事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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6章、開幕


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六章 海都へ響く鎮魂歌
五十九話 天翔る赤き翼


「ねぇ、クロワール!見てちょうだい!」

 

ミルクティー色をした真っ直ぐな髪が、潮風を受けてたなびく。朝焼け色の綺麗な瞳が私をまっすぐ見つめ、それと同じ色をした空を背に両手を広げた。

青く透き通った翼から抜け落ちた羽が暁光を乱反射させて、キラキラ輝いている。

 

「美しい街────わたしたちのオルディス。みんなが日々を笑顔で生き、穏やかに呼吸している」

 

その日、私は知ってしまったのだ。

復讐よりも、何よりも、ずっと大切なものを。

きっと彼女を知らなければ、ずっと知らなかったはずのものを。

 

「ちっぽけな先祖の野望より、ずうっと素敵なものでしょう?」

 

朗らかに微笑む美しい天使は、私の心をいとも容易く奪ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七耀歴1204年、9月25日。

あっという間に日々は過ぎ、もう次の特別実習の日である。

秋も深まり、気温も低くなってきた。再び冬服に戻った制服に袖を通し、ラフィは双子と共にトリスタへと降り立った。

依頼も少なく退屈で干からびそうだったイクスも久々にイキイキとしている。お気に入りことマキアスに会えるからだろうか。

 

「それにしても、集合から一緒って珍しいね」

「そうだな。いっつも大体列車合流だし」

「んなことどーでもいいじゃん。早く行こうぜ!」

「はァ……あたしは憂鬱だよ……」

 

今回ラフィが同行するのは、B班────行き先は、海都オルディスである。そう、実質二回目の里帰りだ。

父や第四柱の動向も気になっていたから、ちょうどいいといえばちょうどいいのだが。いかんせんやはり飛び出してきた故郷にのこのこ帰るのは我ながらちょっとダサいとは思うのだ。

 

「まァいいや、こないだほどは抵抗感ないし────ぶっ」

 

さっさと行ってさっさと終わらせる。

学院へ行くために教会の前を通った際、そう言おうとして─────突如視界が阻まれた。

立ち止まった姉に驚いたのか、双子がペチペチと手を叩く感触がする。

いや、たしかこの現象は……

 

「やぁ、ラフィくん」

 

突如左側から聞き覚えのある声がした。

 

「げェっ、副長センセー!?」

「げぇとはなんです、げぇとは」

 

副長────そう、星杯騎士団が副長、トマス・ライサンダー卿だ。ラフィにとっては日曜学校の教師役をしてくれた人でもある。今はトールズに潜入している、と言う話は聞いていたが。

《匣》と呼ばれる結界のようなものを操る聖痕を持っており、今ラフィの頭だけを包んでいるのもその《匣》である。こうやって頭だけ包むときは説教の時か、秘密裏に何か伝えたいことがあるときだ。

 

「いきなり《匣》してなんスか。あたしなんも悪いことしてませんよ!」

「すっかり怒られが染み付いていますね。軽率にやりすぎたでしょうか」

 

警戒心の強い教え子に頭を抱えたように声が震えた。これをされるときは大体怒られていたのだから仕方がないだろう。

悪さをやらかしたニナとワジとラフィが三人並んで《匣》で頭を包まれ廊下で正座しているというのは星杯騎士団じゃあわりかし日常茶飯事な出来事だった。

気を取り直して、と副長が咳払いをする。

 

「君がオルディスに一度帰ると聞ききまして、少し確かめておきたいことが」

「確かめときたいこと?」

「ええ。少々失礼します」

 

副長の声がそう告げると、《匣》の内側がピカッと光った。

ラフィはこれに覚えがある。無断でニナを連れ出した時にどのルートを使ったか脳内の記憶を辿って見られた時のヤツだ。

この人は一体何ができないんだろうなと考えつつ、記憶の走査が終わるのを待つ。この時に暴れると総長に尻を引っ叩かれて痛かった思い出があるからあまり動きたくないのだ。

……それ以前に今も双子にあちこち引っ張られてはいるが。

 

「……ふむ。なるほど」

「何見たんスか。乙女の風呂シーンは有料っスよ」

「やはり一度説教しましょうか」

「あーっウソウソ特別実習に遅れるから勘弁してください!!」

 

副長の罰は長い。総長がひたすら手合わせでボコボコにしてくるのに対し、副長は数時間にわたる説教をかましてくるのだ。途中で寝ればさらに時間が伸びるから本当に拷問と言って差し支えないほどだっただろう。

 

「冗談です。もう行っていいですよ。確認したいことはできましたから」

「やった〜……で結局何を見たんですか」

「フフ、少々天使殿の秘密を、ね。それでは、里帰り楽しんでください」

「あっ誤魔化した!」

 

次の瞬間、《匣》は消えて、綺麗な秋晴れの空とトリスタの街並みが視界に映った。

 

「姉ちゃん!!」

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

 

当然、双子も。

 

「あー、大丈夫大丈夫。師匠の上司の人だったから」

「セリスおねーさんの……」

 

わしゃわしゃと両手で双子の頭を撫でる。

さて、と背に背負ったリュックを背負い直し、正面に立つ女性に向かって微笑んだ。

 

「ロジーヌ、久しぶり。従騎士試験以来だっけ」

「ええ、そうなりますね。結局貴女は棄権してしまいましたが」

「それがさ。師匠にお前はもっと広い世界を見てくるべきだ、とかよくわかんねェこと言われて放り出されちまって」

「ふふっ、オルテシア卿らしいですね。ラフィさんも、随分といい顔になったと思いますよ」

 

お二人の影響でしょうか、と双子を見下ろす、短い金髪をシスター服に隠した少女────ロジーヌ。トマス副長の従騎士であり、ラフィの同期になるはずだった女の子だ。副長がいるならば彼女もそりゃあいるだろう。どうやら双子を落ち着かせてくれたのも彼女らしい。

 

「ほら、三人とも。早く行かないと遅れてしまいますよ」

「ロジーヌは? あんたも今はトールズの学生やってんだろ」

「もう着替えるところだったんです。始業には間に合うかと」

「それならいいか。じゃ、またな」

 

ええ、と頷いたロジーヌに別れを告げ、ラフィは二対の小さな手を引いて再び校門を目指す。

彼女にはアルテリア時代に随分と世話になった。それこそトマス副長とバルクホルン師父の難しい授業についていけなくなった時とかに勉強を見てもらっていたのだ。

 

「姉ちゃん知り合い多すぎ」

「人脈だけは自信あるぞ〜。クロスベルにもツテ出来たし」

「本気で敵には回したくないよね……」

 

クロスベルのツテ────特務支援課。その中でもティオだ。

入院中に退屈すぎると相談したら、ARCUSにポムっと!という落ち物ゲーを入れてくれて、何度か対戦もした。それなりに仲良くなった自信はある。

 

七耀教会、遊撃士協会、リベール王族、エレボニア皇族、特務支援課、共和国の裏解決屋。

共和国だけちょっと弱い気がするが、彼は彼で共和国の中じゃ人脈のバケモノだ。

こう並べてみると、まぁ……大抵の悩みは誰かしらに相談するだけでなんとかなってしまいそうだ。

 

「じゃあ、レミフェリアとかあの辺は?」

「レミフェリアか……クローゼさんがそっち方面に知り合いがいるって言ってたっけな……待てよ、確かクロエも最近向こうの遊撃士協会に配属されたんだっけ」

「いやなんでそこまでツテあるんだよ」

 

仕方がないだろう。なんだか勝手に伸びていったんだ。

クローゼ関連のツテはともかく、まさかあの病弱なクロエが元気になってリベールから飛び出していくだなんて思ってもいなかったのだ。出会った時だって車椅子で学園祭のアナウンスを担当していたというのに。

 

「……まァ、なんかこのまま行ったらさらに人脈広がりそうだけど」

 

とっくに学院の門を通り抜け、すぐ左手。グラウンドの砂地の上に集まった赤い11人の背中を眺め、ラフィはため息をついた。

四大名門からRFグループの令嬢に帝都知事まで、よりどりみどりだ。勘弁してくれ。

 

「あら、やっと来たわね」

「おはようございまーす。事件屋現着でーす」

 

やってきた事件屋に気がついたサラが声を上げ、友人たちが一斉にこちらを振り返る。

何やら見慣れぬメイド服の女性もいるが────とりあえず、挨拶と共に女はゆるっと片手を上げた。

 

「やっとって……私たちも今来たところでしょう、教官」

「ふふ、それはそうなんだけど……9時ちょうどね。ジャストタイミングじゃない♡」

 

アリサの小言をさっと流して、サラは空を見上げた。

雲の高い、秋晴れの空だ。こういう空をみると、かの白き翼が飛んでいたら絵になるだろうな、なんて、ラフィはよく考えたりする。女王生誕祭の日なんかはちょうどこんな秋晴れだったから、思い出深くもあるからだ。

 

手を空に翳し、日光を遮る。

指の隙間の奥に突き抜ける青空に、船の影を幻視する。

そう、たしか、こんなエンジン音で……

 

「……え」

 

いや、幻じゃない。

 

「この音は……」

「風を切る音か?」

「……違う。飛行船のエンジン音だね」

 

 

空に浮かぶ、特徴的なフォルム。

 

確かに、間違いなく。あの船は。

 

 

「────《白き翼》アルセイユ」

 

 

自身にとって希望を象徴するその名を呟いたラフィに、フィーが振り向いた。

 

「わかるの?」

「はは……当たり前だろ。アレに乗って、あたしは……」

 

グラウンドへの着地による暴風が大地に巻き起こる。

皆が腕で顔を守る中、ずっと女は船を見つめていた。

白とは程遠い、上品な赤。アルセイユ本体ではないことを物語るその色は、帝都の街並みを思わせる。

心をざわめかせるエンジン音が止まり、船は完全に停泊する。そして甲板から、二つの人影がこちらをのぞいた。

 

「やあ諸君♡ 10日ぶりになるかな?」

 

おちゃらけた調子の、いつもの声が聞こえてくる。

立ち尽くすしかない女を導く男が、にっこりと笑顔で手を振った。

 

「オリヴァルト殿下!?」

「それに、ヴァンダール家の……」

 

そう、ミュラーも隣にいる。

いつもの二人の姿に安心感を感じるも束の間。オリヴァルトはラフィを見下ろし、ダブルピースをかましてきた。

 

「どうだいラフィく〜ん!! サプラ〜〜イズ!!」

「はァ……頭痛くなってきた」

 

ズビ、と鼻水を啜り、女は額に手を当てて眉間を揉む。

滲んだ涙を手で拭って、ぶつぶつと小声で独り言を言い始めた。

 

「ラッセル爺さんが共犯か……? いや、クローゼさんもやりかねないし……ユリアさんに、下手したら女王陛下も巻き込んで……」

「お〜い? 反応が無いとお兄ちゃん悲しいな〜?」

「こんなチャランポランな兄貴居ねェよ!!」

 

まっすぐオリヴァルトに向かって指を突きつけてももう止めるものはいない。この二人はそういう関係性だと、すでにⅦ組には知れ渡っているからだ。

確かにオリヴァルトは帝都での兄貴分ではある。が、実際本人にお兄ちゃんと自称されると少しだけ腹が立つ。

 

「ラフィ、ちょっと泣いてる?」

「泣いてねェし」

「ハンカチならばあるぞ」

「泣いてねェし!」

 

ミリアムに突かれ、ラウラにハンカチを差し出され。散々である。

気恥ずかしさから赤くなった頬を掌で冷やしながら、じろりと二人を見上げる。

するとミュラーがこほんと咳払いをした。

 

「今回、自分はもちろん皇子も脇役に過ぎん。主役はあくまでこちらの艦と……この方になる」

 

ミュラーが手を背後へと向ける。

そして、出てきたのは────

 

「久しいな、Ⅶ組の諸君。どうやら初めて見る顔も多そうだが」

 

やたらと良い声が校庭に響いた後、ミュラーの隣にその姿が見える。

濃い青の髪に、青を基調とした衣服。前回と違うのは、その頭上に乗った帽子の有無だろうか。

ラフィは思わず、隣でワナワナと震えるラウラへと視線をやった。

 

「ち、ち、ち……父上ぇっ!?

 

うお、声デカ。

事件屋は妹弟の耳を塞ぎ、遠い目をした。

我らが皇子殿下はどうやらとんでもない隠し球をお出しになられたようだ、と。

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