事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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三十四話 夜と朝の隙間

「……ん、こんなもんかな」

 

帝都中央駅のバックヤードにある、小さな会議室。

机の上に広げられたサンクト地区とマーテル公園の地図に、ところどころ丸が赤いサインペンで付けられていた。

それらは全て、帝都の地下に広がる巨大な地下水道の出入り口であり、中には隠された仕掛けを内側から動かさねば開かないような場所も記されていた。

 

「まさか1年でここまで把握するだなんて」

「伊達に入り浸ってないからな。遊撃士協会も把握してたと思うけど、知らなかったのか?」

「彼らとは険悪な別れ方をしましたから」

 

教えてくれなかったのか、こちらが突っぱねたのか。

口端を引き攣らせながら乾いた笑いを漏らし、ラフィは赤ペンにキャップをしてぽい、と机の上に投げた。

 

「他にも空気が通ってるところはあるけど、大抵がヒトは通れない大きさだよ。排水溝とか、通気口とか」

「爆発物が投げ込まれる可能性は?」

「ないね。セドリック殿下は大聖堂、オリヴァルト殿下は競馬場だろ。排水溝も通気口も直通のは外にある」

 

強いて言えば両方直接出入りできる扉が存在するが、そこは鍵をかけて人を配置しておけば間違いないだろう。

 

「だが、温室は真下に通路がある。転移術を使われたり床をぶち抜かれたりしたらどうしようもないぞ」

「転移術……その発想はありませんでした。よく思いつきましたね」

「“元”従騎士見習いだったからな」

 

まぁ、結社の人間でない限り古代遺物でもないと転移は使えないだろう。

地下通路は大聖堂の真下にもあるが、あそこは現在外から立ち入ることができない。通じる道をメルキオルが爆破してそのままだからだ。

一度見に行ったが、見事に崩れて塞がっていた。大聖堂が被害を受けていない辺り、メルキオルの爆弾の配置センスが高いことがよくわかる。

 

「総合的に考えると、一番危ねェのはアルフィン殿下か」

「えぇ。予想以上に立地が最悪ですね」

 

クレアは再び顎に手を当てて考え込んだ。

今からでも会場の変更を、いや警備の兵を多く配備すれば。そんなことをブツブツ呟きながら地図を眺めている。

 

「なんで都庁はこんな魔獣と犯罪者の用通路を放置してンのかねェ」

「上層は今でも機能している上に下層は貴重な暗黒時代の遺構だから」

「いやわかってるけどさァ。週1で潜ってると言いたくもなるってモンだろ」

 

薄暗い、ジメジメしてる、人目につかないの三拍子。

犯罪者の根城にされたことは数知れず、そうでなくとも週に一匹は大型魔獣が入り込んで手配される。

おかげでラフィがここまで地下水道の構造を把握できた、とも言えるが……

 

「まぁ、地下水道が随分複雑なのは同意です。私も少し辟易していますから」

「だろ?つか今回の警備は依頼回さねェんだな。いや回されても過労死するけど」

 

ラフィの言葉に、クレアはゆっくりと立ち上がった。

 

「それについては明日、詳しくお話があると思います。アルフィン殿下に呼ばれているのでしょう?」

「……待て、要するに……」

 

やっぱり仕事、増える?

恐る恐るそう尋ねると、氷の乙女はにっこり笑うだけ笑って、唇をきゅっと固く結んだままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅を出た頃には既に夏の長い日はどっぷりと沈んで、三日月が宙にぽんと浮き上がっていた。

夏の星座が瞬く中、仕事終わりのサラリーマンやOLが行き交うヴァンクール大通りをポケットに手を突っ込みながら歩く。

がさ、と飴の包装紙が音を立てた。そろそろ捨てなければと思いつつ、新しい飴を剥いて、咥えて、結局包装紙をポケットに突っ込む。

まだトラムは動いている。別に歩いて帰れる距離ではあるが、さてどうしようかなと口の中で飴を弄んだ。

 

ふと、大通りの奥から見覚えのある人影がやってきた。ミントグリーンのベリーショートカット────メルキオルだ。

ラフィを見つけると軽く手を上げて嬉しそうに笑うものだから、なんだか毒気が抜かれる。初対面の時の殺気が嘘のようだ。

 

「迎えにきたのかよ」

「女性の夜の独り歩きは危ないからね」

「襲撃する側がなんか言ってやがる」

 

双子は?と問い掛けると、もう寝たと返事をされる。

先ほど述べた理由と、仕事もなく暇だったので迎えに来たようだ。別にラフィもそこまでか弱い人間ではないのだが。

メルキオルの来た道を辿るように、足を踏み出す。

双子がいないのにこの男がいる事実になんだか違和感を感じて、女は口の中の飴玉を絶えず転がしていた。

 

無言で歩く中、ふとまだギリギリ営業している店の商品が目に入った。

看板に目をやれば、平民向けのリーズナブルな値段の店で。立ち止まったラフィを不思議そうに見下ろすメルキオルを見て、数秒考えてから、ラフィは店の中へと入っていった。

 

「おかえり……何それ?」

 

店の蛍光灯の光の中から出てきたラフィの手元には、真っ赤なシルクストールがヒラリと夜風を受けて舞っていた。タグは既に切り離されており、残っているのは洗濯表示のみ。

 

「ちょっとこっち向け」

「なんで?」

「いいから」

 

大人しく向き直ったメルキオルの首に、ふわりとストールが巻きつけられる。

目を丸くするメルキオルに、女はぷい、とそっぽをむいてから、ぼそっとつぶやいた。

 

「……似合うと思ったから」

「えっ」

「い、いくら夏とはいえ、そのむき出しの首寒そうで見てらんねェの!」

 

パァンといい音を鳴らしてメルキオルの肩を叩いたラフィは、ふんと先へ先へ帰り道をズンズン進んでいってしまった。

数秒ぽかんとした後、慌てて走り出した男は、すぐに追いついて、黒パーカーの肩を掴んで、その白夜を覗き込んだ。

 

「ねぇ最近デレの頻度多くない!?」

「うるせ。黙れクソ野郎」

「照れてる照れてる照れてる !」

「何回も言うな!!」

 

顔を覗き込んでくるたびにひらりひらりと視界の端で舞う赤色に、見立てが間違っていなかったことを確認する。やっぱりこの男には瞳と同じ赤がよく似合う。

だが逆に海は似合わないだろう。なんだか少し寂し……

───いや、

 

(何考えてんだあたしは!!)

 

ふとよぎった思考を振り切るように頭を左右に振って、はぁとため息をつく。思いつきでプレゼントなんてガラじゃなかった。

長期間あくせく働いたせいで頭がおかしくなっているらしい。帰ったらすぐに寝ようと考えながら、いつのまにか静かになったメルキオルを見上げた。

 

「ありがとう、ラフィ。大切にする」

 

そいつは一層蕩けた笑顔で、女を見下ろしていた。

なるほどこうしてターゲットを落とすのだな、といった感想だ。正直ラフィだって今一瞬心臓が跳ねた。

落ち着け、この男は倫理観ゆるゆる殺人サイコパスだ。気を許したらおしまいだぞ。

 

「で、何して欲しいの?」

「あァ?なんでンな話になる」

「対価だよ、対価。くれたってことは、何かして欲しいんでしょ」

 

一瞬この男が何を言っているのかわからなかった。

偶々見つけて、偶々似合うと思って、偶々買って、渡しただけだ。全部ラフィの気まぐれであり、対価など何も考えていなかった。

 

「……お前がいたところでは、そうだったのか」

「うん。仕事変わって〜とか、一回だけミス黙ってて〜とか」

 

メルキオルはなんともない様な顔をして小首を傾げている。

それを白夜が数秒眺めた後に、ぱちんと両手でメルキオルの頬を挟んだ。

 

「お前なァ……フフッ」

「んむっ」

「本ッ当に対一般人の付き合い方がヘッタクソだな!」

 

いつもイタズラをしたイクスにやるように、挟んだ頬を手のひらでぐにぐにと動かして端正な顔を歪めさせる。

ぱちくりと瞬いた深い血の様な瞳に、意図せず笑ってしまった女の顔が映り込む。

こいつ変顔させても顔がいいなァと、どうでもいいことを考えてから、もう一度きちんと男の瞳を覗き込んだ。

 

「いいか、ソレはただのプレゼントだ。はなから対価とかなァんも考えてなかった」

「でも……」

「じゃ、こうしよう。これはクソ忙しい繁忙期の依頼を手伝ってくれた“お礼”な」

 

はい、この話おしまい!

パンともう一度頬を叩いて、ラフィはメルキオルから弾かれる様に離れた。

また先に行ってしまったラフィに、今度はゆっくり追いついたメルキオル。暫くストールを弄りながらチラチラと贈り主を眺めていた。

 

「……なんだよ、返品は受け付けねェからな」

「いや……なんだか、ヘンな感覚だ」

「どうせパトロンには貢がせてたくせに」

「そっちは愛っていう対価があったから」

「曖昧な対価だなァ」

 

ラフィのクツクツ笑う声が、ヴァンクール大通りから入ったばかりのアルト通りに響く。

三日月がチカチカと照らすミルクティー色のつむじを見下ろしながら、男は穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラフィ・ウィステル。

ちょっと出自はトクベツだが、普通のどこにでもいるようなフリーター。

垂れ瞼の中で輝く白夜の瞳と、クセで跳ねているミルクティーの髪の持ち主。

ものすごいお人好し。明らかに人を殺している人間を匿うくらいに。

甘いものとコーヒーが好きで、毎朝帝国時報を読みながら、青いマグカップに入ったコーヒーを優雅に飲んでいる。

 

彼女について知っていることはソレくらいだった。

まさしく白夜の様な人だ。一緒にいると微温湯にずっとつけられているかの様な安心感をもたらしてくる。

眩しく無い。でも、闇に染まってるわけでも無い。

どっちつかずというわけでも無い。彼女は明らかに善の人だ。

血濡れの自分達を引き上げて、夜でも朝でも無い場所で、一緒に座っている。

変な人だ。本当に、変な人。

 

ベッド以外何も置いていない部屋で赤いストールを見つめる。

贈り物。プレゼント。

なんの下心もない、純粋な好意。子供みたいなカワイイ笑顔。

こそばゆくて、でも暖かくて────ダメにされてしまいそうだ。

 

わからない。

人殺しを生業にしていると知った上で、なぜ何も言わないのだろう。

 

わからない。

どうして突き放さないのだろう。

 

わからない。

人は自分と違うモノを嫌うのに、どうして受け入れられる?

 

何よりわからないのは、こうして微温湯で揺蕩うことを良しとしている、自分自身だった。

彼女のコロコロ変わる表情と、口元でピコピコ動く飴の棒を眺めても、答えなんか出るわけがない。

 

明け方、ベランダを乗り越えて、暑いからか綺麗に全開にされた窓からあっさり彼女の寝室に侵入する。

いつも通り双子にくっつかれて、夏用の掛け布団をくしゃりと抱いて寝ている。穏やかな寝息が3つ、部屋の中に響いていた。

あれほど溢れていた依頼書はほとんど片付き、今日の夕方までには完全になくなりそうだ。

朝日の差し込む部屋の中で、昨日やられた様に、そっと彼女の頬に両手を添えた。

 

(……あったかい……)

 

指が冷たかったのか、彼女が軽く身を捩らせる。

そして薄く白夜の瞳が開き、頬に添えた手の上から、さらに暖かい剣だこのある右手が重なる。

そして一度頬擦りすると、再び眠りに落ちて、ずるりと手がベッドの上に落ちた。

 

こんな様じゃあいつでも命をとれてしまう。

初めて出会った時と比べて警戒心がまるでない彼女に笑いかけ、自分ももう一眠りしようと、ベッドの淵に頭を預けて、赤いストールを握って、目を閉じた。

起きたらどうするのかな。今日は血濡れじゃないから許してほしいな。

そんなことを考えているうちに、メルキオルの意識は深い深い眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「ヤッベェ寝過ぎた!!!!!!」

「いだぁっ!?!?!?」

「あァ!?なんで居ンだメルキオル!!」

「お姉ちゃんうるさい……」

 

思い切り大遅刻の寝坊をかましたラフィに蹴飛ばされると、知らぬまま。

 

 

 

 

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