事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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二十七話 父と娘

「このッッバカ弟子────────ッ!!!!」

「いでェ────────ッッ!!!!」

 

すっかり様子の戻ったブリオニア島、港の小屋。

二人の女の大声が響き渡り、周辺の木に止まっていた小鳥たちが一気に飛び立った。

振り下ろした拳の熱を逃すようにひらひらと振る女性────ラフィの師である、セリス・オルテシア。

ベッドに寝かされて、上半身だけ起こした弟子に向かって、彼女は鬼気迫る顔で詰め寄っていた。

 

「痛みは危険を知らせるサインだってバルクホルン先生からも教えられただろうが!! リオンが居なけりゃ内臓の一つや二つ破裂してたんだぞ、わかってんのか!?」

「爺さんは関係ないだろ!?それにリオン先生もいいですよって言ってくれたし!! あぁでもしなきゃ一生勝てなかったって!!!!」

「五月蝿ぇ、師匠に口答えすんな!!!!」

 

ごん。

 

「ぐゥ〜〜〜〜〜ッ……!!!!」

 

この数秒間でたんこぶを二個こさえた頭を抱え、痛みに悶絶する弟子に、セリスはフンとソッポを向き、ベッドの余った部分へと腰掛ける。

そして顔を上げれば、にこやかな相棒と、弟子の友人、あとは弟妹を名乗る何者かがそこに立っていた。

部屋の隅には原型を留めないほどに刺し貫かれた例の紛い物が安置されており、ぴくりとも動かずに朝日を享受している。

 

「まぁまぁセリスさん、その辺で。ラフィも反省しているようですし」

「どこがだよ、ったく……あのお嬢様がヤンチャ娘に育ちやがって」

「……こうしたのは師匠だろ……」

「あぁん? ゲンコツもう一発行くか?」

「いらない!!」

 

そう吠えて布団に潜ってしまったラフィ。少々無茶な動きをしたのか、布団の中からも痛みに呻く声が聞こえた。

その様子に、思わずぶっと吹き出し、そのまま笑い出すセリス。布団の中から抗議の蹴りが飛んでくるが、なんのその。

 

「なんていうか……すっごくソックリ」

「うむ。まるでラフィをそのまま大きくしたようだ」

「今のラフィの立ち振る舞いはそのままセリスさんを参考にしたものですからね。似るのも当然です」

 

フィーとラウラの呟きに、男────リオン・バルタザールがそう返す。

そしてひとしきり笑って目尻に溜まった涙を拭いながら、セリスがさらに返答する。

 

「当時はお嬢様丸出しだったからな、真似させた。市井を出歩くには目立ちすぎんだよ」

「普段から令嬢丸出しのお姉ちゃん、か」

(ユーシス)の様子を見る限り、おそらく本当なんだろうが……」

「ユーシス、帰ってきてからもずっとブツブツ言ってたもんね」

 

あまり想像ができないといった様子のヨルダはリオンが持ってきたケーキを隣に座ったイクスと共につまんでいる。

マキアスは前回の特別実習の行きの電車の中でラフィの言葉遣いを聞いて気をやりかけていたユーシスを思い出し、エリオットは帰ってきてから学校の中庭で見かけ、パトリックに背中をぽんと叩かれているユーシスを思い出していた。

 

「そういえばセリスさん、頼んでいたものは?」

「おう。さっきワジが回してきたぜ」

 

セリスは肩に下げたラフィのものとよく似たリュックサックから資料を取り出し、ほい、とリオンへと投げ渡す。

危ないでしょうとぼやきながらも受け取り、リオンは資料へと目を落とす。途中で後ろからよじ登ってきたイクスや良心と戦いながらも覗き込もうとするマキアスに気付き、クスリと笑って机へと資料を広げた。

広げられたら広げられたで、子供達は揃って我先にと覗き込む。

 

「……これって……」

「えぇ。昨日撃破した、ソレについての資料ですね」

 

紛い物の天使像と、その付属品であるトランペット。

写真付きで印刷された資料にはっきりと写るソレは、間違いなく今、小屋の隅っこでボロボロのまま朝日を浴びている天使像そのものだった。

皆が一斉に動いた物音が気になったのか、体を再び持ち上げ、痛みに耐えながら白夜を己が先生へと向けるラフィに、リオンは一つ問いかけた。

 

「ラフィ、貴女の母親はアリエル・ウィステルで間違いありませんね」

「……そうだけど。なんだよ、いきなり。母さんは関係ないだろ」

「関係あるから聞いたんですよ」

 

その時、ヨルダの手が一枚の資料に触れた。

朝焼け色の瞳に、姉によく似たミルクティーの髪───── 自分たち(双子)にどことなく似た、吊り気味の目。

その女性が写った資料を、今度はリオンの白手袋がスッと抜き取って行く。

 

「これを」

 

それは姉の手元へと渡った。

 

「……母さんの、資料……」

 

写真とはいえ、久々に母を目の当たりにして、ラフィは目を丸くする。

そしてその白夜は書かれた文章を次々と映して……最終的に、資料に皺が入るほど強く握りしめた。

 

「“ラマールの天使憑き”。お前の母方の家系の正体だよ」

 

ラマール州に昔から存在する“天使憑き”。それがウィステルという家系の正体だった。

暗黒時代から地方宗教の教祖として発展してきた家で、その成り立ちから七耀教会とは常に対立する立場。数百年前に一度、当時の星杯騎士たちによって滅ぼされたらしいが────

 

「お前はその生き残りの裔、ってわけだ」

 

“紛い物”とトランペットは、憑いている天使を引き出して宿主の肉体に定着させるための遺物。天使を宿す一族の人間を追い、生命の危機を味合わせることで、内に眠る天使を無理やり引き出す物。

遺物はただ古の役目をこなしただけであり、あの“翼”はずっとラフィの内側で眠っていた。

 

「……師匠達は、知ってたの?」

「いいや? だが、中に何か“居る”のはわかってたからな」

「そうじゃないか、とも総長から聞かされていました。先生から処置も受けていたでしょう」

 

リオンの言葉に、確かに昔────師のさらに師にあたるバルクホルン神父が、実家から持ち出してきたこの長剣に何かを施していたのを思い出した。

てっきり古代遺物の処置かと思っていたが。

 

「……あたし、死ななきゃいけないのかな」

 

ふと、迷子のような顔をして女は口を開いた。

 

「バカっ、なんでそうなるんだよ」

「だって……師匠達の敵なんじゃ……」

 

ぎゅ、と布団を豆だらけの、決して綺麗とはいえない手が握りしめる。

黙り込むセリスの正面で、リオンが口を開いた。

 

「昔の話です。それに────」

「天使の本体はお姉ちゃんじゃなくてそっちの剣なんじゃないの?」

 

ここで、資料を好き勝手見ていたヨルダがそう呟いた。

隣にいるイクスはちんぷんかんぷんといった顔をしているが、どうやら少女はその異能故にある程度は掴めてきたらしい。

 

「へぇ、よくわかったなガキンチョ」

「ガキンチョ言わないで。……あの翼、いつもの剣と同じ気配がしたから」

 

なんか連動もしてたし。

ケーキの最後のひとかけらを食べ終え、ヨルダは足を組んでぐぐ、と伸びをした。

 

「見た感じ今回みたいに無理やり引っ張り出されない限り封印でガチガチに固められてるし、ラフィが死ぬ必要なんかないでしょ」

 

そしてそのまま椅子から飛び降り、ぐるっと回り込んで、セリスとは反対側に座り、布団越しの膝へと倒れ込んだ。

 

「ま、どうでもいいけどね。お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん」

 

少女は驚いた顔をして動く気配のないラフィの右手を、催促するようにぽんと自分の頭へと乗せる。

数秒ぽかんとしていた姉は、ようやく処理の追いついた後、思わず破顔して、妹のピンク色の髪をわしゃりと撫で回した。

 

「ったく……お前の将来が心配になってきたよ。この人たらしめ」

「えぇ……?わけわかんないんだけど……」

「ヨルダだけズルいって!ボクも!」

「はいはい、わかったわかった……ぐあッ!? こら、飛びついてくんなイクス!!あだだだだっ!!」

 

飛びついてきたイクスごとベッドへ倒れ込み、ぎゅうと抱きついてくる弟妹を、今度はこちらから抱きしめ返した。

自然と笑いだす姉弟妹達を眺め、師達は互いに顔を見合わせ、安心したように、その笑い声につられて笑いはじめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラフィ」

 

帰り道、オルディス駅へと続く、長い曲がり道。

星杯騎士の二人は専用の飛空艇で空へと消えていき、当初の予定通り、子供達だけで帰路へとついていた。

数日ぶりに耳にする人々の喧騒を心地よく思いながら歩いていたラフィを、ふと後ろにいたラウラが呼び止めた。

少し歩く速さを緩め、隣について「どうした」と尋ねれば、彼女は昼の、上から降り注ぐ光でキラキラ瞬く海を眺め、口端をあげて、しみじみとつぶやいた。

 

「しっかりと見て回れてはいないが……美しい街だな、ここは」

「……あァ。それは否定しねェよ」

「街とは、君主を映す鏡だと聞く。……クロワール公爵は、本当にそなたの言うような、酷い父親なのだろうか」

 

ここで足を止めなかったのは、ある意味成長と言えるかもしれない。

数秒黙った後、ラフィは街並みを眺めて、人々を眺めて、そして、海をその白夜に映した。

 

「親父は……ううん、父さんはきっと名君だよ。いつだってオルディスのことを考えて、どうやってもっと良くするかをずっと考えてる」

 

幼い頃から父は伯父の手伝いで忙しそうだった。

いつだってラファエラは母の部屋で、母と二人で絵本を読んでいた。だからこそ、たまに様子を見にくる父に抱っこをせがんで、遊びに誘って、大好きだと全身で伝えていた。

 

「面倒なラマール貴族に揉まれながらも、伯父様と二人で頑張ってた。おかしくなったのは……伯父様が亡くなって、母さんが失踪してからだよ」

 

10年前に母・アリエルが失踪、8年前に伯父・アルフレッド・ド・カイエンが死亡。

そして伯父の死後2年─────つまり、6年前にクロワールは母を完全に“忘れた”。

母親がいないのにラファエラが存在するという矛盾を指摘すると、酷く苦しんで失神する。父を元に戻そうと真実をを何回もぶつけ、その度に父が失神を繰り返し、次第に侍従に止められるようになってしまった。

 

「……屋敷全体が母さんのことを忘れようとしているって思っても仕方ないだろ? だから家出したんだ。母さんを忘れるこんな家なんか出てってやるって、コイツをかっぱらって」

 

背に背負った、天使を宿す古代遺物をコンコンと叩き、ラフィはにぃと笑った。

 

「んで、師匠達に出会った……つか、とっ捕まったわけ」

 

そっから、アルテリア、共和国、クロスベル、リベールの順で師匠に連れ回されて、去年帝国に帰ってきたんだよ。あぁいや、今年初めに爺さんに呼ばれてもう一回共和国に行ったな。

そんなことを呟きながら、ミルクティーの癖っ毛はぴよぴよと揺れる。

 

「な、うちのはロクデナシだろ?……ラウラの親父さんはどんな人なんだ」

 

振り向いて、光に照らされる白夜がラウラを射抜く。

その瞳に真っ直ぐ応え、ラウラはふ、と笑った。

 

「私も、母を早くに亡くしている。父上は男手一つで私を育ててくれた」

 

ゆったり、ゆったり、歩きながら話をする。

隣で綺麗な青髪が揺れる。霧の街に良く似合う、深い青色だ。

 

「剣を教えてくれた。武人としての在り方も、故郷を愛する心も教えてくれた。……私はそなたよりもずっと経験は浅いだろうが、それでも父上から学んだ騎士道がある。だが────きっとそれだけでは、そなたに追いつけまい」

 

ラウラの、綺麗な黄色の瞳が、故郷を捨てた卑怯者を貫いた。

まっすぐで、どうしようもなく輝いている。手を伸ばして遮っても、きっとその光が手を貫いて届いてしまう、そんな瞳。

 

「父上は師であり、憧れであり……なにより、目標だ。いずれ後を継ぐ者として、いつか父上を超える。だが、目標は一つでなくともいいだろう」

 

卑怯者の手を、正道の少女が握った。

 

 

「光も、闇をも合わせ呑んで行くラフィという人間の友として、隣で胸を張れるようになってみせる」

 

 

あまりの眩しさに、卑怯者は瞼を閉じた。

そして目を逸らしてから、もう一度瞼を開ける。

 

「……そう、か」

「うん。まずはフィーを理解するところからだ」

 

それはそうしてやってほしい。リィンがかなりやつれていたから。

 

「ったく、父親の話だったのに、口説かれちまった」

「む、確かに……すまない。ではまず父上の少し不器用なところから、」

「いい、いい。また子爵閣下にお目通が叶った時にでも教えてくれ」

 

ケタケタ笑いながら、事件屋は駅の前まで歩みを進める。

 

ふと、向こう側高級導力車が止まっているのが見えた。

その中から特徴的な、オレンジ色の癖っ毛が出てきて、肩あたりの大きな蒼い羽飾りが、オルディスの昼下がりの潮風を浴びて、ふよふよと靡いた。

 

「……あれは……」

 

ラウラの呟きも耳に入らないくらい、ラフィの視線はその男に釘付けになっていた。

そっくりな垂れ目が、互いを映す。男は車から離れることはしなかった。

 

(母さんを忘れたくせに、どうしてそんな目であたしを見るんだよ)

 

ただでさえ垂れ気味な目がさらに柔らかくなり、髭を生やした口元はゆるりと微笑んでいる。

 

慈愛。一言で言えば、そんな表情だった。

 

そんな男の一人娘は、べ、と舌を出して、下瞼を引っ張って。

所謂あっかんべー、という動作を男に向かって見せた後、ラウラの手を引っ張って駅へと足を踏み入れた。

 

「……行こうぜ、ラウラ」

「ラフィ! あれで良かったのか、そなたは!?」

「いいんだよ」

 

女の足は止まることはない。

大きなホールを抜けて、駅にたどり着くまで、一度も振り返らなかった。

 

 

「ラファエラ・カイエンは行方不明なんだから」

 

 

ラフィ・ウィステルは、震える声でそう呟いた。

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