事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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三十五話 皇族

「キミにとって、エレボニアとはどんな国なんだい」

 

白い都市の中、墜落した白き翼の甲板。

北に存在する祖国から目を背けるように雲海を見つめていた少女の隣に、漂泊の詩人が立ち止まった。

少女は青年を一瞥すると、すぐに視線を雲海へ────己が師の待つリベール国土へと戻し、小さく呟いた。

 

「……息苦しくて、古臭い習慣に取り残されてる」

「おや、手厳しい。厳格な国と言った方が耳障りはいいと思うよ」

「取り繕う必要なんかねェよ、あんな国。無駄にデカいだけだ」

 

身分制度が廃れた共和国が羨ましいと何度考えたことか。

屋敷から黙って脱走してたのも、素直に街の平民の子供達と遊ぶと言えば必ず引き止められるからだ。

ユーシスたちと出会ったことだけはこの身分に感謝している。だが、それよりもずっと遊ぶ頻度の高い街の子供達と「釣り合わない」と言われる方がずっと嫌だ。

母が行方不明になってからは街の大人達からも腫れ物扱いされて辛かった。だから……師や先生と出会えて、本当に嬉しかったのだ。

 

「なら、住んでいた街すらも嫌いなのかい?」

 

青年の問いに、少女はすんと黙り込んだ。

数秒俯き、雲海を見つめ、今度は空を見上げた。

そうして捻り出された言葉が、青年の鼓膜を震わせた。

 

「……好きだよ。大好き。嫌いになれるわけないじゃん」

 

少女の腰まで届く長いミルクティーの髪が、上空の寒風に揺れる。

 

「家族みんなで守り続けてた、大切な宝物なんだから」

 

少女の回答に、青年はフ、と小さく微笑んだ。

 

「そういうオリビエさんはどうなんだよ」

「ボク? そうだね……大方君と同じかな」

「じゃあ国自体は嫌いってことになるけど」

「“今の”エレボニアはね。キミを見ていたら、本腰を入れて変えなければと思ったよ」

「思ったって……いくらヴァンダールと友達だからって流石に無謀すぎだろ」

 

革命家にでもなるつもりかよ。

国に帰ったら、それもいいかもしれないね。

 

やり取りはそこでぷつんと途切れてしまう。

後で二人の友人である太陽の娘が呼びにくるまで、二人の帝国人はただただ祖国に背を向けて、ぼうっと雲海を見下ろしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そっちの都合に合わせてもらったんでいいんで……了解、隣のドアッスね。はい、そんじゃ後で……」

 

大寝坊をかました後、なんとか依頼を裁き切った事件屋一行は、とある場所を訪れていた。

夕日の差し込む聖アストライア女学院。もはや事件屋にとっては勝手知ったる場所である。

生徒達も見慣れているようで、ラフィと双子を見かけると手を振ってきたり、ぺこりとお辞儀をして去っていく。

 

(メルキオルは連れてこなくて正解だったな)

 

女学院は淑女の園。イクスのような幼い少年ならともかく、メルキオルとかいう悪影響の権化を連れてきては大騒ぎになってしまう。

かなりぶーたれていたが、本人も本職の仕事あったらしく、思ったよりはすんなりと引き下がってくれた。

 

「場所、変わったカンジ?」

「あァ。つっても入る扉が変わっただけだ」

「温室見るの楽しみにしてたたのにな……」

「別に後で見せて貰えばいいだろ。ほら、いくぞ」

 

温室というか、薔薇園だが。

校舎の裏を覗き込むように角を曲がれば、すぐそこに大きな扉が2つ鎮座していた。

入って右側の扉をこんこん、と叩き、中からの返事を待つ。

 

『あぁ、ちょうど来たね』

『お待ちしておりました、どうぞ』

 

聞き慣れた声が二つ。

頭が痛くなってくる。眉間を数回揉んでから「失礼します」と形だけ取り繕って、休憩室へと繋がる扉を片手で開いた。

 

「皇女殿下ァ、今度は何の依頼で……って」

 

普段から茶会用に整えられてはいるが、いつも以上に長く並べられた机。

その両脇に座るのは、見慣れた赤服の面々に、“皇女殿下と皇太子殿下”。

それに、所謂誕生日席に座っているのは────

 

「オリビエさん……流石に両殿下押し退けてその席は軽く軽蔑する」

「ラフィく〜ん? 黙ってたボクも悪いけどそろそろキミの弟の主張を信じてくれてもいいんじゃないかい?」

「え!?ボク!?」

「アッパラパーのスカポンタン酒泥棒がなんかいってら」

「うーん、シンプル暴言!でもそこが良い」

 

瞬間、脇に座っていたユーシスの顔色が一気に悪くなり、ガタンと椅子ごとひっくり返った。

慌てて介抱し始めたラウラとエリゼをよそに、やはり他の面々もラフィとオリビエの気軽すぎるやり取りに目を剥いている。

 

「皇女殿下、皇太子殿下も。この変態になんかされたらすぐぶっ飛ばしに行くんで呼んでくださいよ」

「フ、フフ、はい、はいっ……フフフっ」

「えっと……兄上……」

「これがラフィくんの通常運転さ。なかなか刺激的だろう?」

 

ひとしきり笑ったアルフィン皇女が目の淵に浮かんだ涙をそっとハンカチで拭う。

困惑した様子の、アルフィン皇女とよく似た金髪の少年────セドリック・ライゼ・アルノール皇太子の頭をそっと優しく撫で、オリビエは改めてラフィへと向き直った。

 

「ラファエラくん」

「オリビエさんさァ、その名前で呼ぶなって何回言ったら、」

「ボクの本当の名前、そろそろわかっただろう?」

「……」

 

おちゃらける演技をやめ、女は青年を見つめる。

ここまでお膳立てされてわからないわけがないだろう。

泡を吹いて倒れたユーシス。セドリック皇太子の「兄上」という呼び方。面白いことが大好きなアルフィン皇女のツボ。眉尻を下げた誕生日席の男。

認めたくない、認めたくない。尊敬する皇子殿下がこんなスカポンタン詩人酒泥棒だなんて。

それでも────状況証拠が、現実逃避を許さない。

 

 

「……オリヴァルト、殿下ァッ……」

「見事な歯軋り、ボクでなきゃ見逃しちゃうね」

 

 

 

 

実を言うと、ラフィと“オリヴァルト”はものすごい勢いですれ違いをしていた。

エレボニア帝国が攻めてきた時、師の救護活動に付き従いハーケン門とは正反対のツァイスに居た。

その後、師の同僚から連絡を受け、ラフィを同僚へ貸し出すためにメルカバでアルセイユに合流。この時既に“オリヴァルト”は“オリビエ”へと戻っており、当時は新聞を読むタチでもなかったラフィ自身やはり何も気づかず。

 

その後も“オリヴァルト殿下”の凱旋はちょうどその足元でエステル達と共にとある古代遺物の騒動に巻き込まれていたし、ヘイムダルへ戻ってからも“オリビエ”としか連絡を取ってこなかった。

 

ヒントは山ほどあったのだ。

ヴァンダール家の友人。燻んだ金髪。たまに着てくる、今の赤い衣装。

ただそれを全て打ち消す勢いで────ラフィという少女の中で、凝り固まった帝国への反抗の象徴である放蕩皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノールは美化に美化を重ねられていたし、本人があまりにも残念だった。

 

「嫌だ〜〜ッ!!認めたくない!!認めたくない!!」

「地面を転がっても現実は変わらないぞ〜ラフィく〜ん!」

 

今だって認めたくなくて地面を転がっているし、その周りでオリビエ……否、オリヴァルト皇子につつかれている。

 

「グラン=シャリネ!!投獄!!変なタイミングのリュート!!」

「変なタイミングとは失礼な。グラン=シャリネだってその気になれば弁償できたさ」

「殿下は国際問題起こすようなお方じゃねェ〜〜〜ッ!!!!」

「あっはっはっは!!」

 

盛大な解釈違いを起こす姉に、イクスとヨルダは顔を見合わせ、苦い顔をして笑う。

まぁお兄様ったら楽しそうねとアルフィン皇女は笑い、状況を全く理解できていないらしいセドリック皇子はわたわたと立ったり座ったりを繰り返している。

 

「いやぁ、気づいていないのはキミだけだったよ」

「ウソだろ!? ジョゼットさんとかエステルさんも知ってンの!?」

「そりゃあ知っているとも。おそらくセリスくんもね」

「なんか……疎外感ッ……!」

 

先ほど目を覚ましたユーシスは頭をぶつけたせいで後頭部にたんこぶができ、綺麗な金髪の上から氷嚢を後頭部に乗せている。正面に座っているマキアスとフィーが必死に笑いを堪え、プルプルと震えていた。

 

 

 

 

 

どうやら元々入れ違いで話をするつもりだったらしく、Ⅶ組一行がエリゼの付き添いで帰された後、漸く席についた事件屋一行。

 

「皇太子殿下は初めましてッスね。ラフィ・ウィステルと申します。で、弟と妹の……」

「ボクがイクスで、こっちがヨルダ」

「ヨロシク」

「あ……はい、初めまして。セドリック・ライゼ・アルノールです」

 

略式で申し訳ない、と言いながらできる限り丁寧にお辞儀をすれば、皇太子は同じように辿々しくも礼を返す。

その様子を満足そうに見守っていたオリヴァルトが口を開き、5人の視線がこの場で最も年長である男に集まった。

 

「明日、ボクたちはそれぞれ帝都のあちこちで式典に参加するだろう?」

「うん、聞いてる。なんなら昨日クレアさんから警備の相談受けたし」

 

頷いた女に、オリヴァルトは一枚の紙────ここ数日嫌というほど見た依頼書を差し出した。

 

「ラフィくんにはボクの、ヨルダくんにはアルフィンの、そしてイクスくんにはセドリックの護衛を頼みたい。三人とも腕が立つだろう?」

「護衛って、ヴァンダールが……ミュラーさんが居るだろ」

「ミュラーには別で動いてもらっているんだ。それに、アルフィンとセドリックの護衛役は一人しかいない上にまだ未熟でね」

「なんでアンタはこの大切な時期に相棒と離れてンだよ」

 

呆れたようにため息をつくラフィ。

あのヴァンダールの青年が居れば確実にオリヴァルトの身の安全は守れただろう。本人だってそこそこ強い上に、二人のコンビネーションはARCUSを使った戦術リンクに匹敵するほどだから。

 

依頼書を受け取り、内容を読み進める。

依頼内容自体は今オリヴァルトが言った通りのようだ。皇族3人の護衛を、それぞればらけて行う。

双子の割り当てについては、恐らく年齢と性別といったところだろうか。

 

ちら、と双子に視線をやれば、二人とも頷き、手元で小さく丸やらグッドサインを作っている。

依頼書から顔を上げると、断られるなど思ってもいないオリヴァルトがニコニコと女を見つめていた。

 

「……オリビエさん」

「なんだい?」

「帝国。ホントに変えてくれるんスよね」

 

その問いに、青年は一拍置いてから「あぁ」と頷く。

そうして女は小さく微笑み、それから依頼書を差し出して、ばうと吠えた。

 

「50万は高すぎ!! 兄妹揃って金銭感覚どうかしてんだろ!? 受けるからちょっとここだけ修正しろ!!」

 

 

ウチの料金は!!1日2000ミラからだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イクス、くん」

 

女学院、校門前。

姉を追って家へと帰ろうとしたイクスを呼び止めたのは、ひと回り年上のくせにイクスよりもずっと臆病な皇太子だった。

 

「何?オージサマ」

「その。明日は……よろしくおねがいします」

 

平和の、停滞の象徴たるエレボニアの皇族。

イクスから最も遠い場所にある存在が、おずおずと手を差し出してくる。

手に暗器でも仕込んでたらどうするつもりだとか、なんで年下の自分に敬語使ってんだこいつとか、色々言いたい事はあった。

だが────そこはかとなく感じる混沌の気配に、つい気を取られてしまう。

 

「言っとくけど、ボクそんな護衛とかは得意じゃねーから」

「じゃあ、何が得意なんですか?」

「暗殺」

 

だって本業だし。

差し出された手のひらに拳をぶつけて、少年は姉を追って走り出した。

 

「……え、えぇっ!?」

 

驚く皇子の叫び声にケタケタ笑って、トラム乗り場へ向かう道で待つ姉と妹に追いつくように、走り続けた。

 

彼の兄や妹にはない、心の奥底に燻る火種。

いつか燃え上がって、爆発したら────

 

「なんだイクス、ご機嫌だな」

「そんなにあのヘナチョコ皇子が気に入ったの?」

 

不敬だろ、と姉に脳天をチョップされる妹に向かって、少年は満面の笑みで一言だけ答えた。

 

「だいぶ面白そうだぜ、アイツ!」

 

 

 

7月25日。

夏至祭前日の月が、姉弟を照らしていた。

 

 

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