事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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二十二話 棘抜きはピンセットで

いつも通り、アパートの階段を登る。

帝都ヘイムダルは久々の快晴。ここ数日雨続きだったおかげで湿気がジメジメと肌にまとわりついているが、出歩きやすいのは今日のような天気だろう。

 

実際、今日はカフェに訪れる新規の客も多かった。基本的に客は中高年で、やはりマスターの趣味はそこらへんのオジサマに刺さるらしい。

 

念の為持っていた傘を誰もいないのをいいことにクルクルと回して手慰みにする。

ミルディーヌの持ち家であるこのアパートだが、現在ラフィ以外の入居者は居ない。そもそもミルディーヌが募集していないからである。

日当たり良し、立て付けよし、広さよし。そこそこの値段でも貸し出せそうなアパートなのに勿体無い。

 

偶然手に入ったものですから。運営も面倒ですし。

それが入居者を募集しない理由だと、ミルディーヌは問いかけるたびにそう答えた。

挙げ句の果てにはなんならお姉さまに全部屋あげてもいいんですよ、なんておどける始末。そんなにたくさんの部屋は一人じゃ使いきれやしない。双子にと言ったって、毎晩ラフィと同じ布団じゃないと寝れない、なんて嫌がっているのだから。

 

「ただいまー」

 

二つついた鍵の、上だけをガチャリと開ける。

取っ手を引いた女の視線はいつも通り下へ降りて、履き慣れたブーツのチャックを下ろし、室内用の簡単なつっかけに履き替えた。

そして、顔を上げて双子の姿を確認する。

 

「やぁ、おかえり」

 

ヒュンと玄関に吊り下げていたロングソードが返事をした人間の首元へと向かった。

いつも通り、昨日買って冷蔵庫に入れていたロールケーキを頬張る双子は、まぁいいだろう。

問題は、その正面で切先を突き付けられているにこやかな笑顔を見せているミントグリーンの髪の青年。

 

「何故ここにいる」

「そりゃあ上司としてこの子達を送ってきたからさ」

 

今回の任務は子供だけで行くには少々厳しい場所だったからね。

形だけ手をあげた青年をよそに、双子へ確認の視線を向ければ、ロールケーキを食べ終わったらしいイクスがうんと頷いた。

 

「ウサンクセーけど嘘は言ってねーよ。送ってもらったのはホント」

「一応上司だから……不本意だけど」

「ねぇ君たち酷くない?僕って お兄ちゃんみたいなものでしょ?」

 

さも悲しそうな声を出す青年に、双子はぷいとそっぽを向く。

コイツの扱いどうなってるんだ、なんて緊張感のないことを考え、なんだか馬鹿らしくなってきた。

お茶をコクコクと飲んだヨルダは、そのまま立ち上がり、いつでも剣を操作できるよう立ち尽くしているラフィの、ガラ空きの横っ腹にぽふんと抱きついた。そういえばおかえりのハグをしていなかった。うりうりと頭を撫でてやれば、少女は心地よさそうに目を細めた。

 

「ね、剣下ろした方がいいよ」

「……」

「わたし、ラフィが死ぬとこ見たくない」

 

明確に、目の前の男が自分より強いと少女は言う。

可愛い妹が己の身を案じてくれているのだ。渋々剣を飛ばして元の場所に引っ掛ければ、青年は上げた手をぽすんと下ろし、にっこり笑った。

 

「わかってくれて嬉しいよ、ラフィ♡」

「なぁ、二人とも。見ろ。鳥肌エグい」

「ホントだ」

「めちゃくちゃ嫌いじゃん」

「さっきから僕もしかして酷いことしか言われてないね?」

 

当たり前だろ、とイクスからツッコミが入る。

時計の短い針は、2回目の3をぴったりと指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、僕はメルキオル。≪四の庭園≫棘の庭を預かってる管理人さ」

「そうか、ピンセット持ってくる」

「物理的には生えてないんだよね」

 

事務所の狭いテーブル。双子の隣にコイツは置いて置けないと判断したおかげでラフィの隣に座ることになった青年・メルキオルは、持っている武器────奇形の短剣と、数個の爆弾を机の上に置いた状態でなお笑みを絶やさずニコニコとラフィに向き合っている。

 

「あとサイコだしバイだしクズ」

「好みだと思ったら男でも容赦なく食うぜ、コイツ」

「おかしいな……君たちそんなに毒舌だったっけ……」

 

ラフィの影響かな、と尋ねるメルキオルに、思わず知るかと返す。二人の口が悪くなってるのは間違いなくこの不良娘の影響ではあるが。

 

「君の名前もちゃあんと君の口から聞きたいな、事件屋さん」

「……ラフィだよ。ラフィ・ウィステル」

「え〜、偽名の方?」

「知ってんなら良いだろ!……で、何の用だ」

「何の用って?」

「とぼけンなよテメェクソ野郎」

 

きょとん、とするメルキオル。思わず手が出そうになる。双子の手前抑えているが、もういつ拳が炸裂してもおかしくない。

 

「っていうかさぁ、なんで僕そんなに嫌われてるのさ?悲しいなぁ。同い年なんだけど」

「こんなナリでも教会関係者でな。薬物、それも霊的な害があるヤツを平然と嫌がる他人に飲ませる人間に優しくしてやる道理は無いんだよ」

「アレは仕方ないんだって。僕だって古巣のトップに頼まれただけで、好きでやってたわけじゃ……あ、キメてる相手とヤるのは新鮮────ぶっ」

 

ばきり。

姉の拳が青年の頬に炸裂した。

 

「子供の前だぞ」

「痛ぁい……」

「そーいうの良いって」

「どうせロクにダメージも受けてないくせに」

 

赤くなった頬を抑える上司に辛辣な言葉を浴びせる双子。メルキオルはヨヨヨとわざとらしい嘘泣きを1秒ほど続けた後、スンといつも通りの胡散臭い笑みに戻る。

 

「で、なんだっけ。僕が来た理由? この子達が懐くなんて珍しいから、一度きちんと様子を見ておこうと思ってね」

「……案外真っ当な理由じゃん」

「逆にどう言うの想像してたんだい?」

「取り逃した獲物を殺しに来たとか」

「えぇ〜? 酷いなぁ。僕そんな風に思われてたんだ」

 

隣に座っているからか、メルキオルはするりとラフィの肩に腕を回す。案の定べちりと跳ね除けられ、それでも青年は何がおかしいのかケラケラと笑った。

 

「合格だよ、E×E。暫くの休暇を認めよう」

「だぶ……何?」

「わたしたちのコードネーム」

「双子だからって安直だよな」

「あぁ、コードネーム……暗殺集団に休暇とかあんの?」

「今無理やりもぎ取った!」

「もぎ取られちゃった」

「いぇーい。ぴーす」

 

イクスと頭をくっつけ、小さな笑みと共にピースを向けるヨルダ。隣ではニッコリ笑うメルキオル。

全く本当に、緊張感のない暗殺集団だ。

 

「つーか、なんでいきなり休暇なんて……」

「私たち、今成長期」

「昼間も起きてたら睡眠時間が足りねーの」

「でも、ラフィといる時間が減るのはヤだから」

「相談して管理人に喧……直談判ふっかけたワケ」

「お前ら……」

「僕よりオネエチャンの方がいいんだってさ。悲しいなぁ」

 

机に肘をついて、頬の杖にするメルキオル。

そして条件は2つ、と2本の指を立て、まず一つ目と一本折りたたんだ。

ラフィ・ウィステルが“信用できる人物”であること。これには双子を害さないということは勿論、その人物の下にいて人殺しが嫌だと腑抜けないか、という意味も含んだ“信用”だそうだ。そもそも二人は快楽殺人の気があるのだから心配しなくてもいいだろうに。

 

「そしてもう一つの条件。この部屋の隣、僕が借りるから。構成員の休暇なんて異例中の異例だからさ」

「は?? テメェまさかミュゼに手を、」

「いやぁ、それがね。びっくりするくらい快く貸してくれて。はいこれ」

 

差し出されたのは、一枚のノートの切れ端。

────その男、将来的にお姉さまの役に立ちます。

それだけが、走り書きながら美しい文字で書かれていた。間違いなくミルディーヌの文字だ。

 

(こいつが?あたしの役に?)

 

人殺しの予定はないのだけれど。

だが、あのミルディーヌの言うことだ。可愛い可愛い従姉妹の言うことだ。きっと、いつかは役に立つのだろう。おそらくあの子の脳内では愉快犯的思考の方が働いているだろうけれど。

ラフィはガシガシと後頭部を掻き、大きく、大きく、わざとらしくため息をついた。

 

「鍵は君に預けてるって言われたんだけど」

「チッ……ほらよ」

 

書類置き場の近くの棚から一つの鍵束を取り出し、男の顔面目掛けて投げる。あっさりキャッチされた鍵束には、4つの小さな鍵が付いていた。

 

「どっちか2つが上の、残り2つが下の鍵」

「オーケー、りょーかい。じゃ、これからよろしくね、お隣さん♡」

「そう言うのいいからとっとと行け!」

 

アハハ、と軽やかに笑って、青年は事件屋を後にした。

どうやらずいぶん長い時間話していたようで、外はすでに夕焼けがさして、ただでさえ赤い帝都がさらに赤くなっていた。

 

「……今日の晩飯、パスタな」

「ミートソース!」「カルボナーラ」

「はいはい、両方ソースあるから」

 

それぞれやるべきことをやるべし!

そんな姉の号令と共に、二人の子供はトテトテ走り出した。イクスは風呂当番、ヨルダは洗濯当番だ。

とんでもない隣人ができはしたが────この子たちが暫く夜に出かけないで済むのなら、まぁいいかもしれない。

明け方に風呂を沸かすのは、まぁ眠気との戦いで大変だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラフィ〜、朝ごはん〜」

「なんっでお前は平然とベランダから入って朝飯要求してんだよ!!!!」

「管理人、生活能力死んでるんだよね」

「よく一人暮らししようと思ったよな」

 

「〜〜〜〜っ! あぁもう、座れ!食パンにチーズで良いな!!」

「え、優しい。うんうん、いいよ、それで」

「上から目線腹立つ……ッ!いつかピンセットで脛の棘全部抜いてやる……ッ!!」

「もしかしてすね毛のこと棘だと思ってる?」

 

なんだかんだ甘いな。

ヨルダはとろけるスライスチーズを乗せたパンを齧りながら、姉と上司のやりとりを眺めていた。

 

この日から、ウィステル家の食事風景に一人、殺し屋の青年が増えたのだった。




空リメイクうっひょ〜〜〜〜〜!!!!
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