事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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四十話 血の縁

「勝手に俺の実験室に入って新作の毒をくすねてたあのメルが、事件屋ねぇ……」

 

バイトの勤務時間が終わった後、路地裏に差す傾きかけた日差しの中で、《破戒》は葉巻をふかしていた。

濃い香りが周囲を包み込む。人が少ないところに誘導してよかった、と長身のメルキオルを盾のように扱い、上着を握って背後に隠れているラフィは肩を撫で下ろした。

 

「ラフィ、そんなことしなくてもおじさんは悪巧みに絡まない限りは無意味に人を殺したりしないよ……多分」

「結社の使徒にはいい思い出がないんだよ!つかお前の知り合いってだけで信用できないに決まってるだろ!」

「うーん、これは重症」

 

怯えているラフィは珍しいから別にいいけど。

そもそも自分は信用されているのだろうか、とふとメルキオルは疑問を感じた。

左脇の下から顔を出すラフィは怪訝な顔をして白夜をこちらに向けている。どうやらメルキオルに対しては無警戒らしい。

いーっと歯を剥き出して目の前のハーウッドに向かって威嚇するラフィは、どことなく小型犬のような雰囲気がある。がるがるしていて、少しでも手を出したらそのまま噛みつかれそうだ。

 

「そこまで警戒されちゃ流石のオジサンも悲しくなってくるぜ」

「イ゛ーーーッッッ!!!!」

「……で、何の用さ。まさか僕の様子見に来ただけなワケないでしょ?」

 

威嚇を続けるラフィのほっぺたをもちもちと弄びつつ、メルキオルは育てのおじさんに向かって問いかけた。

 

「いや、そのまさかだ。第七柱の仕事を引き継いでな、今からオルディス方面で仕込みをしに行くんだが……ついでに会いに来たのさ」

 

オルディス、という単語が放たれた瞬間、背の温もりが消える。

メルキオルの後ろから女が飛び出したのだ。

 

視界の端から飛び出した蒼色に思わず目を見開く。あの日打ち合った剣には薄ぼんやりと光る“何か”が宿り、得体の知れない力を感じさせた。

白夜の瞳は殺気を帯び、鞘から抜き取られた剣はハーウッドの首元へと切先を突きつけていた。薄皮一枚切れたのか、その筋ばった首からつう、と一滴血が流れ落ちる。

 

「おいおいお嬢さん、勘弁してくれよ。かよわいオジサンになんてことするんだ」

「答えろ。あの街に何をする気だ」

「クク……仕込み、って言っただろ。 “今回は”表の人間を巻き込むつもりもないぜ? カイエンの娘(・・・・・・)さんよ」

「チッ……どこまで知ってンだ」

 

不意に力が入った剣によって、さらに男性の首元の傷が広がる。だというのに余裕の表情を崩さないハーウッドに、ラフィはさらに眉間の皺を深くした。

しばらく睨み合った後、動く気配のない男へため息をついて、長剣を飛ばして鞘へと納める。ようやく自由になったハーウッドはポキポキと肩を鳴らし、固まっていた肩の調子を確かめる。

 

「あの街の人々に手ェ出してみろ……地の果てまでテメェを追ってぶち殺してやるからな

「おー怖い怖い。流石は噂の双子の姉ってところか」

 

昂った感情に合わせてうっすら顕現した翼に、ハーウッドはわざとらしく両手を上げ、降参のポーズをとる。

そしてゆっくりと陽の差す路地へとゆったりと歩き、男は革靴の音を立てる。

 

「そうだな、その愛領心に免じて依頼人でも教えてやろうか」

 

路地裏の出入り口で太陽を遮るように立った男は、振り向いてニヤリと嗤った。

 

 

 

「クロワール・ド・カイエン────お前の父親さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、ヨルダは家の中で日向ぼっこをしながらゴロゴロと小説を読み耽っていた。

夏の日差しは少し暑いが、ひんやりとしたフローリングの上に寝っ転がっていればプラマイゼロだ。静かな部屋で読む闇医者グレンは格別である。

 

「で、あなたはいつ帰るの?」

 

ころりと転がってリビングの机に座る人物へと視線を投げる。

彼女はミントグリーンの髪を揺らしてヨルダを見下ろし、椅子ごと向き直った。

 

「流石にお姉様が帰ってくるまでは居させてほしいです」

「……一人で帰らせるのも心配だし、いっか」

「まぁ! 優しいですね、ヨルダさん」

「ミュゼが変質者に襲われるからでしょ。一人でなんとか出来るのは出来るんだろうけど」

 

定期的に姉の顔を観にくる彼女────ミルディーヌ。

日差しは既に赤くなっており、西から差し込むそれは強烈な光となってヨルダの影を濃くしていた。これ以上夜が深くなれば私服とはいえ明らかに良いところのお嬢様であるミルディーヌはすぐに目をつけられてしまうだろう。

 

なら、姉の帰りを待って送ってもらった方がいいか。そう考え、ヨルダは闇医者グレンへと再び目を落とした。

頭上には既に小説の山が積み上がっており、その題名を見てみれば、最近出たばかりの赤い月のロゼからカーネリアまで、有名どころを一通り網羅している。

そろそろマイナー小説にも手をつけてみるか、と闇医者グレンに姉がプレゼントしてくれた黒猫の栞を挟んで、パタリと閉じた。

────階段を登る大人の足音が2つ。姉と管理人だ。

 

「帰ってきた」

「えぇ、そうみたいですね」

 

よっこいせと起き上がり、二人揃って玄関の方へと足をぽてぽてと進める。たどり着いた扉の鍵を開き、姉と管理人が入ってくるのを待つように、ミルディーヌは扉から見て真正面に立ち、ヨルダは壁へともたれかかった。

 

そうして足音が辿り着き、ガチャリと鍵の音がしたのと同時に、すぐそこの扉に向かって思い切り駆け出した。

 

「おかえり、お姉ちゃんっ」

「お帰りなさい、お姉様!」

「っと」

 

帰ってきた大好きな姉の懐に二人一緒に飛び込む。いつも通りなコーヒーの匂いと、ちょっとだけ香る海の匂い。なんだか少し違う匂いも混じっているけれど、それでも落ち着く香りにすり、と頬擦りをした。

 

「……ただいま、ヨルダ。ミュゼも、来てたんだな」

「えぇ。アルフィン殿下から色々あったと聞きまして」

 

ラフィはふっと笑って、抱きついてきた二人の頭を手櫛を通すようにそっと撫でた。

僕は?とでも言いたげにラフィの後ろから顔を覗かせるメルキオルからはぷいっと顔を背け、ヨルダは姉の暖かさを堪能する。

 

「イクスは?」

「皇太子殿下のところ。日が沈むまでに帰ってくるって言ってた」

「ならもうすぐか」

 

時間的にそろそろアルト通りに入った頃だろう。

ヨルダの顔を覗き込もうと奮闘するメルキオルとついにパーカーの中に顔を入れてしまったヨルダよそに、ラフィはぼう、と破戒の言葉を思い出していた。

 

(……父さんが、結社と繋がってる……)

 

ブリオニア島からの帰りに少しだけ見た、父の姿。

相変わらず綺麗に整えられた髭と、自分と色こそ違うものの、形だけは同じなクルクルの癖っ毛。

縁が切れたも同然の娘を心底愛おしいと思っている、昔と変わらない優しいあの青い瞳。

そりゃあ父が今やっていることなんて何も知らない。知らないけれど────それでも、こんな不良娘と違って、カイエンとして気高く誇りを持っていたあの人が、犯罪組織の代表格ともいえる結社と手を組んでいるだなんて。

 

信じられない。信じたくない。

もし本当だったとしても、何か理由があるはずだ。そうでもしなければならない理由が。

 

(じゃなかったら、私は……どうすれば……)

 

「たっだいまー! なぁ聞いてよセドリックが────わぶっ」

 

考え込んでいたラフィの背中に、たった今帰ってきたばかりのイクスが元気に扉を蹴開いて飛び込んできた。

驚いて振り返れば、イクスはそのままラフィを見上げて、首を傾げた。

 

「姉ちゃん、どうしたんだよ。すげー酷い顔してるケド」

 

イクスの言葉に、ミュゼと、ヨルダもパーカーから顔を出し、三対の瞳が姉の顔を覗き込む。

 

「もしかしてクレーマーでも来た?」

「なんですって!?お姉様を泣かせた罪は重いですよ……!」

「……潰してくるから特徴教えて」

 

「来てない来てない、泣いてないし大丈夫だから……心配してくれてありがとな」

 

誰かに連絡を取ろうとするミルディーヌに、銃を召喚するイクスとぬるりと影の手を出すヨルダを宥め、しゃがんで三人を抱きしめる。

子供特有の温もりに冷え切った心が温まっていくのを感じる。心配でもしているのだろうか、眉尻を下げてラフィを見下ろすメルキオルには、黙っていろと小さく首を振った。

それにしても、この世で最も大切な家族達を揃って抱きしめられるだなんて、今日の不運が全て吹き飛んでいくような感覚だ。

 

「……あたし、お前らが居たらなんでも頑張れる気がする……」

「ふふ、なにそれ」

「姉ちゃんならトクベツにいくらでも抱きしめていいぜ!」

「私もお姉様になら……なんなら抱きしめ返しちゃいますっ」

 

最初にぎゅうと抱きついてきたミルディーヌを皮切りに、双子もずるいと言い出して姉の胴へと腕を回す。

その頃の抱きつかれている本人といえば、幸せすぎてどうにかなりそうな顔をしていた。普段は鋭い眼光もすっかりふにゃけて、でれっと口端が上がりっぱなしになっている。

双子とミルディーヌも大概シスコンだが、ラフィ自身もかなりの姉バカになってしまっている。苦笑いしたメルキオルが背を叩いて、ようやく我に返ったラフィは、子供達を一旦剥がしてから、ゆっくりと立ち上がった。

 

「おっし、晩飯作るぞ。今日はコロッケな!」

「「コロッケ!!」」

「ミュゼも食ってけ。まだだろ?」

「……! はいっ!」

 

ブーツから家用のスニーカーに履き替えた姉はぱんと両頬を叩き、いつも通りの笑みを見せる。

今更父親のことを考えても仕方がない。どうせ次の特別実習まではいつも通りの日常が続くのだから。

女は手を洗いに駆けていくイクスとキッチンへぽてぽて歩いていくヨルダとミルディーヌの後ろ姿を見つめ、ふいと後ろを振り返った。

 

「どうせお前もウチで食ってくんだろ、メル。手伝え」

「いいよ……って、待って今なんて?」

「手伝え」

「もうちょっと前!ねぇもう一回呼んで?」

「はァ……メルキオル」

「ねぇ、ラフィ〜〜ッ!!」

 

纏わりついてくるメルキオルを押し退けながら、ラフィはヨルダ達の待つキッチンへと歩いていく。

沈みかけの夕日が、鮮烈な光を放って沈んでいく。赤と黒のグラデーションが美しい空が、アパートの窓から綺麗に覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食をご馳走になった後、ミルディーヌはラフィに送ってもらって、女学院の寮へと帰ってきていた。

 

白黒ぐちゃぐちゃなチェス盤を眺めながら、頭の中で現在の状況を整理する。

概ね“読み”は変わっていない。全てが予定通りに進んでいる。

姉は想定通り渦中の彼らと仲を深めていき、運命を織り上げている。想定外だったのはあの双子と暗殺者だが、あまり大局に影響はない。むしろ、きっと姉を助けてくれるだろう。

 

(……あとは、伯父様がどう動くか)

 

黒のキングを弄りながら、少女は考え込んだ。

伯父が何かしら企んでいるのはわかっている。わかっているし、内容もほぼほぼ見当がついている。

止めるべき?否────大局のためには、止めてはいけない。

伯父の起こす事件によって“こちら側”へと取り込める人物はあまりに多い。勝つためには、貴族派の殆どを取り込んでも勝てるかどうか怪しいというのに。

 

(その意味で……お姉様は、私の切り札と言えるでしょう)

 

姉の人脈はあまりに広い。

リベールを始めとして、クロスベルにも幾つかの伝手があり、共和国に至ってはかの巨大マフィア・黒月との面識もある。それらの根底にあるのは、かつて姉を拾った星杯騎士団────つまり、七耀教会の存在だ。

その有り余る善性で数多の人々をたらし込んできた姉がいれば……あの計画も、問題なく動かせるかもしれない。

 

ふと、帰り際に姉が言い残した一言を思い出した。

 

 

『お前が何処まで見据えているのかは知らねェけど……あたしは、お前の駒になら喜んでなってやるから』

 

 

『迷うなよ、ミルディーヌ』

 

 

「……迷うな、ですか」

 

本当に、我が従姉ながら難しいことをさらっと言ってのける。

自分の“読み”が合っているのかすらわからない。もしかしたら杞憂かもしれない。

数年かけて準備しようとしても、どうしてもそんな不安が脳裏を過ぎる。

そんな不安症に、迷うなと言うのだ。

 

(良いでしょう。お姉様がそこまで言うのならば、走り抜けてやります)

 

彼女すら駒として利用するほどの非道に堕ちてでも。

今視える未来に、絶対に負けてはならないのだ。

 

そのためには、まず。

 

「許してとは言いません……絶対に乗り越えてくださいね、お姉様」

 

窓から覗く、空に光る七耀星を掴むように手を伸ばし、握りしめた。

これから年明けにかけて────帝国は、激動の数ヶ月を迎える(盛大な家族喧嘩に巻き込まれる)のだから。

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