四十一話 実技試験
七曜暦1204年、8月25日。
「……あづ……」
ジリジリと照りつける日差しの中、ラフィと双子は士官学院の正門の前へと立っていた。
黒パーカーは腰に巻いて、シャツの袖をまくっても暑さは紛れない。常に温暖な気候であるリベールの夏よりは多少マシではあるが、それでも暑いものは暑いのだ。
「ねぇ、“手”出していい……?」
「ダメだ、街中だぞ」
「姉ちゃん知ってる?ヨルダの影って涼しいんだぜ」
「ダァメ」
「「ケチ!」」
「なんとでも言え!」
イクスはパーカーを日除けがわりに被っているし、ヨルダはうだうだ言いながらもパタパタと手で汗だくの首に風を送っている。
とにかく、まだ屋根の下に入るわけにはいかない。そのまま正門を通り、左に曲がって道なりに。
暫く歩いたら、左手に砂地が見えてくる。この学院の昔ながらのグラウンドだ。
(そういえば、グラウンドがあるって珍しいな)
ふと、リベールのジェニス王立学園を思い出す。
あの学校は中庭こそあったものの、全て石畳で覆われて、いろんな植物が植えられていた。
“同業者”から共和国のアラミスの話も聞いたが、確かあちらにもグラウンドと呼べるものは無いそうだ。
双方とも体育の授業は講堂で行っていたそうで、やはりこうして広い演習場所があるのは士官学院ならではといったところだろうか。
さて、その砂地の真ん中に立つのは、見慣れた赤服────ではなく、夏服に変わったため、白シャツ軍団だ。
驚いた表情でこちらを見上げる緑髪を見つけた瞬間、イクスがパッと顔を明るくして駆け出した。
「マキアスーーーッ!!」
「だぁっイクス!毎回飛びついてくるなぁっ!!」
がばりとマキアスに飛びついたイクスを追って、ラフィとヨルダはゆっくりと砂地へ繋がる階段を降りる。先ほどまで暑さに項垂れていたというのに、元気なものだ。
やがて生徒たちの元へとたどり着いたヨルダは、真っ直ぐにフィーの元へと歩み寄る。言葉こそないが、フィーはヨルダの頭を黙って撫で、ヨルダも黙ってソレを受け入れた。
「あら、ちゃんと来たのね」
「そりゃ依頼だし。報酬が出るならやりますよ」
サラとラフィのそんなやり取りに、リィンが声を上げた。
「もしかして、スペシャルゲストって……」
「そ。実技テストの最後の仕上げよ────ラフィ達と戦ってもらうわ」
自身の教官の言葉を聞き、生徒達は目を丸くする。
驚きの視線に晒されたラフィはガリガリと後頭部を掻いて、肩をすくませた。
「8月25日、Ⅶ組の実技訓練に参加。報酬は2500ミラ」
「ちゃっかり報酬もらってるじゃないの!?」
「だって仕事だし」
アリサの叫びにぺろりと舌を出して返事をする。
双子の名を呼んでやれば、マキアスからようやく離れたイクスと、フィーから静かに離れたヨルダが、ラフィの左右を陣取った。
そして、銀の長銃が虚空から取り出され、影の手がヨルダの足元から這い出す。
「まァ、そういうことだからさ」
女の背から蒼色の長剣がカタカタと音を立てて飛び上がる。空中でパシリと柄を握った女の鋭い白夜がⅦ組の面々を貫いた。
「リィン、クロウ、ミリアム! あんた達からよ、出なさい!」
「っはい!!」
「オレ達からかよ!!」
「よーし、頑張っちゃうぞー!」
サラの号令と共に、馴染みの顔と馴染みない顔二つが飛び出してくる。
リィンのやり方はよく知っているが、他二人は初見。勝てる自信はない……そう、自分一人だけならば。
「イクス、ヨルダ! 本気でっつーオーダーだ、初っ端から飛ばしていくぞ!!」
「オッケー!!」「りょーかい……!」
姉の号令で弟妹も気合が入ったのか、三人から闘気が溢れ出る。
それを見てうんうんと頷いたサラは、リィン達がそれぞれの武器を抜いたのを確認し……
「制限時間は10分。その間生き残りなさい────それでは、始め!!」
最終テストの開始を宣言し、腕を振り下ろした。
長剣と刀がガキンと音を立てて交差した。
目の前のライノの瞳はまっすぐこちらを見上げている。顔のすぐ横を通る刀をチラリと視界に収め、少しでも手の力を抜くと押し切られそうであることを確認し、女はニィと口端を釣り上げた。
「そうだよな、お前はまず鍔迫り合いに持ってくる!」
「あぁ。そしてその後は────」
ラフィの背後に蒼色の光がキラリと輝いたのを視界の端に収めたリィンは鍔迫り合いをやめ、飛び退いてから飛んできた光の弾丸を一つ一つ丁寧に切り飛ばした。
「やっぱりそう来るよな!!」
「ッハハ!! 読まれンの結構楽しいな!!」
楽しそうに笑う友人に、リィンも笑顔を返す。
これまで何度か戦術リンクは交わしたが、手合わせをするのは初めてだ。たった数回の戦術リンクで得た知識を元に、互いの動きを読み合い、牽制し、攻撃を仕掛ける。
だが、そこには当然変数が混ざるもので。
「あっ!! 姉ちゃんごめーーーん!!」
「なッイクス!?」
イクスの叫び声と共に、ひゅん、と足元に弾丸が突き刺さる。
イクスの力を感じるものの、その弾丸は普段の長銃の弾よりもずっと小さいもので。
「チッ、やっぱ厄介な異能だなお前!!」
「へへっ、ボクに銃弾が当たると思っちゃだめだぜっ!」
イクスと相対するのは、先ほどサラにクロウと呼ばれた銀髪の青年だ。確かエリゼが旧校舎に迷い込んだ時にイクスとパトリックと共に駆けつけてきた覚えがある。
どうやら彼は双銃使いのようで、イクスに弾丸を連射してはあらぬ方向へと曲げられている。
「よそ見してる場合じゃ……ないぞッ!!」
「っ!?」
イクスに気を取られていたラフィにリィンが居合い切りを仕掛ける。確かその構えは肆の型だったか。
「ぐ……ッ!!」
咄嗟に構えた剣から強い衝撃が伝わってくる。リィンが最も多用する技だ。その練度も高く、少しでも斬撃を漏らせば一気にやられていただろう。
さて、次はこちらの番だ。剣を持ったまま上空へと飛ばし、体を大きく飛躍させ、
「なっ!?」
剣撃の先で驚いてこちらを見上げるリィンに踵を大きく振りかぶり、ぶつけようと落下する。
「やらせないよっ!!」
そこに飛び出してきたのは白い傀儡。
突如現れバリアを張った見慣れない物体にギョッと目を剥き、それに踵がぶつかった途端に跳ね返される。
再び剣を頼りに体勢を立て直し、白い傀儡を切り飛ばそうとした、その瞬間。
「あんたの相手は私……!!」
「わーっ!? 酷いよヨルダーっ!」
「テストなんだから恨みっこナシ!」
傀儡を操る少女────ミリアムが、今度は飛び出してきたヨルダの“手”によって吹き飛ばされていった。いつのまに名前を教えたんだか。
気を取り直して、今度はこちらから仕掛けようと剣を逆手に持ち、切先をリィンへと向ける。
(剣投げか!!)
それを見たリィンは刀を鞘へと納め、居合いの構えをとる。
(弐の型かよ……!!)
弐の型────疾風。猛烈なスピードで複数の敵を切り飛ばす、一対多を得意とする技。
一方、自由に飛ばせる剣ではあるが、大きさ故か案外スピードは遅い。きっと落とされて無防備になったところを攻撃されて終わりだろう。
「ならッ!!」
リィンが動き始めたのを確認してから、剣に急停止を命じる。
疾風は超スピードで動く技……急停止はできまい!
(行き過ぎたっ……!?)
「歯ァ……食いしばれェ!!」
そのまま困惑するリィンに向かって走り、静止した剣を引っ掴んでぐるりと回り、剣の腹で思い切り吹き飛ばす。
だが、流石は八葉といったところだろうか。空中で体制を立て直し、受け身を取ってみせた。
爽やかな好青年にしては珍しい好戦的な笑みを見せ、リィンは再びラフィへ向かって走り出した。
(……二人とも、流石だな)
がきん、がきん、と剣と刀が打ち付け合う音を聞きながら、ラウラはじっくりと友人たる剣使い二人の攻防を観察していた。
アルゼイド流とは当然違う動きだ。リィンは言わずもがな八葉の型にハマった動きをしているが、ラフィの方は……我流にしては剣のいなし方や足運びが理論的だ。
「どう思う」
隣でやはりじっくりと戦いを見ていたフィーに問い掛ければ、彼女はふいと猫っ毛の隙間から黄緑色の瞳を覗かせ、口を開く。
「ラフィの動きでしょ。多分教会の法剣術をアレンジしたヤツじゃないかな」
「教会の? 」
「ほら、セリスとリオンは二人とも法剣使いだったし」
構えもよく似てる。
そう言われて改めてラフィの身のこなしを観察してみれば、確かにあの日少しだけ見たリオンの足運びにそっくりだ。軽く舞い踊るような足取り……ユーシスの宮廷剣術にも通ずるところがある。
彼と比べれば剣裁きはかなり荒っぽいが、それはきっともう一人の師であるセリスに教わったのだろう。そこに伸びる剣である法剣ではなく、“飛ぶ剣”という彼女独自の要素を組み込んだ、闇鍋教会戦法。それがラフィ・ウィステルの戦い方だ。
「わたしにとってはラフィとヨルダよりイクスの方が厄介かな」
「あぁ……銃弾か」
「うん、曲げられちゃうから飛び込んでいかないと」
今もクイクイとあちこちに銃弾を曲げ、時には反撃に利用しているイクスを指差してフィーは呟いた。
双銃剣を扱うフィーと違って銃弾しか攻撃手段がないクロウではかなり相性が悪いと言えるだろう。
かといってリィンやミリアムと交代しようにも、ラフィの“力”の弾丸とヨルダの“影の手”によって妨害され、入れ替わる隙もない。
辛うじてクロウとミリアムの間で繋がっている戦術リンクの意味を無に返すような、そんな戦いだ。
「我らと比べても然程付き合いは長くないはずだというのに、恐ろしい練度の連携だ」
「だね。できれば相手にしたくない」
「あなた達ねぇ……今から相手にするのよ、今から」
横で二人の分析を聞いていたアリサが身を乗り出し、小さな声で二人に事実を告げる。
今変則チームを相手にしているのだから、次に事件屋達の相手をするのは委員長チームか副委員長チームの二択だ。できれば疲弊しているであろう最後に相手取った方が勝率は高いだろうが……
「あぁもう、うざったいな……!!」
ふと戦っていたヨルダの声が聞こえ、顔を上げる。
それと同時にぶわりとミリアムの足元に“影”が広がり、砂地が黒く染まる。
「呑み込め────サタナエルハンズ!!」
「っガーちゃん!!」
咄嗟に傀儡に防御を命じたミリアムだが、間一髪で間に合ったものの、“手”がバリアごとメキメキと音を立てて握りしめている。
「ホントに厄介……いい加減死んでくれない? 」
「待って待って!! テスト!! ねぇコレテストだよねっ!?」
「あ、そうだった。ヒト相手だとスイッチ入っちゃうな……」
緩んだ“手”から出てきた傀儡の張ったバリアはあちこちにヒビが入っており、その握力から本気で殺すつもりだったのだと幼い少女の暗殺者らしい一面を感じ取る。
「……本当に私たち、本当に“生きて帰れる”んでしょうか……」
ふとエマが漏らした不安の声に、女子三人は押し黙る。
四人だから彼ら変則チームのようにはならないだろうが────たった今、その変則チームに負けたところである。
正直に言うと、自信はない。だがやるしかないのだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 」
「10分経過……って、ちょっアンタたち盛り上がりすぎよ! コラーッ!!教官の指示は聞きなさーーい!!!!」
……やるしかないけど、やりたくはない。
そんな感情が、委員長チームのみならず副委員長チームにもしびびと伝わり、心が一つになっていた。