「それ、飛ぶの?」
ふとフィーが発した言葉に、飲んでいたコーヒーが横に入った。フィーの指さす先には、いつも使っているロングソードがあって。
「投げ飛ばしてるだけだよ」
「リンクの時飛んできたイメージが“投げた後に戻ってくること”を前提とした戦術だった」
「……だから戦術リンクは怖ェんだよなァ……」
懐でスヤスヤと眠るヨルダの頭をそっと撫で、ラフィは長剣を片手で持ち上げる。
そして膝の上で少しだけ刀身を抜き、月明かりに照らした。
「こいつは実家を飛び出す時に武器庫からパクってきたヤツでさ。その時はなんとも思ってなかったんだが……所謂古代遺物ってヤツらしい」
「……初めて見た」
そりゃそうだろうな、と呟く。
相変わらず地金の鮮やかな蒼は燻むことなくぼんやりと輝いている。
女神の早すぎた贈り物とも称されるそれが実家にあったことは不思議ではない。実家は公爵家────皇族の傍系であるのだから。
ただ、それを持ち出してしまったのが問題だった。
「無断で持ち出したんだ、真っ先に巡回神父に捕まったよ。今になっちゃ、それがよかったとも言えるけどな」
「じゃあ、アルテリアに居たんだ」
「最初の1年だけな。どうしてもコレを持つならって、その巡回神父の弟子……あたしにとっての師匠にみっちり扱かれたんだ」
当時、12歳だったラフィは身の丈以上の魔剣を扱えるように、師に武術を叩き込まれた。
基本は巡回神父の扱う“崑崙流”だが、そこに師が齧ってきた剣術も込みで仕込まれ、そこから4年に渡る旅が始まった。
「おかげでコイツが何なのかはよォくわかった。なんでかは知らねェけどあたしを主人と認めてるおかげで、投げ飛ばしたら手元へ帰ってくるし、人の道理が効かないヤツには特攻もつく」
「それだけ?」
「あたしが教えてもらったのはな」
そちらから聞いてきたというのに、フィーはふぅんと浅い返事をしてベッドへと寝転んだ。
もう寝るのだろう。ラフィも寝転んで、ヨルダの肩あたりまで布団をずり上げた。
「つーか、そういうお前だって“殺しを前提とした”戦術しか流れてこなかったぞ。どういう育ち方してンだ」
「? 猟兵だけど」
「……えっ」
サラッと告げられた事実に、思わず起き上がる。
「気づいてなかったの? イクスもヨルダも、こっち側の人間でしょ」
「いや、まァ、それはそうだけど……そうだよな、そっち側の人間ってのはどこに紛れててもおかしくはねェか……」
そゆこと、と静かに微笑んだフィーは、せっかくシワなく整えてもらっていた布団をくるくると丸め、抱き枕のように抱く。
「やっぱり、ラフィは受け入れてくれてた」
「なんだ、猟兵ってこと気にしてンのか」
「ううん。むしろ誇り。でも……皆の中で生きるならできるだけ隠したほうがいいって、サラが」
布団と顔をこちら側に向け、フィーは嬉しそうにクフフと笑った。
猟兵……旅の途中で大規模な抗争の中を走り抜けたことはあるが、直接正面から関わったことはなかった。なんなら、通り抜ける間巻き込まれぬよう誘導さえされた。互いを本気で潰し合う中、堅気である師とラフィだけは、無傷で抗争の中を通り抜けたのだ。
だが、まぁ。あんな争いを繰り広げる猟兵の出って言うなら、そりゃあ物騒な考えも余裕で出てくるというものだ。
「そういえば、イクスの銃も古代遺物でしょ。ヨルダは知らないけど」
「聞いてないからしらね。多分そうなんじゃねェの?」
「……? 姉弟って普通はお互いのことなんでも知ってるんじゃなかったっけ」
「ンだその知識。そもそもあたしコイツらの実姉じゃねェし」
その言葉に、フィーはまた起き上がって、座ったままのラフィにまんまる驚いた瞳を向けた。
丸まった布団が体に沿って中折れする。
「姉弟じゃないの?そんなにそっくりなのに?」
「そっくりって……目の色だけだろ」
「そんな色、なかなか無いから」
そんなフィーの言葉に、正面にあるドレッサーの鏡に映った自分の目を見た。いつも通りの白夜が静かに佇んでいる。
父とは全く違う、異質な色。母さんによく似て綺麗だと、おかしくなる前の父がよく褒めてくれた。
でも。
母さんの色は、もっと綺麗な……
朝焼けのような瞳だった気がした。
「父上からの呼び出しだと?」
翌日の朝。今日こそはリンクを成功させると息巻いていた不仲コンビを見守るⅦ組の元へ、ラフィにとっては懐かしい人物────アルバレア家の執事・アルノーがホテルへと訪ねて来ていた。彼はユーシスの言葉に「えぇ」と頷く。
幼馴染の横顔はどことなく嬉しそうで……すこし、気に食わない。みんなの後ろで壁にもたれるラフィの表情には誰も気づかない。行ってこいと和やかに送り出されたユーシスは、呆気なくアルノーの運転する車に乗って去っていってしまった。
(……どうにも、嫌な予感がする)
最初に違和感を感じたのは、昨日のオーロックス砦からの帰り道だ。
峡谷道の、ちょうど中間あたりだっただろうか。大規模なサイレンが聞こえて……上空を謎の物体が通過していった。リィンとフィー、イクスにはその飛行物体に“少女が乗っている”のが見えたらしい。
その後、すぐに砦から出て来たらしい戦車が通過。その砲手によれば“オーロックス砦に侵入者”があったそうで……間違いなく、あの飛行物体である。
あの速度ではきっと追いついていないだろう。
オーロックス砦の侵入者は未逮捕だ。
そんな状況で、この呼び出し。
ラフィの勝手な印象ではあるが、あの育児放棄クソ親父に家族団欒などという殊勝な考えは無いと断言できる。
ならば、どう捉える?侵入者があった故の保護? ルーファスに何かがあった? 公務の押し付け ?
それとも……考えろ。
何か、企みが別に……
「ラフィさん」
ハッと顔を上げる。思考の海からざばんと引き上げられたその先には、エマの心配そうな顔があった。
いつの間にか手を握られていたらしい。慌てて抜き取って、パーカーのポケットに手を突っ込もうとして、すり抜けた。パーカーを着ていないことを忘れていた。
クスクス笑うエマをじとりと睨み上げ、ぼそりと呟く。
「メガネ、どこやったんだ?」
「ちゃんとありますよ。ちょうど汚れを拭いていたんです」
ここだと指を刺された先は胸元。どうやらジャケットに引っ掛けていたらしい。
注意力が散漫になっていることを自覚して、頭を抱える。……あれ、さっき何を考えてたんだっけ。
眉間をぐり、と押し、響く頭痛を抑える。考えがまとまらない。
「ミルスティン……お前、何かしたか」
「いいえ。ただ少し、引き戻しただけですよ」
メガネを掛け直し、微笑むエマ。
そのまま「行きましょう」と差し出された手を握り、ふらつく足取りを支えてもらいながら歩く。
最初に感じた漠然とした嫌な予感を胸に抱え、もう一度考えを汲み上げようと必死に頭を動かす。
が、考えた横から突き崩されるように霧散する思考は、先ほどの冴えが嘘のように鈍り、鈍くなっていた。
「あ、やっと来た」
「早く行こーぜ!」
駆け寄ってきた双子を受け止め、ようやく視界がはっきりとする。
「ラフィ、もう大丈夫なのか?」
心配そうに歩み寄ってきたリィンを見つめ、はぁと一つため息をつく。
エマを見上げても微笑むだけだ。
「大丈夫だ。お前らはさっさと実習終わらせろ」
「お前らはって、そんな他人事みたいな」
「あたしはただの付き添いだから他人事でいいんですゥ〜」
未だ燻る予感に蓋をして、リィンに絡むように肩を組む。
何も起きなければいい。この実習が終わるまでは……
「……よし、問題なく倒せたな」
手配魔獣が端から少しづつ塵になっていくのを確認して、リィンは刀を鞘へと納める。
少し遠く、邪魔にならない位置で眺めていたラフィ達はそれを合図に彼らへと近づいた。
街道にはそよそよと心地よい風が吹いている。街道の脇の草原にフィーが寝転び、それを見たヨルダがすぐさま彼女のそばへと小走りで駆け寄り、倒れ込んだ。
「お見事。レーグニッツもユーシスがいなけりゃちゃんと動けるじゃねェか」
「余計なお世話だ! まぁ、皆に……特に、リィンには迷惑をかけてしまったとは思っている」
ちら、と視線をリィンに向けたマキアスは、そのまま彼の方へ向き直り────頭を下げて、大声で「すまなかった、この通りだ!!」と叫んだ。
「あ、頭を上げてくれ! 最初に曖昧な言い方をした俺にも非があった」
改めてよろしく、と目の前に差し出された手を、マキアスは晴れやかな笑顔で握った。
青春だな、と微笑ましく見守っていた女子達の視線に気づいたのか、すぐに顔を真っ赤にして「生暖かい目で見るんじゃない!」と照れていたが。
魔獣が完全消滅したのを確認して、一行はバリアハートへの帰り道をゆっくりと歩き始めた。
昼寝できると思ったのに、と少し不機嫌なフィーとヨルダを引っ張り歩くエマとラフィをよそに、イクスは男子二人へと絡んでいる。
「メガネサン、リィンオニーサンとも喧嘩してたんだ?」
「喧嘩というか……僕が一方的に意地を張っていただけだ」
「せっかくだし、そのままユーシスとも和解してくれないか」
「いや……奴だけはこう……素で気に食わん。すまないが無理だ!」
マキアスのキッパリとした言葉にケラケラとイクスが笑う。どうやら随分とマキアスを気に入ったらしい。
「本当に、ボクもヨルダも会ったことがないタイプのヒトだよ、アンタ。バカで、真っ直ぐで、自分に正直」
「聞き捨てならない言葉はあったが……僕が、正直?」
「そう。自分の信条に従ってて、絶対折れねーじゃん。
自分よりも遥かに小さな背丈の子供が、笑顔でマキアスを見上げる。昨日の朝、凍るような目をしたあの少年とは思えないほど、悪戯っぽい子供らしい笑顔だ。
一度メガネを外し、眉間を揉む。
そして再びかけた後、マキアスもとびきりの笑顔を返して、イクスの髪をかき混ぜた。
「まったく……君は本当に生意気だな!」
「うわっ!? 生意気ってなんだよ! 頭ぐちゃぐちゃにすんなっ!!」
「せっかくだし俺も撫でとくか」
「はぁ!?そこは止めるとこだろ! ラフィっ、ラフィーーッ!」
からかった本人だけじゃなく、よそからも伸びてきた手に焦り、背後の姉に助けを求める少年の声が街道に響く。
実習二日目、もうすぐ正午。そよ風は追い風になって、皆の背中を優しく押していた。
「士官学院一年、マキアス・レーグニッツだな?」
「貴様を逮捕する。大人しくお縄に付いてもらうぞ」
嫌な予感は、的中した。