事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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五十二話 予感

 

────あのね、ラフィ。ワガママに巻き込んじゃってゴメンね。

 

……何で謝る必要があるんだ。

あたしは巻き込まれたなんざ思ってねェし。

 

────それでも、だよ。

────⬛︎⬛︎⬛︎の力を分けてあげても、辛い思い……させちゃうと思うから。

 

あー、もう! ガキが遠慮なんかしてんじゃねェ!

これで、オリビエさんも、イクスも、ヨルダも、リィン達も……皆助かるんだろ?

 

────……うん。⬛︎⬛︎⬛︎達がガンバれば、絶対に。

 

ならウジウジすんな! 力は使ってこその力だって、爺さんも言ってたんだ。

お前はあたしを使えば良い。あたしの人脈も、あたしの力も、全部利用しろ。

たとえあたしが此処での記憶を覚えていなかったとしても……あたしなら、絶対にお前に協力するはずだ。

 

────……うん、わかった!

 

うし、そのまま脳天気に笑ってろ。

じゃあな、⬛︎⬛︎⬛︎。あたしの活躍、しっかり見てろよ?

 

────うん! ゼッタイ見てるから!!

────ありがとー、ラフィ!!

 

 

 

 

 

 

「……あ……?」

 

「……夢、か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊撃士教会・レグラム支部。

きっちりと皆で整理をした書類の上にぺたりと貼り付けられた付箋を眺め、最後に不備がないかだけをしっかり確認する。

どうやら問題なさそうだ。ふっと笑った女の背後で、ガチャリと遊撃士協会の扉が開かれる。

振り向いた先にいたのは、この街を象徴するような少女────ラウラだ。

手にはいつも通り、実習用の荷物を持っている。

 

「ラフィ、そろそろ駅に」

「ん、了解」

 

ラフィは己の荷物を持って、制服の上からいつもの黒いパーカーを羽織り、入り口で待つラウラの元へと歩いていく。

 

「悪ィ、おまたせ」

「何、最終確認をしてくれていたのだろう。むしろ私が礼を言わなければならぬ」

「やめてよ、これくらい慣れてるし。ラウラは? もう挨拶回りしたの?」

「うむ、問題ない。次に会うのは卒業した後になると皆に話してきた」

「そっか」

 

扉の鍵を閉め、本来ならば依頼が突っ込まれるポストに合鍵をぽんと入れておく。そうして短いながらも懐かしい思い出を思い出させてくれた遊撃士協会を見上げ、ふっと微笑んだ。

 

「ここは、良い街だね」

 

噛み締めるようにそう呟けば、霧の街の令嬢は少し驚いたように目を見開いて、数秒後に満面の笑みで頷いた。

 

「────ああ。自慢の故郷だ」

 

 

 

 

 

 

 

8月30日────特別実習3日目。

帝都でB班と合流し、ようやく辿り着いたガレリア要塞。

西ゼムリア通商会議を控え、どことなく重苦しい雰囲気の要塞は、いつかリベールへの旅路で通った時よりも大きく、暗く見えた。

 

「……で。」

 

ぴき、とラフィの額に青筋が浮かぶ。

苛つきを表すように組んだ腕を指先がトントンと叩き、感情に呼応するように剣もガタガタと震えた。

そうして、目の前でニコニコする人間の首に巻かれた赤いストールを引っ掴み、大きな声で叫んだ。

 

「なんっでお前が居るんだよ、メル!!」

「えへっ♡」

「えへっ♡ じゃねェ!!!!」

 

掴みかかった相手────メルキオルは、口端から舌をぺろりと出して拳を額に添えている。所謂てへぺろポーズ、というやつだ。

苛立ったラフィの平手が容赦なくその頬を襲う。拳じゃないだけマシに思えと紅葉の張り付いた頬をさするメルキオルにふんとそっぽを向いた。

 

「痛いよラフィ〜っ! 仕事帰りの疲れた人間にあんまりな仕打ちじゃないかい!?」

「じゃあ帰れ、今すぐ帰れ!! ほ〜ら疲れてんだろさっさと帝都に帰って寝ろ!!」

「やだね」

 

たった今乗ってきた列車がやってきた方向を指差して吠えれば、メルキオルは首を横に振った。

 

「君と一緒に居たいんだよ、僕は」

「〜〜〜っ……!!」

 

突然真剣な顔でまっすぐ見つめてくるものだから、綺麗な顔に弱い女は首から上を真っ赤にして、お湯の湧きかけたヤカンのような声を上げた。

 

「ラフィ、照れてる」「カワイイところあるじゃない」「ああいうタイプが好みなんですね」「ふむ、あれが内に秘めたる乙女というものか」

「そ、そこッ!! 聞こえてるからな!?」

 

好き勝手言い始めた女子組に指を突きつけ、真っ赤な頬のままラフィは叫ぶ。

ミリアムはよくわかっていないようでポケッとしているが、他の四人はまだニヨニヨとしている。どうやらこのネタで強請る気満々らしい。

 

「大体なメル、お前なんでこんなところに……」

「昨日、共和国で仕事があってさ。"時間もちょうど良い"し、ラフィ達と合流できるかな〜って」

「ちょうど良いって……管理人権限で調整しただけでしょ」

「管理人、ずっこいんだー」

「こらE×E、ホントの事言わないでよ」

 

ラフィの後ろからにゅっと出てきた双子のツッコミに、メルキオルはむっと眉間に皺を寄せた。

どうやら案外この男は自分のことが好きらしい、とラフィはまだ赤い首を気まずそうに摩る。

ちら、とサラを見上げれば、彼女は肩をすくめ、仕方がないと引率のナイトハルト少佐に向き直った。

 

「ごめんなさい少佐、男子部屋にベッドもう一つ用意できるかしら」

「構わないが……同行させる気か?」

 

どうやらこの男の所属組織の名は帝国軍にも轟いているらしい。警戒態勢を崩さないナイトハルト少佐に、サラはまだ一方的な口喧嘩を続けるラフィとメルキオルに視線を向ける。

 

「あの様子じゃ、もうとっくに棘は抜かれているわよ」

 

むに、と頬を伸ばされながら嬉しそうに笑う《棘の管理人》は、まるで普通の男の子のようだった。

 

 

 

 

 

 

まあ、かといって現役犯罪者に軍事演習を含めた機密を見せるわけにもいかず。

ぶー垂れるメルキオルや双子を部屋に置いて、女はサラ教官とナイトハルト少佐に敬礼される赤毛の男を見ていた。

オーラフ・クレイグ中将────帝国軍きっての猛将と名高い正規軍人だ。

眼差しは鋭く、サラ達と話を終えた後、ぎろ、と少年少女を睨み上げた。

 

「っ……」

「なんという眼力……」

 

少し尻込みした子供達の中で、唯一エリオットだけが背筋を伸ばして立ち、全てを諦めたように空を見上げていた。

そうして、二人の赤毛の視線がバチリと噛み合った瞬間。

 

「よ〜く来たなぁ、エリオット〜!!」

 

中将のしかめ面はすっかりフニャフニャに緩められ、にっこりと笑顔がまろび出る。

そして勢いよく走ってきた上に、エリオットに思い切り抱きつき、ぎゅうと腕で締め付けた。

 

「半年ぶりだなぁ、元気だったか!?」

「はぁ……やっぱりこうなるんだ……」

「写真では見ていたが、なかなかカッコいい制服じゃないか〜!!」

 

ぎゅむぎゅむとされるがままなエリオット。

どうやら第四機甲師団の中将殿は相当な親バカらしい。今も息子の腕やら腹やらを揉んで筋肉量を確かめている。

 

「……えーっと」

「聞いてたのと随分違うんですけど……」

「なんつーか、ウチの父さんがあのタイプじゃなくてよかったわ……」

 

あの父親がヒゲをじょりじょり擦り付けてくると考えただけで寒気がする。ラフィだって立派な思春期女子が故に。

まぁ、そんな邂逅がありつつ、恙無く演習は執り行われることとなった。

 

 

ラインフォルト社製、導力式戦車《アハツェン》。

先日オーロックス砦に配備される場面を見たばかりのそれが、実際動く姿を見るのは初めてだった。

的役たる旧式戦車はあまり動かず、実弾で木っ端微塵に破壊されるだけ。砲弾が撃たれる音と、鉄がひしゃげて破られる音があちこちで響いていた。

 

(……少しでも何かが噛み合わなければ、あの日見ていたはずの風景、か)

 

あの日、ラフィは師と共にツァイスに居た。

エステル達が和解役として動き、クローゼが前に出て、最終的にオリビエとカシウスが全てを平和的に解決してしまったという、あの帝国=リベール間の出来事。

リベル=アークを兵器と断じた帝国は、少しでもリベール側が隙を見せれば即座に乗り込み、あの平和な国を蹂躙していた事だろう。

 

(……イクスも、ヨルダも……連れてこなくて正解だったかもな)

 

いくら殺しに慣れているとはいえ、この光景は……あまり幼い子供に見せられたものではないだろう。

 

小手先が通じる世界で生きている二人に、圧倒的にねじ伏せられるような、そんな理不尽を見せては、何かが折れてしまうと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

帝国正規軍の食事はまずい。

そんなことは知っていた。リベールへ出国する際、タイタス門で足止めを食らったせいで一泊したから。

あの時も旅行者に出された食事は固い黒パンと親の仇のように真四角に形どられたコンビーフだった。

 

────だが、たまにカレーが出る日もある。水軍のあるラマール領邦軍からの輸入文化だが、これだけは手放しに誉められる味をしているだろう。

 

今日からオリビエと共にクロスベルへと渡った彼の言葉を思い出す。

今、ラフィの目の前にあるのは大盛りのカレー。なんともスパイシーで美味しそうな香りに思わずごくりと唾を飲んだ。

さて、早速一口。

 

「へぇ、軍の食事にしては美味しいね」

「うっま……程よい辛み……いや、子供にはちょっと辛すぎるか?」

「何? ボクたちのこと言ってる?」

 

パクパクと米と一緒にルーを口に運ぶイクスは平気そうだ。

……だが、ヨルダは少しつらそうだ。先ほどから口をキュッと閉めて、プルプルと手が震えている。

少し待っていろ、と言って、ラフィはガタリと立ち上がった。時間経過と共にピリピリしてくる口周りを軽く舐めつつ、食堂で働く調理員にケチャップを一本貰ってきた。

 

「ほら、混ぜてみな」

「……うん」

 

こくりと頷き、ルーの部分に少しだけ絞り出し、くるくるとかき混ぜる。

食べてみろと促せば、ぱくりとヨルダの小さな口がカレーを飲み込んだ。

 

「あ、辛くない」

「そりゃよかった」

 

ケロリとした様子でカレーを食べ進めるヨルダに、どうやら調理員も安心したらしい。軽く会釈をすればグッドサインが返ってきた。

ヨルダは甘党だ。あまり辛いものは得意ではないのだろう。ほっぺを赤くして嬉しそうに腹を満たす様子は、相変わらず可愛らしくラフィの心を満たしてくれる。

 

「仕事溜まってるかなァ」

「ある程度は片付けてきたからまだマシだとは思うよ」

「へー。珍しく気が利いてんじゃん、管理人」

「ん……むぐ……」

「イクス、頬にルーがついてる」

「え?マジ? 取って取って」

 

貰ったナプキンでイクスの頬についたカレールーを拭う。

もういいぞ、と手を離せば、にっぱり笑って「ありがと」とイクスはいつも通り礼を言って残りわずかとなったカレーに手をつけた。

 

「そういえば、仕事うまく行ったの?」

「まぁ、そりゃあね。失敗したらオランピアとエンペラーに詰められちゃうよ」

「服は? ちゃんと洗ったんだろうな」

「洗ったってば」

「水で?」

「水で。ちゃんと色まで落ちたよ」

「よォし。偉いな、メル」

 

空いた左手でそっとミントグリーンをした短い髪を撫でる。

「子供扱いしないでよ」と手を払いのけられる。確かに同い年なのだから子供扱いは本来するものではないが、この男の生活能力を見たら子供扱いもしたくなるというものだ。

 

「……貴女達、びっくりするくらいにいつも通りね……」

「ん、もう食い終わったのか、アリサ」

「ええ。美味しかったわ」

 

空になった食器を手に、アリサがウィステル一家の席に顔を出した。どうやらⅦ組では彼女が一番最後に食べ終えたらしく、既に部屋に客は5人だけしか残っていなかった。

ラフィも最後の一口をしっかりと味わって飲み込み、ご馳走様でした、と手を合わせる。

 

「ま、クヨクヨしても仕方ねェし」

「そーそー。何を見たかはしらねーけど、みんな落ち込みすぎじゃね?」

「そこまでショゲられると見学の内容、気になるじゃん」

「メルならともかくお前らにアレはまだ早いわ」

「「ケチ!!」」

(僕はいいんだ……)

 

揃って上げられた双子の声に、ラフィはケラケラ笑う。

 

「そんなに気負いすぎんなよ? 戦車だってその気になりゃ生身で壊せンだから」

「何処の超越者の話よ」

「師匠の師匠」

「七耀教会って魔境なのね……」

「ハハ、違いねェや」

 

今度は米粒を頬につけていたイクスに指先だけで指摘し、サッと調理員に礼を言って食器を返す。

実際あの御仁なら一発でそこら辺の装甲車など破壊してしまうだろう。聖痕の力もさることながら、あの人自身の肉体だって筋骨隆々、ご老体とは思えないほどに元気なのだから。

 

「それじゃ、シャワー先に浴びてくるわね」

「ン。また仮眠室で」

 

アリサと別れ、再び元の席へとつく。

どうやらヨルダも完食できたらしく、彼女の前には空っぽになった器がちょこんと置かれていた。

 

「で。結局何だったのさ、演習って」

「新式戦車で旧式戦車を完膚なきまでにぶっ壊す演習」

「うわ、そりゃまた」

 

メルキオルの問いかけに端的に答え、女は食事が終わったからと頬杖をついた。

お腹がいっぱいになって満足そうな双子を横目に、兄姉達は小声で話し合う。

 

「確かに僕はともかく、って内容か」

「マジで凄かった。お前なら余裕で対処できそうな感じだったけど」

「ま、爆弾(古代遺物)を使えば行けそうではあるよね。新式ってことは《アハツェン》?」

「そう」

 

頷いて、背もたれにもたれる。

見上げても、無骨な鉄とコンクリートでできた何の面白みもない天井しか無い。いつも通りの家族と過ごしているのに、何だか不思議な気分だった。

 

「イクス、ヨルダ。食器返してこい」

「「はーい」」

 

姉が促した通りに子供達は空になった食器を持って調理場へと小さな足で歩いていく。

それを見送りながら、女は頬杖をついて、呟いた。

 

「メルはさ。悔しいけど、あたしよりずっと強いだろ」

「まあ、そうだね。か弱い君も可愛いと思うけど」

「う、るせェな……」

 

少し赤くなった頬を隠すように、ミルクティーの髪がサラリと流れ落ちた。

 

この実習中、何かが起こるような……そんな気がするんだ

「何かって?」

「わかんねェよ。漠然とした、妙な予感だ」

 

まァ、実習で何も起こらなかったことなんか無いんだけど。

そう言ってラフィは肩をすくめた。

バリアハートの実習から感じるようになった、妙な予感。それが、これまでに無いほどざわついている。

何か大きな物語が始まるような、そんな……何処となく浮ついた感覚。

きっと、それは明日に起きると、根拠のない確信があった。

 

「何かあった時は、頼りにしてるから」

 

メルキオルは、己よりもずっと強い。

きっとその気になれば、ラフィも、双子も、Ⅶ組全員も守れるだろう。その結果が血の海だったとしても。

だから、頼りにしている。そう、真っ直ぐに伝えた。

 

「………………」

「……おい、なんか言えよ。黙られると気まずいだろ」

「いや……何ていうか。本当に君って子は……」

 

じろ、と睨みあげれば、贈ったストールで隠された首筋と耳が、気のせいかほんの少し色づいている。紅玉を宿す目尻は、その延長上だからかポッと赤色が咲いていた。

────どうやら照れているらしい。

 

「ばっ、おま、なん……!?」

「姉ちゃん見て! キャラメルもらった!」

「イク、ス……ん、よ、よかった、な。うん。美味そうじゃん」

「だろー?はい、これ姉ちゃんの分」

 

イクスからキャラメルを一つ手渡され、ようやく落ち着いたらしい姉はそっと優しく弟の頭を撫でた。

その様子を見ていたヨルダは、そっと管理人へと近づき、こちらもキャラメルを目の前の机へとポンと置いた。

 

「……はぁ、さっさとくっついちゃえば良いのに」

「ん? ヨルダ、何か言ったかい」

「なんでもないでーす」

 

メルキオルにお決まりの言葉を返し、妹は自分の分のキャラメルを口に含みながら、早く行こうと姉の服の裾を引っ張った。

 

 

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