事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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二十五話 青、碧、蒼。

「そういえば、この島って天使信仰でもあったのかな」

 

実習3日目、朝。

ふとエリオットがそんなことを呟いた。

 

「いや、なかったと思うが……何か気になったのか?」

「ううん、例の楽器が置いてあった場所あるでしょ」

 

暗黒時代の住居群、その一際大きい家に置かれていた、妙な楽器。エリオットの見立てでは金管楽器に似たものだそうだが、 何百年も野晒しで放置されていた割に随分と汚れが少なかった。

 

「あの楽器自体に天使が彫られていたし、何より後ろに天使像があったから気になってさ」

「僕はついて行っていないからわからないが……暗黒時代の遺跡だ、あったとしても不思議じゃないだろう」

「でもさぁ、ずっとあったんなら学者サンがとっくに研究してないとおかしくね?」

 

マキアスの返答に、さらにイクスが答えを返す。

少年の言う通り、このブリオニア島には精霊信仰以外の痕跡は見つかっていない。天使信仰の盛んな中東からもかなり離れている。

つまり────そんなものが本来は見つかるはずもない。

 

「まだ課題も届いてないし、気になるなら見に行ってみよっか」

「うむ。手配魔獣は昨日一通り片付けた故、今日なら安定して島を回れるであろ」

 

フィーの言葉にラウラが同調するように頷くと、猟兵少女は驚き目を見開いた。

驚かれた側も驚き、暫くの見つめ合いが始まる。

 

「わたしのこと、イヤじゃなかったの?」

「……少しは知ってみても良いと思っただけだ」

 

結局ぷいとそっぽを向いてしまったラウラ。普段は全く動かない口端を少しだけ上げて、小さく頬を染めるフィー。

正面に座るエリオットとラフィは目を合わせ、困ったように笑った。

 

────その時。

 

「っ、なんだ!?」

「この音……トランペット!?」

 

鮮やかなトランペットの音が小屋の中にまで響いてきた。

耳が割れるほどの巨大な音。何らかの曲を奏でているようだが、あまりに音が大きすぎて頼りのエリオットは耳を抑えて蹲っている。

ビリビリと音波が窓を揺らし、食器棚の中もガチャガチャと耳障りな不協和音を鳴らしている。

 

ぎゅう、ぎゅう。

内側で何かが蠢いている。

精神がかき混ぜられるような、そんな感覚を覚え、思わず事件屋は体を掻き抱いた。

 

意識を強く持って立ち上がったラウラはヨタヨタと出入り口へと近づき、扉を開け放つ。

すると音はぱたりと止み────

 

「な、なんだこれは……!」

 

明らかに、島の様子がおかしくなっていた。

上空を覆う蒼すぎる空(・・・・・)、島のすぐ外を覆うように広がる謎の障壁。

山道の方を見れば、明らかにこの世のものではない異形が徘徊していた。

 

「なぁっ……!?」

「ぞわっとする……気持ち悪い」

 

エリオットに肩を貸しながら外へと出てきたマキアスは口を開けたまま固まり、ヨルダはパーカーをぐいと引っ張り、鳥肌を抑えるように腕をさすった。

 

「とにかく領邦軍に連絡を……なっ」

「……圏外だね」

 

ラウラが開いたARCUSの画面の右上。ギリギリ一本立っていたアンテナが完全にたち消え、圏外という無情な文字だけが表示されている。

いつもの長銃を召喚し、イクスは障壁へと一発の弾丸を放つ。すると─────弾丸は存在すらしなかったかのように、音一つ立てずに消失した。

 

「ヨルダ、アレお前の領分じゃね?」

「多分そう。でもアレに手を突っ込むのはちょっとイヤかな……千切られちゃうかも」

 

影を広げて探知をしていたらしいヨルダが足元へと影をしまう。頭を抱えて、ふうとため息をついて、隣にいる姉を見上げた。

 

「多分上位三属性が働いて────えっ」

「ん?どうした、ヨルダ」

 

あれからずっと続いていた吐き気も治まり、警戒はしているものの普段通りの様子でヨルダを見下ろすラフィ。

ヨルダの声が気になったのか、前を見ていたⅦ組の四人も後ろを振り向き、そして小さく驚き、呟いた。

 

「ラフィの目、そんな色だったっけ」

「……え」

 

フィーが呆気に取られるラフィの顔を写真に撮り、そのまま画面を見せる。

 

 

そこには、恐ろしいほど澄んだがあった。

の狭間。純粋な 。胸につけたブローチと似たそれが、普段は白夜を宿す瞳を乗っ取り輝いている。

 

覗き込んだエリオットが目を見開き、心配からか声を荒げる。

 

「なにそれ!?ちゃんと見えてる!?大丈夫!?」

「見えてる見えてる、むしろ見え過ぎてる(・・・・・・)から。そんな慌てんな」

 

ほっと胸を撫で下ろしたエリオットをよそに、じ、と上空を睨みつける。

蒼すぎる空の、さらに奥。く染まった雲の切れ間から覗く巨大な瞳。ふと合ってしまった視線に気づくと、巨大な瞳はにぃ、と雲を瞼のように動かし嗤った。

カタカタと勝手に震える長剣を押さえつけ、ため息をつく。どうやらあのは自分以外には見えていないらしい。

 

「とりあえず、まずは周囲の状況を、」

「待って、また聞こえる……!」

 

そして、再びトランペットが鳴り響く。先ほどのような耳をつんざく爆音ではなく、しっとりとした音色の、美しいソロファンファーレ。

あまりに見事な音色に思わずほう、と惚けるエリオットの頬をマキアスが「しっかりしろ!」とペチペチ叩き、ハッと我に帰った音楽少年にため息をついた。

 

「……とにかく、さっきの音色といい、エリオットが見たっていう金管楽器が原因だろ」

「ん、とっとと見に行こ。元々そのつもりだったし」

 

フィーの言葉に一行は頷き、歩き出そうとする

が。

 

「っ、下がって!」

 

ヨルダの切羽詰まった叫び声に、全員が(男子二人はラウラに首根っこを引っ掴まれ)その場から飛び退く。

瞬間──── がその場を轟音と共に叩き、焼けこげたタイルの中心には青い翼を持った犬型魔獣が数匹の子分を連れ、周囲を唸りながら威圧していた。

 

「こいつも青かよ! 青ばっかで飽きてくんだけど!」

「同感だ、さっさと片付けるぞ!」

 

イクスの文句に同調したマキアスの掛け声を合図に、全員が一斉に武器を抜く。

ラフィも例外なくずるりと長剣を引き抜き、淡く光るソレを右手に握り、教えの通りに構える。

右手を前に、左手は胸に。体の中に霊力を循環させ、絶やさず剣へと流し続けて。

 

がう、と犬型魔獣が飛びかかってきたところで、一行は交戦を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じような魔獣が島中に徘徊していた。

もう直ぐ夏至祭だというのに。塵ではなくになって消えていく魔獣を見つめながら、ラフィはため息をついた。

こういうのは師の専売特許であって、自分は専門ではないのに。半分忘れかけの拙い法術と特攻の入る長剣を操りながら、事件屋は必死に道を切り開いていた。

 

「まるで斬った手応えがない……名実共に異形の者ということか」

「ん、アーツの方が刺さりやすいね。エリオットとヨルダ頼りかな」

 

フィーとラウラが武器をホルダーへと戻し、それぞれの所感を告げる。やはり戦闘センスは互いにピカイチなのか、二人とも同じ結論に辿り着いている。

肝心のエリオットは優美なトランペットの音が時折聞こえるたびに気を飛ばし、その度にマキアスかイクスに頬をしばかれている。おかげで少し頬が腫れてきたらしい。自分で回復魔法をかけながら、右手で頬をさすっていた。

 

(……面倒な異界だな……)

 

相変わらず上空でニヤつくを睨みあげる。

ファンファーレが聞こえるたびに、体の中にある“何か”を意識させられる。ぐる、ぐる、ぎゅう、ぎゅう、と、“何か”がいる。出てこようとしている。

それが、酷く不快だった。

 

集落への最短ルートは島を覆うものと同じ障壁によって閉ざされている。よって、北をぐるっと回るルートをとることになるが……

その道中、精霊信仰の祭壇が天使信仰のものに変わっていたり、あちこちに崩れた天使像が出現したり。

あまりの天使推しに、一度キレたラフィが天使像に剣を突き刺したところ、優美だったトランペットの音色が最初のように乱暴なものへと変わり、周囲へ魔獣が大量に召喚された。

弱いものばかりだったために切り抜けられはしたが、それ以降一行の中で八つ当たりは厳禁となった。

 

「この調子だとあの騎士像も天使になってるんじゃないか?」

 

島の最北端、騎士像に近づいたところで、マキアスがそんなことを呟いた。

それに反応して、ラフィは咥えていた飴をがり、と噛み砕き、苦い顔をする。

 

「チッ、当てつけかよ」

「……先ほどから随分苛立っているようだが」

 

ラウラの問いかけに、女は数秒目を伏せた後、青い瞳を半分ほど見せて、眉を顰め、渋々呟いた。

1番の原因は体調不良だが、それと同じくらいに不快なことが、ひとつあった。

 

「……クソ親父がつけた本名、天使の名前だから」

「あぁ、ラファエラ」

 

答えを聞いたエリオットが思い出したように答え、さらに女の眉間の皺が深くなる。

襲いかかってきたこれまた天使のような形相をした魔獣に長剣を槍投げのように投げつけ、一撃で仕留める。

浮遊して主人の手元へと戻ってきた剣────異界に取り込まれてから、すでに何度かその異常性を目にしているⅦ組達は特に何も言わず────を鞘に納め、騎士像へと続く道を大股で歩き始めた。

 

 

やがて辿り着いた騎士像は、変わらずその厳つい顔で海の向こうを睨みつけていた。

背中に翼が生えることもなく、ただただ沈黙して。

それに少しばかり安堵し、胸を撫で下ろした。この異様な異界の主でも、島の最たる象徴を乗っ取ることはできなかったようだ。

周囲にはあの不気味な天使像も、魔獣もいない。ここならば多少休憩しても安全そうで、ラフィはようやく警戒を解き、剣へ力を込めるのをやめる。

 

「はぁ……疲れた……」

「わたしも……」

 

フィーも同じことを考えたのか、騎士像の麓でごろんと寝転んだ。その直ぐ隣にヨルダも四肢を投げ出して倒れ込む。

常に周囲を警戒していた二人が休憩に入ったことで、他の面々も気を抜いて、とさりと草むらに座り込んだ。

相変わらず見える空は嫌になる程 い。

 

ふと、剣を引き抜き、ぼんやり光りカタカタ震えるそれをそっと撫でた。

古代遺物。七耀教会もコレの存在を認識していなかったため、権能はハッキリわかっていないが、とにかく飛ぶ。ラフィの命じたまま、考えた通りに。

師によると、この剣は“ラファエラを主人として選んだ”のだという。あの日、倉庫で埃を被っていたこの古くさい剣を迷わず手に取ったのは“選ばれたから”だ。

 

この剣には意識がある。

魔獣の血を浴びるのが好きな変わり者で、わりと生意気な、人格のようなものがある。

何故この人格がラファエラ・カイエンを選んだのか。言葉を語ることのない剣には聞いても答えなんか返ってこない。

ただ、カタカタと、何を考えているのかよくわからない震え方をするだけ。

 

「……それ、勝手に動くんだな……」

 

ふと、マキアスがドン引き顔でラフィの隣へトスンと座った。

イクスはどこへ行ったのかと見渡せば、フィーの両脇をヨルダと一緒に固めている。その近くにはラウラとエリオットの姿もあり、非常事態とは思えないほど穏やかな光景が広がっていた。

 

「なんだ、気色悪いか?」

「正直言うと、少しだけ。まぁ、どうせ君が飼い慣らしているのだろうとは予想がついているよ」

 

さぁ、と風が目の前を通る。

鼻の先を掠めて、い空へと舞い上がっていく。

一度カタカタと震える刀身に手刀を落とし、大人しくさせてから鞘へと剣を仕舞う。

 

「伯爵嫡男のアーサーという男を知っているか」

 

隣でマキアスが口を開いた。

 

「めちゃくちゃ遠縁の姉さんの縁談相手の?」

「あぁ、多分、そのアーサーだ。……そうか、やはりアレは、分家の……」

「あの姉さん、傍系のクセに母親が平民だからって直系のあたしに喧嘩売ってきたし。性格悪いから別れて正解だよ。確か元々婚約者さんがいるんだろ」

 

ちゃんと結婚できてた?と隣へ問い掛ければ、数秒の沈黙と、重苦しい返事が返ってきた。

 

「トリシャ姉さんは、植物状態になった」

「……そう、か」

「高い場所からの自殺未遂でね。ギリギリ命は繋がったが、もうずっと眠っている」

 

今はクロスベルのウルスラ医科大学に入院している。

マキアスはこちらを見ずに、ずっと海を見つめている。

ざざん、ざざん。人を落ち着かせるような、穏やかな波音は、変わらずそのままだった。

 

「一昨日、父さんから連絡があったんだ。最後の最後でアーサーさんの縁談を取り潰したのは他でもないクロワール公爵だって」

 

グレーの視線が、女に向けられる。

 

「6年前、君はまだ家を出ていなかったはずだ。君が父親に進言してくれたんだろう?」

 

澄んだ青の瞳が、そっと伏せられる。

そしてそっぽを向いて、ぼそりとラフィは呟いた。

 

「……別に。従妹に頼まれたのと……横から奪った男を自慢して回るバカな親戚を見てられなかっただけだよ」

「いや、お陰でアーサーさんと僕ら家族の関係はまだ続いている。姉さんも生きてる」

 

青年は女へと向き直り、草むらに放り出された手を持ち上げ、ぎゅうと握る。

 

「ありがとう、ラフィ。縁を繋ぎ止めてくれて」

 

を丸くしたラフィの正面で、マキアスは少し照れくさそうに頬を掻いた。

 

「貴族は変わらず嫌いだが、君のことはどうも嫌いにはなれないし、貴族とは思えないんだ。口調のせいだろうか」

「そう……かも、な。こないだ久しぶりに会った知り合いに笑われたばっかだよ、ったく」

 

また、優しいファンファーレが聞こえる。

ぐる、ぐる、ぎゅう。

また何かが蠢いた。

青い光が線になって続いている。導くように、手招きをするように。

 

「ラフィ?どうした、何か調子でも────」

 

気づけば空のは消えていた。

ごん、ごん、ごん。

硬いものを叩く音が聞こえる。

導くようなの先。視線を向ければ。

 

 

 

 

 

トランペットを抱いた天使のようなナニカが、こちらをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

ぱんぱかぱーん。

 

華やかなファンファーレが周囲に鳴り響く。

 

 

 

 

 

ぐる、ぐる、ぐる、ぐる、ぐる。

 

ぎゅう。

 

めりっ、ばきばき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中が、熱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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