事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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三十二話 陽だまりの部屋

グラン=シャリネ、1183年物。

オリビエ・レンハイムが2年前に盗み飲んだ酒の正体である。

一本50万ミラもかかる超高級ワインであり、当然置いてあるのは高級レストランであった。

 

巡回シスターとして旅をする師にくっつき、クロスベルから帝国経由でリベールへと足を踏み入れたばかりのラフィが最初に見たものが、その釈放シーンであった。

その後、訳あってしばらく行動を共にすることになるのだが────それはまた、別の機会に。

 

 

 

「これを届けにきたんだ」

 

目の前のオリビエに差し出されたのは、一枚の招待状だった。

受け取り、裏側へとひっくり返す。差出人に書かれた名はアルフィン・ライゼ・アルノール……宛名には『事件屋さんへ♡』と美麗な筆跡が記されている。

 

「なんでアンタが皇女殿下と知り合いなんだよ……」

「フフ、帝国内の人脈なら誰よりも広いと自負しているよ」

「はァ……そういやそういう人だったな、オリビエさんは」

 

ラフィ自身、オリビエについては知らないことばかりだ。

どこからともなくヴァンダール家の友人を引き摺り回しながら現れ、リュートをかき鳴らし、その場の空気をぬるくして去っていく厄介な人。

リベールで巻き込まれた厄介ごとの殆どには大抵この人が渦の中心にいる。正直疫病神だと言いたくもなるが────帝国へ帰ってきてからは何度か世話になっている。帝都での父がバイト先のマスターだとすれば、兄はこの人だと言えるだろう。

 

「ほらほら、早く開けたまえ」

「急かすなって。つか中身気にしてんじゃねェ」

「帝国の至宝とも呼ばれる、かの皇女殿下が君にどんな愛の言葉を綴るのか気になっているのさ」

「ラブレターかよコレ」

「おや、違うのかい?」

 

絶対違う、と否定をしておいて、皇族の紋章が押されたシーリングワックスをぺり、と剥がす。そもそも皇女殿下とラフィは同性である。

中から出てきたのは、白ベースに皇族らしく赤と金で装飾が施された上品なカード。その中心に一文だけ、宛名と同じ筆跡で内容が書き記されている。

 

────7月25日、午後5時過ぎ。聖アストライア女学院の温室でお待ちしております。

 

「いやこれくらいミュゼに伝言頼めばいいだろ。明日来るって言ってたぞ」

「一度招待状を出してみるのが夢だったそうだよ」

「本当に非日常がお好きな方だなァ……」

 

巻き込まれるこっちの身にもなってほしいよ。

頭を抱えたラフィを眺めて満面の笑みを浮かべるオリビエ。昔からそうだが、このラフィという子は苦難に巻き込まれると本当にいい顔をする。

 

「そういえば、彼らは拾ったのかい?」

 

出された紅茶をこくりと一口飲んでから、オリビエは最近飛び飛びながらも通い始めた日曜学校の課題をこなす双子を視線で示してそう尋ねた。

 

「うん。親もいないみたいだし、ウチに置いてる」

「フフ、アネラスくんが見たら飛び上がって気絶しそうだ」

「そりゃあそうだろ。あたしの弟妹だぞ」

 

可愛いに決まってる、とサラリと言ってのけるラフィの視線からは、じんわりと暖かい慈愛が滲み出ている。

オリビエは一秒ほど目を丸くした後、ふ、と微笑んだ。

 

「丸くなったね、君も」

「成長したって言え」

 

フン、と鼻を鳴らして、事件屋はコーヒーを啜り、飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分雑談に興じてから、オリビエはリュートをポロンポロンと鳴らしながら帰っていった。

相変わらずだなァとひくつく口端をそのままに、ラフィは室内へと視線を向けた。

 

「ただいま〜。何ソレ、勉強?」

「あ、管理人」

「あんたには関係ないでしょ……」

 

いつもの血濡れ男である。今日も元気にベッシャベシャだ。よく通報されなかったな。

 

こちらに気づいたから、黙って風呂を指差す。満面の笑みで頷いたメルキオルはニコニコ笑顔で鼻歌を歌いながら洗面所へと消えていった。

オリビエが帰った後でよかった、と心底安心する。あんなのを家にあげているとバレた日にはきっとエステル達────リベールでの友人達を呼び出して根掘り葉掘り問い詰められるに違いない。

 

「姉ちゃん、ここ教えて」

「ん? ……割り算か。これはな……」

 

ここ最近、イクスが甘える時に“姉ちゃん”と呼んでくるようになった。

控えめに言っても嬉しいから、そう呼ばれるとついつい甘やかしてしまう。

それを見てか、ヨルダもよく“お姉ちゃん”と呼ぶようになってきた。何度か思わず天を仰いだが、なんとか耐え切っている。

 

そうして双子の課題の面倒を見ていると、がらりと洗面所の扉が開いてバスタオルを頭に引っ掛けたメルキオルがほかほかと湯気を纏って満足げに出てきた。今日はきちんと服を着ている。

 

(いや服着てるだけで安心するってなんだよ)

「え、顔見ただけでため息つかないでよ。流石に傷つく」

「知らね。勝手に傷ついとけ」

 

別にメルキオルは露出狂ではないはずだ。ちょっと性に奔放なだけで。

メルキオルは濡れた髪をわしゃわしゃとバスタオルで拭きながら、ラフィの隣へと着席する。

 

「日曜学校って計算まで教えてくれるんだ」

「あたしらだってそうだっただろ」

「僕行ってないからね」

 

多少はわかるけど、と頬杖をつく男の言葉を、理解できなくて数秒ぼうと眺めた。

 

「この子達と一緒だよ。物心ついた時から暗殺組織にいた」

「げぇ」

「一緒にされたくないんだけど」

 

双子は一度課題を進める手を止めて苦虫を噛み潰したような顔をした。

そのままイクスの皺が寄った眉間を人差し指で伸ばし、ケラケラと笑うメルキオルの横顔は、腹が立つくらい綺麗で、男も女も関係なくコロッと仕留めてしまうのも納得できる。

 

日曜学校に行ったことがない。

そんなことあり得るのか、と家出する前の自分ならば大声で叫んでいただろう。

知識として知ってはいた。師や星杯騎士団の騎士達が教えてくれたから。

親のいない子供達。盗みをしなければ生きていけない子供達。

 

「そんな顔してどうしたのさ、ラフィ」

 

そのまま闇に引き摺り込まれて、身動きの取れない子供達。

 

「もしかして同情しちゃった?」

「だったら悪いかよ」

「うん。迷惑」

 

完全に闇に浸かってしまった人は、もう戻っては来れない。

 

「……せっかく人が心配してやってんのに」

「え?心配? どうして?」

「もう二度と気にかけねェ」

「ねぇ今のどういうこと? デレた?僕にデレたの!?」

「だァッ邪魔!!ひっついてくんな!!」

 

絡みつくメルキオルを引き離そうとシャツを引っ張るラフィ。ガタガタ揺れる机にイラついてヨルダがメルキオル首を絞めようと影の手を伸ばし────見事その首をとらえた。

目を丸くするメルキオルとラフィだが、それに何より驚いたのはヨルダ自身だった。

 

「……管理人、気抜きすぎなんじゃない?」

「珍しーな、ヨルダに首獲られるって」

 

いっつもはすぐに反応してナイフ突き刺してくるのに。

ぱ、と手を離して、呼吸を再開する上司に対して好き勝手に言う双子。

手元の課題プリントはほとんどが埋まっており、あとはわからない場所を聞くだけ、といった様子だ。

固まって動かないメルキオルを見下ろし、ラフィはにぃと口端を上げる。

 

「へェ、油断してたんだ」

「……セーフティハウスだからね、一応」

「ふ〜ん、そっかァ。あたしの同情を迷惑とか言っといてあたしの家で油断してたんだァ」

 

面白いこと知ったなァ、と先程とは打って変わってご機嫌で席を立ったラフィをよそに、ギギギとブリキのように動いたメルキオルは、机の上へと突っ伏した。

双子は顔を見合わせ、手に持った鉛筆で、普段は血まみれの手をつんつんと突き、鉛で汚す。

 

「管理人、耳真っ赤だぜ」

「部下に腑抜けるなとか言っといて自分が腑抜けてるのどんな気持ち?」

「君たち本ッ当に性格良くなったよね……」

 

キッチンから流れてくるラフィの鼻歌を聴きながら、双子はニコニコと笑った。

 

「だって姉ちゃんの弟だし」

「だってお姉ちゃんの妹だもん」

 

揃って聞こえてきた可愛らしい双子の言葉に、メルキオルはむ、と眉間に皺を寄せた。

 

「写真撮って皇帝あたりに送りつけようぜ」

「お姉ちゃん、カメラと感光クォーツどこ?」

「書類入れの下ァ」

「こら、E×E!!」

「「今は休暇中で〜す」」

 

まとめてコードネームで呼んでも返ってくるのは生意気な返事だけである。

暫く撮られまいと机と腕で顔を隠していると、隣にラフィが座る気配がした。

そして正面にことり、と何かが置かれる。

 

「ほら、二人とも勉強見てやるから座れ」

「え〜」

「面白かったのに……」

 

その言葉にゆっくりと顔をあげると、いい香りを放つ緑色のマグカップが鎮座していた。

おかしい。いつも飲み物が出てくる時は紙コップのはずだし、なによりこの家にあるマグカップは青色と水色と桃色だったはず。

ス、と背筋を伸ばしてラフィを見やると、猫背な彼女はフッと笑って、緑色のマグカップをメルキオルの方へと少し押した。

中にはラフィの青いマグカップの中身と同じ、ブラックコーヒーが入っていて。

 

「いいじゃねェか。家でくらいもっと油断しちまえ」

「……ラフィ……」

「むしろ少しホッとしたよ。お前も人間なんだなって」

 

それだけ言って、彼女はコーヒーを二口ほど飲んで、双子の課題を見るために体を乗り出した。

ゆらゆら揺れるコーヒーの水面に薄く自分の顔が映っている。無様な顔だ。ぽけ、と口を開けて、ぼうっとして。

 

「僕のことなんだと思ってたのさ」

 

その問いかけに、よく似た姉弟は一緒に振り向き、同じ色をした瞳をぱちぱちと瞬かせた。

 

「下衆」

「破綻者」

「クズ」

「上げて落とすの本当に酷いと思うよ」

 

それぞれの口から放たれた罵詈雑言に思わず反発する。

クスクス笑うヨルダ。ケタケタ笑うイクス。

二人も十分、前よりも光を浴びていたが────何よりメルキオルの目に眩しく映ったのは、暖かい陽だまりの真ん中で双子を愛おしそうに見つめて微笑む姉の姿だった。

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