事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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五十話 聖女の城

「ったく、BPは昇給にも関わるから大事って自分で言ってたくせに……」

「姉ちゃん、これドコ?」

「見せて……ン、これなら右から2番め」

 

ブツクサ言いながら計算機を叩く昔馴染みを横目で見ながら、ユーシスは山と積まれた書類を時系列順にファイリングしていく。

あれほど座学を嫌っていたラファエラがこんなにテキパキ書類を捌くようになるとは、きっと数ヶ月前の己が見ても信じられないだろう。

 

「ユーシス」

「最後か」

「ウン」

 

その言葉の通り、ラフィの手元は綺麗さっぱり机の木目が顔を出していた。

手渡された十数枚の書類を受け取れば、彼女は椅子から立ち上がり、エマとラウラの元へと歩いていく。

 

「どう?行けた?」

「えぇ、なんとか」

「そちらも終わったようだな」

「あァ。まさかこんなに早く終わるとは」

 

外から差し込む光はすでに赤く、一日の終わりが近づいていることを知らせていた。

やはり人海戦術は正義。すっかり綺麗に片付いた机の上を見て、うんうんと頷いた。

 

「それにしても、トヴァル殿はこの量を一人で処理しているのだな」

 

こちらも書類を片付け終わったらしいガイウスが、イクスを背中にぶら下げながら三人に近づいた。

 

「そうなるんだろうな。他の支部なら受付の人がこういう雑用を受け持ってるんだけど」

「うむ。その上で他の地方にまで顔を出しているのだから恐れ入る」

 

あちこち飛び回っている様子は、リベールで知り合った正遊撃士達を思い出させる。アネラスやカルナといった地域密着型の働き方をしている者もいるが、どうしてもラフィにとって印象深いのは共に旅をしたシェラザードにアガット、ジン達になるのだ。

 

(……まァ、こうして支部を一人で回せてるのはトビー先輩の要領の良さが仕事してるとこはあるかも)

 

アガットやエステルが書類仕事をしているところは、正直に言って悪いが想像もつかない。

改めて帝国に残ったのがトヴァルで良かったなと、誰が返事するでもない遊撃士協会に心の中で呟いた。

 

「ふと思ったのだが。やはり、"遊撃士"というものは必要なのではないだろうか」

 

ガイウスの疑問に、エマとラウラは黙り込む。

遊撃士協会ができる前ならばともかく、帝国にだって2年前までは普通に遊撃士協会が各地に存在していたのだ。50年も土地に根付いてきたそれが突然なくなれば、今まで遊撃士が解決してきた困り事は誰が解決するというのだろう。

 

「そうだな。単純に治安維持のサービスだけじゃない……"民間人の保護"を第一とする精神には、ある意味高潔さすら感じられる」

 

いつの間にやら自分の分の書類整理を終えたらしいリィンが、凝った肩を回しながらそう言った。

 

「高潔さ、か……今の貴族が失いつつあるものかもしれぬな」

 

それにラウラが同調し、頷く。

────だが。

 

「いや、一概にそうとは語れんだろう」

「遊撃士にだって守れねェモンもあるさ」

 

ユーシスとラフィが、同時に口を開いた。

 

「被せンなよ馬鹿」

「こちらのセリフだ阿呆が」

 

互いの頬を同時に引っ張りにかかった二人に、エマとリィンが慌てて仲裁にかかる。

やがて落ち着いた幼馴染達は、一人づつ口を開き始めた。

 

「理想的すぎるのだ、遊撃士協会は。公的援助などで運営費を賄うにも限界がある」

 

『今の帝国から排除されるのも当然だったと言えるだろう』と、彼の兄は言ったそうだ。

その名が出た瞬間、ラフィの眉間には深い皺が刻まれたが、気にせずユーシスは彼女に続きを促した。

 

「遊撃士協会規約第三項、国家権力に対する不干渉。要するに、民間人に危機が及ばない限り、遊撃士は対症療法しかできねェワケ」

 

この規約故に、民間人に被害が出るまでは後手に回るしかない。完璧とも思えた遊撃士協会規約も、ここだけが弱点と言えるだろう。

 

「まァ、ルーファスさんの場合は……」

「? 兄上がどうした」

 

ただただ邪魔だったんだろうな、なんて、弟の前では言えず。

「イヤ、なんでも」と肩をすくめて誤魔化した。

 

「……あのさ。犯罪者のわたしが言うのもなんだけど、その議論結論出ないでしょ」

 

なんとも微妙な空気に一石を投じたのは、眠ってしまったミリアムの抱き枕からようやく解放されたヨルダだった。

固まった体を伸ばしてほぐし、少女は姉の懐へぴたりと張り付く。そしてガイウスの背中で遊んでいたイクスも顔をぴょこりと出して、床へと降りた。

 

「そーそー、ヒツヨーかどうかはヒトそれぞれだろ。ボクらにとっちゃウザいことこの上ないだけの連中だったし」

「おにーさん達は実習のレポートもあるんでしょ。終わったならさっさと帰ろうよ……」

 

もう疲れた、とあくびをするヨルダの頭を撫で、姉は友人達に眉尻を下げて微笑む。

それにリィンも頷き、机の上の鍵を手に取った。この遊撃士協会の戸締りをするための鍵だ。

 

「はは、そうだな。ミリアムも起こして、アルゼイド邸に戻るか」

「むう……裏の世界というものは、何故こうも……」

「ラウラさん、考え始めたらキリがありませんよ」

 

そうして一行が片付けを終えて帰ろうとした、その瞬間。

 

「────誰か、誰かいませんか!!」

 

一人の少女が、遊撃士を頼って支部へと訪れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街の子供達が、湖に佇む《ローエングリン城》に行ったきり帰ってこない。

そんな話を聞き、当然のように子供達を探しに行くことを決めたリィン達に付いて来て、女は入った途端にバタリと閉まった扉を見上げていた。

 

リィンにガイウス、ユーシスの男手3人でかかっても開かないそれは、どうやら法術やら魔術やら、人智を超えた何かが関わっているらしい。カタカタと震え始めた剣を宥めながら、ラフィはヨルダを見下ろした。

 

「《手》差し込まねェの」

「やだよ、あんな得体の知れない結界。痺れちゃうかもじゃん」

「そうかァ」

 

まあそりゃあ嫌だろう。誰が何のために張ったのかわからない結界に触れるなど。

やがて痺れをきらしたミリアムが思い切りアガートラムで殴りかかったが────妙な紋様を一瞬だけ見せて、結局扉には傷一つついていない。

ペシペシと《影の手》や洸弾、アガートラムが扉を殴る中、そっと近づいてきたエマに耳打ちをする。

 

「今のは……そっちの分野だな」

「えぇ。相当古い術式のようです」

「解除するとしたらどれくらい?」

「……すみません、私もまだ見習いで」

 

不可能だ、ということだろう。

外からの救援を待つか、それとも。

 

「ラフィ、専門だろ! ちょっと見てくれないか!」

「専門じゃねェし、それあたしでも開けらんねェからな」

 

リィンの訴えにそう冷静に返し、こっちへ来いと手招きする。

てちてちと全員が集合した、次の瞬間。

 

────ゴーン、ゴーン、と。

 

大きな鐘の音が響いた。

 

「ひっ!? なになになに!?」

「さっきの鐘の音か!?」

 

腹の底まで響くようなその音に、自然と超常現象に手慣れた二人の手が武器へと伸びた。

異能故かそう言ったことに聡いヨルダも皆を守るように《手》を広げ、周囲を警戒している。

 

「────左右から、来ます!!」

 

エマの声を合図に戦術リンクを結ぶ。

現れたのは、青い炎に包まれた赤黒いナニカ。それが左右から1体づつ。

 

「最初は雑魚で小手調べって事か」

「ミリアムちゃんが怯えて可哀想なことになっていますし、さっさと片付けましょう!」

 

確かに背後でミリアムがユーシスにくっついてガタガタブルブル震えている。

アレではユーシスも思うように動けないだろう。安心させてやるためにも、ラフィは目の前の霊魂へと向き直った。

 

引き抜いた剣に"力"を込めつつ、一気に矢のようにヒュンと飛ばす。

エマの魔法によるブーストも合わさり、剣は見事に一匹の霊魂を霧散させる。

残り一体だと振り向けば、そちらも見覚えのある《影》でできた剣で貫かれ、消え掛かっているところだった。

 

「うまくいったね、イクス」

「お、おーっ……ナイスアシスト、ヨルダ!」

 

ハイタッチをしているあたり、やはりアレは双子の新技なのだろう。

霊的存在に近いヨルダの影で作り上げた剣は同じく霊的な存在にはよく効くらしい。武器を抜きかけたリィンとラウラ、ガイウスが矛を収めたのを見て、ラフィとエマは二人でゆっくりと仲間達へと近づいた。

 

「今のは一体……」

「あァ。ちょっとした霊魂だな」

「ちょ、ちょっとしたどころじゃないよ〜っ!!」

 

そうは言われても、本当に今のは"ちょっとした霊魂"なのだ。師と旅をしていた頃はもっとヤバいのをバッサバッサと切り捨てていた。

くっついてくるミリアムの頭をぐいと押し遠ざけながら周囲を見渡す。どうやら今の鐘の音で化け物達が城中に湧いたらしく、一人でに動く鎧やふよふよと楽しげに舞う剣があちこちで蠢いていた。

 

「ラフィは師父の関係者だからわかるが……エマもこういったことには詳しいのか?」

「えっ? あ、はいっ! 実はその、昔から……そう! 霊感がある方でしてっ」

 

ガイウスの問いかけに答えたエマ。あまりにも誤魔化すのが下手すぎる。

 

「マ、そういうことで気配察知はエマに任せた。あたしは仕留める」

「わかりましたけど……あまり過信しないでくださいね」

「了解、めちゃくちゃ頼るわ」

「もう、ラフィさん!」

 

パシリと背中をはたかれても筋力のないエマではそんなに痛くはない。

ケラケラ笑っていると、ふと腰にずどんと衝撃が走った。見下ろせば、エマの腰には碧色が、ラフィの腰には水色が張り付いていた。

 

「どーしたイクス。怖いのか?」

「べ、別に。怖くねーし……だぁっ今は撫でんなっ!」

「ぼぼぼボク、もういいんちょーとラフィから離れないから!」

「ミリアムちゃん……えぇ、二人ともちゃんと守るので安心してくださいね」

 

エマの言葉に安心したのか、子供達は顔を見合わせ、くっつくのはやめて服の裾を掴むだけ掴んだ。

 

 

 

 

この城はどうやら、外側を覆う一枚の大きな結界と、中の部屋を閉じる複数の小結界で構成されているようだった。

そして探索を進める中、一行は小結界の鍵とも言える宝珠を入手する。

リィンの手の上に乗せられたそれを見上げて、ヨルダは眉を顰めた。

 

「う……まぶし……」

「そりゃそんな近くにいたら眩しーだろ」

 

片割れの指摘にしょぼつく目をこすりながら頷き、トテトテと、この場で一番影の大きなガイウスの後ろへと隠れるように入り込んだ。

 

「……それと、アレは……」

 

そう言ってリィンが見上げた先には、士官学院の旧校舎に存在していた、あの赤い扉があった。

確かあの時は勝手に開いて、中の首無し騎士が出てきたのだったか。

 

「確かに似ているな」

「子供達が入り込んだ可能性もある。一度調べてみるぞ」

 

ラウラに続いて壁を調べ始めた一行の後ろ。ぼうっと、ラフィが扉を見上げていた。

カタカタと長剣が震え始める。共鳴するように光り、一人でに鞘から抜け出した

 

「……ラファエラ? おい、ラファエラ! しっかりしろ!!」

 

振り向いたユーシスが、瞬きひとつしないラフィの肩につかみかかる。ゆさゆさと揺らしても、蒼色に染まった瞳は揺らぐことなく扉を見上げている。

そのまま剣は浮遊して扉へ鋒を向け、まるで品定めするように蠢く。

 

『────なぁんだ、空っぽか。ハズレだわ』

 

目元の筋肉を一切動かさないまま、退屈そうな口調で、ラフィは喋った。

次の瞬間、剣は床にカランと音を立てて落ち、ハッと瞬きをした瞳は白夜に戻る。

自身につかみかかった幼馴染の顔を見て、女は不思議そうに首を傾げた。

 

「ユーシス? どうしたんだよ、いきなり」

「まさか……気づいていないのか」

「あ? 何をだよ」

 

不機嫌そうに眉を顰めた後、ラフィは違和感を覚えたのか剣の柄があった場所にふい、と手をやった。

空を切ったと判断し、ユーシスの手を退けて周囲を見渡す。古臭い装飾の施されたそれが足元に落ちているのを見つけると同時に、なんだそんなところにあったのかと剣を手元へと引き寄せた。

 

「チッ、だから勝手に動くんじゃねェって……あ? そうなのか?……はいはい、わかった、わかったから。大人しく鞘に戻れって」

 

手の中でガタガタと震えピカピカ光る剣と対話するような一人言を連ねたあと、女は剣を無理やり鞘へと押し込み、大きな声でリィンの名を呼んだ。

 

「おい、リィン! 中は空っぽらしいし、さっさと他の部屋見に行くぞ」

「え? あ、あぁ。なんでわかったんだ?」

コイツ(天使)がそう言ったんだよ

 

平然とそんなことを言うから、ユーシスはひゅ、と息を呑んだ。

言葉遣いは荒くなったとしてもずっと変わっていないと思っていた幼馴染が、名も知らぬナニカに乗っ取られようとしているようで、去っていく背中に向かっても一切言葉が出なかった。

 

「ユーシスおにーさん」

 

くい、とヨルダがシャツの裾を引く。

見下ろしたユーシスを「酷い顔」と笑ったあと、少女は普段のラフィのように、ユーシスの背をとんと叩いた。

 

「安心してとは言えないけど……わたしも、イクスも、エマおねーさんも、ちゃんと見てるから」

「……あぁ。お前達の姉を頼んだぞ」

「ん、頼まれた」

 

小さな手で胸を自信満々に叩く少女の頭を、ユーシスは毛流れに沿ってそっと撫でた。

 

 






空1st 楽しすぎて やばい
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