事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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二十六話 裁きを運ぶ者

「あなたは天使のようですね」

 

友人に、そう言われたことがある。

 

「名前だけよ」

「僕もたまにそう思うよ。喋るとまるで台無しだけどね」

「ちょっとあんたさァ」

 

もう一人の友人も、すぐさま肯定してきた。

今思えば、二人とも“感じ取る”ことに関しては人一倍得意だった。彼女なんか、未来のことすら知っていたのだから。

 

「だって、いつも夕日と一緒に現れて、外を知らない私に様々なことを教えてくれるじゃないですか」

「その条件ならこいつにだって当てはまるじゃない」

「やだなぁ、僕は元神子だっていつも言ってるじゃないか」

「ふふ、そうですね。彼は分類すれば私と同じですから」

 

彼がほら見ろ、と言わんばかりの小憎たらしい笑顔を向けてくるものだから、思わずユーシスにやっていたようにほっぺを思い切り伸ばす。

自分たちのじゃれ合いを見てクスクス笑う彼女は、後ろからそっと抱きついてきて、肩口にそっとその青髪を擦り付けてきた。

 

「何も出来ない私をどうか許してください」

「な、何よ、いきなり。許すって、何か悪いことでもしたの?」

「見えているんです。この目にしっかりと。貴女は苦しんで、運命に振り回されて、辛い目に遭う」

 

そう言って、彼女はそっと背中を撫でた。肩甲骨から背筋にかけてを、その暖かい手で、ゆっくりと。

 

「ラファエラ────与えた名といい、貴女のお父様はどこまで知っているのでしょうね」

 

白い瞳がこちらを捉える。

 

あぁ、そうだ、思い出した。

 

 

彼女は、大人たちに終わりの聖女と呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────── あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!!!!!!!」

 

絶叫。

島中に響くその大声を合図に、周辺の天使像が一斉に割れる。

そして、割れた天使像から一気にぬるりと数多の天使モドキや翼の生えた魔獣が這い出て、周囲に一気に軍勢を築き上げた。

トランペットを抱いた天使は遥か上空を悠々と飛び回り、相変わらずファンファーレを吹き鳴らしている。

 

姉の絶叫に驚いた双子は一気に体を起こし、無事を確認しようと視線を向ける。

 

蒼い翼が彼女の背中を突き出て、大きくその羽毛を広げていた。

ばさ、ばさり。広がるそれは羽化したばかりの子鳥のようにまだしっとりと濡れている。

その根っこで、顔から血の気がほとんど無くなった女が疼くまっていた。

チカチカと瞳の色が変わる。と白夜が攻防を繰り広げており、その背中は必死に呼吸を繰り返し、荒れるのも気にせずにミルクティーの髪を手で挟んで、必死に、必死に耐えている。

 

「ラフィ、ラフィ!?しっかりしたまえ、ラフィ!!」

「何があった!?」

「エリオット、回復魔法!早く!!」

「わ、わかった!」

 

隣にいたマキアスが揺さぶり、意識を保たせる。

駆け寄ってきた他のメンバーもそれぞれの役割を果たそうと動き始める。

 

「せん、せ……師匠、だれか……あっ、グ、ウウッ……!」

「付け根から血が出てる!」

「まさか、皮膚を突き破って出てきたのか!?」

「は、ぁっ、はぁっ……イクス、後ろッ!!」

 

心配する皆を押し除けて、痛む背を無理やり動かし、弟へ手を伸ばす。

天使のようなナニカが、剣を振りかぶってイクスの真後ろに立っていたのだ。

石造りのソレが振り下ろされようとした瞬間────天使のようなナニカの顎から脳天にかけてを、一発の弾丸がぶち抜いた。

 

「ボクが気づいてないわけないだろ。今は自分のことに集中してろよ、おネーチャン」

 

いつのまにか巨大な銃をその手に召喚していたイクスが、ニィと笑って銃弾をぴんと弾く。

その隣にいつも通りヨルダが立ち、影の手をずるりと引き出した。

 

「……けっこー数多いね。いける?イクス」

「誰に言ってんだよ、ヨルダ。余裕だっつの」

 

騎士像の麓。自然と安心できたこの場所には、どうやら緩く結界が貼ってあるらしく、押し寄せる天使たちは明らかに動きが遅くなっている。

外で戦うより、ここで戦った方がいい。そう判断した双子は、Ⅶ組の面々に姉を託し、その異能を大いに振るった。

 

黒い“手”と光の銃弾が飛び交う光景をに焼き付けるように、肩で息をしながら見つめる姉。その背に広がる本人よりも遥かに大きなは、いつしか段々と乾いてきて、朧げに光を放っている。

ゆるく羽撃くソレを見上げ、ラウラは意を決して立ち上がった。

 

「フィー。そなた、一対多は得意か」

「まかせて、大得意。────繋ぐよ」

 

ARCUSを通じて、二人の意識が繋がる。

ラウラの得意なこと、フィーの戦術、互いの考えていることが一瞬の間にやり取りされる。

今、この場で苦しんでいる友人を守るため。

リンクが壊れることは、もうなかった。

 

「マキアス、エリオット!ラフィを頼む!」

「わたしたち、行ってくるから」

「……あぁ、任せたまえ!」

 

銃を構えて力強く返事をしたマキアス。ずっと導力魔法の詠唱を続けるエリオットも、言葉はなくとも力強く頷いた。

 

ずき、ずき。痛む背を摩り、目の前に落とした長剣を見つめていた。

あれだけぼんやりとずっと光ってカタカタ震えていたソレは、すっかり沈黙して、ただの金属塊と化している。

剣の意思が感じられない。そんなの、初めてだった。

 

戦場に視線をやる。

黒い“手”が敵を蹂躙し、光の弾筋は人型の天使の脳と心臓を一直線に貫き。

大剣が一匹づつ確実に魔獣を切り裂き、放り込まれた手榴弾が大群のど真ん中で爆発する。

 

皆、戦っている。戦っているのだ。

なら、私も手を貸さなくては。

 

全身を絞られるような痛みに耐え、立ち上がる。

痛みなど慣れているだろう。何度も傷だらけになって、助けて、助けられてきたのだから。

 

「マキ、アス」

「! どうした」

「あそこ」

 

指を差したのは、正面の海に壁のように広がる障壁。

青い光の軌跡が、そこへとまっすぐ伸びている。

体内に渦巻く巨大な“力”を、マキアスの銃へと“少し”分け与える。

すると、銃はを纏い、その“力”を宿す。

 

「撃ち抜いて……あたしも、手伝う」

「……何か、あるんだな?」

 

こくり、と頷いたラフィを見て、マキアスはその導力銃でまっすぐ、彼女の指し示した先を狙う。

自然と結ばれたリンクを通じてか、片目のがマキアスへと移る。そして─────

 

寸分違わず、青い閃光が、閃光の先が指し示す障壁を撃ち壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくできました」

 

 

 

瞬間、海が凍る。

 

 

「本当に無茶をしますねぇ……全く、誰に似たんだか」

 

夏にあるまじき、強烈な寒気。海岸で蠢いていた天使たちを瞬く間に凍らせたソレは、こつ、こつ、革靴を鳴らして優雅に島へと上陸した。

その姿にとてつもない安心感を覚える。ふぅ、と気を抜けば、また全身雑巾絞りでもされたかのような痛みに襲われるが────それでも、ラフィにとってはあの人に任せておけば大丈夫だ、という確信が持てる、3番目の人だった。

 

「う、海が凍った!?」

「ラフィ、知り合いか!?」

 

荒くなる呼吸を無視して、必死に頷く。

遠くからそれを視認したヨルダは、イクスの名を呼び、二人で一緒にキリのない天使の群れを薙ぎ払いながら、島へと上陸した人物の元へと走り出す。

前を阻まれた二人の隣に、ラウラとフィーが降り立ち────ラウラが纏めた敵を、フィーが爆破し完全に破壊する。

 

「行くがよい!」「オッケー!」

「頼んだ」「まかせて」

 

それぞれの武器で送り出され、やって来た人物の足元へ着地した双子は、その白い燕尾をそれぞれむんずと掴んで詰め寄った。

 

「アンタ、“ボクらの”姉ちゃん助けられるワケ!?」

「わたしたちが道開くから、さっさと行って!」

「おや、“僕らの”愛弟子に弟妹など居ましたっけ。……まぁいいでしょう、後で本人からじっくりと聞かせてもらいます」

 

双子の必死の訴えにクスリと笑った男は、背後に迫った天使たちを一斉に凍らせ、フィンガースナップ一つで粉々に砕いてみせる。

バケモンかよ、とドン引きしたイクスの手をヨルダが握り、影の異能をフルパワーで引き出した。

 

「ヨルダ!」「イクス」

「「始めるよ」」

 

ずず、と足元から影の異能が双子の子供を持ち上げる。

 

「闇より出でて」

「光を孕め──────」

 

影の中から引き摺り出されたのは、巨大な異形の銃。

側面についた目玉が一気に瞼を上げ、銃口に異能の力が限界まで溜められ、

 

 

「「パンデモニウム=ブリンガー!!」」

 

 

目の前の大群めがけて、巨大な光線として一気に射出された。

地面は焼き抉れ、ラフィの背後までちりちりと炎の跡がちらついている。咄嗟に翼の人格が宿主を守ったのか、大切な姉とその友人たちは巨大な翼に包まれ無事だった。

 

「やべ、出力あげすぎた?」

「イクスもわたしも、めちゃくちゃテンション上がってたからね……ま、でも、道はできたかな」

「えぇ、十分です」

 

翼の隙間からマキアスが抗議するように銃を振り上げているのが見えるが、まぁ気にしないでおこう。イクスもヨルダも、姉が無事ならそれでいいのだ。

隣から砂浜を凍り付かせながら走り去る男に、双子は顔を見合わせ、肩をすくませる。そして、再び襲いかかってきた天使の殲滅へと戻った。

 

素早くラフィの元へと駆け寄ってきた男は、すぐさましゃがみ込み、“七耀教会のメダリオン”を右手に処置を開始する。

 

「先生……師匠は……?」

「いつも一緒だと思ったら大間違いです、と言いたいところですが……今はメルカバから結界の穴を維持してくれています」

「ふふ……そっか……二人とも、並んでないと……違和感があるから……」

 

穴を開けるのは僕より彼女の方が得意ですから、と言う男に、ラフィはふにゃりと幼い笑顔を見せる。

そんな様子に“先生”は小さくため息をついて、わしゃ、とミルクティーの髪を掻き混ぜた。

 

「かなり落ち着いたかと。気分は如何ですか?」

「もう大丈夫っス……悪ィ、心配かけたな」

 

幾分か小さくなった翼を確かめるようにパタパタと羽撃かせ、いつも通りの白夜を宿した瞳はエリオットとマキアスへ向かってニィと細められた。

EPがもう少しでガス欠になるところだったエリオットは涙目になりながら、がばりと友人へと抱きつく。

 

「本当だよ! 死んじゃうんじゃないかって……!!」

「あァ、ウン。先生が来なかったら死んでた」

「そんなあっさり言わないで!!」

 

ゆさゆさと揺さぶられる、背中以外はすっかりいつも通りの友人の姿に、マキアスは胸を撫で下ろした。気づけばリンクを通じて見えていた青い軌跡が見えなくなっている。男によって“力”を抑えられたのだろう。

 

「ラフィ、まだ終わってはいませんよ」

「わかってるって、せんせ。アレぶっ壊しゃいいんでしょう?」

「そんなフラフラな状態でよく言いますね」

「立ってりゃ勝ちだよ。コレ、使っていい?」

 

悪びれる様子もなく、ラフィは背中の翼を指してそう言った。

そんな姿を見て、思わず青年は友人の胸ぐらを掴み、額がくっつくほどに引き寄せる。

 

「わかっているのか!?君は今それのせいで死にかけたんだぞ!? 」

「あのな、普段より見えすぎてるって言っただろ。あの紛い物を壊せるのは、きっとコイツだけだ」

「だがっ……!!」

 

なおも食い下がる友人の肩へぽんと手を置き、女はにやりと口端をあげる。

 

「また倒れたら絶対助けてくれるだろ?」

「〜〜〜〜〜っ……!!」

 

信頼の言葉に顔を真っ赤にして、すっかり黙ってしまったマキアスの手をそっと退かせて、困ったように笑う男の隣で事件屋は立ち止まった。

 

「全く……一度だけです。いいですね」

「了解」

 

少々足元が覚束ないものの、長剣をくるくると回す姿はすっかりいつも通りだ。

先ほどマキアスの銃へやったように、“力”を長剣へと宿せば、いつも通りカタカタと動き出す。

 

「後でお前も説教な」

 

その言葉を“聞いた”瞬間、ものすごい勢いで長剣とがガタリ、バサリと震えた。

 

「はァ? 引っ張り出された? 不可抗力? バカ、もっと踏ん張りやがれ」

 

がたがた、がたがた。ばさばさ。

 

「だぁっ、うるさい! いいから────行くぞ!!」

 

大きく翼を広げ、女は天使と相対する。

が並べば、それまで純粋に見えていた天使……否、天使の紛い物のが少しくすんで見えた。

 

「祈るのはガラじゃねェんだけどな」

 

長剣を天へ掲げ、“力”を込める。

青い雲が一気に晴れ、突き抜けるような蒼天が上空へと現れる。

光を浴びて輝きと長さを増した長剣を顔の横で浮かせ、女は白夜の右目を瞑り、蒼い左目を見開き、目の前の敵へと照準を合わせた。

 

「天より顕れ、闇を祓い給へ」

 

やがて雲の隙間に見える蒼天から、無数の剣の切先が顕れる。

すると、焦ったように紛い物はトランペットを吹き鳴らし、地上にいる魔獣たちを一斉に周囲へと固めた。

 

「ハッ、無駄な時間稼ぎゴクローさん」

 

 

天使は不敵に笑い、指を弾く。

 

 

 

 

 

 

 

「───消し飛べ!ネメシス=ブリンガー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱちん。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、ブリオニア島には奇妙にも剣の雨が降り注いだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひゅ〜〜〜〜〜、ずどん。

 

「ぐァあっ!!!!痛い!!!!」

「うわ───ッ!!ラフィ───────ッ!!!!」

「やっぱりダメじゃないか!!!!」

 

ついでに、事件屋も。

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