事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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二十一話 事件屋と重心

翌日。

少ない荷物を早めにまとめ終わったラフィは、仲良くあれやこれや話す双子の頭を手慰みに撫でながら、ぼうっとホテルの入り口に突っ立っていた。

ヨルダの髪をするすると解し、イクスの短い髪をぴこぴこと逆撫でする。それすら気にせずに話す二人は、まぁすっかりラフィの存在に慣れたようで。

 

そんな退屈そうな事件屋の元へ、一人の女性がコツコツとヒールを鳴らして近寄ってきた。

女性はラフィのもたれている柱へ体重をかけ、互いにチラリとも視線をやらないまま会話が始まる。

 

「今回、どうだった?」

「……最悪だったけど、まぁ楽しかった」

「ふぅん。入学する気は出たかしら」

「あのなァ、サラ先生……出るわけないだろ。ルーファスさんのお膝元とか絶対落ち着かねェ」

 

それもそうね、と笑うサラに、思わず小さなため息をついた。わかっているなら聞かないでくれ。

 

「そうそう、貴女が嫌ってるあの人から伝言。お父上には私からも提言しておく、だそうよ」

「……お焚き上げの頻度、減るかもな……」

 

アルバレア家次期当主であるルーファスからの牽制。母を忘れてからというものの面子をひどく気にするようになった父には、まぁよく効くだろう。

きっと彼は自分に何か利用価値を見出したのだ。だから、手助けをする。ユーシスには悪いが、本当にそういうところが苦手なのだ。いつ見返りに何か依頼を受けさせられてもおかしくない。

 

「……サラさん」

「何?」

「マキアスの件、上手く切り抜けられなくてごめん。監督役失格だ」

 

大人しく撫でられていた双子が、同時に姉を見上げた。

 

「もっとやりようはあったんだ。そもそもマキアスが囲まれた時点でアリバイとオーロックス砦から飛んできた浮遊物について証言していれば、」

「ストップ。もう終わったことじゃない」

「いや、結局サラさんをこっちに飛び出しちまったし、依頼を遂行できなかった。事件屋も失格だ。今回は報酬なしで……」

「それ以上喋ったらカイエン邸に投げ込むわよ」

 

それは嫌だと口を閉じたラフィに、サラはでこぴんをかます。「報酬なしってことはそういうことよ」との言葉に、それもそうだと項垂れた。

 

「あなたもわかっているでしょう? 監督役は名目上。ラフィ・ウィステルに特別実習だけでも参加してもらうことが主目的なの」

「……ラファエラ・カイエンじゃなくて?」

「どっちでも良いわ。ここにいるあなた自身ってことが大切なの」

 

どうして、と女は呆然と呟く。

カイエン公爵家の長女が欲しいんじゃないのか。今までラファエラ・カイエンに自ら近づいてきた人間は、皆父親かミルディーヌとの繋がり目当てだったのに。

 

「そりゃあ、あたしの望み……っていうのが半分ね。もう半分はオリヴァルト皇子殿下からの推薦だから」

 

オリヴァルト皇子。

先日知り合ったアルフィン皇女の兄であり、自ら皇位継承権を放棄した変わり者の皇子。

帝国人たるもの、当然知ってはいるが────4月より前に向こうからの面識など無いはずだ。

わざわざ入学していない人間を指名するだなんて……

 

「ラフィくんはきっとⅦ組を導くしるべとなってくれる、なんて仰ってたけれど」

「ンだそれ、あたしはそんなできた人間じゃねェよ」

 

ゾロゾロと部屋から出てくる赤服たちを見上げ、ラフィはそう呟いた。

やたら落ち込んでいるらしい彼女の隣で、サラはパチンと手を鳴らし「ともかく!」と切り替える。

 

「依頼は継続よ。いいわね?」

「……ウス」

 

有無を言わせぬ圧に小さく返事をしたラフィに満足したのか、サラはノロノロと寝ぼけ眼で出てくるⅦ組の面々へ向かって「ほら、シャキッとしなさい!」と激を飛ばす。

帝都行き列車の出発時刻30分前。一行はようやくホテルをチェックアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、数日。

普段通りの日常に戻り、今日も今日とてカフェでクレーマンとポーカー勝負に……じゃなくて。あくせく働くラフィ。

見事にロイヤルストレートフラッシュを決め、机に突っ伏してマスターに「ツケは?」と突かれる対戦相手に笑い、そのマスターが机まで持ってきたモーニングセットをミーシャの元へと運ぶ。

 

「流石ね、ラフィちゃん」

「運が良かっただけだって」

「あら。運も実力のうちよ」

 

クスクス笑うOLの言葉を話半分に「はいはい」と聞き流し、客が立ち去ったテーブルを拭くために布巾を手に取った。

ふと窓の外を見れば、しんしんと降る小雨が小さく雨音を立てている。店の外の傘立てには常連たちの色とりどりな傘が立ち並んでおり、普段はスカスカのそこはまるで花畑のような有様だった。

それにしても、もう雨季とは。季節の流れとは早いものである。

ざっと拭き取り、ふぅとため息をついたと同時に、来客を示すベルがカランコロンと鳴った。

 

「はーい、らっしゃーせー……って、」

 

いつも通り歓迎の挨拶を喉から出し、客の顔を見る。

そこには はにかんで頬を掻く、数日前に別れたはずのお忍び男爵令息の姿があった。

 

「やっぱりここだったか。おはよう、ラフィ」

「わざわざ調べたのかよ……別に聞かれたら教えたのに。学校は?」

「今日は午前の講義が休みなんだ。せっかくだし、ラフィのバイト先探してみようと思ってさ」

「ふーん……さて、注文は?あ、傘はそこな。オススメはモーニングセットだけど」

「じゃあ、それで」

 

頷く友人の顔を見届けてから、手元の伝票にモーニングセットと書き記す。

ちょっと待ってろ、と伝票の写しを渡してから、カウンターの裏へ入った。マスターはクレーマンを突きつつアーベルと談笑を続けている。1セットくらい自分でササっと作れるし、まぁ良いだろう。

 

食パンの上にスライスチーズを乗せ、トースターにセット。焼き始める。

マスターに教えてもらった方法でコーヒーを淹れ、その間に卵を割って、牛乳、塩、胡椒……調味料を混ぜ、フライパンでスクランブルエッグを作る。

出来上がったスクランブルエッグを皿に入れ、焼き上がったトロトロチーズの食パンの横にプチトマトを添えて完成。

淹れたコーヒーも同じお盆の上に乗せ、持ち上げる。

 

「ねぇ、もしかしてラフィちゃんのイイ人?」

「そんなんじゃないって。副業の客」

「なぁんだ、つまんないわね」

「つまんなくていーの」

 

興味津々に茶々を入れてきたミーシャを軽くあしらい、リィンの前へモーニングセットを置く。

カランコロンと涼しい音を立てる氷。この時期のコーヒーはアイスだ。

 

「パンが固まっちまう。とっとと食え」

「あぁ、ありがとう。いただきます」

 

常連達は既に皆店内にいる。こんな隠れ家的カフェに新規の客はなかなか入ってこないのだから、少しは気を抜いても大丈夫だろう。

丁寧に手を合わせた友人の正面で、一緒に持ってきた自分の分のアイスコーヒーに備え付けの角砂糖を2つとぷんと入れて、ぐるぐるとかき混ぜる。

 

「そういやバリアハートじゃあんまり話せてなかったな」

「マキアスとユーシスがああだったし、しょうがないさ」

 

食パンに齧り付くリィンを眺めながら、コーヒーを喉へと流し込む。

 

「ユーシスにあんな噛み付くやつ、初めて見た。オルディスじゃあたしが連れ回したせいで顔割れてたから」

「そうなのか?……んん……」

「おっ、景気良く伸びたな」

 

食パンから伸びるチーズを手で受け止め、どうしようと固まってしまったリィンに、勿体無いから手を舐めてしまえと意地の悪い提案をする。

彼は何度か周囲を見渡した後、誰も見ていないことを確認してから、ぺろりとチーズのついた指を舐めた。少し恥ずかしそうに俯いた後、静かにバレないようにと備え付けの紙ナプキンで指を拭う。ラフィと違って育ちの良さが隠し切れていなかった。

 

からん。

コーヒーの中の氷が、少し崩れた。

 

「ラフィ」

「ん?」

「少し、話を聞いてくれるか」

「いいけど」

 

ライノ色がラフィを見つめる。

後ろで一つに括っていた髪を解き、白夜も見つめ返す。

 

「フィーが、元猟兵だってことを隠さなくなってさ」

「うん」

「……邪道が嫌いなラウラと喧嘩した」

「お〜……そっか……なんか疲れてるなと思ったら……」

 

教室の中の空気が悪い。ユーシスとマキアスの時よりつらい。互いに一歩も引かないしなんならフィーは煽りに行く。中間試験も近いのに。

出てくる出てくる愚痴の数々。思わず肩をぽんと叩き、カウンターからオスト地区の子供達にあげる用のクッキーを持ってきてやった。

その間にパンの最後のひとかけらを口の中に放り込んだらしく、もぐもぐとゆっくり噛んで、飲み込んでから、差し出されてクッキーを「ありがとう」と告げてから受け取る。

 

「確かにラウラのやつ、曲がったこと嫌いそうだもんな」

「……あぁ……本当に……なぁラフィ、今からでも入学しないか」

「やだね。あたしにはお勉強してる暇なんざないっての」

「ラフィが居るってだけでかなり楽になるんだが」

「思い込みだよ。つかお前そんなキャラだったっけ」

 

 

随分と懐いているな、と同い年を年下のように扱うラフィに、リィンはへにょ、と笑いかけた。

 

「頼ってもいい人だと勝手に思っているんだ。気を悪くしたなら謝るよ」

 

 

そう言葉にした後、コーヒーの入ったグラスを傾け、こくこくと喉を動かす。

気恥ずかしさから取った行動だったが、おかげで白夜がまるく開かれていることにも気づかず。

グラスを下げた時、そこには髪飾りをいじるいつも通りのラフィの姿があった。

 

「そ、それにしても……士官学院って中間試験あるんだな」

「そりゃ、あるさ」

「てっきり実技だけかと思ってた。士官学院だし」

「一応、校風が文武両道だからな」

 

露骨に変わった話題に、リィンは少し驚きながら返事をする。

少し赤くなった耳は、すっかりミルクティーの髪に隠れてテーブルの対岸からはどうにも見えなかった。

 

「自信は?」

「あんまり。難易度がどれくらいかもわからないし」

「……帝国史ならある程度わかるけど」

 

そのカバン、教科書入ってるんだろ。

リィンが背負ってきた鞄を指さして問い掛ければ、リィンはきょとんとした顔でこくりと頷いた。

 

「教えてやるって言ってんの! おら、さっさと教科書出しやがれ!」

「……! あぁ、今回の範囲がここなんだが……」

「ん、そこは……獅子戦役か。ここはな……」

 

隠れ家的カフェの、窓際席。雨季のしつこい雨が、ようやく上がった空から、穏やかな日差しが降り注ぐ。

マスターと常連たちが優しく見守る中、二人のこどもは一つの本を挟んで勉強を始めた。

やんややんや、あれじゃないこれじゃないこれはこうだと議論を白熱させた二人は、仕事を終えて腹を空かせた双子が突撃してくるまで止まらないのであった。





「……まァ、悪くない時間だったな。コーヒーが飲みたきゃ、また来いよ」

絆レベルアップ!
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