事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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四十七話 光の剣匠

「子爵閣下────いえ、《光の剣匠》殿。どうか自分と手合わせをしていただけないでしょうか」

 

 

食事時、アルゼイド邸の広間。

そこでリィンが発した一言がきっかけで、学生たちとアルゼイド子爵、そして執事クラウスが、昼間に手合わせをした道場へと集まっていた。

 

「ワクワク、《光の剣匠》と勝負か〜」

「リィンオニーサン、昼間もあんなにボロボロだったのに大丈夫かよ……」

「……無謀すぎる。指南ならばともかく、手合わせなど……」

 

心配そうなイクスとユーシスの隣で、ラフィはじっとリィンを見つめていた。

ヴィクター・アルゼイド子爵────ラフィという人間が知りうる範囲で最強の人間である、カシウス・ブライトと同格の達人。

そんな人物に“手合わせ”を挑むなど、無事で済むはずがない。

 

もしかして、あの“力”を使うつもりなのだろうか。

そんな事を考えていると、ふとライノ色の瞳がラフィを捉えた。

リィンは胸に手を当て、一つ頷いて見せる。

 

(呪いが出てきたら止めろ、ってか)

 

まったく、随分と頼りにされたものだ。

胸元からペンダントを取り出し、肩をすくめて、声には出さずにまかせろ、と唇を動かす。

この数ヶ月酷使したおかげで、割と苦手だった法術の腕がメキメキと上がっている気がする。道場の灯りをペンダントにキラキラと反射させながら、女はため息をついた。

 

「……本当によいのだな」

「はい。音に聞こえし《光の剣匠》……胸を借りられるだけでも光栄です」

「フフ、意気やよし。八葉の一端、見せてもらおうか」

 

アルゼイド子爵がクラウスの持つケースへと手を伸ばす。

そして中身を取り出し────その巨大な刀身を、片手で振るう。

刃まで染まっているラフィの長剣ほどではないが、青い剣だ。金の装飾が品良く飾られており、白銀の刃はぎらりと煌めき、未だ柄に手をかけただけのリィンにまっすぐと突きつけられている。

 

「宝剣ガランシャール……先祖が振るっていた大剣だ」

「へェ、鉄騎隊の」

 

ふぅん、とラウラの説明に返事をして、静観の構えを貫く。

 

(あたしを防波堤に掴んだその感覚……ものにしてみせろよ、リィン)

 

白夜に映るリィンは、すらりと刀を引き抜き、刃を斜め後ろへ引き、いつも通りの構えを取る。

 

「八葉一刀流、初伝……リィン・シュバルツァー、参ります」

「アルゼイド流筆頭伝承者、ヴィクター・S・アルゼイド……参る」

 

やがて、数秒の後。

クラウスの「初め!」という号令と共に、二つの刃は交わった。

 

 

 

 

 

 

 

────防戦一方だ。こんなんじゃ勝てるわけがない。

ペンダントを握りしめ眺めていた試合に、女はそんな感想を抱いた。

四方八方から遅い来る大剣の刃を必死にいなし、反撃しようにも防がれ、避けられ。

 

「っぐ!?」

 

しまいには切り掛かったと思えば避けることもせずに大剣で押し返される。

反動で刀を手放し、地面へと背中を擦り付けたリィン。エマは見ていられないと顔を逸らし、ラウラはぎり、と歯を噛み締め、試合の行く末を見守っている。

 

「何をしている。まだ勝負は付いていない、疾く立ち上がるがよい」

「父上、もうリィンはっ」

「それが限界ではないのは分かっている。この期に及んで畏れているならば、強引に引き摺り出すまでのこと」

 

(……この人、まさか……呪いに勘づいてる?)

 

思わず息を呑んで、ペンダントを握りしめる。

どんどんリィンの気配があのに飲み込まれていく。そろそろ止めないとまずいか、と法術を使うために剣を引き抜こうとした、その時。

 

子爵が、こちらを見た。

 

「ウィステル嬢、手出しは無用だ」

「なっ!?」

「一度全てを引き出さねば乗り越えることもできまい」

 

くそ、ウチの総長とおんなじ事言いやがる!

冷や汗が背筋を伝う。荒療治が過ぎるだろう。下手をすれば完全にに呑まれて戻ってこない可能性もあるというのに!

 

みるみるうちにリィンの髪が白く染まっていく。息も乱れ、血走った瞳が真っ赤に染まり。

 

 

「グ……ガアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

あの日、旧校舎地下で見たが、そこには居た。

 

「あれが……リィンが、畏れていたモノ……」

「ラフィ、あれが何なのか知っているのか!?」

「……詳細は知らねぇけど、あたしの力と法術の重ねがけで抑えることはできる。呪いみたいなモンだよ」

 

ユーシスの問いかけに、ラフィは頷いて返事を返した。

実技試験の時にも、ギチギチに締め上げていた蓋を緩め、ほんの少しだけ力を解放していたようだが……髪と瞳の変色までには至っていなかった。

 

つまり、これは本当に、蓋を無理やりこじ開けられている状態と言えるだろう。

 

きっともう理性なんて残っていない。狂ったように刀を振り続けるリィンに、女は眉を顰めた。

呪いはまだ魂にまでは食い込んでいない。だが、きっと今封印しようとしても子爵閣下に止められる。

本能的に恐怖を感じ取ったらしく、腰に抱きついてきたヨルダの頭をそっと撫でながら、じっと戦いの行く末を眺めていた。

 

「ッグア!? ……ぁ……」

 

「リィン!!」「リィンさん!!」

 

やがて数分の打ち合いの後、ついにリィンが一撃を喰らってその場に倒れ伏す。

真っ先に飛び出したのはラフィとエマだった。手慣れた様子で倒れたリィンの状態を確認し、ラフィは力を使わずに法術のみを発動する。

 

「ッチ、思ったより深く食い込んでやがる」

「戻るのか」

「あァ。多分もう少しで……ほらな」

 

ガイウスの問いかけに、法術をかけるために掲げていたペンダントが一際強く輝くと、リィンの白かった髪が一気に黒へと戻る。

同時に大量の発汗と体力消耗に体が気がついたらしく、リィンの胸は咄嗟の呼吸で大きく上下する。

 

「っはぁ、はぁっ、はぁっ」

「気づいたか。リィン、これ何本に見える?」

「……4、ほん……」

「1本な。よ〜し重症だ!」

「ええい、ダメではないか!!」

 

ラフィをガクガクと揺らすユーシスに、ラフィは明後日の方向を向いた。仕方ないじゃないか、自分は医者じゃないんだから。

その隣で、リィンは顔を上げて、まっすぐと正面に立つ強者へと視線を向ける。

 

「……参りました。《光の剣匠》の絶技、しかと確かめさせてもらいました」

「フフ、どうやらわかったようだな」

 

向こうの方でぽこぽこと娘に叱られていたアルゼイド子爵がゆっくりとリィンに近づき、しゃがみ込む。

 

「力は所詮、力。使いこなせなければ意味はなく、ただ空しいだけのものだ」

 

その時、二人の“力”を持つものが、はっと目を見開いた。

 

「だが──あるものを否定するのもまた、“欺瞞”でしかない」

 

揺さぶられ続けるラフィと、肩で息をするリィンが目を合わせる。……合わせると言っても、片方がものすごくブレブレではあるが。

そして互いに微笑み、リィンは子爵に返事を返そうと、ラフィはいい加減に幼馴染を止めようと、同時に口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠くならない。

ポカポカになって小さく寝息を立てる双子の背をゆっくりとポンポン叩きながら、ラフィは全く重くならない自分の瞼にため息をついた。

すっかり眠りこけて双子は起きそうにない。本当によく眠る子達だ。将来はきっとすぐに自分の身長など追い越してしまうだろう。

 

ゆっくりと、なるべくベッドを動かさないように起き上がり、外の空気でも吸おうと部屋を出た。

深夜のアルゼイド邸は静かで、人の気配はまるで無い。そんなことはわかっているから、とラフィは部屋用のスニーカーで音を立てずに歩き、玄関の扉を押し開いた。

 

すっかり霧は晴れ、空には満点の星空が輝いている。今日は新月だからか、月はどこにも見当たらない。

気温は夏にしては低く、風が吹けば思わず身震いしてしまうほどだ。下の広場にでも降りて暫く風にあたろうかと、階段へ足を踏み出した。

すると、階段の途中で見覚えのある青髪が風に吹かれて揺れていた。

 

「寝れねェのか」

「あ……ラフィ。あんな勝負を見てしまったものだから、なんだか落ち着かなくて」

「そっか。あたしも」

 

ラウラの隣に座り、街並みを眺める。

オルディスよりもずっと小さい、言ってしまえば田舎町。それでも、領主と民の関係性はオルディスと同じくらいに良い。

領地は君主を映す鏡とはよく言ったものだ。

 

「良い街だな」

「あぁ。私の自慢で、誇りだ」

 

あの日の言葉をそのまま返す。

胸を張って愛していると言えるラウラが眩しくて、目を逸らすように空を見上げた。

しばらく無言の時間が続く。耳が痛いほどの静寂は、いつか精霊の話し声でも運んできそうなほどだ。

湖からの風がざあ、と吹いたところで、ようやくラウラが口を開いた。

 

「何か悩んでいるだろう」

 

ぴく、と肩が震え、普段は髪飾りが付いている横髪が肩から背へと滑り落ちた。

空を見上げる白夜の瞳はゆっくりと横へと滑り、ラウラの黄玉と線を合わせ、そして父親そっくりの表情でヘラリと笑う。

 

「そんな顔に出てた?」

「わかりやすいからな、そなたは」

「はは……そっか……」

 

女は足を伸ばして、ゆらゆらと揺らす。

そして隣の友人に向かって、静かに話し始めた。

 

「悩んでばっかだよ、あたしは。もう考えないって決めても、後から沸々と不安や心配が湧いてくる」

 

父のこと。

師の教え。

己の罪。

全てが自分の中で複雑に絡まり、ぐちゃぐちゃになっている。

あの日、ラウラにもう一つの道を示してみせたラフィ・ウィステルという人間は、こんなにも迷って、遠回りして、まだまだ正解になど辿り着けず、己が軸とする信念など全くわかっていない。

 

アルゼイド父娘を眺め、自然と自分の父親のことを考えていた。まったく、特別実習に来るといつも父のことを考えさせられる。

……《破戒》の言葉が耳から離れない。

結社、身喰らう蛇。リベールの異変の黒幕であり、盟主と呼ばれる人物を中心に大陸各地で暗躍する犯罪組織。

隣で首を傾げるラウラは、あんな連中のことなど知りもしないだろう。普通に生きていれば、貴族とはいえ出会うことのない組織だ。

今、自分が抱える最も大きな悩みといえばこれだが……

 

「……大丈夫だよ、ラウラ。この悩みは人に話したところでどうにかなるわけじゃない」

 

だから、隠す。

わざわざ知る必要などない。この闇は、フィーならともかく、今のラウラが知るには深すぎる。

 

「む……そうか。気が変わったらいつでも相談に乗るぞ」

「ん、ありがと。その気持ちだけで十分だ」

 

顔に笑顔を浮かべれば、ラウラも安心したように微笑んだ。

湖からの風が二人の体を叩き、冷気を寝巻きの中に吹き込む。

二人揃って寒さに震え上がり、腕をさすっていると、ふと背後から大きなブランケットがふわりとかけられた。

 

「全く、夜中に出て行ったかと思えば……風邪を引く

ぞ、ラウラ。ウィステル嬢も」

「父上」

 

見上げると、そこにはラウラと同じ色彩を持つ男性────アルゼイド子爵が居た。

ラフィ達とは違い、寝巻きの上に上着も軽く羽織ってきている。どうやらこのブランケットは子供達のために持ってきたものらしかった。

 

「すみません、娘さん引き留めちまって」

「フフ、構わぬ。友人同士積もる話もあるのだろう。私とてラウラに漸く対等な同性の友人ができて安心しているのだ」

 

一つのブランケットの両端をそれぞれ握るラウラとラフィは互いに目を合わせ、笑って、頷く。

すると子爵は大きな手を二人の頭の上に乗せ、ゆっくりと撫で始めた。

 

「今日はもう夜も遅い。二人とも、体が温まったらすぐに眠るように」

「はい、父上」

「……ウス」

 

それだけ言い残して、子爵はゆっくりと階段を登り、屋敷へと帰っていく。

頭に残る温もりを感じながら、ブランケットを分け合う友に聞こえるくらいの小声で、ラフィは耳を赤くして呟いた。

 

「……勘弁してくれよ……」

「どうやら父上にとって我らはいつまでも子供らしい。私も夕方には抱きしめ、撫で回された」

「あたしなら恥ずかしくて突き飛ばすね」

「……出来ると思うか?」

 

《光の剣匠》を、突き飛ばす?

……自分で言っておいてなんだけど、無理だな。

 

そう結論づけたラフィは首を横に振って、ミルクティーの髪を思い切りガシガシと掻いた。

 

「……部屋、戻るか」

「うむ。明日に備えよう」

 

二人は階段を登って扉を開き、屋敷の中へと消えていく。

星空は瞬き、霧の晴れた湖面には美しい空とローエングリン城が、鏡写しに映っていた。

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