事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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六話 依頼開始

「二人とも、もう出るぞ」

 

いつも依頼をこなす際に使う、くたびれた黒のリュックを右肩だけに引っ掛け、室内に呼びかける。

時刻は6時。まだ外では朝焼けが綺麗に緋色の街並みをさらに赤くしている。

 

「待って、カーネリア入れたら終わるから」

「もうちょい銃弾のチェックさせてー」

「ったく、お前ら……あたしも剣の手入れするか」

 

こうして家を出る時間が長くなっていくのだ。自覚しているくせに直そうとしていないラフィは玄関に座り、玄関脇にかけていたロングソードを手に取った。

刀身は今日も見事な蒼色だ。5年前、家を飛び出す時に武器庫から咄嗟に取ったものだが、なんだかんだ手によく馴染んでいる。

 

一度馴染みの武器屋に鑑定を依頼したが、どうやらこの蒼色は地金の色らしい。装飾も細かくてそこそこ値が張るが、それよりも店主もこのような金属は初めて見たと言っていた。が、ラフィにとっては塗装じゃない分手入れが楽だと感じただけであった。

今では一応“コイツ”の正体も知ってはいるが、それはまた別の話。

 

軽く磨くだけ磨いて、いつも通り鞘にしまって背に下げる。戦う時こそ背にあると不便だが、持ち歩く分にはこの方が快適なのだ。

ロングブーツに足を通し、コンコンと踵を鳴らして馴染ませる。そしてそのまま背後を振り向けば、パンパンな鞄を引っ提げたヨルダと、逆に何も持っていないイクスが靴をわちゃわちゃと履いていた所だった。

 

「何入ってんだソレ」

「さっき言ったカーネリアと、ロゼと、賭博師ジャック……あと陽だまりのアニエス。それぞれ2巻ずつ」

「今から死ぬほど歩くンだぞ、どれか2冊にしとけ。玄関に置いといて良いから」

「えー……イクス、どれ読みたい?」

「じゃあジャック」

 

どさ、と小説が6冊ほど玄関マットの上に置かれる。

これを全部30分で読むつもりだったヨルダは少々いじけているようで、ぷくりと頬を膨らましている。

それより、とにかく外に出ねば。昨日に引き続き今日も回る場所がたくさんあるのだから。

 

「……ねぇラフィ、本当にソレで行くつもり?」

「しゃーねェだろ。向こうさんの要望なんだから」

「ヒラヒラして戦いにくそー」

「下には履いてるからいいんだよ」

 

そう言ってイクスはやたら丈の短いスカートを引っ張る。

普段から愛用している黒シャツをベスト型の赤制服とスカートに合わせただけの手抜きファッション。彼らの中に混ざるのだから、とサラが手渡してきたものだ。

 

(ま、確かに赤服の中に黒パーカーは目立つか)

 

やたら短いスカートは落ち着かないので、下にはバッチリ黒のスパッツを着用している。普段から魔獣相手に足蹴するのだからこういうものは必須だ。どうせ中身が色気のない300ミラお得用単色ショーツだったとしても。

 

「……さ、依頼開始と行くか!」

 

ラフィは2つ付きの鍵の閉めていた方をがチャリと回し、外に押し開ける。

朝焼けはただの朝日に変わり、帝都を明るく白い光で照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

────間もなく ケルディック、ケルディック

 

続いて忘れ物の注意を促すアナウンスに顔を上げ、両肩に頭を預けてくる双子を揺する。

結局ヨルダが持ってきた賭博師ジャックは僅か数ページしか読まれず、二人の膝の上で太陽光をバッチリ浴びていた。

 

(……ま、コイツらまた夜中にどっか行ってたみたいだし)

 

きっと睡眠不足なのだろう。帰ってきてからシャワーも浴びずに布団に入ってきたせいで寝起きの匂いは朝の爽やかなそれではなく鉄くさいものになっていた。

一応そこそこ赤くなった布団は双子を風呂にぶちこんでいる間に洗濯しベランダに干してきたが、乾かないだろうからとりあえず今夜はソファで雑魚寝である。

まぁそれはそれ、これはこれとして。

 

「着いたぞ、起きろ」

「んん〜……ラフィ、だっこ……」

「ボクも……」

「こら、お前らもう9つだろ。足怪我してる人間に二人も抱っこさせんな」

 

容赦なく二人を起こし、列車が止まると同時に立ち上がる。

目を擦る双子を連れ改札を通ったと同時に、ラフィの鞄の中から聞き覚えのない機械的な音がした。

鞄の中を漁ると、昨日引き渡された導力器────ARCUSが振動しながら件の機械音を鳴らしている。

 

「……ンだこれ」

「通信じゃね?一番新しいENIGMAにはついてるらしいけど」

 

横からイクスがぱかりと蓋を開けると、確かに画面には「Cole」とだけ記されている。

しかし蓋を開けてもコール音は止まず、無常にも駅のホールに鳴り響くばかり。

 

「どうすりゃいいんだよ」

「さぁ? 誰かわからないんだし、無視してもいいんじゃない」

「それもそうだな……おし、行くぞ」

 

考えるのは面倒くさいのだ。

元通りくたびれ黒リュックに無理やり突っ込み、ラフィは歩き出す。

「うるさい」と苦情を出すヨルダの頭を誤魔化すように撫で回し、駅の外へと一歩踏み出す。

 

「……あ!やっと来た!」

 

広場へたどり着くと同時に、一人の金髪の女子が駆け寄ってきた。

彼女の手にはARCUSが握られており、何やら操作した直後に鞄の中で元気に鳴り響いていたARCUSが鳴り止む。

 

「なんで通信に出ないのよっ!」

「だって操作なんもわかんなかったし」

「せ、説明書ついてたでしょう!?」

「昨日帰ってすぐ寝たし、今日は起きてすぐ来たから読む暇なかったんだよ」

 

口端を引き攣らせる彼女は「ここよ」とARCUSの右側面についたボタンを指し示す。確かにそこには受話器のようなマークが調印されたボタンが付いていた。

 

「思ったより単純だった」

「わかりやすく作ってあるもの、当たり前でしょう。次からはきちんと説明書を読むこと、いい?」

「へーい……で、名前なんだっけ、あんた」

 

ポケットに手を突っ込みながらそうラフィが訊ねると、金髪の女子は少しショックを受けたように後ずさる。

仕方がないのだ。昨日まともに挨拶したのはシュバルツァーだけなのだから。

数秒後、女子生徒は気を取り直してと咳払いをし、口を開く。

 

「アリサよ。アリサ・R。あなたはラファエラ、よね?」

「……できればラフィで頼む。苗字もウィステルで通してるし、その名前嫌いなんだ」

「わかったわ。えっと……ラフィ」

 

すっと出された手を握り返せば、彼女────アリサは表情を綻ばせる。

 

「うん、制服似合ってるじゃない。黒パーカーよりそっちの方が好きよ、私」

「正直あっちの方が動きやすいんだが」

「青い羽もいい感じね。センスあるんじゃない?」

「……せ、センスとかわかんねェ……」

 

正直、ラフィも中々に舞い上がっている。今まで知り合いといえば馴染みの客のおっさんだとか、行きつけの武器屋のおばちゃんだとか、近所のガキンチョだとか、年上ばかりだったから。

同年代の女友達は皆海都に置いてきたのだ。少しくらい舞い上がっても許されるだろう。

 

しかし心の中で飛び上がりそうなラフィを抑えたのは、両脇でパーカーの裾を引っ張る双子である。

 

「あァそうだ、昨日はコイツらの相手してくれてありがとな」

「ふふ、お安い御用よ。案外大人しくしてくれていたし」

「そうなのか? おかしいな、あたしの時はいっつも引っ張り倒すくせに……特にイクス」

 

じとりとイクスを睨むと、イクスは「てへぺろ」とでも言いたげにウィンクと舌出しを決めてラフィの後ろへ引っ込んだ。

どうやら案外双子は人見知りらしい。ヨルダは自分のパーカーのチャックを上まであげ切っているし、イクスは前述の通りラフィの後ろから動こうとしない。おかげで前の見えていないヨルダはわざわざ手を引いてやらねばならなくなった。

 

「そういや、なんでここで待ってたんだ?」

「あなたが活動開始時間になっても来ないからよ」

「それは申し訳ない」

「もう……過ぎたことだからいいわ。とにかく、少し厄介なことになってるからみんなの所に戻りましょう」

 

そうしてアリサが道案内をした先は、大市の元締めであるオットー老人宅の玄関先だった。

元締めの割には案外素朴な作りをしたその住宅の前には3人ほどの赤服が溜まっており、そのうちの一人────リィンはラフィ達に気づくと小走りで駆け寄ってきた。

 

「やっと来たのか、ラフィ!」

「やっとってなんだ。これでも急いだ方だよ」

「もう8時を回ってるけどな。帝都からは30分くらいだろ?」

「臨時休業になるからあちこち回ってたの。今日締め切りの依頼も一個だけあるから持ってきたし」

 

第四世代用水属性試作クォーツのテスターのことだ。いくらENIGMAが広まってきているとはいえ、一般人の中には未だ第四世代を愛用する人も少なくはない。故に、たまにこうして知り合いの研究者からテスター依頼が回ってくる。

まぁ、ひとまずそれは同時進行でいけるから大丈夫として。

 

「そなたが、カイエン公の……いや、もう縁は切ったのだったか」

「ンだ、知ってんのか。今はラフィだ。ラフィ・ウィステル」

「ラウラ・S・アルゼイド。よろしく頼む」

「ん。ほれ、そっちの坊ちゃんも」

「ぼ、坊ちゃん? そんな歳じゃないんだけどな……エリオット・クレイグだよ」

「はは、シュバルツァーとおんなじ反応してやんの」

 

青髪と赤髪────ラウラとエリオットの二人と握手を交わす。ラウラの手はラフィと同じく硬い手だったし、エリオットは戦いを知らない一般男子といった様子の手だ。

 

「わ、手すごいね」

「一応荒事の依頼も受けるからな。コイツも持ってるし」

「ふむ、ロングソードか。相当古いもののようだが」

「実家飛び出す時に倉庫からテキトーに引っ張り出してきたやつ。いつからあったかは知らない」

 

街中であまり出すのもアレだから、と背に背負い直す。

双子の紹介は……まだ良いだろう、あまり慣れていないようだし。

 

「で……厄介なことって、何があったんだ?」

 

ラフィの質問に4人は一度顔を見合わせ、頷く。

そして一度領邦軍の詰所をひと睨みした後、リィンが口を開いた。

 

「ここじゃ少しまずい。一度宿酒場に戻って話そう」

 

要するに、領邦軍に聞かれちゃ駄目な話。それも、悪い噂の目立つアルバレア公の指揮する領邦軍に。

 

(……面倒なことに巻き込まれたみたいだ)

 

空の女神はどうやら試練を与えるのがお好きらしい。

天を仰ぎ、ラフィはこれでもかとシワを作った眉間を揉みほぐしたのだった。

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