事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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六十話 迷いと覚悟

飛行船に乗るのなんて、随分久しぶりだ。

帝国は主流の移動手段は鉄道。一応各地の大都市に空港こそあるが、リベールほど一般的な移動手段ではない。

だから、そう。ちょうど2年ぶりになるのだろう────こうして地から足を離し、大空を駆けるのは。

 

「すげーっ!! マジで浮いてる!!」

「雲が海みたい……!」

「はいはい、あんまり乗り出さない。落ちるぞ」

 

興奮する双子が雲海へ落ちないように、首根っこを引っ掴む。

どうやら二人は飛行船に初めて乗ったらしく、あちこちを目を輝かせながら走り回っている。

自分が初めて乗った時も似たようなものだった。あの時は師のメルカバだったから、こんなに広くはなかったが。

師匠、師匠、先生、先生、と二人を引っ張ってあちこち見て回ったものだ。

 

「おや、イクスくんにヨルダくん。楽しんでもらえているかい」

「殿下っ! マジですげーなアンタ!」

「ホントにおにーさんが作ったの?これ」

「はっはっは、そうさ。ボクが建造指揮を執ったからねっ」

 

すげーとはしゃぐイクスの賛美に気をよくしたらしい、腕を組んでふんぞりかえっているオリビエを眺める。

独特のエンジン音が響く前方看板。渡り鳥をも軽やかに追い越すカレイジャスは、もうすぐ鋼都ルーレへと辿り着くらしい。

 

「ラフィ」

「ミュラーさん」

 

そんな中、オリビエの隣についていたミュラーがラフィへと話しかけてきた。

相変わらずの堅苦しい軍服に、シワの刻まれた眉間。少しは喫茶店のコーヒーで癒されてくれたかと思ったが、またすぐにオリビエに振り回されたらしい。

 

「今回はB班に同行だったか」

「うん。また望まぬ里帰りだよ、もう……」

 

ふぅ、と息を吐いて、遠く風に吹かれる雲を見つめる。

 

「今回は素通り、って訳にはいかないし。父さんとも、ちゃんと話さなきゃ……」

 

実習地はオルディスそのもの。前回のように顔を隠しながら活動する訳にはいかないだろう。

父、テロリスト、《破戒》。心配事が多すぎて今から憂鬱だ。

 

「なに、お前も家出をした時よりも遥かに成長しただろう。恥じずとも地元の人々にその姿を見て貰えば良い」

「……それはそれでちょっと気まずいカモ」

「む……」

 

年頃の娘は難しいなとでも言いたげな顔で唸ったミュラーに、ラフィはクスリと笑う。

でも、たしかに。家出してから5年……自分だって成長したのだ。この力だって、ある程度は制御できている。

旅先でさまざまな人々に出会い、学び、成長した。間違いなく、胸を張ってそう言える、が。

 

 

────まあ、お嬢様ったらまた脱走? ユーシス様に迷惑かけないようにねぇ。

 

────お嬢じゃねぇか! オレンジ持ってくかい?

 

────おやラファエラ様、昨日出した宿題は終わったのですか?

 

 

……久々に会う民たちに、どんな顔をして会えば良いのだろうか。

いや、今更会わないなんて言わないし、言えない。ちゃんと向き合うつもりだ。

それでも、どうも気まずさは消えない。恨み言を言われる覚悟なんか出来ちゃいないのだ。

 

手が、震えている。

あの暖かい海辺の街で、冷ややかな視線を浴びることが、こんなに怖いだなんて。

 

「やはり、緊張しているようだな」

 

そう言ったミュラーは、ぽんとラフィの頭上に大きな手を置いた。

そのままぽん、ぽん、と数回優しく叩き、毛流れに沿って撫でる。

 

「双子はあのお調子者とまとめて俺が見ておこう。ルーレを経由してのオルディスだ、まだ時間はある。少し船内を散策して来るがいい」

「……うん。ありがとう」

「フフ、礼には及ばん」

 

さぁ行った、と背中を押され、前方甲板を後にする。

ただでさえ苦労の多い人に気を使わせてしまった。はぁ、と重くなるばかりの息を吐きながら、ぽてぽて船内を歩き回る。雑にブリッジにでも行こうかな、とぼうっとしていると、見慣れた金髪が視界に入った。

 

「む……どうした、阿呆面をして」

「悪かったなアホヅラで」

 

ユーシスの声で気がついたのか、手元の譜面を見つめていたエリオットとクロウも顔を上げる。

 

「なんだ、事件屋の嬢ちゃんかよ」

「ラフィ! ちょうどよかった。どれなら歌える?」

「いや軽やかに巻き込もうとすんなって」

 

ニッコリ笑顔で譜面を差し出してきたエリオットに思わずツッコミを入れる。あれだけリィンにも無理だと断ったというのに。

すると少年はちぇ、と頬を膨らませ、再びばらけた譜面へと視線を落とす。

 

「これちょっと読んでみて」

「あ? なになに……〜〜♪……」

「うん、やっぱり音程取るの上手いね」

「やべ嵌められた。つかこれ琥珀の愛かよ」

 

元々はオペラに使われる間奏曲だ。故に、この譜面はオーケストラのフルスコアであるため、かなり分厚い。

これを一人用に編曲したものが、オリビエがいつも歌い散らしているアレ、というわけだ。

どうやら学院から持ち出してきたらしく、フルスコアの端にはトールズの紋章が刻まれていた。

 

「ねぇ、星の在り処弾けるんでしょ。ギターも持ってきたし弾いてみてよ」

「なんで知ってんだ……って、リィンか」

「ご明察! ほらほら」

 

エリオットが傍に置いていたギターケースからギターを取り出し、そのままラフィへと手渡す。

マスターから譲り受けたものとほとんど同じものだ。よくよく見れば、リーヴェルトの刻印が押されている。型番も、数字1つ違いだった。

 

「仕方ねェな……」

 

すとんとユーシスの隣に座ってから、ペグをくるくると回し、ピッチを調整する。

本来なら音叉を利用するところだが、今はそんなものはない。己の耳だけを頼りに、鳴らした弦の音を調整した。

 

ざっくり全ての弦の開放音を合わせた後、流れるように星の在り処を弾き出した。

ひとまず歌は入れずに、メロディラインまでギターで鳴らす。

ゆったりとしたテンポで、静かに。子守唄らしく、穏やかな音色を心がけて。

 

ざっくり一番まで弾き終え、そこで止める。

ちらり、と隣の幼馴染を見上げれば、彼は目を丸くして、ポカンと口を開けていた。

 

「驚いた……いつのまに弾き方を覚えたのだ、お前は」

「そりゃ、ここ1年くらいだよ。あたしのはバイト先の上司からのおさがりだし」

「バイオリンは壊滅的だっただろう」

「バイオリンは、な。こっちはなんか、性に合ったんだ」

 

確かに、ラファエラのバイオリンの腕は壊滅的だった。まるで黒板を引っ掻くような音しか出ず、教えにきた教師の顔を歪ませることに定評があったくらいには。

どうやら自分は弓で演奏する、という行動が苦手らしい。そう気づいたのは、アコースティックギターでまともな音を鳴らせてからだった。

 

「なるほど……じゃあ、アリサにバイオリンを弾いてもらって……ラフィ、導力ギターの経験はある?」

「ねェけど」

「うーん、じゃあ練習しよっか!」

「なんかしれっと参加する話になってンな」

 

エリオットの意外な強引さに、痛む額へ手を当てる。

キラキラと瞳を輝かせながらこちらを見てくるものだから、なんだかティータを思い出して……そうだ、あの子も確かに頑固だったな。どうやら自分は頑固な人に弱いらしい。

ギターを片付けながら息を吐いて、女は眉尻を下げた。

 

「はァ、もう……わかった、わかったから……」

「やった!えへへ、言質は獲ったからね! 」

「好きにしてくれ……」

「じゃあ衣装一着追加な! へっへっへ、どんなのを着せてやろうかね」

「助平親父か貴様は」

 

手をわきわきとさせながらペンを取ったクロウ。思わず突っ込んだユーシスは、また机に突っ伏して頭を抱えてしまった。

 

「……あまり際どいものをこの馬鹿に着せるとカイエン公がやかましいのだが」

「四大名門筆頭にやかましいって言えるのユーシスくらいだよね」

「いや事件屋殿のパーカーに隠されたメリハリある身体は生かさなきゃ損だろ」

「 ン〜? 別にここ(カレイジャス)から突き落としても良いんだけどなァ〜?」

「すんません勘弁してください」

 

即座に机の上で上半身だけ土下座を決めたクロウに女はケタケタ笑った。

まぁ、ラフィに服のこだわりはあまりない。そりゃあ、帝国人らしく襟の高い服の方が落ち着くと言えば落ち着くが、普段だって同じ形と色をしたシャツを着まわしているのだから。

 

「……どうやら緊張は解れたようだな」

 

ふと、ユーシスがそう言った。

気がつけば、確かに手の震えは消えている。どことなくほかほかとした手を見つめながら、ユーシスを見上げた。

 

「気づいてたの」

「あんな顔をしていれば嫌でもわかる」

「……そんなすごい顔してた? あたし……」

 

熱くなった顔を冷ますように頬に手を当てる。冷えることはなく、ただでさえあったかい手とあったかい頬が温度を共有しただけだった。

ユーシスはラフィの背中に手を添え、数回さする。

 

「あまり気負うな。俺がついているだろう」

 

ぽん、ぽん、と叩かれた背と、かけられた言葉に思わず目を見開く。

しばらく注がれる幼馴染の視線。その口元がゆっくりニヤけていくと同時に、かあっ、とユーシスの耳が真っ赤になった。

 

「ふ〜ん、俺がついている、かァ〜」

「ええい、突くな! にやけるな!!」

「びっくりした……ユーシスってそんな口説き文句も言うんだね」

「今の録音して校内の女子に売りつけようぜ」

「乗った! っつーワケでユーシス、もう一回言って?」

「言・わ・ん!! 息が合いすぎだろう貴様ら!!」

 

ずい、と録音がてらカメラを動画モードにしたARCUSを差し出したクロウの頭をテーブル越しにユーシスの掌がはたいた。

ケタケタ笑う息ぴったりな二人。ラフィとしてもここまで相性がいいとは思わなかった。どうやら悪ふざけのノリが似ているらしい。

 

「はー。まァそうだよな、迷ってても意味ないか」

「フン……」

「いざとなればバリアハートの時みたいにみんな連れて脱走すりゃいいし」

「……お前というやつは、本当に……」

 

おや、今度は蹲って頭を抱えてしまった。自分は何かしただろうか。ラフィは訝しんだ。

 

「いや〜、そっちも楽しそうだよな」

「楽しそう……? 胃薬の飲み過ぎで胃が荒れてから言うがいい……」

「そんなことあるんだ」

「次胃が荒れたらシスター見習い直々にパームの薬調合してやるよ」

「そもそもお前が考えなしの行動をしなければ飲む必要もないのだと何度言ったら」

 

パームの薬の材料ならばオルディス付近で採れたはずだ。調薬用の道具は大聖堂で借りればいいだろう。

なんとなくの感だが、昔使っていた脱走ルートを使う気がする。せいぜいユーシスの胃壁に穴が開かないよう気を使うとしよう。

 

────Ⅶ組・A班に告ぐ。5分の後、この艦は鋼都ルーレ空港へと着陸する。準備が出来次第、甲板へと移動せよ────

 

「わ、もうそんな時間なんだ」

「んじゃ、降りるとしますかね」

 

エリオットとクロウが立ち上がり、足元に置いていた荷物へと学院祭のライブの提案書や楽譜を詰める。

見送りに行こうと立ち上がったラフィは、先を行くユーシスの背中を眺め、ふっと微笑む。

 

「……たしかに、あんたがついてるのが1番の安心材料かもね」

 

赤い制服の背中は、昔よりもずっと大きく見えた。

 

 

 

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