リヴィエラコートの臨時アルバイト。
どうやら従業員達が一気に流行り風邪をひいてしまったらしく、どうしてもシフトに空きが出てしまうと困り果てたオーナー……フロラルド伯爵がクロワール公爵に今朝相談を持ちかけたそうだ。
ちょうどいいとねじ込まれた実習課題のため、皆でリヴィエラコートのあちこちで店を回すための作業を行っており。
当然ラフィもあちこち建物中走り回っていたのだが、道中で客に話しかけられること数十回。結果的にあれこれ荷物を運んでいたはずがいつの間にやら接客担当のような立ち位置に収まっていた。
そうしてようやく繋ぎのシフトが終わり、学生達は解放される運びとなったのだが。
「……つがれだ……」
「流石に疲弊しているな。飲むか?」
「の゛む゛……」
リヴィエラコート前の噴水の淵に座り、項垂れるラフィにガイウスがスポーツ飲料の入ったボトルを差し出した。フロラルド伯爵から報酬に追加で差し入れてもらったものだ。
ごくごくと飲み干す勢いの女を見て、エマがクスクス笑う。
「後半のお客さん、ほとんどラフィさん目当てでしたからね」
「……ボクらの姉ちゃんなのに」
「あれー? イクス、嫉妬してるの?」
「悪いかよっ!」
つんとそっぽを向いたイクスを、ミリアムが弄る。
そうしてほっぺたを真っ赤にした弟が懐に飛び込んできたのを受け止め、水色をした頭を、可愛いやつめとウリウリ撫で回してやった。
その隣で、ラウラが生徒手帳を開き次の課題の確認をする。
「次は……薬草採取だったか」
「ついでに手配魔獣退治、だよね」
「ああ。どちらもラングドック渓谷だ」
ヨルダの問いかけに頷いたユーシス。どうやら移動の流れらしい。
街から出るため、双子の手を握ってオルディスの玄関口とも言える西門へと向かう。
門へ辿り着けば、警備していた領邦軍兵がこちらに気付き、訓練された敬礼を素早く見せてくる。
「ラファエラ様、お出かけですか?」
「うん。課題こなしに峡谷までね。二人とも、警備お疲れ様」
「なんの、お嬢様が帰っていらしたのですから普段は眠たい警備にも身が入るというものです!」
「いやそこは嘘でもいつも真面目にやってマス!って言いなよ」
軽口を叩きながら門を通り抜け、大きく彼らへ手を振りながら街道を進んでいく。
鉄道が開通してからというものの、街道を通る者はめっきり居なくなった。門番、という仕事はほとんど形骸化していると言っていいだろう。
まぁ、そんな誰も利用しないからこそ、通る人物は怪しいのだろうけれども。
「……ところで、ラフィさん。ここから渓谷道までって……」
ススス、とエマが近寄って耳打ちをしてきた。
それにクスクス笑って、励ますように背を叩く。
「そんなに遠くはないよ。30分歩けば着く」
「さ、さんじゅっぷん……ですか……いえ、私も実技で鍛えられましたし、そのくらいは!」
「その意気だ。ま、いざ立てなくなったら背負ってやるよ」
「気持ちだけ受け取れるようにがんばります!!」
ふんすとやる気に満ち溢れたエマの、ズンズン進んでいく魔導杖を負った背を見送る。そんなに飛ばすと後で持たないと思うのだが。
……案の定、軽く息を切らしたエマの背を撫でつつ、一行は渓谷道へと足を踏み入れた。
「はぁ……はぁ……つ、着きましたか……」
「委員長大丈夫? ガーちゃんに乗る?」
「Гар-чан сильный」
「うぅ……すみません、ミリアムちゃん……失礼します……」
座りやすいように腕を曲げたアガートラムに乗り、へた、と力を抜いたエマ。
別にあたしがおんぶしてもいいのに、と思いつつ、この後手配魔獣退治も待っているが故に機械で体力など関係ないアガートラムに頼る方がエマの精神的にもいいのだろうと納得する。
「……なんだか、ラマール街道からガラッと雰囲気変わったね」
「ああ、随分と入り組んでいそうだ。風の流れも速い」
崖からパラパラとこぼれ落ちて来た小石を影の手で弄りながら呟いたヨルダに、ガイウスが頷いて返事をする。
曲がりくねった、崖沿いの道。なんちゃら効果、とかいう現象で峡谷というものは風が強いものらしい。
強風に吹かれて目を閉じていると、肩をユーシスにぽんと叩かれる。早く行くぞ、とでもいいたげだ。
「50年前の道路だが、かつては帝都と海都を結ぶ主要街道だった道だ。歩きやすくはあるだろう」
「ふむ、確かにしっかりしている。戦闘になっても踏み込みやすそうだ」
こんこん、とつま先で石畳の調子を確かめ、ラウラは納得して先に歩き始めたユーシスを追う。
……確か、手配魔獣は裏道の先で目撃されていたはず。石畳から外れることになるが、まぁ土の地面とて戦えない硬さではない。
さて、このまま立ち止まっていては置いて行かれてしまう。そう考えたラフィも、ようやく一歩を踏み出した。
「これで────終わりだッ!!」
────群れから逸れたハイエナ型の魔獣。それが手配魔獣の正体だった。
一人で生きて来たからか、傷だらけの筋肉質な巨体が塵になって消えていく様を眺めながら、ぜぇはぁと身体全体で呼吸をする。
右手に握った古臭い長剣がぶるりと震えた気がした。
「……フン、あまり苦戦はしなかったな」
「あぁ。あの体躯に合わせての回避でかなり体力を持って行かれたが」
「ワンコの相手ってホントに疲れるよねー……」
剣を鞘に戻すユーシスにガイウスとミリアムが肯定の頷きを返す。
上手く背後を突いて、こちらが有利で始まった戦闘。
エマの導力魔法とミリアムのバリアに助けられつつ、力任せで狡猾なハイエナらしくない単調な攻撃を受け流し、ちまちまとダメージを与えていく。見どころのない地味な戦闘だ。
そして魔獣が消えた、さらに奥。花畑になっている崖から、籠に半分ほど詰めた薬草を持ってエマとラウラに双子が帰ってくる。
「薬草の採取、終わりましたよ」
「うむ。これだけあれば暫くは持つであろう」
「どれどれ……うん、確かにリーベの葉だな」
「シスターのお墨付きだ!」
「元見習い、な」
ケタケタ笑うイクスの頭を撫でながら、ラフィは長剣を背の鞘に返した。
「さァて、ラクウェルまで行ってスロットでも打つか」
「制服で行こうとするな」
「冗談、冗談」
「は、半分くらい本気だったような……」
本当に冗談だ。半分は。
ラクウェルにも知り合いは何人かいるから、ついでに顔を出しておこうと思っただけだ。
スロットについては……カジノのオーナーも父親を通じた"知り合い"であるから、小さな頃は景品と交換できないコインをたくさん貰ってスロットを回す遊びをよくしていたのを思い出しただけだ。
「むぅ……」
「ヨルダ、どーしたの?ミケンにシワ寄ってるよ」
「……ラクウェルって、なんか最近聞いたような……」
ミリアムの眉間の皺をぐりぐり広げられながら、ヨルダは考え込む。
最近、それもここ数日で聞いたハズ。小説や帝国時報ではない、言葉として聞いた覚えがある。
どんどん思考のドツボにハマっていく片割れを見て、イクスがぽんと手を打った。
「そーだ、管理人の仕事の」
「あ〜、それだね」
「はァ? メル来てンの?」
そう双子に問い掛ければ、うんと揃って頷く。
だから昨日実習地を聞いた時あんなにご機嫌だったのか、と合点がいった。
会ったら色々と面倒くさい。さっさと帰ろう、と皆に呼びかけようとした、
その時。
「──── ふーっ♡ 」
「ぎゃああああああっっ!?!?!?」
「うわっ、そんなにびっくりしないでよラフィ!?」
「ラフィさん漏れてる!! 漏れてます!!」
「阿呆、この程度で出すな!!」
突然耳元に吹きかけられた息に驚いて、思わず色気もへったくれもない声を上げてにょきりと生やした翼を、まだ心臓がバクバク鳴っているのを感じながらゆっくりとしまう。
とにかく蒼い光が落ち着いたことに安心して肩を撫で下ろしたエマとユーシスをよそに、ラフィはこんなことを引き起こした張本人の胸ぐらを掴んで引き寄せ、その頬をビヨンと伸びる限り伸ばした。
「メェ〜〜〜ルゥ〜〜〜〜!!!!」
「ひひゃいひひゃい!! ほへんっへは!! はふいひほひへ〜!!」
「ふーっ♡じゃねェよぶっ飛ばすぞこのクソ野郎がよォ!!!!」
「ほふはははへへふ!!」
ラフィの背後の音もなく立っていたのは、そう。メルキオルだった。
「……二人とも。これはいつも通りなのか?」
「うん。いっつもこう」
「管理人も学ばねーよな」
微笑ましそうに見守るガイウスに、双子は肯定を返した。
ウィステル家において最高権力保持者はラフィである。住居が元々ラフィの家だったが故に。そこにメルキオルがちょっかいをかけて、ああやって怒られるのが一連の流れだ。
だが、その気になればメルキオルはラフィをどうとでも出来るはず。
まぁ、情が湧きまくっているからそりゃあ何もできないだろうけども。ヨルダはそんなことを考えながらほっぺが真っ赤っかになっていく上司をぼーっと眺めていた。
勿論、助ける気はない。
「つかイクス、ヨルダ!! お前らあたしの前にいたんだからコイツのこと見えてただろ!?」
「ふふ、しーってされたから黙ってたよ」
「ボクらって悲しいことに下っ端だからさぁ」
上司命令には逆らえないワケ、と肩をすくめたイクスから視線を映し、未だ頬を伸ばされ続けるメルキオルを睨みつける。
「ら、らひー?」
「……なんでここにいるか吐くなら離してあげる」
「ははっはへほ、ほへひゃははへはひほ」
ちょいちょいと摘み続ける手を指差すメルキオル。
あぁそうか、と思い至り、パッと頬を離した後、素早く首に緩く巻かれたストールに手をかけた。
「ミリアム、手伝って」
「いいよー!」
それだけ言えばミリアムは慣れているのか、アガートラムの腕に乗り、サッとメルキオルの背後へと回り込む。
青年が後ろを振り返ればニッコリ笑った鉄血の子供達の一人が謎の機械に乗って手を振っている。思わずサァッと血の気を引かせたメルキオルは、正面でぶすぐれた顔をする同居人に向かって降参のポーズを取った。
「こんなことしなくても君には言うってば」
「知ってる。念には念をってヤツ」
「いらない念だなぁ、もう」
柔らかく笑ってそう言ったメルキオルを見上げ、まだおさまらない心臓を感じながら女は早く言えとせっついた。
峡谷の切り立った崖に挟まれた狭い空を背に、メルキオルは笑顔で応える。
「僕ね、オジサンに呼ばれて来たんだ」
まァ、そうだろうな。
なんてことないように、酷い、それでも予想できた真実を告げた同居人のストールを、女はぎゅっと強く握りしめていた。