだ。あんな大粒の琥耀石、どこから出てきたのか。
そんな様子を見ていたヨルダがリィンの反対側からひょこりと顔を出して、にやりと笑う。
「あれね、皇女様の賄賂」
「あっバカお前」
ぴしり、と全員の体が固まったような気がした。
信じられないような顔をしたユーシス。口端を引き攣らせたエマ。大口開けて固まったマキアス。目をひん剥いたリィン。平常運転なフィー。
「先週くらいに皇女様から依頼受けたんだけど……あ、リィンお兄さんの妹さんにも会ったよ」
「帰ってきて飴の包み紙捨てようとしたらポッケに入ってたんだよな。あの時のラフィの顔めちゃくちゃ面白かったぜ」
「一回黙れガキンチョども」
これぞポッポナイナイってやつ?とケラケラ笑うイクスの上から、マキアスがぼそりと呟いた。
「皇女殿下から下賜された琥耀石を……?やっぱり事件屋って名前の通り正気じゃないな……」
「やっぱりってなんだよやっぱりって!!」
大体その名前だって好きでつけた訳じゃない!!
音の響きやすい峡谷道に、ラフィにしては珍しい悲鳴のような大声が木霊した。
「……あれが……」
休息中なのだろうか。小高い丘の上で、赤黒い大きな爪を持った魔獣が静かにうずくまっていた。
手配魔獣になってもおかしくない程度の魔獣だ。周辺に散らばった小型魔獣の骨からして、どうやら肉食らしい。
「……見たことない。クロイツェンの固有種?」
「固有種ではないが……フェイトスピナー、たびたび街道に出る厄介な魔獣だ。当然あの大きな爪も危険だが、口から毒液を吐く。不用意に近づくな」
フィーの質問に、ユーシスが淡々と答える。
たしかリベールのボース地方にも出たはずだ。家出中に師に「倒してみろ」と目の前に放り出されたことがある。
……どちらにしろ、普段は山中や洞窟などに潜んでいるから、普段は街道には出ない魔獣だ。一般人が遭遇したらひとたまりもないだろう。
「仕掛けるぞ」
リィンの号令と共に、皆が武器を抜く。
足元にARCUSのリンクを示す光陣が浮き上がり、互いの思考がゆっくりと流れていく。ラフィの線の先はフィーにつながったらしい。脳内で弾き出したであろうフェイトスピナーの弱点が手に取るようにわかった。かつてラフィが倒した経験もあちらに流れているようで、その弱点分析は確信へと至る。
『先に雑魚片すか』
『了解』
真っ先に二人でフェイトスピナーに手を出すのが早いが、それではようやくリンクを繋げたユーシスとマキアスの成長につながらない。同じく戦い慣れている双子も今は完全に援護に回ってもらっている。ある程度フェイトスピナーを相手している4人を見守りつつ、周辺の取り巻きへと長剣を振り翳した。
頭を叩き割るように振り下ろして、まず一匹。
外れかけたフィーの弾丸を上手いこと剣の腹で跳ね返し、二匹。
飛びかかってきたのを素早くフィーが仕留め、三匹。
『避けて』
『おう』
背後から飛んできた弾丸をするりと避け、四匹。
戦術リンクは上手いヤツと組めば便利なものだな、と感嘆する。軍の精鋭部隊なんかに使わせれば、それこそ当初の目的の通りアイコンタクトもなしに抜群のコンビネーションを発揮する軍隊が完成するだろう。
下から打ち上げたのを打ち抜き、五匹。
吹き飛ばしてきたのをそのまま刃にぶつけ、六匹。
撃ち抜いたのにさらに剣を突き刺し、七匹。
「どういうつもりだ……ユーシス・アルバレア!」
段々二人して遊び始め、そんな叫び声にそろそろ終わりかな、と彼らを見れば、倒れ伏したフェイトスピナーの前で、四人とも肩で息をしてずいぶんと疲弊しているようだった。
わぁ、と顔を見合わせ、武器を仕舞いつつ4人へと近づく。
どうやらくだんの二人の戦術リンクが途切れたらしい。そういえば切るの忘れてたな、なんてことをフィーと同時に考え、ARCUSを取り出しながら互いに小さく笑った。
「一度協力すると言っておきながら、腹の底では平民をバカにする!結局それが貴族の考え方なんだろう!!」
「お前のいう通りならばそこにいる馬鹿やアンゼリカなどというバグが数年に何度も現れるものか!!」
互いにつかみかかって睨み合う中、ユーシスが指差した先にいたこちらを見て「アレは事件屋という別種の生物だろう!!」と反論する。あんたはあたしをどう見てんだ。
「放置して帰って良いか?」
「いや流石にダメだ」
制服の首根っこをリィン引っ掴まれ、帰投に失敗する。
いよいよ二人がヒートアップして拳を振り上げた────その時。
魔獣の唸り声が聞こえた。
「……!」
「チッ、リィン!!」
「わかってる!!」
反応したのは3人。リィン、フィー、ラフィ。
即座にリィンとラフィの間にリンクが結ばれる。
一瞬で行われた嵐のような情報のやり取りの後、リィンは魔獣の前へと躍り出た。
「ヘルターオニキス」
「なっ!?」「影だと!?」
それと、後ろから伸びた影の手。
二人が保護されたのを横目で確認して、背から抜いた長剣をそのまま投げ飛ばし、爪の行き先をずらす。
刀の居合いは上手く殻の隙間に入ったのか片方の爪を切り飛ばし、そのまま軽やかに魔獣の上へ乗ったフィーと遠くから狙ったイクスによる銃撃で完全に沈黙、消滅した。
「ナ〜イス!」
「ん」
降りてきたイクスとフィーが拳をぶつけ合う。
その隣で闇から解放されたマキアスとユーシスが、ぴったりくっついて座り込んでいた。
剣を回収してきたラフィに、リィンが「助かったよ」と声をかけ、刀を収める。
「お前、こいつら庇うつもりだったろ」
「……うん、まぁ。咄嗟に、だからな」
「アレの爪どんだけ痛いと思ってんだ、馬鹿」
「あぁ。止めてくれてありがとう」
素直に礼を告げたリィンに、当たり前だと返す。
下手をしたら肩から下が無くなってた。フェイトスピナーが手配魔獣たる所以を受けるのだから、当然だ。
なるほど、これが戦術リンクの真価か、と納得する。敵を見る目が2つあれば、僅かな予備動作も見逃さないだろう。
褒めて欲しいらしいヨルダがラフィの懐に潜り込む。イクスはどうやらフィーと銃トークで盛り上がっているようだ。
ヨルダの頭を撫でながら、今の会話を聞いていたらしい喧嘩コンビがしおらしくなっているのを見て、思わずクスリと笑った。
だって、あのユーシス・アルバレアがこんなにもしょんぼりしているのを見るのは初めてだったから。
ラフィの記憶の中にあるオーロックス砦は、一応共和国との国境砦にあたるが、その向こうが廃道となっていることもあり、どちらかといえば歴史を学びに日曜学校の遠足で来るような、古い古い砦だった。親達が小難しい話をしている間、いつもの四人でアルバレア家の執事であるアルノーに連れられ、訪れたことがある。
そりゃあアレから5年以上経っているのだから、多少変化があるのは当然だが……
「驚いた……鉄道まで走ってンじゃねェか」
「ベースは古い砦だね。ただ……」
砦の両脇には線路が並び、砦本体にもあちこち金属で補修・増築されている。砦としての機能こそ上がったかもしれないが、かつての中世の砦ならではの趣は完全に無くなってしまっている。
フィーの言葉に頷き、随分化けたな、と呆気に取られていると、ユーシスがぼそりとつぶやいた。
「これは……」
「どうした、ユーシス?」
「……あ、あぁ……何でもない。さっさと報告を済ませるぞ」
スタスタと歩いて行ってしまったユーシスを追って移動する。
丁度坂を降りたあたりで、左脇の線路を貨物列車が通過して行った。その後ろには、シートを被せられた何かがいくつも積まれている。
シートを被せているとはいえ、流石にそのシルエットから正体の予想がつく。
「せ、戦車!?」
「……かなりの重量級みたいだな」
「
驚くマキアスとリィンに、フィーがサラッと説明する。
帝国最大の導力メーカー、武器商人とも揶揄されるライフォルト社の最新式戦車。
「なんでこんなとこに……共和国対策っつってもこの先は廃道しかねェだろ」
「一応、その先にバーゼルって街はあるけど、距離が離れすぎてる」
「ら、ラフィさんはともかく、フィーちゃんはよく知っているんですね……」
「ん。得意分野」
ここに配備する意味はない、と二人で同じ結論に達したことに気づき、顔を合わせて互いに口端を上げる。やはりどことなく思考回路が似ているようだ。
少々引き気味のエマに満足そうに答えたフィーを見て、ユーシスがフンと鼻を鳴らして再びスタスタと先に歩き始める。それに噛み付くように大股で走って行ったマキアスを追うように、ラフィもブーツを鳴らした。
(……アイツ、いまラングポートだったか)
ふと、共和国の話題と共に同業者の所在を思い出す。
このまま道を辿っていけば────と一瞬考えたが、そもそもここからバーゼルまででも徒歩なら丸一日かかることを思い出し、首を振る。何より今は仕事中だ。
滞在中の連絡先は聞いているのだから、別にわざわざ会いに行かなくても良いだろう。
「……ラフィ?」
「前見ねーとコケんぞ」
遠くを眺め悩むラフィの袖をくいと引く双子に、わかったわかったと笑って、妙な考えを吹き飛ばす。
どうせアイツなら上手くやってるだろ。己が師の弟弟子を脳内から追い出し、前を行くⅦ組を追った。