事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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「──────へルターオニキス」







三話 夕食と予感

気づいた時、目の前は真っ暗だった。

灯りも何もない、ただただ黒が広がっていた。

自分は死んだのだろうか。思ったよりも痛みがなかったな、と他人事のように思った。

そして何も考えずに立ちあがろうとした時、ずきりと太腿が痛みを訴える。

 

自分の姿すら認識できない暗闇の中、痛んだ部分に触れる。ぬるり、と嫌な触感と共に鉄臭い匂いがぶわりと空間内に広がった。

 

(……女神サマの御許、っつーわけじゃなさそうだな)

 

そうと決まれば話は早い。自分はまだ死んだわけではないのだから。

手始めに、ラフィは手探りで見つけ出したロングソードを右手に持ち、とりあえず目の前の空間を叩き切ってみた。

 

「っぐ!?」

 

しかし力任せに振り切ったそれは、謎の壁に阻まれ……いや、反射される。

宙を舞ったロングソードはラフィの腕スレスレを刃が通り抜け、再び地面へカラリと音を立てて落ちた。

理解できない現象が巻き起こり、間抜けなあんぐりとした顔をラフィが晒していた時、ふと背後からコツコツコツと足音がした。軽く速い、子供の足音だ。

 

「誰だ……って、うおっ!?」

 

痛む体に鞭打って振り返ったラフィの胸元に飛び込んできたのは、ここ数週間で見慣れた、時々水色のメッシュが入った、桃色の髪。

じわりじわりと周囲の景色が元の地下道へと戻って行く。黒い物体の収納先はヨルダの足元だ。

 

「あー……随分心配かけちまったみたいだな」

「……だって、帝国での拠点が無くなったら困る」

「別にあたしが死んでも好きに使っていいけど?」

「じゃあ、卵焼きが食べれなくなる」

 

そうか、とだけ短く伝えて、サラサラな髪をそっと撫でる。守ってくれてありがとう、の気持ちも込めて。

ぐっと頭を押しつけてくる様はまるで子猫のようで、思わずラフィは小さく笑ってしまった。

 

「そーそー。ボクもタマゴヤキはちょっと気に入ってるんだから、勝手に死なれたら困るんだよね」

 

とん、と背後から軽い衝撃が伝わる。聞こえた声はラフィの腕の中の少女の片割れのものだ。

 

「はは……そーか。じゃあ明日のは二人とも一つ多めに焼いてやるよ」

「ほんと?」「やりぃっ!」

 

腕の中のヨルダごと立ち上がり、イクスに小さく手招きをする。

ヨルダはそのままぎゅうと右腕にしがみつき、イクスは身の丈に合っていない長銃を虚空へと放り出し、腰にタックルをかましてくる。

 

「っだ!? こちとら怪我人なんだぞ、ちったぁ考えろガキンチョ!」

「しーらねっ! あの程度で苦戦するラフィが悪い」

「それはそーだね。歳?」

「んなワケあるか、あたしはまだ17だっつの!……っと、もう夕方か」

 

地下道の出口を開けば、住宅街に西陽が長い長い影を作っていた。どうやら市街地側の出口に出てしまったらしい。ラフィの安っぽい腕時計の短針は既に5を指し示しており、今から報告に向かうとなると帰りは7を回りそうだ。

 

(……なら、報告は明日でいっか)

 

「ね、ラフィ。今日のご飯どうする?」

「あ?……そうだな、折角だからイクスの修行の成果見てやろうか」

「えっボク!? まぁいいけどさ……不味くても文句言うなよ」

「大丈夫だ、冷めても美味かった。けどアツアツはアツアツで別だろ?」

「……へーへー、作りますよっと」

 

左右それぞれに双子がぎゅうとしがみつき、時々体重を預けてくる。

びっくりするほど歩きづらい。バランスは崩すし、負った怪我が痛むし。

 

だけど。

 

「よーっし、気合い入れて帰るぞお前ら!」

「気合い入れンのはラフィだけだろ」

「傷口開かないように頑張ってね」

「気ィ使う気があるならぶら下がんのやめろっつの!!」

 

こんな帰り道も、悪くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

質素なテーブルに3つ、ケチャップライスが置かれる。

その赤色の米の上には綺麗なラグビーボール型のオムライスのオムレツが乗せられており、ふわふわとした湯気と共にいい香りが漂ってくる。

そこに包丁を持ってやってきたイクスが、緊張したような面持ちでオムレツの上に包丁を構え、そーっと、軽く包丁でオムレツに線をつける。

 

そして。

 

「おっ」

「わ、すご」

「っしゃ、成功!!」

 

まるで花開くかのように、ケチャップライスの上にほかほかのオムレツが広がった。

中身の部分が出ると同時に焼き卵の香りはさらに香ばしいものになっており、すぐさま狭いラフィの部屋いっぱいに広がった。

そのまま残り二つも成功させたイクスは自慢げに鼻の下を擦る。

 

「すげーな、こんな綺麗に開くモンなのか」

「ボクって天才だから? これくらいできちゃうんだなこれが」

「今までで通算5回くらい失敗してたけどね」「ヨルダ!!!!」

 

暴露したヨルダに向かって、イクスが顔を真っ赤にして吠える。

いちれんをみてケラケラと笑ったラフィはわしゃわしゃと豆だらけの手で青髪を撫で回す。

 

「そーかそーか、頑張ったなイクス」

「し、失敗なんかしてねェし……だーっ、頭撫でんなッ!!」

「よーしよしよし……それはそれとして頭はちゃんと拭けガキンチョ」

 

先程風呂に入ったばかりのイクスの頭はまだびしゃびしゃだ。当然、撫で回したラフィの掌はほんのりシャンプーの香りがする水滴でメチャメチャになった。

それをサッとパジャマのズボンで拭き取り、ラフィはパチンと両手を合わせる。

 

「んじゃ、頂きま─────んだ、うるせぇな」

 

スプーンを手に取り、ふわとろオムライスにつけようとしたのと同時に、家に備え付けられた通話器がバカほどうるさい音を立てる。

「先に食べてていいぞ」とだけ告げて、ラフィは受話器を手に取るべく立ち上がった。

 

「はい、ウィステルです」

『───────』

「あ゛?ンで士官学院なんかが……」

 

少し不機嫌に言い放ったラフィをよそに、ヨルダは一口ぱくりとホクホクのオムライスを頬張った。

少し前まで料理もしたことなかった兄がよくこれを作ったものだ。少々上にかけたケチャップが多めな気もするが、しっかり味もついてるので良いとしよう。

 

「……チッ……面倒なことしやがって……あたしはもうあのクソジジィとは縁切ったんでね。悪ぃ、ジジィに何言われたかは知らんが無かったことにしてくれ」

『────────?』

「あァそうだ。入学も、だ。そもそも入れられたことすら知らなかったんだから当たり前だろ。どうせ受験したのも替え玉だ」

 

受話器の向こうからは微かに若い女性の声が聞こえてくる。若いと言っても、気持ちラフィよりは上だろうか。

迷惑そうに相手をするラフィにどうも食い下がっているらしい。

そして、もくもくと減り続けていたヨルダのケチャップライスがついに半分を切った時、成長期な分ヨルダよりも食べるのが速かったイクスが皿を戻した帰りに、やたら冷たい目をしたラフィの腰へタックルをかます。

 

「ラフィ、冷めちゃうから早く切り上げろよ。ボクもう食べ終わったんだけど」

「あーはいはい、わかったわかった……すまんな、サラキョーカン。ワガママガキンチョがうるせぇからもう切らせてもらうわ」

『─────────』

「は?弟?……あァ、まァそんなもんかもな。とにかく、あたしは学院には行かねェ。ガキンチョどもの世話もあるんでな」

 

イクスの耳に『あ、ちょっと!』という女性の声が残され、無情にもがちゃりと受話器は下ろされた。

そして受話器を持っていたその手ですっかり乾いたイクスの頭を優しく、だが乱雑に撫で、ダイニングテーブルへと戻る。

 

「良い感じに冷めてんな。一番バクバク行ける温度じゃねェか?」

「アツアツのが食いたいって言ったのラフィじゃん」

「それは悪かった。文句は勝手に士官学院なんかに突っ込んだクソボケジジィに言ってくれ」

 

勢いよくガツガツと、されど米粒を溢さない絶妙なラインの雑さでオムライスを食べ進めるラフィ。

「うまっ」と途中で溢れる声を受け、最初はむすっとしていたイクスも次第に機嫌が治っていた。

そしてふと、食後のデザート(チョコプリン)に取り掛かっていたヨルダが口を開く。

 

「シカンガクインって?」

「ん? 隣町にある軍人さんの学校だよ」

「なんでそこにアンタが呼ばれてンの? 軍人志望でもなんでもないじゃん」

 

イクスの言葉に、あっと口を開けたままラフィの手が止まる。

 

「……ま、あたしにも色々あンだよ」

 

それだけ告げて、口元にまたオムライスを運び始めた。

 

「誤魔化された気がする……」

「別にボクらもラフィに言ってねーことあるからいいけどさ」

「だろ? はい、この話終わり。ごっそさん、イクス。美味かったよ」

「マジ? 卵料理極めよーかな」

 

まるで普通の家庭のように、時間は進んでいた。

イクスは何となくでソファに放置していた帝国時報を読み始め、ラフィは食べ終わった食器をシンクへ運ぶ。

そのままキッチンで洗い物を始める女の元へ、とてとてヨルダが寄っていき、その腰へと頭を擦り付ける。

 

「ん、どうしたヨルダ」

「……イクスだけ2回も撫でてもらったの、ずるい」

 

拗ねたような態度をとるヨルダを見て、ぱちくりと瞬きをする。最初は野良猫の有り様だった少女が、数週間でよくここまで変わったものだ。

今は手がびしょ濡れだから、とヨルダの頭を脇で挟み、いつも手で撫でる時とと同じようにぽんぽんとリズムよく動かす。

 

「ったく……お前ら、変なとこで子供だな」

「だって、まだ9歳だし」

「そーだったな、ガキンチョ」

 

普通ならば、双子はまだ親の庇護下でのびのびと育っている年頃だ。本来ならあんな変態に襲われかけて殺さなければいけない状況に陥るはずもない。

だから、ラフィは決めたのだ。

 

(せめて、ウチにいる間は好きにやらせてやりたい)

 

本人達が出ていくと言うならそれでいい。

ここに居て平和な暮らしを望むなら、いくらでも置いてやろう。

だって、まだ子供なのだ。生まれてから9年しか経っていない、自分よりも8つも下の、子供なのだから。

 

ならばできる限り守るのが、年上の役目だろう。

 

「明日はバイト無いし、どっか出かけるか」

「マジ!?」「マスターのところもないの?」

「あァ。知り合いの演奏会に行くとかで店自体閉めるっつってた」

 

やったと跳ねるイクスと、微かに口端を上げ、嬉しそうにくふくふ笑うヨルダ。

最後の皿を水切りカゴに並べ、タオルで手を拭き、あらためてヨルダの柔らかい髪を撫でる。

寝るぞ、と呼び掛ければイクスもつまらなさそうに読んでいた帝国時報を閉じてこちらへ駆けてきた。

 

「明日どこ行くの?」

「そうだな……ケルディックにでも行くか」

「麦酒のトコじゃん!」

「何でイクスは麦酒が名産って知ってるんだよ」

「帝国時報に書いてた!」

 

 

これが、4月23日────イクスとヨルダが拾われてから、3週間目の出来事だった。

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