事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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四章、開幕!

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四章 緋を駆ける足音
三十三話 事件屋繁忙期


どたどた、ばたばた。

 

「姉ちゃん、この荷物どこ宛ー?」

「見せてみろ……ん、これはウェストンハウスだな。案内無しで行けるか?」

「ヨユー! じゃ、行ってくる!」

 

ばたん。パタパタ。

 

「ラフィ〜、魔獣片してきたよ〜」

「だぁっ乗っかんな!暑い!でもありがとな!」

「まぁ僕も今は事件屋の一員だし、当然かな」

「勝手に一員になる────なッ!!」

 

どーん、どんがらがっしゃん。

 

「お姉ちゃん、迷い猫は片付いたよ。代わりにオスト地区の中古屋から依頼……何してんの?」

 

イクスとすれ違ってから部屋の中を覗いたヨルダの視界に映ったのは、長い足を振り上げた姉の姿と、おそらく蹴り飛ばされたであろう管理人がリビングを飛び越えて寝室にまで吹っ飛んだ光景だった。

ラフィはロングブーツを履いた足を痛みを逃すように振り、ふぅとため息をつく。

 

「……忙しい、本気で忙しい……昼にはクレアさんにも呼び出されてるし……」

「お姉ちゃん何か悪いことしたっけ」

「してない。多分仕事の話……待て、さらになんか押し付けられンのかよ!?」

 

勘弁してくれ、と素早く手元で花屋からの依頼である造花制作を捌くラフィ。夜なべしたからか、白夜の下には立派な隈が出来上がっていた。

せっかく褒めてもらおうと思ったのに、とヨルダはつんと唇を尖らせて、姉の隣へと座った。

 

7月24日────夏至祭まで、あと2日。

何でも屋こと事件屋にもかなりの量の依頼が舞い込んできている。この量が本来遊撃士協会に流れ込んでいたのだ、この時期の彼らがかなり忙しそうだったのも頷ける。

ようやく最後の一輪を作り終えたラフィはテーブル中央に置いていた青色のマグカップを手に取り、中に入った闇を煽る。いつもの限界突破ココアだ。疲れた時はこれに限る。

脳に糖分が行き渡り、ようやく視界がハッキリとした。隣でいじける妹の頭をうりうりと撫でてやれば、少女は嬉しそうに微笑み、ふん、と満足げに鼻を鳴らした。

 

「オストの中古屋っていうと、ナージャのとこか。内容は……」

「ジャンク品の出所探し。ちょっと怪しいらしくて」

「なるほどな。ヨルダ、一人でやれる?」

「任せて」

 

どうやら報告に来ただけらしい。ヨルダはそのまま転移するためにとぷんと影へと落ちていった。

 

夏至祭関連に加え、普段通りの依頼も入ってくる。ここ数日バイト先に顔を出せていないのが心苦しいが、マスターからも夏至祭期間はそちらに集中しろとのお達しが出ている。

逃げ場はないんだよなァ、と見慣れた天井を見上げてはぁとため息をついた。

 

「メルキオル、留守番頼んだ!」

「はいは〜い。魔獣関連の依頼来たら教えて〜」

 

ベッドの上でへらりと笑って手を振る男に小さく笑いかけ、ラフィはばさりと安物のパーカーを羽織ってから造花の箱を抱えて家を飛び出した。

 

依頼元からは出来上がったらそのまま納品先────ガルニエ地区の宝飾店へと届けるよう頼まれている。

アパートの廊下からいつもの景色を見下ろす。

アルト通り、4-32-22。立地的に言えば、遊撃士協会だった建物の隣である。

ここからガルニエ地区ならば、トラムを使った方が早いだろうか。安物の腕時計を視界に入れつつ、アパートの外階段を駆け降りる。さて、今の時間は……

 

「ラフィ?」

 

ふと、青年の声がラフィの鼓膜を揺らした。

腕時計から顔を上げれば、そこには月に一回ほど見ることになる制服と、馴染みの面々が歩いてきていた。

 

「お前ら……珍しいな、こんな時間に」

「ラフィこそ、今回は来ないなと思ったら」

「あれっ、なんだか大荷物だね」

 

先頭を歩く青年をまず視界に入れて、あとの4人も見渡す。

ラウラ、フィー、マキアス、エリオット。どうやらこのリィンという男はまた緩衝材に使われているらしい。

 

「事件屋さんは繁忙期なんだよ。これもガルニエ地区まで届けに行かないとだし、他の仕事も……」

「ラフィ〜〜!!忘れ物〜〜!!」

「馬鹿野郎!!乗り出すな振り回すな大声を出すな!!」

 

アパートの2階からいつものリュックサックを手に振り回すメルキオルに対して、その中には大事なものが入ってるだの、振り回すと危ないだの、飛んでったらどうするだのブツブツ小言を呟きながらアパートの階段を今度は駆け上がっていく。

 

その様をリィン達は見つめ、ぽけ、と口を開いた。

四大名門の娘が住むにしてはあまりに平凡なアパート。帝都らしく緋色のレンガがつまれた外壁は、それなりに築年数が経っているらしく隣の建物よりも少しだけ古ぼけていた。

それを黒のパーカーを翻して登っていくラフィの姿はあまりにも馴染んでいて、彼女が大貴族の娘であることなど誰も気づかないだろうと思えるほどだ。

 

「あのなァ、こん中財布と保険証入ってんの。もし吹っ飛んでどっかに行ったらどうするつもりだったんだよ」

「僕こう見えて高級取りだし、大丈夫だよ」

「お前に養われる気は無いが????」

 

メルキオルに詰め寄るラフィの声はリィン達にも聞こえている。見覚えのない青年と親しげに話す友人に、エリオットとマキアスは思わず顔を見合わせた。

 

「はい、行ってきますのチュー」

「するわけねェだろバカ」

「ぶっ」

 

トントンと指で指し示された頬に唇ではなく平手を喰らわせてから、もう一度造花の箱を持ち上げて事件屋は階段を駆け降りてきた。

 

「彼氏?」

「違う。絶対違う。最近増えた居候」

 

フィーの問いかけに全力で頭を振って否定する。

アレが彼氏など考えられない。そもそも外部に年下彼女からパパまで揃い倒しているのを知っているのだから絶対にない。

もう一度アパートを見上げれば、頬をさすりながらニコニコ笑顔でヒラヒラと手を振っている。中指を立てるとメルキオルはわざとらしく泣き真似をしながら部屋へと帰っていった。

 

「……で、お前らはどうしたんだよ」

「聞いてないのか?特別実習なんだが」

 

マキアスの返事に、ラフィは隈の濃い目を閉じ、眉間に皺を寄せた。

いつもなら特別実習の監督の指示は手紙で来る。どうせなら通信ですればいいのに、と何度思ったことか。

……どうやら指示書は大量の依頼書に紛れてしまったらしい。学院側からしたらすっぽかされたようなものだろう。もしかしてクレア大佐からの呼び出しもそれ関連だろうか。

みるみる顔が青くなっていく事件屋に、リィンは困ったように頬をかき、ラウラは頭を抱えた。

 

「……とりあえず、これ届けてくる……」

「あぁ、その……ここで待ってる」

 

ちょうど乗り場にやってきたガルニエ地区行きのトラムに向かって駆け出し、乗り込んだところでため息をつく。

忙しい。人手が足りない。分け身習得しておけばよかった。

大々的に宣伝したが故のこの仕事量に、ようやくあの同業者の回りくどい手口の効率性に気が付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「依頼をいくつか回して欲しい、ねェ」

 

アパートの隣、遊撃士協会跡。見慣れた支える籠手。

制服に着替える気力もなく、事件屋はいつも通りの黒パーカーに臙脂色のベストを纏ってそこに座っていた。

 

「西側のはなんとか用意できたらしいんだけど……」

「東側の陳情をウチが吸っちまった、って感じか」

「あぁ。遊撃士の代替みたいな仕事なんだろ?」

 

リィンの問いかけに頷く。本格的に動き出したのは今年からだが、前から“バイト”は請け負っていたから、この近辺ならば知名度はそれなりにあるはずだ。

こちらとしても依頼を手伝ってくれるならば願ったり叶ったりだ。そうと決まればある程度見繕わなければ。

 

「よしわかった。ちょっと待ってろ、軽く見繕ってくる」

 

立ち上がり、階段を降りて、支える籠手を横目に支部を出て、アパートの階段を登った。

しかし、部屋の扉の縦長取手に手をかけたところ、ふと背後に気配を感じて振り向けば、白い猫っ毛がふわふわと漂っていた。

続けて他の四人も下から様子を窺っている。隠れているようだが全く隠れられていない。

 

「……ラフィの家、気になる」

「気になるって……今この世の地獄かってくらい散らかってンだけど」

「マキアスも気になるって」

「僕を巻き込まないでくれるか!?」

 

いやまぁ気になるのは気になるが、流石に女性の家に乗り込むわけには、ごにょごにょ。

小さな声で言い訳を連ねるマキアスをよそに、フィーはラフィのパーカーにひっつき、絶対に見てやると頑なになっている。

バレてしまったものは仕方がないと言わんばかりにラウラも階段を登ってきて、ラフィの肩に手を置く。

 

「そういえばそなたの暮らしぶりをなにも知らないと思っていたところだ。丁度いい」

「はァ……見てもあんま怒んないでくれよ」

 

小さくため息をついて、ラフィは自室の玄関をぐ、と力を込めて開いた。

ふわり、とコーヒーの香りが漂う。そのまま玄関マットで靴の裏をうりうりと拭いて、ラフィはそのまま部屋の奥に向かって声を上げた。

 

「ただいまー」

「姉ちゃんだ!」「おかえりお姉ちゃんっ」

「っと……ナイスタックル」

 

入るなり双子がフローリングに散らかった依頼書を器用に避けて飛び出し、姉に向かって勢いよく抱きついた。

ラフィ自身も双子の頭をそっと撫でて、微笑みを浮かべている。

 

「あれ、フィーとラウラもいる」

「やほ」

「相変わらずで何よりだ、二人とも」

「っつーことは……やっぱいた、マキアス!!」

「うわッ!? こら、階段で飛びつくんじゃない!!」

 

姉を押し退けてアパートの扉から出て、階段をゆっくり登ってきていたマキアスに、イクスは二階から飛び降りて抱きついた。幸いマキアスの背後にリィンが居たため大事には至らなかったようだ。

 

アパートの内部。いつもより書類に散らばった事件屋事務所である。

普段は料理を載せているダイニングテーブルの上にまで書類が山積みにされており、普段ラフィが事務仕事をしている机に至っては依頼書の白で覆い尽くされ、元の茶色が見えないくらいにまで出来上がっていた。

 

「まだ終わってねェ依頼は……」

「出来るだけダイニングに集めといた」

「ん、ありがと」

 

ヨルダの頭をうりうりと撫で、かろうじて無事な椅子に座って数十枚重なった依頼を吟味する。

暫くペラペラと捲っていると、中からトールズの紋が入った封筒がぺらりと宙を舞った。

 

「あったね」

「……ウン……」

 

フィーの言葉に同意を返し、空を仰いだ。

こんな薄っぺらいもの、紛れても仕方ないだろう。こちとら初めての繁忙期なんだぞ。

今更見つけても仕方ない。封筒を懐にしまって、依頼の吟味を続ける。

 

「夏至祭の飾り付け手伝いに猫探しがこの短時間で4件……これはさっきヨルダが片したんだっけ」

「同じ場所にいたからね。同時に確保した」

「魔獣退治は……メルキオルとイクスがほとんどやっちまったか」

「二件だけ残ってるぜ。片っ方は街道だからいま管理人が出てるけど、もう片っ方はガルニエ地区のホテルの鍵借りなくちゃいけなくてさ」

「わかった。あとは……帽子の落とし物、取材手伝い、それとマスターのツテのレコード探し……」

 

こんなもんか、と4枚の依頼書を引き出し、ラウラの手に乗せる。

 

「最後のレコード探し……ヘミングさんの依頼は別にウチに回してもらってもいい。知り合いだし、他の依頼の片手間にでも探せるからな」

「ふむ、承知した。今回はそなたの同行は……」

 

女は黙って積み重なった依頼書を顎で示した。

 

「無理そうだね」

「悪ィな、明日の夕方までに粗方終わらせなきゃいけなくてさ」

「何か用事でもあるのか?」

 

イクスを引っ付けたままのマキアスを連れて、エリオットと共に家に上がり込んできたリィンがそう問いかけた。

 

「アルフィン殿下に呼び出し喰らったんだよ。女学院に来いって」

 

女の指の間に挟まれているのは、漂泊の詩人がよこした例の手紙だ。

表面に書かれたアルフィン皇女のノリノリハート付きの宛名を見たリィンは苦笑いをして、その後ろからエリオットとマキアスがわなわなと震えながらその手紙を目をかっぴらいて見つめていた。

 

「こ、皇女殿下の直筆のお手紙……!?」

「いいなぁ〜、僕も殿下のサイン欲しい」

「サインよりよっぽど面倒なモンだよ、これは」

 

今度は何を無茶振りされるかわかったものではない。

あの脅迫状事件の後もミルディーヌを通じて半分常連のような状態になっているが、あの美貌を目の前にするたびに息が止まりそうになる。皇女殿下の小さな可愛らしい口から飛び出してくる言葉はいつも劇物である。本当に勘弁して欲しいと女はため息をついた。

 

「……とりあえず、今日明日はかなり忙しい。サラさんには言っておくから、追加の依頼が欲しけりゃウチに取りに来い」

 

基本的にラフィはもちろん双子でもメルキオルでも誰かしらはいるはずだ。Ⅶ組をメルキオルと会わせることだけは心配だけれども。

 

それだけ伝えた途端、懐でARCUSが着信音を鳴らす。

すっかり慣れた手つきで取り出し、友人達に断りを入れてから蓋を開き、受話ボタンをぽちりと押し込んだ。

 

『────ラフィちゃん、聞こえますか?今どちらに?』

 

澄んだ氷のように綺麗な声がスピーカーから流れ出す。

瞬間、ただでさえ皺がよっていたラフィの眉間の谷がさらに深くなる。

しわしわ、と老婆の如く皺だらけになった顔で、絞り出すように女は声を出した。

 

「今リィン達に依頼回したとこッス……」

『あら、てっきり忘れていたものかと』

「忘れてたっつか、見れなかったんだよ。ウチの依頼全部手紙で来るから」

『なら次からはこうして通信で依頼しましょうか』

「そうしてもらえるとかなり助かる」

 

スピーカーの向こうでクスクスと彼女が笑う。

ラフィはガシガシと後頭部を掻いて「で、なんの用だ?」と尋ねる。

てっきり忘れていた、と言うくらいだ。この通信の要件は依頼回しの件では無いだろう。

 

『まったく、こちらは忘れていたんですね。もう約束の時間から30分も過ぎていますよ』

 

そう言われて安物の腕時計を見る。11時47分だ。

 

そして部屋の時計を見上げると────13時半、ぴったり。

 

「……腕時計、止まってた」

 

本当に今日は災難ばかりだ。

肩にポンと置いてきたリィンの手をチョップして、女は自身に降りかかるあらゆる災いを嘆いたのだった。

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