事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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二十八話 夏至祭、一週間と一日前

「あ、起きた。おはよ、ラフィ♡」

 

枕に突き立てられた異形のナイフ。

寝ぼけ眼の家主に乗り上げる、乾いてカッピカピの血まみれ男が機嫌良さそうに朝の挨拶を告げる。

女はめんどくさそうにはぁとため息をついてから、男に向かって思い切り頭突きをかまし、その勢いで起き上がり、男の腕を引いて────風呂へと投げ込んだ。

 

「帰ってきたら風呂っていつも言ってんだろクソ野郎!!!!」

「だってラフィの顔見たかったし」

「あたしはお前の顔見たくないんだよ!!血は水で落とせよ!!!!」

 

メルキオルの、やたらダメージの入った血まみれの服をぽいぽいと洗濯機に放り込み、洗剤を入れてぶん回す。

血液はお湯をかけると逆に固まってしまうから水で落として欲しい。一度固まった血液は落とすのが大変なのだ。

 

「あ〜ックソ!!お前の部屋隣じゃねェのかよ〜〜ッ!!」

「今までパトロンのところに寄生してたから家事のやり方わかんないんだよね」

「バカ!!出る時は言え!!シモ丸出しで出てくんな!!」

 

洗面所から出て、外からパジャマだけ放り込む。何故メルキオルのパジャマがウィステル家にあるのかという話だが、単純にメルキオルが毎回こちらで風呂に入っているからである。

あぁもう、こいつが来てからこんなんばっかりだ。早く次の特別実習行きたい。ラフィはそう呟いて、ずるずると壁に背を預けて座り込んだ。

 

「……おはよ、ラフィ……」

「ん、おはようヨルダ」

「……大丈夫……?」

「後で蹴り出すから大丈夫だ。パン、自分で焼けるか?」

 

目をこすりながらラフィの肩にぐりぐりと額を押し付けるヨルダは、こくりと頷いてキッチンへと向かっていった。ヨルダはしっかりしているから、きっとイクスの分も焼いてくれるだろう。

 

「ラフィ〜、着たよ〜」

「あぁそうか、今すぐ出て行け」

「酷いなぁ、外に出たら湯冷めしちゃうよ」

「心配すんな。今日の湿度は80%、最高気温は28度だ」

「ラフィが冷たくて湯冷めしそう」

 

よよよと鳴き真似をするメルキオルに一発蹴りを入れてから、はぁとため息をついてパンを焼くヨルダの隣でコーヒーを淹れた。とぽぽ、とフィルターを通して色を変えた湯がカップへと溜まっていく。

17歳の二人が騒いだ物音で目を覚ましたのか、イクスもずるずると布団を引き摺りながらリビングへと出てきた。

 

「管理人うるせー……」

「うるさいって、失礼だなぁ。本当に生意気になったよねこの子達」

「はよ、イクス」

「……おはよ、姉ちゃん……」

 

キッチンに立つ姉の懐へ顔を埋め、ぎゅうとその足にしがみつく。

寝起きで甘えん坊になるイクスの頭をわしゃりと撫で、出来上がったコーヒーを少し冷ましながらずず、と啜った。

バスタオルを首にかけ、ちゃっかりテーブルにつくメルキオルを見て、大きくため息をつく。ヨルダが焼き上がったパンに溶けるスライスチーズをかけたものを2枚の平皿に乗せて、片方をイクスに渡し、テーブルへと持っていくのを眺めながら、今度は自分の分と、仕方がないのでメルキオルの分もトースターへと放り込んだ。

イクスの頭を揉みながら待ち、数分後焼き上がったパンを平皿────は我が家に3枚しかないので、メルキオルの分は紙皿だ。

 

「あれ、焼いてくれたんだ」

「その様子じゃ朝飯も食ってねェだろ。とっとと食って帰れ」

「やっさし〜♡ じゃあ遠慮なく」

 

評価コロコロ変えやがって。

嬉しそうにパンを食べるメルキオルの隣で、昨日買った、帝国時報よりも少し格の落ちる、所謂ゴシップ誌を片手にパンに齧り付いた。

D∴G教団残党壊滅、と表紙に大きく書かれたそれは、案の定内部はその話ばかり。

端っこの方に競馬の勝敗やらお料理コラムやらはいつも通り掲載されているが、時事ネタは殆どクロスベルのことで、最後のページだけがノルド高原にて共和国との緊張高まる、と、漸く帝国の話が載っているくらいだ。

 

「あれ、あの司祭様ついに死んだんだ」

 

表紙を見たメルキオルがふと声を上げ、それにつられた双子も顔を上げる。

 

「やっと? はぁ、ダルかった……」

「ラッキー、出張無くなんじゃん」

「ンだ、知り合いか?」

 

双子に問いかけると、二人は頷き、同じタイミングでパンにかぶりつく。

 

「んぐ……ボクとヨルダが生まれた場所がそこなんだよな」

「ちょくちょく実験台にされそうになったし……壊滅したならラッキー、って感じ」

「ちなみに僕がアルフォンス神父に飲ませた薬、そこ産ね」

「……ロクでもねェとこってのはわかったわ。特務支援課に感謝だな」

 

棘の三人の証言もそこそこに、残ったパンの耳をもしゃ、と口に放り込んだラフィはご馳走様、と手を合わせて、半分ほど残ったコーヒーに手をつけた。

同じく食べ切ったらしいイクスは指先についたチーズをぺろりと舐めて「ごちそーさんっ」と椅子から飛び降り、玄関へと小さな足音を立てながら駆け出す。

そしてすぐさまパタパタとテーブルへと駆けてきて、どんと紙束を置く。

 

「はい、届いた依頼!」

「ん、あんがと……いや多くね?」

 

仕事の落ち着いてきたここ最近ならば4〜6枚程度で済んでいた依頼の手紙の枚数がなんとも分厚くなっている。

郵便屋も面倒に思ったのか、数十個に渡る手紙の束は赤いスズランテープで雑にまとめられていた。

ゴシップ誌を閉じて、代わりに手紙へと手を伸ばす。

 

「……夏至祭準備の手伝い。あァ、こっちはまだだったっけ」

「夏至祭ってもう終わったんじゃねーの?」

「帝都だけ一ヶ月遅れなんだよ。獅子戦役の終結に合わせてな」

 

普段なら迷子猫の捜索やら落とし物探し、鉄道憲兵隊からの手配魔獣駆除などの依頼がほとんどだが、今日に限ってはそのほとんどが夏至祭の準備手伝いだ。安全配慮のための魔獣の駆除依頼はもちろん混入しているが。

 

あちこちの商店では夏至祭限定商品が売り出され、女学院ではチャリティーイベントが、競馬場では夏至賞が行われる。

手紙の中には幾つか見覚えのある名前も混じっている。直接言ってくれりゃいいのに、とぼやいても紙束の量は変わらない。

 

「ハーシェルさんとこは……今年はトワが手伝いに帰ってこないんだっけ……マーテル公園の設営準備? げ、マキアスの親父さんからか」

 

博物館からは獅子戦役に関する展示物の用意、歌劇場からはチケット抽選の手伝い。

それぞれ期限もついており、大抵が夏至祭前日までに来てくれればOK、とのこと。全く、夏至祭までまだ1週間もあるのに。

 

「管理人、次の仕事っていつ?」

「ん?僕の仕事? この先2週間くらい大きな仕事はないけど」

「ンじゃあ手伝ってよ。ボクらだけじゃ終わんないってコレ」

「あっこらお前ら勝手に」

 

興味を持ったらしいメルキオルは、たまたまラフィが手に持っていた手配魔獣依頼をしげしげとながめ、ニヤ、と笑った。

 

「忙しいんでしょ?任せてよ。人前には出られなくても手配魔獣くらいならサクッと殺れるし」

 

実力が実力だけに反撃ができない。しかしこのシリアルキラーを単独で野に放つのはかなり不安である。

しばらくウー、と唸っていたラフィの正面で、ヨルダが横着して影の手をひょい、と上げた。

 

「わたしがついてく。それでいいでしょ……イクスはラフィをお願い」

「オッケー、任せろ」

「お願いって……はぁ、もう好きにしてくれ」

 

一般人にちょっとでも手出したら憲兵隊に突き出すからな、と言い残して、ラフィは着替えに寝室へと戻る。

7月18日、朝9時半。通りすがりにラフィがぽちりと電源を入れたラジオからは、本日快晴と天気を告げる声が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おし、これで帝都内は最後だな。残ったのはトールズへ、か」

「げ、今から?今度に回そうぜ」

「……うん、そうだな。他にも学院宛の依頼が来るかもしれねェし」

 

駅前広場の掲示板に貼った様々な店のチラシを眺め、仕上がりに満足して頷く。

すみっこには事件屋の青いチラシもあるが、まぁ今は夏至祭のアレコレで隠れてそんなに目立っていない。

チラシ入れの袋があと僅かになったのを見て、やっとか、とイクスは姉にもたれた。

 

「つか流石に多くね?」

「夏至祭は毎年こんなもんだ。どの店もここぞとばかりに催し物をするからな」

 

そうか、お前は初めてだったか。

腹に体重を預けてくる弟の頭を毛流れに沿って撫で、小さく笑う。ポッケに入れていた飴を取り出し、包装を剥いて口元に差し出してやれば、ぱくりと咥えて口の中でコロコロと転がし始めた。

 

「当日は一緒に回るか」

 

こくん、と嬉しそうな笑顔で頷いたイクスに微笑み返す。

 

夏至祭。年に一度の伝統祭。帝都を上げて行われる祭りゆえに、皇族の方々も各地のイベントにご出席される。

先月のオルディスの夏至祭にはオリヴァルト皇子が出席されたそうだが────どうやらⅦ組B班とはすれ違いになってしまったらしい。

少し惜しくも感じるが、帝都の夏至祭では競馬を観戦なさるらしいから、一目見るくらいは叶うだろうか。

 

「ン、メロン味だった。うま」

「そりゃよかった。んじゃ、次は────ん?」

 

ふと、視界の端に綺麗な黒髪が映る。

きちんとその髪の持ち主を視界に収め、従姉妹の姿がないことに違和感を覚え、イクスに行くぞと声をかけて歩き出す。

そして小さな少女の背中に近づき、肩をぽんと叩いた。

 

「よっ、エリゼ嬢ちゃん」

「おーっす」

「ひゃあっ!?」

 

少女────エリゼは全身で跳ね上がり、後ろを振り向き、ポカン、と口を開けた。

 

「ら、ラフィさんに、イクスくんですか……」

「悪ィ。びっくりさせたか」

「いいえ、てっきりミルディーヌがついてきたのかと思いまして」

 

確かにミルディーヌならばこっそり尾行することもお茶の子さいさいだろう。だがまぁ、あの子はあの子で暗殺者などの危険もあるから基本的に一人歩きはしないだろうが。

 

「つーか、エリゼおねーさんこそ何で制服で駅なんかにいるワケ?今日ガッコ休みだろ」

 

イクスの指摘に、エリゼは数回周囲を見渡し、もじもじ、と手を絡ませて、ようやく答えを口に出した。

 

「その……兄様に、会いに行こうと思って」

「リィンに?」

 

彼女の兄の名を出せば、こくん、と頷く。

曰く、リィンがトールズに入学してから、近くで暮らしているのに一度も会いに来てくれないこと。

それと────送ってきた手紙に聞き捨てならないことが書いてあったこと。

 

「“卒業後は家を出る”なんて……どういうつもりなのかと、兄様を問いたださねばならないのです」

 

そして、制服なのは外出用の服を全てクリーニングにかけてしまったからだと、すこし恥ずかしそうに、俯いて答えた。

 

「もしかして、一人で列車に乗るつもりだったのか?」

「えぇ。兄様は……その、物凄く人たらしですから。下手に友人を連れて行ってしまうと……」

「あ〜」

 

純粋な貴族令嬢にあの好青年人たらしぶりをぶつけてしまうとどうなるか。当然たらされる。初恋ハンター・リィンを舐めてはいけない。

 

「……ちょうど残りのチラシは学院宛だし、せっかくだから一緒に行くか」

「い、良いのですか?お忙しいでしょうに」

「良いんだよ、ガキンチョは甘えとけ」

 

エリゼの、綺麗に整った髪を雑に撫で回し、事件屋はに、と笑う。

トリスタ行きチケット3枚、と駅員に声をかける女を見つめるエリゼの背をイクスが叩き、行こうぜ、と改札へ走り出す。

 

日の傾きかける帝都に、午後5時を告げる大聖堂の鐘が鳴り響いていた。

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