事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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三十六話 夏至祭当日

「導力波は……うん、問題ナシ」

「俺の方も大丈夫だ」

 

夏至祭、当日。

あちこちで紙吹雪が舞い、人々の歓声が満ちる帝都の片隅で、ラフィとリィンがそれぞれのARCUSに中指ほどの大きさのアンテナを取り付け、動作を確認していた。

 

ARCUS専用外付け型長距離通信装置。このアンテナの仮名である。

ARCUSを開発しているエプスタイン財団とラインフォルト社が長距離通信のテスト用に作り出し、リィンとラフィがテスターを引き受けた代物だ。

帝都からトリスタまでの距離ならば余裕でカバーするそれをなぜ至近距離にいる今確認しているかというと────まぁ、当然警備のためである。

 

「これで地下に潜っても確実に帝都中はカバーできンだろ」

「B班の方もアリサがつけてくれているらしい。……少しかけてみるか」

「おう、テストだテスト。ついでにデートにでも誘っちまえ」

「面倒臭いおじさんみたいなこと言わないでくれないか?」

 

リィンはササッと登録してあるアリサの番号にカーソルを合わせ、通話開始のボタンをぽちりと押し込む。

数コールの後『はい、こちらラインフォルト』という可愛らしい声がARCUSから響く。

 

「リィンだ。おはよう、アリサ」

「ウィステルさんもいるぞ〜。はよ〜」

『おはよう。ラフィも居るのね……もしかしてテストのつもり?』

「あぁ、念の為にな」

『ならちょうど良かった。私もかけようか迷っていたの』

 

色々確認したいこともあったしね、と彼女の言う通り、今日のスケジュールを確認する。通信も全く乱れず、むしろ普段以上に安定しているようだ。

この後。事件屋姉弟は皇宮へ、そのまま皇族の三方に着いて身辺警護。Ⅶ君はA班、B班共にそれぞれ東西を巡回。

 

「メルキオル……あー、同居人にも依頼をこなしながら帝都中を回ってもらうつもりだ。なんか困ったことがあったら容赦なくこき使ってくれ」

「わかった。確かB班は会ったことないよな?」

『えぇ……ラフィ、まだ同居人がいたのねあなた』

「大ッッッ変不本意だが!!……ミント色のベリーショートに赤いストールが目印な」

 

わかったわ、と答えたARCUSの向こうからの声。

今朝もウキウキでストールを巻いて出て行ったからよっぽどのことはない限り身につけているはずだ。

 

『あ、そうだ。シャロン……というか、ARCUSの開発チームから一つ伝言があるの』

「伝言?」

 

首を傾げ問いかけたリィンに、アリサがそのまま伝言を伝える。

その言葉を聞いた二人は顔を見合わせ、ふっと笑う。

 

「……なるほど、使えそうだな」

「人数上限とかあんの?」

『リンクの応用だから2人までよ。まだまだ動作も不安定だから使用時間は30分に納めなさい』

 

そこまで話した後、エマがアリサを呼ぶ声が聞こえた。

アリサが大きな声で返事をして『それじゃあ、また後で!』とだけ言い残して通信を切る。

残されたリィンとラフィも顔を見合わせ、徐に立ち上がる。

 

「今日はよろしくな、ラフィ」

「ん。頼りにしてるぞ、リィン」

 

互いに拳を打ち付け、それぞれの拠点へと戻っていく。

アパートの2階へ繋がる階段を登り、突き当たりの203号室の扉へ手をかける。

 

「……何事もなけりゃ良いんだけどな」

 

人々の幸せそうな声が、風に乗って帝都中に溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────七耀教会のミサは退屈である。

クソ真面目に讃美歌を歌う皇太子殿下を眺めていたイクスの感想である。

ぼうっと抑揚のない音楽を聞いて、黙って祈る。退屈だ、いっそ全てぶち壊してしまいたくなる。

 

一応ラフィも七耀教会の出らしいが、正直あんまり実感はない。あの妙な翼だって、“父の実験に付き合わされた時に”何度も同じようなものを見ていた。

まぁ、あの暖かな光の中で生きていたような姉が、あんな異能を持っていたことにはかなり驚いたし、心配もしたけれど。

 

「……イクスくん、退屈かい」

 

ようやく讃美歌を歌い切り、眉尻を下げてイクスの隣に着席した皇太子が話しかけてきた。

 

「うん、ヒマ。ロクな殺気も感じねーし、ハズレ引いたってカンジ」

「ハズレって……何もないのは良いことだろう?」

「つまんねーじゃん。ボクは暴れたいの」

 

イクスは手元で10ミラコインをいじりながら、セドリックを見上げた。

 

「それに。皇太子サマだって一緒だろ」

「えっ」

「何か非日常がこねーかなーって、毎日思ってるし、今だってボクっていう暗殺者が居てワクワクしてる。違う?」

「……平和な方が良いって、兄上もアルフィンも言ってる」

「ボクはアンタの考え聞いてんだけど」

 

大司教のありがたい言葉が続く中、二人の少年は小さな声で会話を続ける。

セドリックは前を見つめたまま、しばらく黙って、数秒後に口を開いた。

 

「小説が好きなんだ。一般にも出回っているような、普通の小説が」

 

非日常の権化たる小説を読んでいる間は、自分が皇太子であることを忘れられた。

兄とも妹とも比べられ続け、頼りないと陰口を叩かれる。そんな現実を忘れられる。

なら、本当に非日常が起きてしまえば、自分は完全にこの立場から解放されるんじゃないか。

 

そんな事を、少年は考えていた。

勿論、謎の導力器をシスターと共に運ばされることだって、夜な夜なギャンブラー達が危険な賭けをすることだって平和な帝都じゃ起きもしない。

だから────暗殺者であるイクスが現れた時、少しだけ非日常を感じ取ったのだ。

 

「……イクスくん。テロリストがここに来る可能性は」

「来ても雑魚程度っぽい。何かあるとすればヨルダと姫サマの方」

「アルフィンに危険は?」

「ないね。ボクの片割れ舐めないでくれる?」

「なら、少し面白い事をしないかい」

 

ここを襲ってくるテロリストを僕らだけで返り討ちにするんだ。

 

皇太子の提案に、イクスはいじっていたコインを虚空に消して、空色の瞳を見つめた。

 

「ふーん、面白そう。乗った」

 

にぃとイクスが笑った、その瞬間。

 

どん、と大きな破裂音と共に、外にあるマンホールが全て水で跳ね飛ばされ、あらゆる出入り口から地下水道の魔獣が這い出して来た。

あまりに異様な様子に、教会に集まっていた人々が騒ぎ出す。

 

それと同時に、影の弾丸がはるか上空に上がり、弾けた。────ヨルダの合図だ。やはり襲撃は向こうだったらしい。

 

「ホントにやる気?」

「本気だよ。少しワクワクもしてる」

「ハハッ、けっこー肝座ってんじゃん!」

「君もいるから少し調子に乗ってみることにした!」

 

護身用にと持たされていたらしい騎士剣をベンチの下から引き摺り出し、少年たちは教会を飛び出した。

皇太子殿下! と慌てて叫ぶ衛兵などしらんぷり。道中身の丈ほどもあるイクスの巨大な銃から飛び出した弾丸が地下から這い出して来た魔獣の足を撃ち抜き、セドリックの剣がその息の根を止める。

 

「ヒトは殺さないように!」

「リョーカイ、皇太子サマ!!」

 

たった二人の少年が、テロリスト達の前に立ちはだかる。

方や暗殺者、方や皇太子────この二人の行先は、さて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼んだ、オリビエさん!」

「任せたまえ!!」

 

あの日苦戦した鰐型魔獣を剣で固定し、それを導力銃の弾丸が撃ち抜いた。

塵になって消えた魔獣から剣を回収したラフィと、導力銃の持ち主であるオリヴァルトが居るのは、帝都競馬場から飛び込める帝都地下水道だ。

 

結構な深さに潜って来たが、まだヨルダの気配は感じない。

暗く影も多いこの地下水道はヨルダの独壇場だから、テロリスト相手に遅れは取らないだろうが────まぁ、心配はかなりしている。

 

「まさか自分から潜るって言い出すとは……皇族ってのは破天荒じゃないと務まらないんスか?」

「フフ、父上もかなりのやんちゃくれだったそうだからね。そう言う血族だと思ってくれたまえ」

 

そもそも二人がここにいる理由だって、ヨルダの合図を受けて防御に回ろうとしたラフィをオリヴァルトが無理やり連れ出したからだ。まさか皇族本人が飛び込むと言い出すとは思わないだろう。ラフィの知る“オリビエ”はそう言う人だから、あまり違和感などはなかったけれども。

話しながらもかなりの速度で走り続けるラフィとオリヴァルト。道中遭遇した魔獣は“チェインクラフト”で速攻でねじ伏せ進んでいる。

 

「しかしラフィくんとの連携も久々だ。やはりしっくり来るよ」

「あたしも。カン鈍ってねェか心配だったけど杞憂だったわ」

 

剣を放り投げ、魔獣を差し貫く。

明らかに地下水道では見かけない魔獣もちらほら見かける。どうやら例のテロリスト達が放ったらしい。

瀕死の魔獣達をオリヴァルトが後から確実に仕留めてくれるため、ラフィはとにかく先行して露払いを担当している。

 

やがて別れ道────マーテル公園か、西側に続く道に辿り着く。

そしてラフィがふと立ち止まり、頭を抑える。足元には“戦術リンクの光輪”が輝いており、そのつながった線の先はマーテル公園方面へと続いている。

 

「どうだい?」

「……連中、地下墓所に入り込んだらしい。ったく、面倒なことしやがって」

 

オリビエの問いかけに答え、再び思考を集中させる。地下墓所を走る友人のイメージを受け取りながら、こちらも動き出した。

 

「……そうだ、確かこの辺に……」

 

ぺたぺたと壁を触り、ほんのすこし出っ張ったレンガをぐいと押し込む。

するとガコン、と何かが動く音が響き────隠し扉が開いて3つめの道が現れる。

 

「オリビエさん、こっち」

「地下墓所に入り込む道か。よく知っているね」

「この辺は来たことあったってだけだよ」

 

このスイッチだってたまたまヨルダがコケたから見つけたものだ。明らかに上位三属性が働いていたから、何に繋がっているかだけ確認してすぐに閉めたが。

 

「そんじゃ、改めて気合い入れていきますか」

「我が妹の危機だ、手早く突破しよう」

 

女が頷くと同時に、二人の帝国人は地下墓地に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「────ラフィが反対側から挟み撃ちしに来てくれているみたいだ」

 

地下墓所を進むA班に、リィンがそんな事を呟いた。

足元には“戦術リンクの光輪”が輝いており、使用者であるリィンは集中するように頭に手を添えていた。

 

「遠距離戦術リンク……長距離通信機の新機能だっけ」

「あぁ。精度はイマイチだが、とにかく接続距離が長いらしい」

 

実際、今もリィンの脳には途切れ途切れにオリヴァルト皇子とラフィの見事な連携が流れて来ている。

興味深そうにアンテナのついたARCUSを眺めるフィーに返事を返して、青年は改めて地下墓所の奥を見つめた。

 

「安心材料も増えた、一気に追いついて畳み掛けるぞ!!」

「うん!」「わかった!」「了解」「了解した!」

 

学生達は走り出す。

大きな野望の足音を聞きながら、これから動き出す“物語”のドアをノックしていることに気が付かないまま。

 

 

 

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