事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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三十八話 友人

「ラフィくーん!!ちょっとやりすぎじゃないか〜い!?」

 

階段の上から身を乗り出して大きな身振りで訴えるオリヴァルトを見上げ、にへらと笑ったラフィ。

 

「やったのはリィンだよ!!」

「押し付けないでくれないか!?」

 

提案はラフィだろ、と小突くリィン。

そのまま飛び降りてこいとオリヴァルトに向かって両手を広げると、オリヴァルトは何の躊躇もなく飛び降りてくる。

 

「っと」

「フフ、随分と安定感が増したね」

「あたしもう17なんで」

 

あとはオリヴァルト自身体格の割にあまり脂肪も筋肉も付いていないというのもあるだろう。

軽々とオリヴァルトを受け止め、そのまま地面に降ろす。

 

「ワガママ聞くのもここまでだからな」

「おや、援護くらいはいいだろう?」

「……だぁっもう! 安全が確認されるまでヨルダの後ろから出ないこと!!」

 

やったぁ⭐︎と成人男性らしからぬ喜びの声とともに妹の元へ駆けていく放蕩皇子を見届け、はぁと頭を抱えたラフィ。心なしか背の翼もしゅんとして見える。

リンクを通じて漏れ出してくる数々の疲弊の記憶に同情したリィンは、思わずその丸まった背中をぽんぽんと宥めるように叩いた。

 

 

 

───────………・ ・ ・ ・

 

「リィン!!」

「ッあぁ!!」

 

────次の瞬間、青の長剣と閃く刀が交差する。

 

火花を散らし、その二つの武器の間に挟まれたのは、先ほど吹き飛ばしたはずの双刃だった。

赤いヘルメットが二人の顔を反射し映している。二人の首筋へたらりと同時に垂れた冷や汗が地面に落ちると同時に後ろへ飛び退き、ことなきを得た。

 

「さっき吹き飛ばしたはずじゃ……!」

「チッ、まだやんのかよ!!」

『いや────どちらかだけならばまだしも、お前と皇子殿下、若獅子達両方を相手するのは流石に骨が折れる』

 

あれだけ戦ったというのに、いまだにピンと立つ男。底なしのような体力と気力だ。

遠隔リンク中うっすら見えていた戦い様。リィンもこの男の実力はしっかりと把握している。

天使を宿したラフィですら届かなかった相手……それぞれの力を全開にしたラフィとリィンでも届くかは怪しい。

 

「そなたの実力は知らぬが、ラフィとオリヴァルト殿下をここまで追い詰めたのだ」

「名前くらい置いてってよ。後で調べるから」

 

先ほどの骨竜を下した大技によって気絶したらしい笛の男を回収されたフィーとラウラが隣に並ぶ。

 

「後でと言わずに今覚えて帰ってくれや」

「へェ、生きて帰してくれる気あるんだ」

「私たちだって不要な殺しがしたいわけじゃないもの」

 

そうして、テロリストは一名が気絶し若干格好がつかないながらも並び、こう告げた。

 

『我々は帝国解放戦線。静かなる怒りの焔を湛え、度し難き独裁者に鉄槌を下す……そういった集団だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────で、まぁ。そっからは特に何事もなかったんだけど」

 

夏至祭最終日を無事に終えた帝都は、すっかり元通りの落ち着きを取り戻していた。

人々がざわめき、行き交い、生活を送る。そんな帝都の日常は、どんな出来事があろうとも揺らぐはずのないもののように思えてくる。

 

夏の爽やかな風が吹き抜けるそんなある朝、事件屋の事務所内で、ラフィは導力通信機の受話器を手にしていた。

 

『まったく、君が珍しく連絡をよこしてきたと思ったらこれだ。僕もニナもあんまりに便りが無いから少し心配してたんだけどな』

「どうせ師匠と先生からアレコレ聞いてたんだろ?」

『話を聞くのと直接言葉を貰うのは結構違うじゃないか』

 

少年とも女性ともつかない声が受話器の向こうで呆れている。旧友に呆れられるのはいつものことなので、全く気にせずに女は話を続けた。

 

「で、頼んでた資料は」

『今どこにいると思う?』

「クロスベル」

『取りに来てよ』

 

破茶滅茶な友人の言葉に思わず頭を抱える。

メルキオルほどとは言わないが、こいつも中々に曲者だったことを今更思い出した。

頼んでいた資料とは、あの日帝国解放戦線と名乗ったうちの一人────法剣使いの女の正体を洗い出すための資料だ。

 

「旅費と郵送代の差考えろって」

『え〜、僕だってラフィに会いたいんだけど』

「メルカバあんだからいつでも来りゃいいだろ。別に街道くらいなら出てやるよ」

『無理だよ。今月から警察官やってるんだから』

「お前今不良やってるって言ってなかった????」

 

何がどうなってそんな大出世を。

向こうで大笑いする友人が今不良とかいう無職生活をやっていると聞いたから資料を要求したというのに。

 

『まあ、会いに来てっていうのは冗談だよ。君も忙しいだろうし』

「休んでた分のバイト詰め込んではいる」

『ヘンな所で律儀だよね、ラフィって』

「だってマスターに申し訳ないだろ」

 

ここ数週間、ずっと事件屋の方を優先させてもらっていたのだから。暫くは事件屋稼業は休み、本業である喫茶店のアルバイトに注力していた。

 

『さて、そろそろみんな起きてくる時間だから切るね。資料はちゃんと送っておくよ』

「わかった、ありがとう。じゃあな、ワジ」

『うん。またね、ラフィ』

 

ガチャリと通話の切れた受話器を通信機の上に載せる。

寝室をそっと覗けば、双子とメルキオルはまだぐっすりと寝入っている。双子はもちろん、メルキオルも寝ていたら可愛いんだけどなぁ。

テーブルの上に置いていたコーヒーをぐい、と飲み干し、パーカーを羽織り、リュックサックを肩に引っ掛け、家を出る。

 

「……行ってきます」

 

暖かな家に挨拶をして、できる限り音を立てずに、女は玄関を出た。

 

 

 

 

「マスター、おはよ……え?」

「おや、丁度来たようだ」

 

いつも通り裏口から短い髪を豚のしっぽにして現れたラフィの視界には、まだ開店前の伽藍堂の店内でハムサンドにかぶりつく夏服姿の友人の姿が映っていた。

しばらくもきゅもきゅと口を動かした後、ごくりと飲み込み、リィンはほんわかとした笑顔を見せた。

 

「おはよう、ラフィ」

「はよ……いやなんで開店前に居るんだよ」

「彼、開店時間を一時間早く誤解していたようでね」

 

せっかくだから朝食をご馳走していたんだよ、と店主は朗らかに答えた。

実際、リィンの目の前には先ほどかぶりついていたハムサンドとブラックコーヒー、デザートのヨーグルトがセットで置かれている。

 

「すごく美味しいです、ありがとうございます」

「はは、そう言ってもらえると喫茶店冥利に尽きるよ。ラフィくん、いつも通りテーブル拭きから頼めるかい」

「了解ッス」

 

布巾を取りに再び裏へと引っ込んでいったラフィを見送り、マスターは再び手元で軽食の仕込みを再開した。

再びハムサンドを頬張ったリィンに、マスターは一言投げかけた。

 

「いい子だろう、彼女」

「んむ……はい、いつも物凄く助けてもらっています」

 

老紳士はまるで自分の娘を自慢するかのように誇らしげに笑い、水洗いしたレタスを一枚一枚剥がし、ザルに乗せていく。どうやら今リィンも食べているハムサンドの下準備らしい。

 

「最初、君たちの実習について行くと言い出した時は驚いたが……馴染んでいるようでよかった」

「俺たちのことをご存知なんですか?」

「風の噂でね。案外喫茶店というものは情報が集まる場所でもある」

 

癖の強い常連客ばかりだが、彼らが普段暮らしている場所も多種多様だ。

豪快快活なスミスは港、今は年金暮らしなアーベルも元は帝都庁勤務で、噂好きなミーシャはOL。クレーマンは自称ギャンブラーだが、ギャンブルついでに競馬場の清掃員をやっている。その他にもこんな隠れ家カフェを見つけ出す人間は決まって皆曲者故に、様々な雑談を繰り広げている。

 

「さて、ラフィくんに会いに来たんだろう? その食事はサービスだから、一旦開店準備が落ち着くまでゆっくりしていくと良い」

「えっ、良いんですか?」

「双子や君達と出会ってからの彼女、随分とイキイキしているんだ。お礼だと思って受け取ってほしい」

 

それだけ伝えて、マスターはお茶目にウィンクをしてからリィンの答えを聞く前に鼻歌を歌いながら冷凍庫へレタスを抱えて歩いていってしまった。

仕方がないと言葉に甘えてハムサンドを食べ切った後、コーヒーの香りを楽しみつつ、ヨーグルトをちまちま食べ進める。

 

(そういえばマキアスが淹れてくれたコーヒーと味が似ているな……同じメーカーなんだろうか)

 

そういえばこの店を教えるのを忘れていた、とコーヒー好きの友人の顔を思い出す。

ずるいぞと脳内のミニマキアスがぽかぽかと怒るのを宥め、コクコクとコーヒーを飲み込む。いつのまにか店外席を整えに出ていたらしいラフィが店内へ戻り、リィンの隣に座る頃には、もうあと少ししか残っていなかった。

 

「で、こんな朝早くに何の用だよ」

「……《C》の攻撃を防いだ時に、何か声が聞こえなかったか?」

 

マスターが裏へ引っ込んでしまった故に、誰もいない静かな店内に小さなはずのリィンの声が響き渡る。

ラフィは少し驚いた顔をして、眉間を揉み……こくりと小さく頷いた。

 

「あァ────後ろだ、殺せ! だろ」

「やっぱりか。どうやら俺たちにしか聞こえてなかったみたいでさ」

 

男とも、女ともつかない声。

あの黒衣の男────《C》の襲撃に気付けたのはあの声のおかげだが、あまりにもワードチョイスが物騒で。

 

「“鬼”って今まで喋ったことあんの?」

「いや、少なくとも力を寄越してくるだけだ。“天使”は?」

「……ブリオニア島の時に、一回だけ。それに、今思えば母さんは時々話してたんじゃねェかな」

 

時折虚空に向かって話しかける母がおかしくなったのではないかと心配になって何度か父に相談しに行ったことがある。しかし父は笑って、それは母さんの個性だと優しく教えてくれた。

今思えば────ラマールの天使憑きとして既に覚醒していた母が、天使と会話をしている光景だったのではないだろうか。

 

「やっぱこの物騒な発言はウチのか……なんでこう、血気盛んなのばっか寄ってくるかね」

「もしかして、リンク越しに“鬼”に影響を受けたんじゃないか」

「どうだろ。検証するなら一回お前連れてアルテリアに帰っても良いんだけど」

「学院の授業があるから無理だな。興味はあるけど」

 

だよなァ、と女は頬杖をついてぐにゃんと磨いたばかりの机に突っ伏した。

“天使”があの男にだけ反応した上に、明確な殺意を持っている理由。考えても考えてもわからなくて、冷たくて心地良い木製の机に温度を分け与える。

 

(……考えても無駄か)

 

ぴよぴよと街を飛び回る小鳥たちの声が店内にまで聞こえてくる。外は8月らしく猛暑の日差しが照らしており、地面から陽炎がゆらゆらと立ち上り始めていた。

 

「なァリィン。いきなり話変えて良い?」

「ん?いいけど……」

「知り合いの話なんだけどさ。街の不良からいきなり警察官になるのってどういう状況だと思う?」

「……その、全然脳の処理が追いつかないんだが。本当にどういう状況なんだそれ」

 

 

 

 

 

 

 

若者達の“世間話”を聴きながら、老紳士は静かにコーヒーミルの取っ手を回していた。

あの大雨の中、独りぼっちで飛び込んできた彼女が笑って友人と話す様子は、いつ見ても心が穏やかになる。

 

「なんだか懐かれてるみたいだし、しばらくミリアムはユーシスに任せることになりそうだ」

「っダハハハ! ユーシスのヤツ、子供に弱いからなァ、ベストボジションだってそれ!」

 

(……懐かしいな。私たちもああだったね、ヴァンダイク)

 

この大きな都の隣町にいる友人を思い出し、老紳士は取っ手から手を離す。

 

「ラフィくん、そろそろ開けようか。アーベルくんを外で待たせては可哀想だ」

「ンッフフ……わか、わかりました。フ、フフフ、フ」

 

腹を震わせながら歩いて行ったアルバイトの少女を見送り、いつの間にか綺麗に食べきられていた青年の朝食セットを引き取る。

 

「あ……ご馳走さまでした」

「はい、お粗末さま。もう少し店内にいるかい?」

「いえ、生徒会の手伝いもあるのでもう学院に戻ります」

 

そう言って鞄を片手に立ち上がったリィンの後ろから、いつもの常連客に背を摩られながらラフィが戻ってきた。

 

「マスター! ウィステルくん死にかけだぞ」

「フ、アハハッ、ひぃっダメ、今日一日ダメだ、フフッ」

 

彼女くらいの年頃だと鉛筆が転げるだけで面白いらしいので、仕方がないだろう。

帰ろうとする友人の背をバシバシ叩きながら笑う娘同然の少女を眺め、老紳士は笑い皺を作りながら、常連客へ「注文は?」と問いかけた。

 

 

 

 




「じゃ、また次の実習でな。……何びっくりしてんだ。楽しみにしてちゃ悪いかよ」

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