四話 “ラフィ”
「ねぇパパ、あたしってパパの子じゃないの?」
大きな白夜色の瞳を向けて、娘は父に尋ねた。
お気に入りの絵本と、その本に出てくる青い鳥そっくりのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて、不安げに瞳を揺らしている。
「……どうして、そう思ったんだい?」
「だって、メイドたちが言ってたもん。あたしとパパは目のいろも髪のいろも違うからーって」
「はは、そのメイドたちも面白いことを言うものだ」
父は娘を抱き上げ、己のオレンジのそれよりも燻んだ、柔らかな色合いの髪をそっと撫でる。
「お前は間違いなくパパの子だよ」
「どうして?」
「ほら、目の形は私とお揃いだろう? お前のその色はママと同じ色なんだよ」
そう言って鏡の前に立つと、娘は「ほんとだ!オソロイ!」と大輪の菊のように華やかで可愛らしい笑顔を咲かせる。
「でも……ママ、きょーだん?ってとこにいっちゃったんでしょ。ならあたし、いろもパパとオソロイがよかった」
「……そうか。でも私は、おまえがママと同じ色でよかったよ、ラファエラ」
娘は父を見上げる。
正面を向いた父の顔は、父の服にくっついた青色の羽で遮られ、娘からはすこしも見えなかったのだった。
気づけば、いつもの安物腕時計は2回目の3を回っていた。
まずはあっさり寝坊し、1本余分に卵焼きを作り、続いて昨日の魔獣退治の依頼を報告して、そこから切符の買い方を双子に指導し、列車で30分。
昨日の時点で朝の10時には着く予定だったはずが、随分と時間を食ってしまった。
(昨日色々後回しにしすぎたな……)
土曜の昼ということもあって大量の人で溢れかえる大市を眺め、ラフィはゲッソリした。平日に来るんだった。
しかし気力の削がれかかっているラフィとは対照的に、双子は人混みを眺め、何ともない顔で会話を続ける。
「これだけ人が多いとターゲットの始末もやりやすそうだね」
「ボクはもうちょっと人が少ない方がイイかも。弾道通んねーじゃん」
「こら。家ならまだしもココで物騒な話するんじゃねェよ」
ぽこ、と双子の脳天を弱めに叩き、意を決して大市へと踏み込む。
人混みは、まだ歩けるものの少しでも目を離せばすぐさま逸れてしまいそうな状態で、絶対に手を離すなよと双子に念押しをしてぎゅうぎゅうになりながら進む。
これが昼時だったらどうなっていたことか。今日ばかりは予定より遅れてよかった、とラフィは胸を撫で下ろした。
道中食材等を買いつつ、大市の中を進む。エコバッグに入ったトマトが潰れないかだけが心配だが、イクスが大事そうに抱えてくれているのできっと大丈夫だろう。
「ね、ラフィ。コレなに?」
「ん?……何だコレ。ビーズか?」
ふと、ヨルダが通りがかった出店の出品棚を覗き込む。
そこにはブレスレットを始めとした手作りのアクセサリーが並んでおり、ラフィはヨルダが惹かれた、バスケットにがさりと入れられた大ぶりのビーズが繋がったものを手に取る。
露店の主である女性が「それ、髪飾りなんです」とにこやかに告げた。
「へェ、髪飾り。ちょうどいいな、イクスのそのチョロ毛まとめちまうか」
「なんでボク!? これはたまたまこないだザクって行っただけだし! 好きでチョロさせてるわけじゃねーんだけど!」
「どうせだから……おっ、これなんか良いんじゃねェか」
ラフィはピンク色のものと水色の髪飾りを手に取る。
お互いの色をつけるように、二人に渡す。元々互いにメッシュを入れていたおかげかそこまで違和感はない。
「店主さん、これ二つ」
「はい!300ミラになります」
「……ラフィ、いっこ追加」
「あ?」
ぺったんこな財布からミラを取り出そうとしたラフィの手のひらに一つ、青色の髪飾りが差し出される。ロングソードと似たような色合いのものなあたり、ラフィとはイメージして選んだらしい。
「……あー、すんません。やっぱ三つで。450ミラッスよね」
「ふふ、仲良しなんですね。よければサービスしますよ」
「そういうワケには……や、やっぱりご厚意に甘えさせてもらいます」
店主はニコリと圧をかけてくる。良いから受け取れとでも言いたげだ。
その後、店主に礼を言った後、髪飾りをつけるために休憩所を訪れた。ヨルダが途中で買ったいちごアイスを頬張る横で、イクスにピンク色の髪飾りをつける。ラフィは三つ編みなんて器用なことはできないので、ゆるく結ぶだけだが。
「……うん、しっかり似合ってるな。おしヨルダ、こっち来い」
「わかった」
イクスが神にくっつけられたビーズを弄っている間に、左隣に座らせたヨルダのもササっと終わらせる。
双子なら対照的にした方が良いだろう、という安直な考えでヨルダも横髪を緩く結んだだけにしている。
「ん、ありがとラフィ」
「どういたしまして。さて、あたしはどうするか……」
髪を通す穴はそこまで大きくないので、ハーフアップぐらいしか思いつかない。
やはり自分はそういうタチじゃないな、と苦笑いするラフィの手から、ヨルダはするりと髪飾りを盗んだ。
そして驚くラフィに「じっとして」と告げ、彼女の顔の右側に垂らした髪を緩く結び、髪飾りを通す。
「ん、これでお揃い」
「……お前らはともかく、あたしもオソロイな意味あったか……?」
「だってラフィは私たちのお姉ちゃんだから」
数回、ぱちくりと揃いの色をした瞳を瞬かせる。
「んなこといつ言ったっけ」
「昨日の通信。イクスのこと、弟って言ったでしょ。なら私は妹」
「トンデモ理論だなオイ。それと弟みたいなモン、だ」
「えーっ、弟でいーじゃん。ボク別にイヤじゃないけど?」
「……昨日まで信用しない〜っつってたクセに……」
今は違うの!とイクスはラフィの右隣に座る。ここ数日定位置になりつつある配置だ。
チロチロとラフィの髪飾りを弄る“弟”を優しく撫で、きゅっとくっついてくる“妹”の肩をぽんぽんと叩き、ラフィは小さく笑う。
「ま、悪くはねェかもな」
「へへ、だろ?」
「ま、こどものごっこ遊びだと思って付き合ってよ」
「へェへェ……んじゃ必要なモンも買ったし帰るか」
そうして3人は立ち上がり、再び人混みを進んでいく。来た時とは違い、やけに騒々しい人々に疑問を抱きながらも、少しずつ掻き分けていった。
しかし、あと少しで入り口という場所でついに隙間という隙間がなくなってしまった。人壁の奥からは二人の男性が争っているような騒音が聞こえている。
双子の手をしっかりと握り、己たちと同じく困惑しているらしき商店の主に問いかけた。
「なァ。なんかあったのか?」
「え、えぇ。マルコくん……地元の子と、帝都から来た商人さんの指定場所が被っているみたいで」
「んなことあるモンなのか」
「いいえ、今まで起きた事はなかったわ。どういう事なのかしら……」
元締めがとりあえずは取り持ってくれたけれど、と考え込んでしまった女性に礼を告げ、ラフィはつま先まで背伸びして人混みの隙間から事件現場を覗き見る。
確かに人々の先の少しひらけた場所では、若いフランクな格好をした青年とそこそこ老けたスーツの男性が赤色の服を着た学生たちに取り押さえられ、もがきながらも場所がどうの期間がどうのと言い争っているようだ。
(……あのオッサン、どっかで……)
記憶の棚をひっくり返し、既視感の正体を探る。
猫探しの老人、試食依頼の青年、浮気調査の男性……どれも違う。
そんな中、考え込んでパッと思い浮かんだのは宝石調達を依頼してきた中年男性……帝都近郊に出現する大型魔獣からしか採れない宝石が欲しいと駆け込んできた、ハインツというアクセサリー商だ。
なるほど、ここに来る故に新商品を扱いたかったのだろう。大市を入ってすぐの一番目立つ場所だ、気合を入れるのもよくわかる。
「……おし、外側通って帰るか」
「えー、休憩終わり?」
「まだしんどいんだけど……」
既視感の正体がわかりスッキリしたラフィは双子を急かし、静止した人々の中で流れに逆らって動き出す。
面倒ごとに巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。こんな仕事をしてはいるが、オフにまで巻き込まれてたまるか。
そんなラフィの考えが天に筒抜けだったのか、商人ハインツが人混みの中心から声を上げる。
「“事件屋”くん!!“事件屋”くんじゃないか!!」
「……チッ……見つかったか」
ハインツがこちらに向かって叫んだため、人々はどよめき道を開ける。結果として、ラフィたちは注目を一気に集めることとなった。
“事件屋”と呼ばれた女は盛大にため息をつく。仕方がないから、と中心のハインツの元へと歩いて行った。
「その物騒極まりねェ名前で呼ぶのはやめろっつったろ、ハインツのオッサン。あたしはお天道さんに顔向け出来ねェことはやってないんだよ」
「しかし、他には呼び方が無いだろう」
「フツーにウィステルでいいっつの」
「ところで一つ頼まれてくれんかね。この男の許可証の調査をしてほしいのだが」
「話聞けオッサン。それと今日はオフだからイヤだ」
背後からトコトコついてきた双子の頭を撫で、「こいつらの面倒も見なきゃなんないんでな」と笑う。
ハインツはぐっと眉を顰めた後、懐からメモ帳を取り出し何かを書き記す。
数秒後、ラフィにメモを差し出し、フンと鼻を鳴らした。
「これでどうだね」
「……宝石調達より高ェって……いや、今日は誰が何と言おうとオフだ。それに、帝都はともかくケルディックについてはあたしよりそっちの元締め爺さんのが詳しい。大人しく従っとくんだな」
「くっ……!! 君さえ捕まえておけばすぐさま真相がわかるというのに……!!」
「その謎の信用は何なんだよ。あたしは探偵じゃねェんだが」
ちら、と双子を見やると、二人は既にこの話に飽きているらしい。イクスは気になるのか髪飾りを弄っているし、ヨルダに至ってはチビチビと“影”の手を出し入れして地面の小石を弄んでいる。これ以上二人を待たせるのは可哀想だ。
「じゃ、そういう事で。帰ってきたら愚痴くらいは聞いてやるよ」
「あぁっ、ラフィくん!」
ラフィが駅の方向へと促すと、双子はパッと顔を上げ、頷いて駅の方へと歩き出す。
すると、これまで沈黙を保っていた赤服の学生の一人、黒髪の青年が声を上げた。
「もしかして、昨日サラ教官が通信してた……」
「……ンだアンタら、士官学院生か」
「シカンガクイン!昨日ラフィが言ってたヤツ!」
「そーだなイクス、あたしが言ってたヤツだな。おし帰るぞ」
「は!?何で抱き上げ、ぐえっ!!」
学生たちに向かって指差すイクスを担ぎ上げ、ヨルダと手を繋ぎ、大市の階段を駆け上る。待ちなさい! と気の強そうな女性の声が聞こえた気がしたが、もうこれ以上大衆の目線に晒されるのはごめんだった。
昨日の怪我が残る足で走り、ひとまず人々の輪から抜けて駅前広場にたどり着く。新聞売りの少年が精を出す声をBGMにラフィはイクスを下ろしてふぅと一息ついた。
「……おら、二人とも。時刻表読む練習だ。帝都行きは何時に出る?」
「10分後だけど……ラフィ、傷開いてるの気づいてる?」
「げほっげほ……み、みぞおち……」
ラフィの肩が鳩尾に見事ハマっていたらしいイクスを横目に、ヨルダはブーツで覆われた太ももに触れる。
ブーツの布地は黒くてわかりづらいが、少々赤っぽくなっており、内部の切り傷がぱっくり開いていることが想像できた。ヨルダはラフィの導力器を勝手に引っ張り出し、回復魔法の駆動を始める。
「こら、何勝手に引っ張り出してんだ」
「いいでしょ。列車来るまでやらせて」
「……勝手にしろ」
頑なに双子と視線を合わせようとしないラフィの白夜色の瞳はあの通信を受けた時のように酷く冷え切っている。ちら、と覗き見たヨルダにも気づかず、ただじっと、西の方を見つめていた。
「終わったよ」と告げる“妹”の頭をくしゃりと撫で、無理やり笑って小さく礼を告げる。
「無理やり笑ってもかわいくないよ」
「悪かったなコワモテで」
「別にコワモテでもいーんじゃね?ボクらは怖くねーし」
いつのまにか回復していたイクスが背後からラフィの肩にのしかかる。
いつの間にか空の太陽は傾いていて、正面から一見仲の良い姉弟に見える三人を照らす。
そして影が一つ、三人へと近づいていた。
「リィンから通信が来たと思えば、まさか本当に居るとはね」
聞き覚えのある声にラフィは顔を上げる。
声の持ち主は、後頭部でひとまとめにされた赤髪に、ちょうど今沈みかけている夕日のような黄色の瞳を持った女性だった。
そしてその声は、昨日通信越しで聞いたものと同じ。
「サラキョーカン、か」
「ご明察。少し話を聞かせてもらえるかしら────
「……チッ……」
女は、父とよく似た垂れ目でサラ・バレスタインを睨みつけていた。