事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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十九話 手慣れた侵入者

記憶よりも少し寂しくなった部屋で、ユーシスはゆったりと寛いでいた。

必要なものは全て第三学生寮まで持って行っていた。未だにごちゃついているのは勉強机の上くらいだろうか。

その机の上にも、一つ足りないものがある。写真立てだ。

幼い頃、導力カメラにハマっていたアンゼリカが撮った、自分とあの馬鹿の喧嘩の写真だ。

なぜ喧嘩したのだったかを思い出す。確か、ラファエラがぽつりとルーファスが嫌いだとこぼしたのだ。何を考えているのかわからない、気持ち悪い、と。

当時兄が大好きだったユーシスは迷いなく殴りかかった。優しい兄が気持ち悪いと言われたことに怒りを覚えた。

 

(そしたら、あいつも殴り返してきて……半泣きになったパトリックが間に入るまで、ずっと殴り合っていた)

 

そこで面白がったアンゼリカが、カメラで証拠写真をぱちりと撮ったのだ。おかげで最終的に二人揃ってアルノーにこってり絞られていた。

二人で顔や腕に青あざを作って、唇を切って、血を流して。あそこまで本気でぶつかったのは、後にも先にもあの時だけだ。

 

懐かしい、と改めて部屋を見渡す。ついこの前まで暮らしていたというのに、2ヵ月経っただけで随分と久々に感じる。

そう、親同士の会談やパーティーでアルバレア邸が会場になった時、大抵ラファエラがそこの窓から(・・・・・・)……

 

「おっやっぱ居た。ヘルムートさん考えること変わんねェな」

 

物語に出てくる勇者のように、夕焼けを背にして不敵に笑って迎えにくるのだ。

 

「……本当に成長しないな、お前は……」

「うるせ。そもそも正面から行っても入れてもらえねェだろ」

 

だから正攻法(不法侵入)で来ただけだ。

もともと空いていた窓を乗り越えて、女はユーシスの部屋へと侵入する。ここにくる時に登ってきたのか、木の葉が制服から落ちて床へと舞った。

 

「つーか何大人しくしてんだよ。ちったァ抵抗しろ」

「移動したらお前に合流できないだろう。どうせそこから入ってくると思っていた」

「じゃあ成長しないなとか言うなよ!オラ行くぞ囚われのオヒメサマ!!」

「誰が姫だ阿呆」

「お前だよ馬鹿!」

 

いつもの騎士剣を手に取り、ユーシスは幼馴染に向かって頷く。

二人の間にリンクが結ばれたのを確認してから、ラフィは鍵のかかった扉を蹴破った。

正面で見張りをしていたらしい兵士達をいつも通り物理で気絶させて、二人で顔を見合わせて走り出した。

 

「双子はどうした」

「リィン達と一緒に行かせてる。詰所の地下で合流予定」

「地下水道……ということはあの部屋だな」

 

侵入者だ、と叫ぶ兵士を峰打ちで黙らせつつ、二人は地下を目指して階段を駆け降りる。

リンクを結んだ二人は視線すら合わせていない。互いがどこへ動くか────しかし、リンクによる情報交換は最小限に、己の経験に従って、長剣と騎士剣を振り回していた。

 

「お前さァ、あんな怪しい帰還命令受けんなよ」

「俺はお前と違って従順なのでな」

「その従順やめろっつーの。いいことないって」

「フ、そうだな。だが、何かがあればお前が……ラファエラが迎えにくると確信していた」

「……〜〜っ!! しょうがないなあ、ホント!」

 

やってくる兵士は皆二人を見て、目を見開いて、呆気なく鎮圧されていく。子供の頃は避けて逃げるしかなかった兵士たちも、今となってはただの障害物に過ぎない。

あっさり目的の地下への階段のある部屋の扉へたどり着き、扉を蹴破り、魔獣防止のためか二重構えになっていた鉄柵を飛び越え、走り出した。

ジメっとした空気が頬にあたる。帝都の地下水路よりも澄んだ空気ではあるが、湿気で満ちていることには変わりない。

 

「さて……こっからどう行くんだったか」

「あれから少し構造が変わった。しばらく一本道だ」

「なんだそれ、つまんね」

「いざという時の脱出路でもあるのだから当たり前だろう」

 

スタスタ歩き出すユーシスに、ラフィも追従する。

制服のポケットから取り出した2本の飴を片方だけ渡し、もう片方を自分で咥える。今日はマスカット味だ。

同じように包み紙を剥いたユーシスもそのまま飴を口の中へ入れ、もごもごと溶かしている。

 

「サイダーか。悪くない」

「あたしマスカット」

「……」

「なんだよ。もう食っちまったしやらねェからな」

 

恨めしそうなユーシスの視線を浴びながら、飴を奥歯で噛み砕く。そういえばこいつは昔からマスカットが好きだったな、と今更思い出した。

寄ってきた魔獣を一閃しつつ、丁寧に舐め溶かそうとしているユーシスに向かって、一つ問いを投げかける。

 

「お前、レーグニッツのこと嫌いなんじゃなかったか」

「気に食わんだけだ。それに……」

 

青年は黙り込み、俯く。

 

「一言すらなかったのか」

 

そして、幼馴染の問いにこくりと頷いた。

 

「父上にとって、俺は一体何なのだろうな」

「さぁな。こればっかりはわかんね」

 

剣を鞘へとしまうラフィの隣で、小さく笑う。

 

「いっそ、あの時お前について行っていれば……」

「それは違う」

 

透き通るような白夜がユーシスを貫く。

記憶にあるような子供の手ではなく、しっかりと女性のそれになった手が、ぐいと制服の襟を掴んで、引っ張った。

 

「あたしは、さ……確かに(カイエン公爵家)を出て色んなことを知ったよ。良い事もたくさんあったけど、苦しい事だって沢山あった。だからこそここまで成長できたと思ってる」

 

けど、という言葉の後、幼馴染へ額を預ける。

 

「その分、ラマールを放り出した。父さんから教わるべき時間を、自分のわがままに充てた……四大名門失格だ」

「ラファエラ……」

「けど、お前は違うだろ。親から逃げずに、戦った」

 

襟を掴んでいた手が、ユーシスの左胸に、拳となって突きつけられる。

 

「誇れよ。“自領をより良く”────逃げたあたしと違って、あの時耐え切ったお前ならきっとできるさ。だからついて行っていればとか……言うな」

「……そう、だな。すまない」

 

自領をより良く。

幼い頃、父から教え込まれたのだとパトリックが口癖のように繰り返して、引き取られて間もなかったユーシスに伝染った言葉。これを口に出すたびに、女二人に真面目だなと笑われていたことを思い出す。まさかこれを引き合いに出されるとは思っていなかった。

襟から手を離してフンと鼻を鳴らした女は、早足でツカツカと先へと行ってしまう。

 

「……ん、居たぞ」

 

追いついた彼女の視線の先では、クラスメイトたちが手を振っている。双子に至っては襲ってくる敵を影の手がハエのように叩き払いながら駆け寄ってきていた。

目の前の鉄格子にかかっていた鍵を長剣で叩き切り、飛びかかってきた双子を腕を広げ難なく受け止め、ぎゅうと抱きしめる。

 

「あっぶねェな……ったく」

「ちゃんとみんな守ってきた」

「そーだそーだ、褒めろ!」

「おー、ヨシヨシ。よくやったナー」

 

心がこもってない! と頬を膨らませる子供達に続いて、クラスメイトたちが続々とユーシスの元へ歩いてくる。

 

「よかった、無事だったんですね」

「あぁ。こいつがいたからな。まさか屋敷に帰るなり閉じ込められるとは思っていなかったが……久々に楽しかった」

 

双子に揉まれながらもユーシスの視線に気付いたのか、すっかり姉の顔になった事件屋はニィと笑う。

そしてそのまま抱っこをせがんできたヨルダを抱き上げ、リィンたちがやってきた方でも、自分たちが来た方向でもない、もう一つの道へ親指をクイと向けた。

 

「多分こっちだろ。行こうぜ」

 

その言葉に全員が頷き、歩き出した。

大人数になった足音はどこか聞き心地が良く、自然とラフィの口角が上がる。その姿に、胸元から顔を上げたヨルダも小さく微笑んだ。

しかし、姉の左手を小さな手で握るイクスはどことなくソワソワと落ち着かない。

 

「ちったァ落ち着け、イクス」

「でもさぁ……大丈夫かなマキアス……弱っちいのに」

 

拷問とかもされたこと無さそうだし、と呟いたイクスの脳天に「阿呆」とユーシスのチョップが入る。

 

「今回はあくまでも革新派への牽制だ。拷問などありえん」

「……ホント?」

「本当だ。精々牢屋に閉じ込められて一人寂しく涙を耐えているくらいだろう」

 

その言葉に、ぱぁとイクスの顔が晴れる。

途端に上機嫌になった少年は、軽やかなステップで全員の前に躍り出た。

 

「じゃあ、泣く前にボクらが助けてやんないと!早く行こうぜ!」

「待ってイクス、単独先行はダメ」

「ん……わたしもついていく」

「あっ待て待て。……一応不法侵入だ。静かに、バレねェようにな」

「「はーいっ」」

 

ラフィに返事をした後、梯子の用意されている段差を軽々と飛び越え先へ行くイクスを追うように、ヨルダがラフィの腕から降り、それにフィーも追従する。そして、同じように段差をヒョイとなんともないように飛び越えて行った。

数秒の後、顔を見合わせた年上4人は、小さく微笑み、順番に梯子へ手をかけて登った。

 

「どうなってるんでしょうね、あの子たちの身体能力」

「夜中にアパートの2階から飛び降りて無事な奴らだからな。もう何しても驚かねェ」

「飛びっ……そうか……つまりフィーも……」

「騙されるな、この馬鹿も男2人抱えてカイエン公爵邸の3階から飛び降りる女だぞ」

 

ユーシスの一言でリィンとエマの視線が事件屋へと突き刺さる。

チクチク感じるその視線をひらひらと払うように右手を振り、新たな飴をポケットから取り出し、咥えた。

 

「昔の話だよ」

 

そうして女が振り返ったと同時に……

 

 

 

 

背後で大爆発が起きた。

 

「やっべー!やりすぎたって!マキアスはやく!!」

「ヨルダ、火薬盛りすぎ」

「あそこまで盛ったのはイクスでしょ……やば、なんか来た」

「いくら何でも計画性が無さすぎるぞ君達!!」

 

それまでいい笑顔だった女が、奥から聞こえてくる子供達と、無事救出されたらしいマキアスの声に固まる。

ぴきりと米神に浮かぶ血管。ガタガタ一人でに震える長剣。ばきりと咥えたばかりなのに噛み砕かれる飴。

 

「ら、ラフィ?一旦落ち着いて…… 」

 

リィンの言葉に応えず、大きく深呼吸をして────

 

 

「……ゴルァーッ!!ガキンチョどもォーーーーーッ!!!!そこに直れェーーーッ!!!!隠密行動っつったばっかりだろうがァーーーーーッ!!!!」

 

 

剣を振り上げて、走っていった。

 

すかさず巨大なため息をついて走り出したユーシスを、戸惑うリィンとクスクス笑うエマも追いかけるのだった。

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