事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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四十三話 霧と伝説の街

 

帝都始発、バリアハート行きの旅客列車。もはや見慣れた列車の中で、ちゃっかり送られてきたトールズの夏服を着たラフィはいつも通り帝国時報を広げていた。

車窓から見えるのは、数ヶ月前にも通った北クロイツェン街道だ。まだ東ケルディック街道を出てすぐだからか、窓の外では小麦畑が青々と伸び茂っている。

 

月末恒例、特別実習。ラウラの希望が通ったので、今回はA班に同行だ。

隣で静かにヨルダが読む本の題名は「ハーツ少年の冒険」。少しマイナーどころが気になると言った通り、シリーズ物ではなく短編に手を出してみたらしい。

一方イクスはぐうと寝ている。どうやら久しぶりにメルキオルの仕事へついて行ったらしく、帰ってきたのが明け方だったからだろう。人も少ないから、座席シート丸々一枚使ってすやすやと健やかに眠っている。

 

「すご〜い! 麦なのに青い!! ねぇユーシス、なんで!?」

「クロイツェン州は三毛作だ。今は秋収穫の小麦が育っている最中で……」

「あ、なんか変なカカシがいた!」

「……………ハァ……………」

 

思わずぶっと吹き出しそうになるのを、帝国時報で笑いでピクピクする口元を隠して耐える。

リィンから聞いてはいたが、本当に振り回されているらしい。昔から連れ出した時にはオルディスの子供達にも思い切り振り回されていたのを思い出し、やっぱり変わらないなと肩を震わせた。

 

「聞こえているぞ、ラファエラ……!」

「ぶふっ……ラフィって呼べ馬鹿」

「誰が馬鹿だ阿呆!」

 

いつも通りのやり取りを交わした後、膝を組んで頬杖をつき、ユーシス達に顔を向けた。

 

「で? 実習地のおさらいは?」

「あぁ、私から紹介しよう」

 

頷いたラウラに補助教材こと観光紙を投げ渡す。今回も一応準備してきていたのだ。

まぁ、地元の人間の知識があればそれで良いのだろうけれども。

 

「……ふむ、よく書かれている」

「ラウラ、読み耽っていてはわからないぞ」

「む。すまない、外からはこのように見られているのだな」

 

ガイウスの言葉に、ラウラは観光紙からぱっと顔をあげる。

そうしてこほん、と咳払いをして、故郷について語り始めた。

 

「レグラムは帝国南東部、エベル湖畔にある小さな街だ。クロイツェン州に属し、我が実家、アルゼイド子爵家が治めている」

 

霧と伝説の街、レグラム。年中を通して霧がうっすらとかかっているあの街は、アルバレア公爵家の治めるクロイツェン州の中でも半分独立しているような街だ。

ラウラの父でもあるヴィクター・S・アルゼイド子爵と地域住民の結びつきは強く、厄介だとヘルムート・アルバレア公爵が父に愚痴っているのを、ラフィは幼い頃に何度か耳にしていた。

 

「だが増税といい、其方の父君にも問題はあると思うぞ」

「フン……否定はしない」

「ユーシスには悪いけど、ヘルムートさんってクソ親父と同じくらい性格悪いからな。プライド高いし」

「…………ハァ……………それも否定しない、が」

 

ため息をついたユーシスは立ち上がり、スタスタとラフィの目の前まで歩いてくる。

そして白夜をまるくして見上げる幼馴染の角のない頭をぐわしと掴み、思い切り力を入れた。

 

「あだだだだだだ」

「お・ま・え・は!! 少しは!! 歯に衣を着せることを!! 覚えろ!!」

「ごめん! ごめんってば!」

 

ギチギチと鷲掴みの力が強くなっていくのを感じて、ラフィはギブアップを示すために伸びてきた腕を叩く。

 

「あはは……大変ですね、ユーシスさんも」

「だが満更でもないようだ。頬が緩んでいる」

 

ガイウスの指摘通り、ユーシスの口端は少しだけ上がり、ようやく自由になった頭皮を摩る幼馴染を眺める瞳は僅かに細められていた。

思えば、二人が直接会うのは先月の自由行動日依頼だったか。しばらくぶりの再会だ、邪魔しないでおこう。

 

「そうだ、アルゼイド流の道場とかはあるのか?」

「うむ、ちょうど屋敷のすぐ下だな。私も朝起きたら直ぐに向かっていたものだ」

「アルゼイド流……ラウラのおとーさんが教えてるヤツ?」

 

ミリアムの問いに、ラウラはうんと頷いた。

ヴァンダールと双璧をなす帝国剣術、アルゼイド流。現在は数名の門弟が止まり、アルゼイド子爵や師範代たちに教えを受けているそうだ。

結局イクスを少しずらして正面に座ったユーシスの説教を右から左に流しながら、ラフィはそういえばヴァンダールは関わったことがあるがアルゼイドはラウラが初めてだな、と思い返す。

 

「アルゼイド子爵……光の剣匠、と呼ばれている方ですね」

「ものすごく強いんでしょー? レクターから聞いたことある!」

「そうだな。娘の私がいうのもなんだが、軽く人の域を超えている」

 

帝国において最強格と言って間違いないだろう。

ラフィ自身、“センパイ”からも話を聞いている。帝国で唯一遊撃士協会が残っている土地でもあるレグラムは、“センパイ”にとって大事な拠点の一つでもあるから、子爵閣下とも何度か話したことがあるらしい。

最後に会ったのは数年前だが、今はどこにいるのだろうか。

 

「────そうだ、ラフィ。父上の話をする約束だったな。次の乗り換えで私もそちらに座ろう」

「ん? あァ、そういやそうだったな。レグラムまでたっぷり聞かせてもらうとすっか」

「あぁ、臨むところだっ」

 

満面の笑みで気合を入れるラウラに、思わず口端が緩む。

正面のユーシスは何やらため息をついて頭を抱えているが、まぁいつものことだろう。

バリアハートへの到着を告げるアナウンスを聞きながら、ラフィはイクスを起こしにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧と伝説の街、レグラム。

その名の通り霧に包まれた街を眺め、女はほうと感嘆のため息を吐いた。

霧で白く霞んだ石造りの街並みは、まるで小説に出てくるような、幻想的な雰囲気を醸し出している。精霊信仰が盛んだそうだが、確かに道中の深い森といい、どこに精霊が出てもおかしくは無さそうだ。

どことなくリベールのミストヴァルドの森も似た雰囲気に、少し懐かしさを感じる。

 

「やっぱ同じ水辺でもオルディスとはだいぶ違うんだな」

「フフ、そうだろう。あちらも良い街だったが、我らとて負けてはいないぞ」

 

隣で誇らしげに腕を組むラウラに、たしかにと頷く。

活気あふれるラマールとは対照的に、静かで落ち着いている。霧が出ているからか、夏だというのに涼しく、むしろ少し肌寒いほどだ。

だからか、列車の中では腰に巻いていたパーカーをいつのまにか羽織っていたヨルダは、いまだにウトウトとするイクスを支え、ぶるりと震えていた。

 

「ヨルダちゃん、寒いですか?」

「平気……イクスがあったかいから」

 

エマの問いかけに、少女は首を振った。

どうやら眠気に負けた双子の兄を暖房具がわりにしているらしい。ぴっとりとくっついて、少しも熱を逃さぬようにしている。

 

「むにゃ……管理人も脳天ぶち抜いてやるぜ……」

「……何やら物騒なことを言っているようだが」

「多分昨日の仕事の夢見てる。ほらイクス、起きて」

「む〜……」

 

暖かいのは暖かいが、寝ぼけて銃をぶっ放されてはたまらない。ガイウスのツッコミに答えたヨルダはイクスのほっぺたをぺちぺち叩いて起こしにかかった。

 

「おい、お前もいい加減起きろ」

「う〜ん、ガーちゃん、ウルトラスーパーアターック……」

「ええい! これ以上眠るようならば落とすぞ!」

 

そうは言いながらも寝言をふにゃふにゃ言い続けるミリアムを背から落とさずに揺するだけで止めているあたり、ユーシスの甘さが見てとれる。

それを見たラフィがまたツボりそうになっているが、まぁそれはそれとして。

 

「そういえば、ミリアムはもちろん、ガイウスもラフィ達との特別実習は初めてだったか」

「あぁ、早速洗礼を受けている気分だ」

 

そうガイウスが笑うと、彼女と関係の深いユーシスは今度はうなだれた。まだ着いたばかりだというのに、すでに何度ユーシスのため息を聞いただろうか……この実習中に胃に穴でも開きそうだ。

 

 

「────ラウラお嬢様、お帰りなさいませ」

 

ふと、霧の奥から、老人の声がラウラを呼んだ。

気配もなく突然聞こえた声に、ラフィは驚いて咄嗟に背の剣に手をかける。するとラウラは肩を震わせて笑い、宥めるように剣を握った手の、さらに上から自分の手を重ねた。

 

「爺、出迎えご苦労。隠形の業も衰えておらぬようだな」

「ハハ、寄る年波には勝てませぬが……ご学友を驚かせってしまったようで申し訳ございません」

「あ……いや、気づけなかったあたしも悪いんで」

 

恐る恐る剣から手を離し、跳ねる心臓を落ち着かせる。こんなに驚いたのはいつ以来だろうか。

レグラムらしく青を基調とした執事服をビシリと着こなし、背筋をピンと伸ばした老人は、恭しくお辞儀を披露する。

 

「アルゼイド家の家令を務めるクラウスでございます。Ⅶ組の皆様、ご到着をお待ちしておりました」

 

 

 

 

 

そうして、泊まり用の大荷物を抱えた一行はアルゼイド子爵邸へと案内され、それぞれが荷解きを終えた後に、窓のすぐ外に広がるバルコニーへと何人かが出ていた。

相変わらず霧は深く、晴れている日ならばよく見えるとラウラが言っていたローエングリン城も白く霞んでいる。

 

「これは……絵心を擽られるな」

「たしかに、写生にはうってつけかもな」

「へェ、アンタ絵描くんだ」

 

景色を眺め、目を細めるガイウスに、リィンが頷く。

そこに、未だ騒がしい女子部屋からやたら疲れた様子で出てきたラフィが、感心したように口を開いた。

 

「あぁ、学院でも美術部に所属している」

「ガイウスの絵は物凄く綺麗だぞ」

「そうなんだ……あたしは見るのも描くのもからっきしだからなァ」

 

ぽりぽりと後頭部を搔き、女は首を振った。

事実、幼い頃からアンゼリカには画伯と呼ばれて揶揄われていた。確かに下手だとは思うが、あそこまで笑われる理由だってないはずだ。

 

「ちなみに爺さんの絵、結構可愛いの知ってる?」

「当然だ。幼い頃に手製の絵本をいただいたからな」

「えっずるい!いいなァ、機会あったら見せてよ」

 

バルコニーの柵にもたれ、孫弟子と直弟子が師についてあれこれ話し合う。

ガイウスが大切にしていた絵本と聞き、リィンはふとノルド高原の実習で見かけた、使い古された紙束を思い出した。確かにかなり可愛らしい絵柄だったが、どうやら二人の師が描いたものだったらしい。

 

「あたしも弟子達の中で取引されてる爺さんの可愛い写真セレクション持っていくからさ」

「むしろそれは本人公認なのか……?」

「大丈夫だよ、今も一枚持ってるし。ほらこれ」

 

実習用にと腰につけていた外付けポーチから一枚写真を取り出し、ガイウスに渡す。

そこにはガタイのいい老人────バルクホルン神父と、青髪の青年が並んで嬉しそうにタルトの1ピースを頬張っている様子が写っていた。

 

「へぇ、この人が」

「あぁ。バルクホルン神父……俺たちの師だ」

 

手元に可愛らしいイチゴタルトがあるから相殺されてはいるが、中々に顔が厳つい人ではある。当然その中身も威厳たっぷりかつ人望もあり、教会内では典礼省・封聖省問わず慕われている人物だ。時折突然常識から外れてぶっ飛んだことをする人ではあるが、むしろそこがいいと語る弟子たちも多い。

ガイウスがそこまで知っているかは知らないが、ラフィにとってバルクホルン神父といえばそういう人だ。

写真に一緒に写ってる青年────“同業者”も、バルクホルン神父について聞かれたらおそらく同じことを語るだろう。

 

「ラフィさーん! ぐしゃぐしゃになった依頼書出てきましたよー!!」

「えっ、ウソ!? 出る前に全部整理したはずなんだけど!?」

 

女子部屋の中からエマの大声が聞こえ、ラフィは慌ててバルコニーから出ていく。

手元にバルクホルン神父の写真が残されてしまったガイウスは、暫くそれを眺めた後……そっと懐にしまった。

 

「……返さないのか?」

「しばらく……預かっておこうと思う」

「ラフィに頼めば焼き増しくらいしてくれそうだけどな」

「あぁ。返す時に頼んでみよう」

 

バルクホルン神父は、本当にとても慕われているのだろう……弟子たちの間で写真の裏取引が横行するくらいには。

ホクホクと嬉しそうに頬を緩めるガイウスに、リィンは思わず苦笑いをした。

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