事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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三十九話 オジサンほど胡散臭いものはない

最近のイクスの日課は、バルフレイム宮への侵入である。

宮殿の周囲の庭からとある窓を目指して、警備の目を掻い潜り侵入するのだ。これがものすごく良い訓練になる。

皇族の宮殿の警備はそりゃあ当然のように厳重で、ひとたび見つかれば丸腰の子供などすぐに摘み出される。最近はイクスを見つける衛士も実力者のみになっており、若干顔も覚えられていた。

 

今日もいつも通り、強敵である衛士のおじさんを撒いて、壁を駆け上って鍵の空いた窓を外から引き開けた。

 

「あ、イクス。おはよう、今日も来たんだね」

「オハヨー、セドリック! 」

 

部屋の中では金髪のふわふわが机に向かってペンを握っていた。セドリック・ライゼ・アルノール────イクスよりずっと年上のトモダチである。

イクスは窓枠から飛び降り、セドリックの手元の本とノートを覗き込む。

……帝王学らしい。まだ日曜学校で掛け算を習っているイクスにはさっぱり何もわからなかった。

 

「この時間ってことは、一回も見つからなかったんだ?」

「そ! ボクだって日々成長してっからさ」

 

本を閉じ、イクスに向き直ったセドリックに向かって、少年は堂々と胸を張った。

流石だ、と小さく拍手してくれる友人に気分をよくしたイクスは二ヒヒと笑って、すぐ隣に置かれた座り心地の良いソファに飛び込む。家では絶対に感じられないソファの柔らかさは、優しくイクスを包み込んだ。

 

「クルトが来たら何するよ?」

「うーん……腕相撲対決はもうやったしなぁ」

「セドリックがめちゃくちゃ雑魚だったヤツな」

「それは言わないでよ。僕はまだこれからなんだから」

 

フリルのついた袖口を振り上げ、力コブを作るような姿勢をとるセドリック。残念ながらそこには若干硬くなったものすごく小さな塊しか存在していない。普段から巨大な銃を振り回しているイクスの方がまだ大きい。

 

二人の少年がわいわいと盛り上がっていると、広い部屋の出入り口がコンコンとノックされる。

開いているよ、とセドリックが声を張り上げれば、「失礼します」とお硬い言葉がドアの向こうから飛んできて、ガチャリと開かれた。

 

「おはよう、クルト」

「おはようございます、殿下。それと……来てたんだな、イクス」

 

青灰色の髪を持った、涼しげな雰囲気の少年────クルト・ヴァンダール。セドリックの護衛役であり、ここ数日でできた、イクスのもう一人のトモダチだ。

セドリックに会いに来るようになってすぐ、侵入者として撃退されそうになったのは、今となってはいい思い出だ。

 

「へへ、今日は全員出し抜いてやったぜ」

「もう顔も覚えられてるだろう。いい加減表から入って来たほうがいいんじゃないか?」

「つまんねーじゃん。それにコレ、侵入の鍛錬にもなるし」

 

“腑抜けない”ためにも、鍛錬は必要だ。指先で銃弾をピンと弾いて遊びながら、イクスはニィと笑った。

ヨルダも今日は家で溜め込んだ小説を読み耽っている。ラフィはバイトで、メルキオルはその手伝い。今日は事件屋業務も休みで、普段以上にタイクツなのだ。

 

「で、何して遊ぶんだい?」

「殿下、勉強は」

「イクスが来たからおしまい!」

「また講師の方に叱られますよ……」

 

ついにセドリックは本棚へ帝王学の教本を片付け、イクスの隣へとぼふんと飛び込む。もう完全に勉強する気を無くしたらしい。

クルトはため息をついて、自身も二人の隣に座った。もうこうなればこの皇太子はテコでも動かないとここ数日で学んでいた。

 

「ブレードでもやる?」

「いいね、今日も勝たせてもらおうか」

「いつまでも一人勝ちだと思ったら大間違いですよ、殿下」

 

ス、とクルトの懐からカードの束が取り出される。

ブレード────最近流行のカードゲームだ。

1〜7の数字と、ボルト・ミラーの特殊カードを使用して場に出した数字の合計を競う、という単純なルールだ。

それなりに頭を使うゲームであり、腕相撲大会とは対照的にここ数日の対戦結果はセドリックの一人勝ち……だが、最近はイクスが持ち前の運と勘でのし上がってきている。

クルトだって負けてはいない。いつも良いところまで食らいついているし、何回かはセドリックに勝っていた。

 

「おやつ賭けようぜ。ボク飴な!」

「じゃあ僕はチョコレート」

「おやつ……あぁ、母上が持たせてくれた饅頭があったか」

「「オリエさんの饅頭!!!!」」

 

ガタリと立ち上がったイクスとセドリックに、クルトは一瞬びくりと肩を跳ねさせた。

そして、この二人がすっかり母の手作り饅頭の虜になっていたことを思い出し、クスリと笑った。

 

「ちょっとこれは負けられないな」

「本気出す。ガチだからなこれ」

 

必要ないのに腕を回すイクスと、カードの山をシャッフルするセドリック。

一回戦は審判役になりそうだ。クルトは机の上に配られる手札を眺めながら、肩をすくめた。

 

「別に、いつでも母上に作って貰えば良いだろうに……」

「そう易々と外に出られないし。ほら、僕は皇族だから」

「ボクが殺し屋ってこと忘れた?」

「あぁ、はいはい、わかったから! 手札の準備はいいか、二人とも!!」

 

クルトの声で、二人は一斉に手札を確かめる。

少しセドリックが苦い顔をしている。どうやら一回戦から荒れそうだ。

山札を一枚づつめくり、先後攻を決める────イクスからだ。どうやら本当に今日は運がいいらしい。

熱くなれそうな試合の予感を胸に、クルトは開始の合図を告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあらあら!! ラフィちゃんが今度はキケンな匂いがする男連れ込んでる!!」

「いや人聞き悪ィな」

 

昼休みに喫茶店を訪れたミーシャが入り口でそう叫んだ。

思わず運んでいたコーヒーをこぼし掛けたラフィを、クスクスとメルキオルが笑う。

 

「今度こそイイ人!?」

「ち・が・う!!」

「まだ口説き中さ。なかなか振り向いてくれないから困っちゃうよ」

 

パチンとウィンクしたメルキオル。

 

「ふんっ!!」

「あだっ!?」

 

その頭をラフィの右手がゴンと重い音を立てて殴りつけた。先ほどまで手にしていたコーヒーは既にスミスの手元へと渡っており、たんこぶをこさえたメルキオルを見て正面に座ったクレーマンと共にガハガハと豪快に笑っていた。

男が涙目で女を見上げれば、彼女はまだ拳を固めながらミーシャに向けてにっこりとイイ笑顔を浮かべている。

 

「ただの同居人だから。今日はバイト手伝ってもらってンの」

「彼はそうじゃないみたいだけど?」

「ただ戯れついてるだけだって」

 

ほら、こっちとラフィがミーシャの指定席へと促せば、彼女はルンルンとご機嫌でカウンターに着く。

そしてマスターにいつも通りのメニューを注文して、ニヤニヤとラフィを見上げた。

 

「ついにラフィちゃんにも春かぁ……ふふ、お姉さん嬉しくなっちゃう」

「本当に人の話聞かねェよなミーシャさんって」

「忘れたのかい? いつも彼女は暴走気味だろう」

 

マスターがふっくりとしたオムライスをミーシャの前に差し出す。彼女用のコーヒーは今から淹れるらしく、その手元では、挽いた豆が入ったサイフォンの中で、グツグツとお湯が沸騰していた。

良い香りを思い切り吸い込み、ほうと息を吐く。やはりマスターのコーヒーは匂いだけでも格別だ。

 

「もうラフィちゃんに尻に敷かれてるなぁ坊主!」

「坊主はやめてよ、こう見えて僕だって17なんだから」

「17歳なんて子供みたいなものじゃないか。ほら、少し休憩がてら座りなよ」

 

クレーマンに促され、空いた席に座るメルキオル。この店じゃ常連に店員が捕まるのはよくあることで、今だってラフィも半分くらいミーシャに捕まっているようなものだ。

バシバシとスミスに背を叩かれるメルキオルを見つめ、小さく笑ってから、ラフィは机を拭きにかかろうと布巾を手にしてカウンターから離れた。

まずは出入り口付近から、と店の扉に近づくと同時に、まさにその扉がカランコロンと音を立てる。

 

ぬ、と現れたのは、深い青色のド派手な外套。

ラフィが顔を上げたその先に居たのは、大きな火傷後のようなものが顔の左半分を覆った、鋭い目つきの男性だった。ふわりと香るのは煙草の香りだろうか。煙草よりも濃い匂いだから、葉巻かもしれない。

 

一見チャラけた佇まいには隙が無く、きっと今何処から切り掛かっても防がれるか────逆に殺されてしまうだろうと悟る。

その紫色の瞳がこちらを見下ろし、値踏みするように眺めていた。

 

背筋を冷や汗が垂れるのを無視して、ラフィは無理やり笑顔を作ることもせず、男へと声をかけた。

 

「一名様で大丈夫っスか」

「ん? あぁ、オジサンは寂しくお一人様だぜ」

「寂しくって……まァいいや、カウンターでいい?」

 

頷いた男性をカウンターへと案内する。もちろん、少しミーシャとは離して。最も彼女は気づいていなさそうだけれども。

念の為バックヤードに置いてある剣の気配を感じ取りながら、自称オジサンから注文を聞いていく。

 

「お嬢さんのお勧めは?」

「コーヒーは勿論、今の時間帯ならサンドイッチとサラダのセットなんかもお勧めっスね。オッサン野菜イケる感じ?」

「最近はむしろ肉がしんどくなってきたくらいでな」

「マジ?それにしちゃ結構若く見えるけど。年取るとホントに肉キツくなるんだな」

 

マスター、ランチプレート一つ。

そうマスターに声をかければ、老紳士は頷いてランチプレートを作りにバックヤードへと引っ込んでいく。

なるべく周囲に目を向けさせないように、ラフィも男性の隣へと座る。この場にいる人間で戦闘員はラフィとメルキオルだけだ。この妙に危険な気配のする男に他の客を認識させてはいけない。

息が詰まりそうになる中、怯えてることに気づかれたらそこで終わりだ、と思わせるような威圧感に負けないように必死に呼吸をする。

 

「オッサンどっからきたの?帝国人じゃないだろ」

「さぁ。どこに見える?」

「質問に質問で返すなよ。知らないから聞いてるんだ」

「クク……中々手厳しいねぇ」

 

結局そのままはぐらかされ、答えは聞けなかった。

なんだこの人、と警戒を強める。それに気づいたのか、男性はクツクツと喉を鳴らすように笑い、懐から葉巻を取り出した。

ここは禁煙だと伝えようとした、その時。クレーマンとスミスに絡まれていたメルキオルが何かを言おうとこちらに振り向き、ぱぁっと顔を明るくする。

 

「あれ、おじさん!? 来てたんだ!」

「よぉメル。久しぶりだな」

 

席を立ち、こちらに駆けてくるメルキオル。その瞬間、男の威圧感が薄くなり、漸く息を吸えた。

ぎゅうと服の下のペンダントを握り締め、息を整える。メルキオルの知り合いだと言うなら、当然裏の人間だろう。あの威圧も納得だ。

 

「紹介するね。僕の……ラフィって僕の何?」

「ただの同居人っていっつも言ってンだろ」

「なんだかそれじゃ物足りないような……」

 

物足りないってなんだよ。

同居人……それ以上でもそれ以下でもないだろう。ただちょっと危なっかしいから見てられないだけだ。

初めて出会った時だって殺されかけたのだ。そうそう警戒心は解けるものじゃない。

 

絡みついてくるメルキオルの頬を押し退けながら、女は眉を顰め、男と自分の関係を思い返していた。

すると、正面に座る男性は「そうか」と何か納得したような声をあげる。

 

「メルをここまで変えちまったのはお嬢さんか」

「変えたって、そんな変わってねェだろこいつ!」

 

相変わらず仕事のあとは血がべっとりついたままラフィの家のベッド脇で寝ているし、ずっと生活力は底辺だ。

時折香水臭いから歓楽街あたりで男だか女だかを引っ掛けて遊んでいるだろうし、首のストール以外は本当に何も変わっていない。

 

「つか今日だって本業用の上着水洗いしてなかっただろ!!」

「なんでそこに飛び火するのさ!? 別に良いじゃん、後でちゃんと洗うんだから!」

「お前がつけて帰ってくる汚れはすぐに水で洗わねェと朝には固まってこびりつくんだよ!!」

 

固まった血の汚れはかなり厄介で、時間が経つのはもちろん、お湯で洗っても凝固して落ちづらくなってしまう。

そんなことも知らずに手が冷たいからと一度お湯で洗ったせいで上着が一枚おじゃんになったこともある。家主的にはそこら辺に脱ぎ放されると生乾きの血が床やら壁やらにつくから勘弁してほしいと言う面もあるが。

 

「夫婦喧嘩か?」

「違う!!!!!!!!」

 

男性の言葉に必死の否定がラフィから出てきて、店内の客が一斉にドッと笑う。特にミーシャは腹を抱えて転げ回りそうな勢いだ。

 

「スミス、どっちに賭ける?」

「ラフィちゃんが押し負けるにお前のツケ」

「同じじゃないか、それじゃあ賭けにならないぞ」

「そこォ!聞こえてるからな!!」

 

指を突きつけられたクレーマンは肩をすくめ、スミスはガハハと大きな声で笑う。

まったくとため息をついて、もう頭を顎置きにするメルキオルを押しのける気にもなれず、前に回された腕を弄って遊ぶ。

 

「で、結局このオッサンお前の知り合い?」

「あ、うん。そうだよ。昔お世話になったんだ」

 

マスターが静かに持ってきたランチプレートに乗ったサンドイッチを掴み、男は全く似合わないそれにかぶりついてから、ニヤリと笑った。

 

 

「エルロイ・ハーウッドだ。結社の第四位っつったら分かるかね?」

 

 

ウチのメルが世話になってんな。

 

暫くパチクリと白夜を瞬かせた後、ラフィは頭上のメルキオルの頬をぱちんと両手で挟んだ。

 

「なんつーヤツと知り合いなんだよお前は〜〜〜ッ!!」

「らひー、いひゃい、いひゃひゃふふへほ」

 

グリグリとそのまま両手を上下にされて強制変顔の刑に処されたメルキオルを見て、男────エルロイ・ハーウッドは、クツクツと喉を鳴らして笑っていた。

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