事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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六十四話 喧嘩

夕陽に照らされる海都を、ずんずんと歩いていく人影が四つあった。

 

思ったより早く課題が片付き、自由行動しましょう、という、ラフィ達を気遣ってくれたエマの提案で各自はそれぞれ思い思いの場所へ散っていく。

そんな中、むすっと眉を顰めながら黒いブーツのヒールをコツコツ鳴らし先頭を歩く女は、顔をまっすぐ行き先へと向けていた。

 

「ねぇ〜ラフィ、一体何に怒ってるのさぁ」

 

そんな女にぎりりと手首を握りしめられたメルキオルはぐにゃりと揺れながらそう言った。

しかし、ギッと白夜に睨まれれば、ふにゃふにゃしていた背筋をピンと伸ばし、ずべずべしていた歩きは彼女に合わせてキリリとする。

そんな同居人の様子にハッとして、ラフィはばつが悪そうに視線を逸らした。

 

「別に……」

「もしかして、僕がオジサンに呼ばれて来たから?」

「なっ……わかってンならトボけんなよ!!」

「アハハ、ゴメンゴメン」

 

へらり、と笑うメルキオルの腕をギュッと力いっぱい掴むラフィの眉間には深い皺が刻まれている。

そのあまりの形相に、昼間あれだけ可愛がって来ていた街の住人達は遠巻きにヒソヒソと小話をするだけだった。

 

「なぁ管理人、オジサンって誰だよ」

 

ふと、イクスがラフィに掴まれていない方の袖を引いた。

 

「うーん……僕の昔の保護者ってヤツ?」

「それだけならお姉ちゃんがこんなに嫌う理由ないと思うんだけど」

「あー、それはねぇ。オジサンが今ラマール州で犯罪計画立ててるからだと……あイタタタっ」

 

ヨルダの質問に答えたメルキオルの腕が再び締め付けられる。

痛みに顔を歪めながらも振り払おうとしない男の態度にさらに胸をむかむかさせながら、ラフィは歯を食いしばった。

 

「本当にどうしちゃったのさ。なんだか今日のラフィ、おかしいよ」

「……ごめん……なんか、気持ちが抑えらんなくて」

 

口では謝ったが、激情が落ち着いたわけではない。

なんだか、子供がえりしたような感覚だ。5年前の、まだ何も知らない、お転婆でワガママなお嬢様の部分が、久々に表に出て来ている。

 

気に食わない。

メルキオルが《破戒》に呼ばれて来たことも。

それなのに、平然と顔を見せに来ていることも。

ずっと、暖かく優しい目で見てくることも。

 

たどり着いた港には、出歩く人はおらず、静かな波の音と食堂からの騒がしい声が響いていた。

そこで足を止めたラフィは、すっかり俯いて、メルキオルの腕を離す。

 

「……そう、よね。メルは元々、そっち側で……」

 

メルキオルだけじゃない。

イクスも、ヨルダも。みんな"そっち側"だ。

 

(おかしいのは……私、か……)

 

震える手を見る。

何も着いていない、綺麗な手だ。

姉ぶっても。常識人ぶっても。自分は、殺し屋達と比べれば、表しか知らないだけのちっぽけな小娘だ。

普通の生活? 普通の幸せ?

 

そんなもの、人によって違うだろう。

 

(私は、この子達に自分の考えを押し付けていただけなんじゃないか)

 

息が、震える。

地面を擦って、後ずさった。

 

「姉ちゃん?」

……ごめん、なさい……わたし、そんなつもりじゃ……

「お姉ちゃん、どうしたの!? しっかりして!!」

 

知っていた。

イクスがいつも退屈そうにしていたことも。

メルキオルがなるべく気を遣ってくれていたことも。

ヨルダが魔獣退治でストレス発散していたことも。

 

全部、私がいなければ負う必要のない負担だった。

 

「……ッ!!」

「なっ、ラフィ!!」

 

踵を返して走り出す。

背後から追いかけてくる気配を感じたが、それでも。

体力を振り絞って、逃げるように走った。

愚かに抱いた恋心を丁寧に潰しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーシス、居た!?」

「いや、居なかった。どこへ行ったのだ、あの阿呆は……!!」

 

夜の暗闇から広場へ駆け出てきたメルキオルが、辺りを見渡していたユーシスに切羽詰まった様子で問いかけた。

首を横に振ったユーシスは舌打ちをして、ぎり、と手を強く握りしめた。あの時、腕を掴みなおしていれば。そんな後悔が山ほど脳裏をよぎる。

同じく街の捜索から帰ってきていたエマが、眉尻を下げて俯いた。

 

「すみません、私が自由行動なんて言ったから……」

「エマおねーさんは悪くないよ。全部この考えなしなクズ上司のせいだから」

「……言い返せなくて辛いな」

 

異能で探知を続けるヨルダに図星を突かれた男は、赤いストールを握りしめながら、小さくそう呟いた。

ラフィが“オジサン”のことを嫌っていることはわかっていた。それなのに今回の誘いに乗ったのは……居場所をくれた恩もあるが。他にも一つ、理由があった。

 

「……ボクら、ついに見限られたんだ」

 

ふと、震える声でイクスがぽつりと言葉をこぼした。

その小さな言葉を拾ったヨルダが、イクスにがばりとつかみかかる。

 

「バカなこと言わないで! お姉ちゃんがわたしたちを見限るわけがない!!」

「わかんないじゃんそんなの! ボクだって姉ちゃんのこと信じてぇよ!!」

「なっ……待て二人とも、落ちつけ!!」

「ラウラ、ヨルダを頼む!」

 

ちょうど捜索から帰ってきたラウラとガイウスが慌てて二人を引き剥がした。

そこにユーシスとエマも加わり、双子は徹底的に引き剥がされる。

ついに目尻から涙がこぼれ落ちたイクスが、血反吐を吐き捨てるように叫んだ。

 

「それでも、ボクらは殺し屋で、ラフィとは元々生きる道が違うんだから!! 分かり合えるわけがなかったんだよ!!」

 

「………っ!!」

 

片割れの叫びを聞いた瞬間、ラウラとエマの拘束を影に沈むことで躱し、イクスの前に躍り出て────その同じ形をした頬をぶった。

 

「いってぇ……」

 

キッと妹を睨み上げたイクスの視界に、自分と同じように涙を流す片割れの姿が映った。

は、と沸騰していた頭が一気に冷える。

ぽつりぽつりと、さらに二人を冷やすように雨が降り始めていた。

 

 

「じゃあ、どうしてあの日わたしの提案を飲んだの」

 

 

──── イクス、一つ提案がある。ここを拠点にしよう。

 

 

「そう思ってるなら、今までの笑顔はなんだったの」

 

 

────なんで?もしかして絆された?

 

 

「本当は戻りたかったのに、わたしに合わせてくれただけだったんだ」

 

 

────……違うと、思う……ううん、わかんないや。絆されちゃったのかも。

 

 

「殺し屋として出来損ないの、普通に憧れるわたしに!!」

 

 

「……ヨル、ダ……」

 

ぶたれた頬を抑え、イクスは呆然と片割れの名をつぶやいた。

イクスとて知っていた。ヨルダが普通の、陽の当たる生活に憧れていることも。

時折、一度あったきりの父親を寝言で呼んでいたことも。

 

普段は無理をして殺しをしていたことも。

 

純粋に血を浴びるのが好きなイクスと違って、ヨルダは育ちという服を脱げば、本当にただの女の子だ。

そんなこと、兄としてとっくの昔に知っていたことだった。

 

ようやく温かな暮らしを手に入れたところで、保護者の行方不明。取り乱しても無理はない。

 

ざあ、ざあ。

雨が、強く降り始めた。

 

「────二人とも、そこまで」

 

双子の肩をそれぞれ押して、メルキオルが仲裁するように前に出た。

管理人、と震えた声で呼ぶヨルダの頭を、うろ覚えの見様見真似で撫でる。

 

「ラフィがああなっちゃったのは、多分僕のせいなんだから。勝手に決めつけて暴走しないの」

 

どの口が、と言いたくなるのをグッと堪えて、ヨルダは絞り出すように代わりの言葉を口に出す。

 

「自覚、あったんだ」

「そりゃあね」

「わかってたならなんでオジサンとかいうのの呼び出しにノコノコ着いてきたんだよ」

 

不貞腐れたイクスの問いかけに、それは、と視線を逸らす。

逸らした先にはちょうどユーシスがただでさえ寄りがちな眉間の皺をさらに深くしてこちらを睨んでいた。誰よりもラフィのことを心配しているからか、さっさと吐け、とでも言いたげだ。

 

メルキオルは肩をすくめ、自分を騙した破戒に腹が立っていることもあり、素直に吐き出すことにした。

 

 

「あの人、"ラフィをほんのちょっと楽にしてやるため"の犯罪計画を立ててるって言ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、街道まで走って出てきていた。

ぽつ、ぽつと雨が降り始める。

すぐに本降りになったそれは、容赦なく女の身体を濡らしていく。

手配魔獣退治で負ったわずかな傷に、雨粒が染み込んだ。

 

そういえば、双子と出会ったのもこんな雨の日だったな。

思い出を振り返りながら、ラフィはを傘がわりにして、街道の端で蹲り、顔を膝へとうずめた。

 

 

「よう、天使の嬢ちゃん」

 

そうしてじっとして、三十分ほど経った頃だろうか。

どっぷりと広がった夜闇と雨の中から、黒い毛皮のコートを羽織った男がぬっと現れた。

煙たい葉巻の匂いに、思わず顔を顰める。

 

「クク、まだ匂いを気にする余裕はあるみたいだな」

「……うるさい、どっか行って」

「そりゃ聞けねぇ冗談だ。これもオジサンの仕事の一つでね」

 

おどけた様子の男に、を弾丸にして射出する。

蒼い軌道を描いて飛び出したそれを、男は易々と躱し、不気味に嗤ってラフィの目の前へとしゃがみ込んだ。

 

 

「で、どんな感覚なんだ? 死んだ母親から継いだ力ってのは」

「…………え…………」

 

 

ぴくり、と剣を握った手が震えた。

男はもう一度立ち上がり、葉巻を咥え、くるくると右手を動かす。

 

「《ラマールの天使憑き》。興味があってな、少し調べてみたのさ」

 

かつてラマール州に根付いていた、天使憑きの家系────ウィステル家。

蔓植物である(ウィステリア)を意味するその名の通り、天使はウィステルの血を持つ人間へと取り憑き、その力を行使する。

憑かれるのは必ず女性であり、空のような瞳を持つ人間に限られる。

 

「そして、一族に憑く天使は一体のみ。この意味はわかるかい、嬢ちゃん」

 

 

時折虚空に向かって話しかける母がおかしくなったのではないかと心配になって何度か父に相談しに行ったことがある。しかし父は笑って、それは母さんの個性だと優しく教えてくれた。

今思えば────ラマールの天使憑きとして既に覚醒していた母が、天使と会話をしている光景だったのではないだろうか。

 

 

「探していた母親は既に死んでいて────一子相伝の天使が嬢ちゃんに憑いた。そう考えるのが自然じゃねぇか?」

 

 

「あたしも総長みたいなカッコいい大人になりたいなァ」

「じゃあまずはその剣の扱いをマスターしないとね」

「アレはあたしのせいじゃないし!こいつじゃじゃ馬すぎて全然言うこと聞かないんだから!」

 

 

そうだ。

 

お前は。

 

 

いつから、私に憑いていた

 

 

 

 

 

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