「────学院祭?」
喫茶店のカウンターで水洗いした皿を拭くラフィが、目の前でコーヒーを嗜むリィンにそう問いかけた。
「ああ、10月にあるらしくて。俺たちも出し物をすることになったんだ」
「そうか……なんか懐かしいな」
「懐かしい?」
首を傾げたリィンに、女は拭き終わった皿を食器棚に戻しながら、ぽつぽつと話す。
「昔、ジェニス王立学園の学園祭に行ったことがあってさ」
「へぇ、リベールの」
「そうそう。男女逆転劇とか、導力相性チェッカーとかあってめちゃくちゃ面白かったんだよ」
ラフィ自身、あの時はルーアン市長の古代遺物不法所持疑いの一件でたまたま師と共にルーアン地方へ居ただけなのだが、たまたま知り合ったエステルやクローゼに誘われ、学園祭を見物させてもらうことになったのだ。
あの頃はラフィもまだ15歳。お祭り事にはワクワクする年頃で、珍しくはしゃいでんな、とセリスに笑われてようやく自覚するほどテンションが上がっていた。
「だ、男女逆転劇か……流石に俺たちじゃ無理があるな」
「そうか?まだイケると思うけど」
「……エリオットの事だよな? 頼むからそうだと言ってくれ」
「いや普通にリィンも」
普通にセシリア姫衣装も似合いそうだ。黒髪だし、割と女顔だし。なんならあの時ヨシュアが身につけていた衣装を流用しても違和感ないだろう。
ユーシスだって、黙っていれば案外お耽美なのだから、ちょっと化粧をしてヘアピースをつければ女子顔負けの美少女になるはず。ガイウスやクロウはちょっと厳しいだろうけども。
女性陣だって、ラウラなんかはかなり需要がありそうだ。フィーも割とボーイッシュだからそのまま男の子を演じられそうだし。
「と、とにかく。男女逆転劇はナシ! 大体内容だってもう決まってるんだからな!」
「「えー」」
「えー、じゃない! って、メルキオルまで……」
「面白そうな話してるじゃない、って思って」
他のテーブルを拭き終えたメルキオルがストンとリィンの隣に座る。
「女装かぁ。昔仕事でもやったなぁ」
「うわ似合いそう」
「確かに。線も細いし」
「あら、そんなに褒められては照れてしまいますわ♡」
「待て今お前どっから声出した」
突然目を瞑れば女性が喋っているかのような声を出したメルキオルにリィンとラフィは目を剥いた。恐ろしく違和感がない。
そんな二人の様子に、メルキオルはケラケラと笑った。
「コホン……で、結局何やるんだ?」
「あ、ああ。トワ先輩が去年やったライブの映像を見せてくれてさ」
「えーと……ライブって?」
「確か、ロックとかポップスとかの演奏会の事だったか」
「そうそう。クロウとエリオットがロック曲の楽譜を見つけてきてくれたんだ」
まだ譜読みの最中なんだけど、と言ってリィンは鞄から数枚の楽譜を取り出した。
「
「I swerって昔流行った歌謡曲じゃなかったっけ?」
「よく知ってるな。この曲はアンコール用なんだ。エリオットが一応練習しておいた方がいいって」
導力ギター用の譜面が連なるそれを眺めて、メルキオルはタイトルをそのまま読み上げた。
ふと心当たりを思い出したラフィの言葉にリィンが頷く。
I swer。オリビエが度々ピアノで演奏しているあの曲だろう。弾き語りしてくれた時に知った歌詞が印象に残っている。
聞くと、あの太陽のような彼女と月のような彼を思い出す、不思議な曲だ。
「そういえば、ラフィは何か楽器とかやってないのか?」
「一応、ギターをちょっとだけなら」
「僕、君がよく寝る前に弾いてるあれ好きなんだよね……えっと。曲名なんだっけ」
「星の在り処、な」
「そうそう、それそれ。星の在り処」
マスターのお古を譲り受けたアコースティックギターなら、多少の心得はある。
せっかく弾くなら、とオリビエにヨシュアがよくハーモニカで奏でていた星の在り処の楽譜をもらって、弾き語りできる程度には上達した。いつかヨシュアと再会した時にセッションするのが今の所の目標だ。
元が子守唄のようなものだから、双子があまり寝付けないと訴える日に弾いていたのをメルキオルに聞かれたのだろう。
「へぇ、確かによく似合いそうだな」
「でしょ〜? ギターを構えたラフィ、本当にカッコいいんだから」
「お前は何目線なんだ一体」
おかわり、とリィンが差し出してきた飲み終えたコーヒーカップを受け取り、いつも通り沸騰したお湯を少しずつ注ぐ。軽く蒸らしてから入れるのがコツだ。
常連客に呼ばれたメルキオルが去って行ったのを目で追いつつ、蒸らした粉越しに湯をカップへと注ぐ。
「ちなみに歌とかは、」
「人前ではヤダ」
「そうか……」
コイツ、学院祭に巻き込むつもりだな。
じとりとリィンを睨めば、企みがバレたことに気がついたのだろう。にへらと笑って、青年はカウンターへと体重をかけた。
「ラフィだってⅦ組の仲間なんだから学院祭くらい一緒に楽しみたいと思って」
「仲間って……特別実習しか一緒に行ってねェだろ」
「あんなに俺たちに食い込んでおいて薄情だな」
コーヒーを受け取ったリィンはむうと膨れ、9月も中旬になり冷えてきた手を温めるようにコーヒーカップに手を添えた。
まぁ、昔馴染みもいるし、かなりⅦ組に情が湧いているのも事実だが……なんだかサラが計画通りとニヤついているのが見えて嫌だ。ラフィはゲンナリと次の水浸し皿へと手を伸ばした。
「え〜、ボクもラフィくんがステージで歌って踊ってしてるところ見たいナ〜⭐︎」
「だから歌うのは嫌って言ってんだろSクラフトぶっ放すぞ……え?」
カウンターから聞こえてきた調子のいい言葉に思わず皿を拭いていた手を止める。
いつの間にやらリィンの隣にちょこんと座った、見慣れた金髪。
白を基調とした衣服に身を包んだ、お忍びの皇族がそこにはいた。
「うわァ!?オリビエさん!?」
「殿下!? いつのまに!?」
「やあ、約束通りコーヒーをいただきに来たよ♡」
ひらりと普段は楽器を握る手が振られる。
落としかけた皿を慌てて引っ掴み、一旦水切りカゴへと戻す。割ってしまってはマスターに叱られてしまう。
「それとリィンくん。今のボクはオリビエ・レンハイム……天才演奏家兼愛の狩人さ。殿下はやめてくれたまえ」
「は、はぁ……わかりました」
バチリとウィンクをキメたオリビエに、リィンは少しだけこぼしてしまったコーヒーを紙ナプキンで拭き取り、精神を落ち着かせるようにコーヒーを口に含んだ。
右手にメルキオル、左手にオリビエ。随分濃い両手に野郎だな、とラフィは口端が引き攣るのを感じた。
一度食器棚に拭き終えた食器を戻し、再び振り返る。カランコロンと鳴った扉から、リィンとは違って癖のない黒髪を持った男性がピキピキと額に青筋を立てながら店内へと入ってきていた。
「オ〜リ〜ビ〜エ〜〜……!!」
「やだ、ミュラーくんったら。お顔が怖くってよ」
「誰がそうさせているか!!」
あろうことか主人の胸ぐらを引っ掴み、ぐわんぐわんと揺らす、私服姿の男────ミュラー。どうやらオリビエがお忍びで喫茶店まで来たのに合わせて着替えたらしい。
この二人のこのやりとりを見るのも久々だな、と少し懐かしく思いながら、オリビエの右手に握られた紙袋に入っている、皇室御用達の店のクッキーに合うであろうコーヒーの粉をいつもの棚から引き出した。
「まァまァ、ミュラーさん。今コーヒー淹れるんで、一回座って落ち着いて」
「む……すまない、見苦しいところを見せたな」
「いや、むしろ女王生誕祭を思い出して懐かしいっつーか」
「そういえばあの時は君も遊撃士協会に居たか」
懐かしいな、と二人で思い出に浸る。
生誕祭当日、色々あって遊撃士協会に居たら突然エステルとヨシュアがウキウキのオリビエを連れてきたかと思えば、後から来たミュラーがあっという間にオリビエの首根っこを引っ掴んで回収して行ったのだ。あれはプロの技だった。
……どうやらエステル達の正遊撃士になって最初の仕事だったらしい。本当にアレで良かったのだろうか。
「ちょっとお二人さん? ニガ〜い思い出で旧交を温めないでもらっても良いですか?」
「フ、あの頃のシスター見習いが随分と成長したものだ」
「そりゃ、2年も経てば成長もしますって。育ち盛りだし」
「おーい? ラフィくん? ミュラーさぁん? お〜〜い?」
やかましい兄貴分を黙らせるために、女は二人の目の前へコーヒーを差し出した。
マスターがこの前競馬で勝った資金で研究し、作り上げた新作だ。きっとオリビエのクッキーにもよく合うだろう。
そんな様子を見ていたリィンが、フッと微笑んだ。
「なんというか、本当に仲がいいんだな」
「共にあらゆる事件を乗り越えた仲だからね。クーデター、浮遊都市、影の国……今でも鮮明に覚えているとも」
「あたしはアンタの正体教えてもらえなかったけどな」
「キミの前ではただのオリビエで居たかったのさ」
上手いこと言いやがる。
げんなりしたラフィはふうと息を吐いて、オリビエに差し出されたクッキーをひょいとつまみ、ぱくりと食べた。
「ん、おいし」
「だろう? ところで学院祭の話だけれど」
「出ない」
「10万!」
「出・な・い」
「くっ、20万!」
「額の問題じゃねェよ」
指で2を作ったオリビエに、女はじとりと半目になる。金次第でなんでもやる猟兵じゃないんだから。
それに、事件屋ウィステルの料金は1時間2000ミラ。時給式で、最後にまとめて後払いだ。料金交渉されても協力する時間が変動するだけである。
「俺としては参加者として学院祭を楽しむ君も見てみたいとは思うがな。セリス殿も誘えば見に来てくださるだろう」
「それが一番イヤなの!」
「む……そうだったのか」
驚いたように目を丸くするミュラー。
思わず額に手を添え、首を横に振る。この人ときたら、思春期の乙女の思考をちっともわかっちゃいない。オリビエは分かった上でからかっている時点で論外だ。
誰が好きで舞台に上がった姿を保護者に見られたいと思うのだ。ラフィにとってライブや舞台は見る専門なのだから。
「まあ、気が変わるかもしれないし。参加したくなったらいつでも言ってくれ!」
「……気が変わったら、な。ありえねェけど」
水切りカゴに残った最後の皿を拭き終え、食器棚に戻し、ラフィはリィンにそう返した。
「リィンくん、まずは双子達を先に落とすと良い」
「はい、殿下!」
「オリビエさんコーヒーおかわりナシな」
「そんなひどぉい!?」
すっかり空になったオリビエのコーヒーカップをよそに、スッと差し出されたミュラーのカップを受け取り、次のコーヒーを淹れる。
七耀歴1204年、9月の20日。秋晴れの綺麗な空に、心地の良い風が吹いていた。