事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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二話 殺し屋、殺し屋、フリーター

「オイこらイクス、ダラつく前にちゃんと皿下げろ」

「えーっ……しょーがないな」

 

イクスにはここ数週間、ラフィと暮らしてわかったことがある。

最初は一般人だと思っていたラフィは全く一般人などではなかった、ということだ。

 

最初から少し異質に思っていた手配魔獣の退治は帝国政府直々の依頼。

喫茶店でのバイト中にも関わらず舞い込んでくる落とし物やら犬猫探しやらの“バイト”。そしてそれを慣れたように快く送り出すマスター。

 

いわば、彼女は遊撃士もどきだった。

 

「よし、ちゃんと持ってきて偉いな」

「……いちいち頭撫でんな、ウゼェ」

 

帝国ではもう廃れてしまったそれに依頼されるはずのものを、バイトと称して一人でこなす。依頼人の中にはこの広い帝都で噂頼りに走り込んでくる人もいる。

どおりで毎日帰ってくるのが遅いはずだ。最近作り方を覚えたチャーハンが冷めちゃったじゃんか、と何度怒ったことか。

まぁ、そんなラフィは今日も朝からバイトに出かけるわけで。休みはないのかこの女には。

 

「んじゃ、留守番頼んだぞ二人とも。昼はいつも通りな」

「わかった」

「……いってら」

 

少し不満そうなイクスに気づかず、ラフィは二人と同じ色彩の瞳をゆるく細める。そして乱暴に寝起きの双子の頭を解してから、ロングソードを背に引っ提げて玄関の外へと足を踏み出した。

今日も帝都は晴天だ。雲一つない。ビルの隙間から覗くそれを眺めながら、トラム乗り場のベンチに座った。

 

双子を家に上げて二週間。

ヨルダは大分家事が様になってきた。手伝うようになった初日など皿やらコップやら割りまくっていたと言うのに、今では初日に見せた“影”の手も上手いこと使って素早く家事を終わらせている。最近ハマっているのは洗濯物早畳みタイムアタックらしい。

 

イクスの方もかなり馴染んできた。暇だったのか料理も覚え始めたし、その腕も中々。兄を自称する割には弟気質であり、最近では眠っている間にくっついてくるほど。そのくせ口では「お前なんか信用してない」などと生意気なことを言う。まったく可愛いやつめ。

 

最初、二人を泊めるのは怪我が治るまで、と考えていた。ヨルダともそう言う約束だったし。

クソ親父と喧嘩して家を出てから3年、ラフィはずっと一人で暮らしてきた。一人だって慣れていた。最初の方こそ寂しくて泣いていたけど、そんな弱虫はもう捨てた……はずだった。

 

(……まさか、こんなに大切になるなんて)

 

たった二週間暮らしただけなのに、もう二人の「おかえり」が聞こえない生活が思い出せない。

家事は全部一人でやって、ご飯だって適当にインスタントで済ませていた筈なのに。

……まぁ、こんな生活もいいかもしれない。

ヴァンクール行き、と告げるアナウンスで立ち上がり、ご機嫌なラフィはトラムのステップに足をかけた。

 

 

 

 

 

 

「え、ラフィまだ来てないの?」

「……そうなんだよ。普段なら何があっても時間通りに来るのだけどね」

 

ラフィのメインのバイト先である喫茶店のマスターはしかめ面で首を横に振った。

いつも通り、昼はこの喫茶店でとるという約束を約束した本人がブッチするとは。イクスは機嫌を損ね、カウンターに突っ伏した。

 

「……たしか今日は大型魔獣の退治があるって言ってた」

「もしかしてアイツ、手こずってるとか?」

 

双子は顔を見合わせ、ぱちぱちと瞬きをする。

あの不良保護者に限ってそんなこと。しかし一度気になると胸の中がモヤモヤムカムカと気持ち悪い。

イクスは唸りながら額をカウンターに擦り付け、ヨルダは眉を顰めてマスターからのプレゼントであるオレンジジュースをじゅっと啜った。

 

「……ヨルダぁ」

「わかってるよ、イクス。ごちそうさま、おじいちゃん」

「あぁっ、ちょっと、二人とも!?」

 

双子は空になったコップを差し出し、子供には少々高すぎる椅子を飛び降りる。そのまま喫茶店を飛び出し、緋色の街並みの中を双子は駆け抜けた。

ヨルダの足元でぐるりと影が蠢き、イクスの手元に一発の銃弾が出現する。それをピンと指で弾き弄ぶ少年の息は盛大に空中へと吐き出される。

 

「あー、クソッ!結局ボクも絆されちゃった」

「でも嫌じゃないでしょ?」

「そこがもっと腹立つの!」

 

がうと吠える片割れの姿にヨルダはクスリと笑う。自分たち以外信用してこなかった兄が此処まで人に懐く様子を見るのは面白いものだ。

二人は帝都中に張り巡らされた地下水路、その入り口の一つに飛び込んだ。水の流れる音とぼんやりと周囲を照らす照明が双子を出迎える。

 

「ヨルダ、場所わかる?」

「ん、今探す」

 

ヨルダが踵をこん、と鳴らすと、彼女の影が音もなく地面を侵食していく。

目を閉じて意識を集中させていたヨルダは、しばらくしてからゆっくりと目を開ける。

 

「……見つけた。結構遠いな……飛ばすよ、イクス」

「りょーかい!」

 

少女を先頭に、双子は駆け出す。

呑まれるような暗闇の奥から鳴り響く剣戟の音を塗りつぶすように、足音を立てながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古くさいロングソードが鰐型魔獣を思い切り叩き飛ばす。

魔獣が叩きつけられた壁はその重さに耐えきれずに崩れかけ、そこと繋がっている天井からぱらりと石のかけらが降ってきた。

ぴくりとも動かなくなった魔獣相手にしばらくじっと警戒をした後、緊張が解けたラフィは口の中に含めていた空気を吐き出し、魔獣が倒れている場所とは反対側の壁へともたれかかった。

 

湾岸区の作業員からの依頼、大型魔獣の討伐。時々咆哮が聞こえ、さらに日に日に近づいてきているせいで新人の作業員などが怯えて仕事にならないそうだ。

やってくれないかと困った顔で馴染みの作業員に頼まれては断れるわけがなかった。

 

その結果がこれだ。切り傷に始まり噛み傷、打撲、流血……怪我のオンパレードをキメてしまった。身体中あちこちにガタが来て、動かせば骨が軋む音がする。導力器で回復魔法は発動しておいたが、こんなものは気休めにしかならない。

やはりこう言うものは次からは正規軍に丸投げしてやろう。ラフィはそう考えた。

 

空気中に霧散していく魔獣を眺めながら、懐に入れていた棒付きキャンディを咥える。少し前はちょっと悪ぶって煙草を吸ってみていたが、マスターに体に悪いからやめろと言われてからはキャンディに戻した。口の中には煙草とは違う、慣れたいつも通りの甘ったるい味が広がっていた。

確かに、あの苦い味よりもこっちの方が性に合っている。

 

ちら、と腕につけた安物の時計を見れば、既に短い針は1の数字を通り越していた。きっと双子を待たせている。早く地下道を脱出しなければ、とラフィはロングソードを杖代わりに立ち上がった。

しかし、それを阻むようにラフィの背後から巨大な咆哮が生まれる。

 

「……チッ、タダじゃ返さねェってか」

 

先程討伐した魔獣よりも二回り小さな個体がラフィの背後に立ち塞がる。子供、だろうか。その小さな口には既に鋭い鋸状の歯が立ち並んでおり、一度でも噛まれれば致命傷に至るだろう。

だが、まだ幼体なこともあり、まだまだ未熟。普段のラフィならばきっとすぐに沈めていただろう。

 

が。

 

「クソが!!」

 

ロングソードで魔獣の歯を受け止める。

踏ん張った足からぶちりと嫌な音がして血液がたらりと垂れる。

こんな足じゃこれ以上戦うこともできない。痛みに耐えながらも鰐の歯を弾き飛ばし、腰に吊り下げた導力器を手に取った。

懐中時計のようなそれの上に引かれたラインをなぞり、魔法の駆動を開始する。

 

「これでも喰らいやがれッ!!」

 

魔獣の足元から発生した鋭い水柱───ブルーインパクトがその肉体を貫く。

しかし水属性の魔法は相性が悪いのか、魔獣は少々のけぞったもののすぐさま持ち直し、再びラフィに向かって噛みつく。

 

(受け止めんのは不味い……!)

 

傷を受けていない左足を主軸に、歯の終着点から飛び退く。

がちん、と空中に噛みついたそれにゾッとしつつ、再び回復魔法を発動しようと試みる。

しかし駆動のために展開した足元の魔法陣はまるでガス欠とでも言うかのように展開した端から霧散していく────導力切れだ。

 

たらり、と頬に冷や汗が垂れる。

ぐあっと、目の前で巨大な口が開いた。

 

 

(────しくった)

 

 

ひくり。口端が痙攣する。

 

飴の甘さなどとうに感じない。

 

ただ、人生で2回目の死の予感を感じていた。




これからはかなり不定期です
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