事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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四十二話 信頼

「最近、ちょっとだけ力を出す感覚を覚えたんだ」

 

砂地にぽっかりと開いたクレーターの中心で、全身を砂まみれにしながら、青年はそう呟いた。

 

「へェ、いいじゃねェか。普段の戦いでも使えるって事だろ」

「あぁ。少し前まで俺にとっては恐怖そのものだったのに……ラフィが“戻して”くれるって知ってるから、あんまり怖くなくなった」

 

腰に巻いていた黒パーカーを放り投げ、やはり全身砂まみれになった女はチラリと隣を見た。

 

「……あんま油断すんなよ。触れてる感じ確実に呪いとか、そっちの類だろうし」

 

あたしのいない所では使わないこと。

そう伝えれば、ライノ色の瞳がじいっと見つめてくる。暫く睨めっこしていると、青年はふにゃりと笑顔を見せた。

 

「はは、了解。主治医の言うことは聞かないとな」

「誰が主治医だ、誰が! あたしはちょ〜っと法術に詳しいだけの事件屋だっつの」

 

和気藹々としたやり取りが続く中、ふとじんじんと大地を照らす太陽が遮られる。

二人揃って正面────大の字になってグラウンドに開いたクレーターで仰向けに倒れているので、正面にあるのは空だ────を向けば、そこにはニッコリとイイ笑顔をしたサラが仁王立ちで二人を覗き込んでいた。

 

「あ・ん・た・た・ち・?」

 

サラの腰から銃と剣が抜かれた途端、二人の足元に同じ色の光る陣が生成される。

……当然、戦術リンクである。

 

( ( 逃げるぞ! ) )

 

次の瞬間、跳ね起きた二人は別々の方向へ走り出し、逃げ出した。

 

「シュバルツァー候補生、ウィステル候補生!!そこに直りなさぁーいッ!!!!」

「あたし生徒じゃないも〜ん!!」

「流石に命の危機を感じるので!!」

 

クレーターから飛び出してきたミルクティー色と黒色、そしてそれを追うワイン色。

戦術リンクの応用とでも言えば聞こえはいいが、ただ教官から逃げ回るためにだけ利用しているのは……なんだかちょっと格が下がるような。

 

「リィンってあんなキャラだったっけ……」

「どうやらラフィと居ると頭のネジが一本抜けるらしい」

「お姉ちゃんさぁ……」

 

頭を抱えるエリオットに、ガイウスが小声で返事を返した。いつもに増して子供っぽい姉をじとりと睨むヨルダの背には、片割れの小さな手がぽんぽんと添えられる。

 

「その程度の速度で────」

 

ふと、砂地を駆けていたサラの足が止まる。

どうしたのかと振り返ったリィンとラフィの視界には、既にサラの姿は無く……

 

「ぐえっ」「うわっ!?」

「────このあたしから逃げられると思わないことね!」

 

気がつけばラフィは首根っこを引っ掴まれ、リィンは足払いの後、両手を纏めて拘束されていた。

 

「サラさん速くね!?」

「ふふん、足には自信があるのよ」

「はは……参りました」

 

不自由な手首から上をぱあと開き、リィンは降参の意を自らの教官に知らせた。

いまだにぶすぐれているラフィをよそに、サラはふぅとため息をついて、二人を運んで校庭に出来上がったクレーターの前にまでやってきた。

 

「それじゃ、鬼ごっこはあたしの勝ちってことで。リィンは穴埋め、ラフィは続けて副委員長チームと戦ってもらうわよ」

「ウソだろ休憩は!?」

「校庭に穴開けといて無いに決まってるでしょうが!!」

 

鬼畜教官! と叫べばゲンコツが降りてくることは間違いない。ラフィはむうと眉間に皺を寄せながら、立ち上がって剣を背から引き抜いた。

 

「ボクらも休憩終わりかぁ」

「いつでもいけるよ」

 

最初と同じように銃と“手”を取り出した双子を従え、女は手元の第四世代導力器で回復魔法を唱えてから、前へ出てきた副委員長チームと相対した。

 

「じゃ────久々に転がしてやるよ、ユーシス」

「望む所だ。穴を開けない程度に、な」

「うるせ」

 

「それでは、副委員長チーム対事件屋チーム────はじめ!!」

 

サラの言葉を合図に、突き抜けるような空に蒼色の剣がふわりと舞った。

 

 

 

 

 

「……で、結局引き分け1、負け1、勝ち1、ね」

 

終業の鐘が鳴った後。女子たちにとっ捕まったラフィ達の目の前で、アリサがため息をついた。

変則チームとは引き分け、副委員長チームは負け、委員長チームは勝ちである。

 

副委員長チームは各々の異能に弄ばれ(特にイクスが嬉々としてマキアスの銃弾を曲げて曲げて曲げまくったため)、あっけなく敗北。

委員長チームは順番が最後という持ち味を生かし、異能に対する戦略を立てて辛くも勝利。アリサの矢でイクスを封じ、素早いフィーをヨルダにぶつけ、エマの導力魔法と真っ向からぶつかるラウラでラフィに挑み、それぞれが3人になんとか膝をつかせたのだ。

 

「本当にギリギリでしたね……」

「ん。少しは加減して欲しかったかも」

 

エマの言葉に、フィーがこくりと頷く。

本気で、というオーダーなのだから、“力”を全開で使っていないのとメルキオルを連れてこなかっただけマシだと思って欲しい。

 

「でもボクらもこんな追い込まれたのは久しぶりなんだぜ。な、ヨルダ」

「そうだね、イクス。やっぱり開けたとこはニガテかも」

 

特にこのグラウンドは障害物が何も無いが故にヨルダの“影”は弱まるばかり。イクスとて曲がる銃弾の真価は入り組んだ通路でこそ発揮される。散々地下水路で双子を連れ回している姉は、その強さを身をもって知っていた。

 

「つまり室内だったら……」

 

「跳弾って知ってる?」

「光源を壊せばこっちのもの」

 

「ほんっとうに恐ろしいわねこの双子」

「あたしに言われても」

 

召喚した銃弾を弾くイクスと影を足元で蠢かせるヨルダに、アリサは思わず二人の姉の背後に隠れた。

 

「まァあたしも室内のがやりやすいかな。モノ壊していいなら確実に“力”で仕留められるし」

「前言撤回! 揃ってヤバいわこの姉弟!!」

 

アリサはぴゃっと叫んで、今度はエマの後ろに隠れた。

その様子にしばらく声をあげて笑っていたラフィをエマが「まぁまぁその辺で」と宥め、そのままラウラへと話を振る。

 

「そういえば、次の実習先のレグラムってラウラさんの故郷でしたよね」

「うむ。自慢の故郷だ」

 

ラウラの故郷。

そんな言葉を聞いて、ふとブリオニア島からの帰りを思い出す。

 

 

────ったく、父親の話だったのに、口説かれちまった。

────む、確かに……すまない。ではまず父上の少し不器用なところから、

────いい、いい。また子爵閣下にお目通が叶った時にでも教えてくれ。

 

 

「ふふ、思ったよりも早く約束が果たせそうだな」

 

あんまりにラウラが嬉しそうに笑うものだから、女は少しだけ頬を赤くして、ふい、と顔を逸らした。

やはり眩しすぎる。自分のような卑怯者が浴びていい光じゃ無い。

 

「……ウン、そう……だね」

「あ、照れてる」

「照れることあるんですね、ラフィさん」

「照・れ・て・な・い! つかまだA班に同行するって決まったわけじゃねェし!!」

「え……」

 

弄ってきたフィーとエマに向かってがうと吠えかかると、ラウラはしょぼん、と眉尻を下げ、全力で悲しみを表現する表情を見せる。

思わず心にずきりと痛みが走る。そんな顔をさせたかったわけでは無いのだ。

 

「……いや、うむ。わかっている。全ては教官の裁量で……」

「〜〜っ……! わかった、サラさんに相談はしてみる! 相談だけだからな!!」

「! ラフィ!!」

 

あぁ、調子が狂う。

ラフィ・ウィステルという女は、こう真っ直ぐに来られると弱いのだ。カイエンの縁者は皆捻くれ者で、師二人もまた素直じゃ無かったり、皮肉たっぷりだったりしたものだから。こうも弄ばれるのはあの太陽のような恩人の彼女以来だろうか。

 

「……掌で転がして遊んでるの?」

「あれ、多分全部素で言ってるわよ」

「末恐ろしいですね……」

「やっぱりわたし達にはない素直さだよね」

「弄ばれる姉ちゃんって新鮮」

 

好き勝手言う女子達と双子をよそに、ラフィとラウラはあれやこれやとレグラムへと向かった時の話をしている。

気が早いと言っても聞かないのだ。こうなったら次の授業の予鈴がなるまで付き合ってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────A班について行きたい? いいわよ、手配しておくわね。

いや〜、ラフィが自分からついて行きたいって言い出すだなんて、お姉さん嬉しいわ〜♪

 

あっさりとした許可を出すサラに、嬉しそうにニッコリと笑うラウラに挟まれ疲弊した帰り道。

双子には先に帰ってもらって、ラフィはいつものリュックサックをぶらぶらと片方の肩にぶら下げながら夕焼けの帝都を一人、目的を持って歩いていた。

行先はとある一軒家。“オリビエ・レンハイム”が個人で借りている家である。

 

「オリビエさァん? 来たぞー」

 

ぎい、と立て付けの悪い扉を開けば、まず目に飛び込んでくるのはいつも通り、幾つものリュートが並んだガラスケースだ。

肝心の探し人は大きなグランドピアノの前に座り、のびのびと音楽を奏でている。今日はバラードの気分らしい。共和国での往年の名曲を弾き、鼻歌を歌う様子は随分と様になっている。

結局最後まで聞いて拍手を送れば、漂泊の詩人は恭しくお辞儀をして、にっこりと笑った。

 

「わざわざ呼び立ててすまないね」

「いや、あたしのワガママが理由だし。つか、応じてくれたのがびっくりだよ」

「フフ、これでも可愛い妹分の願いはなるべく聞きたいと思っているんだよ」

 

ピアノ椅子から立ち上がったオリビエは、ゆっくりとラフィに近づき、そのミルクティーの頭をそっと撫でた。

この人はいつもそうだ。一人だけ大人ぶって、自分たちを子供扱いする。

 

「……ん、これ。おねがいします」

 

撫でてくる手を押し退け、そのままリュックサックから取り出した二つの紙袋を手渡した。

片方には紫色の、もう片方には青色のメッセージタグが括り付けられている。

 

「確かに受け取ったよ。紫の方がクローゼくん宛かい?」

「ウン。この間手紙でおすすめのコーヒー粉教えてって言われたから返信と一緒に入れてる。ユリアさんに淹れてあげるんだってさ」

 

クローゼ。クローディア・フォン・アウスレーゼ。

リベール王国での旅で得た友人の一人であり、“ラファエラ”として生きていくなら、という理想像でもある人だ。

リベール王国の王太女であり、このボンクラ皇子よりも遥かに会う機会の少ない人ではあるが、文通はちまちまと続けている。近頃は彼女も女王となるための勉強でかなり忙しいようだ。

 

「へぇ、ラフィくんのおすすめコーヒーか。少し飲んでみたいな」

「店まで来たら好きなだけ飲ませてやるよ。マスターのオリジナルブレンドだし」

 

さて、何故このようなやり取りを行なっているかと言えば、近々クロスベルで開催される西ゼムリア通商会議にこの男とクローゼが出るからである。

友人ということもあり、互いに合う約束をしているのだとか。ならば丁度良いとプレゼント入りの紙袋を手渡した、というわけだ。仮にも一国の皇子を宅配便代わりにする一般市民などこの世にラフィ以外には存在しないのではないだろうか。

 

「……で、こっちは特務支援課宛だね」

「というか、ワジ宛って感じだな。黄緑色のおかっぱ髪が居たらソイツ」

 

支援課に向けてのメッセージカードも入れているが、中身は帝国解放戦線の元シスターの資料の礼だ。ちょっとしたクッキーだが、少し奮発して皇室御用達として知られる名店のものにしてみたので、喜んでもらえると良いのだが。

 

「これがまたマスターのコーヒーとよく合うんだわ」

「むむ、そんなこと言われたら飲んでみたくなるじゃないかっ! 帰ってきたらテイクアウトしに行くよ」

「はァい、お待ちしてま〜す。ちゃんとミュラーさんと一緒に来いよ」

 

ヒラヒラと手を振れば、オリビエはクスリと微笑んだ。

 

「それはどうかな。ボクは宰相閣下にとっても貴族派にとっても邪魔な存在……向こうでテロリストに襲われて、これが今生の別れかもしれないよ」

「んなわけねェだろ。アンタが簡単に死ぬタマかよ」

 

あのテロリスト集団を目にしたにも関わらず、当たり前のように“オリヴァルト”が帰ってくると信じているラフィから、その膨大な信頼を感じ取ったのだ。

実際、ラフィは絶対に彼が生きて帰ってくると信じている。だって、死ぬところが想像つかないし、そう簡単にやられるタマじゃないからだ。

 

「それに、当日はミュラーさんも居るんだろ。あたしだって特別実習でガレリア要塞に居るし、何かあれば“力”で飛んでいける距離だ」

 

アンタは絶対に生きて帰ってくる。

自信満々な白夜の瞳に、オリビエはほう、と感嘆のため息をついた。

Ⅶ組や双子の影響だろうか。あの日、出会った時は師の足跡を必死に追うだけだった子供が、今。

目の前で自分を助けると誓っている。

 

「……あぁ、まったく。本当に頼もしくなったね、ラフィくん」

「そう? へへ、ならちょっと嬉しいかも」

 

じゃ、あたしはこれで。

彼女は出会った時よりずっと短くなった癖っ毛を揺らして、家を出ていった。

部屋に一人残された男は、二つの紙袋に視線を落とす。

 

「……さて、ボクも気合いを入れなければ」

 

あの少女に、父の罪を背負わせてはいけない。そのためには────いつ内戦が始まってもおかしくないこの状況をなんとかしなければ。

頬をぱちんと両側から叩き、忘れずに紙袋を持って、男も借家を後にするのだった。

 

 

 

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