事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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五十六話 白き花の

「こんな格好で悪ィな」

 

ベッドのヘッドボードにもたれながら、ラフィは目の前の少女二人と男性に向かって眉尻を下げた。

 

「いえ、重度の筋肉痛に貧血とは両殿下から聞いていましたから」

「そうだよ、ゆっくり休んでないとー」

「これでも昨日よかだいぶマシにはなってんだけどなァ」

 

少女二人はうんうんと頷き、ラフィが手慰みに手元で剥いたリンゴを頬張る。

 

「で、お前さんは帝都の事件屋……だったか」

「あァ。ラフィ・ウィステルだ、よろしく」

「オレはランディ・オルランド。こっちがティオ助とキー坊」

「ちゃんと名前で呼んでください。ティオ・プラトーです」

「キーアはキーアだよ!」

 

赤髪の男性がランディ、猫耳のようなデバイスを頭につけた少女がティオ。天真爛漫な女の子がキーア。

で、先ほどワジと一緒に伸ばしてしまったうち、茶髪がロイド、桃色のがノエル、銀髪がエリィ。

ざっくりとは覚えた。クロスベルを救った英雄、特務支援課。まさかワジがその仲間入りするとは思っていなかったが、どうやら楽しんでいるようで何よりだ。

 

「いやー、お前さんが砲弾を消し飛ばした時はびっくりしたぜ」

「まさか空を飛んでくるとは……帝国の新技術というヤツですか」

「まさか。どっちかっつーと古びて苔の生えてる方」

 

ティオの質問に答えると、ガタガタと長剣が暴れる。どうやら古びて苔の生えた存在という言葉に抗議しているようだ。

 

「チッ……自分が都合の良い時だけ反応しやがって」

「そりゃロングソードか?」

「あァ、こんなナリだが一応古代遺物になる」

 

古代遺物というには少々導力仕掛けが足りないように思えるが、まあいいだろう。古代ゼムリア文明の遺産であることに変わりはない。中には持っているだけで嘘を信じ込ませるロケットとかいう謎アイテムもあるのだから大丈夫だろう。

 

「で、何か用でも? 大方そこの馬鹿が見舞いに来たいって言ったんだろうけど」

「フフ……よくわかったね……さすがラフィ……」

 

どうやら導力魔法で怪我が治ったのか、親友はふらふらとベッド脇にやってきて、どさりと遠慮なく白いシーツの上に座った。

 

「わかるに決まってンだろ。5年も付き合いがあるんだから」

「僕がどれだけ心配したかはわかってないだろうけどね」

「ハァ? テメェが心配なんかするタマかよ。どうせ今回だって面白がって来てるに決まってる」

「ほらわかってない。酷いと思わないかい、ロイド」

「え、俺?」

 

ワジに放った攻撃の流れ弾を喰らってしまっていたロイドが突然振られた話題に驚いた。

そうしてワジとラフィを交互に眺め、しばらく腕を組んで迷った後……

 

「確かに、夜も眠れていないようだったし、心配はしていたと思うけど……」

「え!? この愉快犯を固めて焼いて陶器にしたようなヤツが!?」

「いや言い方……じゃなくて。来る時はすっかりケロリとしてどう揶揄ってやろうかな、って言っていたよ」

 

なるほど、そこに全力で揶揄って遊べる話題が降って湧いて来たから聞き耳を立てていたと。

……この男、やはり世のために一度〆ておいた方がいいかもしれない。

 

「まぁまぁ落ち着いて。君で遊びたかったのも事実だけど、安否確認をしたかったのも本当なんだよ」

「嘘くせ〜」

「本当さ。ニナも心配していたから後で通話を繋げてあげるといい」

 

今はちょうど首都に帰って来ているみたいだよ、とワジはもう一人の友人の所在を告げる。確かに、彼女はかなりの心配性だから、流石に一回くらいは連絡を入れておかないと。こっちに鬼の着信が溜まりかねない。

 

「……ねえ、ラフィ」

 

ふと、キーアが女の名を呼んだ。

 

「ん? どうした、チビッコ」

 

双子と同じか、少し上。そんな印象を抱かせるキーアに、ラフィは白夜の瞳を細め、そっと黄緑色の髪を撫でた。

 

「ちゃんと見ててね、キーア達のこと」

「見てて、って……特務支援課のことなら帝国時報にも度々乗るから見てるけど」

「ウン、それでいーよ!」

 

満面の笑みを浮かべた幼女に幼い子供の考えることはよくわからんと頭をひねる。見ていろと言うなら、次からはクロスベルタイムズも毎月取り寄せてみるか。

 

「姉さん達も、悪かったな。コイツの巻き添え喰らわしちまって」

「いえいえ、盗み聞きしてしまったのも事実ですから」

「ええ。おそらく加減もしてくれていたでしょう?」

「……まァ、病院で怪我人増やしたら悪いんで」

 

本当は本気でぶっ放したかったが、場所が場所な上に星杯騎士(ワジ)基準の攻撃は少しまずいと思ったのだ。

 

「お詫びと言っちゃあなんだけど、なんか困ったことがあったらなんでも一つ、タダで依頼として受けさせてもらうよ」

 

事件屋ウィステルをどうぞご贔屓に。

そうウィンクをキメると、横からパシリと頭をしばかれた。リースの手だ。

 

「その前にちゃんと傷を完治させて」

「……ハイ……」

 

ごもっともなお叱りの言葉を食らって項垂れる事件屋を前に、クロスベルの英雄達は眉尻を下げて苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1204年、9月18日。

聖ウルスラ医科大学のとある一室で、妙齢の女性が、酸素を送るための導力器や点滴をつなげられた状態で眠っていた。

常に回復アーツを作動する導力器の駆動音が響く中、ラフィはじっとその女性の顔を見つめていた。

 

トリシャ・レーグニッツ。マキアスの従姉で、かつて己が見かねて助け舟を出した男の婚約者だ。

長いこと植物状態が続いていると言うのに、美人であることは変わらない。眠っていてこうなのだから、起きて喋って、笑って見せれば花が開いたかのように錯覚しそうだ。

 

退院のための荷物をまとめて、リースが取って来てくれたいつものリュックサックに入れたものを床へと置き、ベッド脇の見舞客用の椅子へと座る。

傍に生けられた花はまだ瑞々しい。定期的に婚約者の男が見舞いに来ていることはマキアスから聞いていた。

 

「……早く起きてやりなよ。あんたの家族、ずっと待ってるんだぞ」

 

そっと眠る彼女の手を握って、ラフィは小さく呟いた。

ぴくりと反射で握った手が動く。未だ彼女が脳死と判定されない理由がこれだ。

脳幹や小脳が生きている、とか。看護師達は難しいことを言っていたが、とにかくまだその魂は女神の御許へは登っていないらしい。

 

「ラフィ、ここに居たか」

「おう。久しぶり」

 

すっかり筋肉痛も無くなった体を軽々と動かし、片手をひょいとあげる。

噂をすれば影、と言うヤツだ。入り口のドアを開いたマキアスは落ちて来たメガネをクイ、と上げた。

 

リースは既にケビンからの指示でクロスベルを駆け回っている。別に退院の処理と帰宅くらい一人でできるが、マキアスが丁度いいから、と迎えにくることになったのだ。

 

「本当は父さんも来たがっていたんだが」

「流石に帝都知事は忙しいだろ。今日普通に平日だし」

「ああ。だから、父さんの分までしっかり見舞いをしないと」

 

そっと力の入っていない手を握りしめ「トリシャ姉さん」と、マキアスは眠る彼女の名を呼んだ。

またぴくりと小指が動くが、穏やかに呼吸を続けるトリシャが目覚める気配はない。

するとマキアスはそっとラフィの手を取って、トリシャの手に重ねる。

 

「わかるかい、姉さん。彼女はラフィ。アーサーさんを助けてくれた人だよ」

「助けたって言うか、あたしも私怨だったし」

「それでもあの人が助かったことには変わりないさ」

 

平民の女から奪い取った男を自慢して、平民の血が流れる自分を見下して突っかかってくる、到底誇り高い貴族とは思えない大馬鹿ものがいい加減面倒になっただけなのだ。別に父にチクるくらいいつでもできた。から、ただのタイミングというものだろう。

 

「看護師さん達によると、最近かなり反応が多くなって来ているそうなんだ。そのうち目覚めるかも、って」

「そっか……早く起きるといいな」

「ああ。もう一回、もう一回だけでいいから、また話せたら……」

 

マキアスは入院中に随分と伸びたらしいトリシャの髪をそっと体の下から避け、肩にかける。

 

「……トリシャさんが起きたら、家族で一緒にあたしのバイト先に来いよ」

「え……」

「コーヒー4杯くらいなら奢ってやるさ」

 

マスターのブレンドは帝都一美味しいのだから。

そう言って、テンテンと筋肉がすっかり無くなったトリシャの腕を撫でる。またぴくりと手が動いた。

 

「……ああ。約束だ。な、姉さん」

 

彼女は 、穏やかに呼吸を繰り返していた。

 

 

 

そのまま病院の受付で退院のための書類や料金の支払いを終え、世話になった看護師に顔を見せてから、クロスベル市内へと戻った。

 

そのまま大陸横断鉄道へと乗り込み、帝都へと向かう列車の中。

 

「へェ、《G》は捕まえたんだ」

「ああ。ひどく抵抗したそうだが、特務支援課が捕えたらしい」

 

帝国時報と、ついさっき買って来たクロスベルタイムズを二人で開き、情報交換を行なっていた。

双方共に大きく通商会議のテロ事件について取り上げられており、誌面の表紙はそれで埋まっていた。

 

それによれば、宰相閣下と共和国大統領にはそれぞれ私兵が居たらしいが、双方とも列車砲の対応に追われてテロリストをクロスベル警察に任せる形になったらしい。

これがあの食えない宰相殿の狙い通りかどうかは、さて。

 

「今は正規軍の監視下で尋問を受けているとナイトハルト教官が仰っていた」

「うへェ、正規軍の尋問とかキツそ〜……」

「領邦軍も平民相手なら大概だったぞ」

「経験者は語るじゃん」

 

バリアハートの実習の時に実際に少しだけ尋問されたらしい。殴られ蹴られもしたようで、あの時眼鏡が割れていなかったのが奇跡と言えるだろう。

 

「思えば、あたしらがこうして友達みたいに喋ってんのも不思議だよな」

「友達みたいって、僕はもうそうだと思っていたが」

「え……それは、なんというか。光栄かも」

「全く、君は人の好意に疎いところがあるな……それで?何故不思議なんだ」

 

帝国時報を閉じて、マキアスは視線で続きを促す。

ラフィもクロスベルタイムズを閉じて、クルクルと髪飾りでまとめた毛束の先を弄った。

 

「ほら。あたしは貴族派筆頭の娘で、マキアスは革新派筆頭の息子だろ」

「本当の筆頭は宰相閣下だろう」

「でもあの人子供いないじゃん。……昔見たお芝居で、同じような状況の友人同士が立場のせいで殺し合う、ってシナリオがあったから」

 

白き花のマドリガル。

100年ほど前のリベール王国で起こった実話を元にした創作劇だ。

元は幼馴染同士だった平民革新派の騎士オスカーと貴族保守派の騎士ユリウスが、当時の姫・セシリアの夫の座とリベールの行末を背負って決闘をする。そんなシナリオだった。

まあ、劇の特徴が男女逆転劇かつ登場人物が知り合いばかりだったというインパクトが大きすぎたせいで細かい内容はあまり記憶に残ってはいないが。

 

「今こうして、あたし達が穏やかに話せてるのも……内戦が始まれば、変わってしまうかもしれない」

 

あの時。

列車砲が放たれた、その時。

視界の端に、確かな戦火が見えた気がしたのだ。

 

「……フ、」

「マキアス?」

「あはははっ! いきなり何を言い出すかと思えば!」

「はァっ!? ちょ、なんで笑うんだよ!!」

 

いきなり大口を開けて笑い出すから、思わずその膝をどつく。

それでもクスクスと小さな声で笑いながら、生理的な反応で出たらしい涙を青年はメガネを避けながら拭った。

 

「まさか君からそんなしおらしい言葉が出るだなんて思いもしなかった!」

「し、しおらしい……」

「いやだって、君がお父君に黙って従うわけがないだろう」

 

確かな確信を持った様子で、マキアスはそう言った。

 

「君はきっと、君の今の家族と僕ら友人のために、たとえあのカイエン公が相手だったとしても、足掻いて、足掻いて、足掻き倒す。そんな人だ」

「……そう、だね」

 

自分としたことが、少し弱気になっていたみたいだ。

確かに、たとえ父の己に対する優しさが昔から変わっていなかったとしても。父をどれだけ愛しく思っていようとも。

 

「あたしとしたことが、初心を忘れていたみたいだ」

 

父が間違っているのならば、父が大切な人たちを迫害するのならば。

どこまででも、抗ってやる。

そう家出した時に決めたではないか。

 

「ふふ、いつのまにこんな信頼を寄せてもらっていたんだか。事件屋なんて正気とは思えないって言ってたのにな」

「ぐ……あの発言は、その。申し訳なかった」

「いいよ、あたしもこのネーミングは正気じゃないとは思ってるし」

 

事件屋といえば、本来は共和国あたりの裏社会で行う後ろめたい稼業のことだ。

たまたまラフィが昔から"バイト"で遊撃士もどきをやっていた時によく事件に巻き込まれるから、とついた渾名だったから、本来の意味とは擦りもしないが。

 

────間も無く、トリスタ、トリスタ。 御降りの方はご準備ください────

 

「っと、もう到着か。一応みんなに顔を見せに行くかい?」

「ウン、そうしようかな。心配かけたみたいだし」

 

荷物を置き場から取り、それぞれのカバンに情報誌を詰め込む。

やがてゆっくりとトリスタ駅に停まった列車から立ち上がり、友人二人は冬支度の始まったトリスタの街へと降り立ったのだった。

 

 

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