あら、ここでワタシに話を振るのね。
そっちのアナタは知っているでしょう、と言いたいところだけど……愛し子が気にしているのなら、転移の間だけ話してあげる。
そうよ、アリエルは死んだわ。ちょうどアナタが赫灼の娘に拾われた頃だったかしらね。
死因? 衰弱死よ。産後の肥立が悪かったの。子供────アナタの弟妹を産んでから、みるみるうちに痩せ細っていってね。
言っておくけれど、ワタシが憑いていてもいなくてもあの子はきっと死んでいたわ。クロワールちゃんと出会うコトはなかったでしょうけどね。そういう運命の元生まれた子だもの。
あの子、最後まで娘と夫のことを気にしていたわ。
ワタシに娘をお願い、なんて言っちゃって……ワタシはその大切な娘に寄生することでしか生きられないモノだっていうのに。本当に愚かな子。
だから、アリエルが死んだ後は寄り道せずに真っ直ぐアナタの元へ飛んできたわ。
まだ器としてアナタは未熟だったから、咄嗟に持っていた剣に憑いたの。仮の器としてこれ以上ない物だわったわ。
皇族の分家だからこそ収められていたあの剣を持って出てきたあたり、この子も持つもの持ってるわよね。
剣の正体? それくらい自分で答え合わせなさいな。クロワールちゃんなら知っているでしょうし。
ところで、そっちのアナタ。
ええ、覚えているわ。しょっちゅう会いにきていたものね。
それとこれとは話が別よ。
ワタシの愛し子に、毒を盛ったわね?
その日、オルディスは蒼色の光に包まれた。
突如響いた巨大な地鳴りと共に大地が震え、上空がまるで昼間のように青く突き抜ける。
「何だっ!?」
「これは……ラフィさんの力……!!」
「いいんちょー、わかるの!?」
「は、はい! しかも暴走しているみたいです」
ミリアムの問いかけにエマは頷く。そして導力杖を地面にカン、と叩きつけた。
「ヨルダちゃん、手伝ってください!」
「……いいよ。わたしの《影》、エマおねーさんに預けてあげる」
光によって青空が見えてはいるが、すっかり陽も落ちている。本来ならばヨルダの《影》が最も活性化する時間帯だ。
ぐるり、とヨルダの影の手がエマを覆うように展開されると同時に、ぶつぶつと小声で呪文が唱えられる。
その後すぐに、はっとメガネ越しの瞳が開き、エマは皆に向かって叫んだ。
「地下水路です!!」
「チッ、よりによって地下水路とは……」
「何か不味いのか」
「“海”都の地下水路だぞ。広いに決まっているだろう」
海都オルディスの地下水路。
海の水を取り込み、生活用水にするための地下施設。
時折ラファエラの脱走コースに組み込まれており、ユーシスもよく彼女に連れられて入っていた。
「Ⅶ組の皆様!!」
ふと、よく通る女性の声がⅦ組を呼び止めた。
一行が声の主を見れば、そこには脚をもつれさせながら走るクロワール公爵の腕をガンガン引くアデリナの姿があった。公爵は心なしかしおれている。
「ぜぇ……ぜぇ……君たち、一体何が……ら、ラファエラはっ!?」
「それが……」
サラッとクロワール公爵の隣に立って澄まし顔をするアデリナと対照的に、公爵は肩で息をしながら娘の安否を尋ねた。
ガイウスが出来事をかいつまんで説明すると、公爵は額に手を当て、ため息を吐いた。
「またあンの男は〜っ……!!」
「旦那様。言葉遣い」
「痛っ……ゴホン」
娘とそっくりな動きをする公爵の脇腹を侍女長が肘でどつく。
暫く脇腹を抑えて悶えていたクロワールは、持ち直した後ひとつ咳払いをした。
「そうか、ラファエラは彼をそんなに警戒していたのか」
「失礼ですが、《破戒》とやらとはどのようなご関係で?」
「友人だよ。古い、ね。彼には随分と世話になった」
「旦那様は覚えていらっしゃいませんが、奥様とも親しくされていましたね」
結社の使徒と友人だと宣う男に、尋ねた本人であるラウラが豆鉄砲を食ったかのような顔をした。
貴族派トップの男が、得体の知れぬ組織の幹部と友人。そう考えれば────ラフィとメルキオルが同居してるのも、血筋の運命なのかもしれない。
「全く、ことあるごとに私たち家族を気にかけてくれてはいたが、それとこれとは話が違うぞ……!!」
「皆様、お嬢様の居場所に心当たりは?」
「仲間の分析では地下水路かと」
アデリナの問いかけに端的に答えたユーシス。
クロワールが目線も送らずにアデリナへと手を差し出すと、腰のポーチから出てきた鍵をクロワールへと渡し、侍女長はスッと一歩後ろへと下がる。
「諸君、ついてきたまえ。入口へ案内しよう」
そう告げた海都の主人。
その背後、突き抜けるような蒼天の奥から、黄金の光と共に何かが飛来する。
「っ、公爵閣下!!」
「な────」
剣を引き抜き叫んだラウラの声で気がついたのか、クロワールは背後を振り向き目を丸くする。
しかし、一度瞬きすれば、飛来した黄金の獣は瞬く間に無数の銃弾によって射抜かれていた。
構えていたのは、震える手で巨銃を支えるイクスと、アンティーク調の古いマスケットを握ったアデリナだった。
「流石ですわ、坊ちゃん」
「と、トーゼン、この程度!!」
強がる少年へとアデリナは微笑んだ。
そして光になって消えていく獣を見下ろし、銃を腰のホルダーへと戻した。
「ラウラさん、もしかして」
「うむ。ブリオニア島で現れた魔獣だ。色は違うようだが」
輝く黄金の翼は、あの日見た青い獣とは似ても似つかない色をしている。
しかし、ラマールの天使に関する何かであることは間違いない。二回ともラフィの暴走と共に出てきているのだから。
「待って……もしかして今のライオン、街中にいるんじゃないの!?」
「ああ。十中八九そうだろう」
「チッ、厄介なことになったな」
街の住民が危ない。
そう考えた生徒達は一斉に武器を引き抜き、戦闘体制に移る。
「問題ない、領邦軍を動かす。私たちはラファエラの元へ向かうよ」
だが、この街の当主がそれを止めた。
公爵は侍女長へと合図をすると、彼女は徐に一発の弾丸を銃へと込め、上空へと向ける。
ぱん、と破裂音が鳴った数秒後。青空と街の間に、鮮やかな閃光が2つ煌めいた。
「なるほど、信号弾」
「早くARCUSが実用化されればこれも必要ないのだがね」
ヨルダは空に広がった閃光の跡を眺め、足元で影をぐるりと蠢かせた。
警笛の音が街のあちこちから上がる。領邦軍が動き始めた証拠だ。それを聞き届けたクロワールは「あちらだ」と学生達を導き始める。
「…………」
そんな中、メルキオルが一人立ち止まるが、気づいた双子がその両手をがしりと掴んだ。
「何やってんのさ、管理人」
「さっさと姉ちゃんに謝りにいかねーと!!」
「でも、僕は」
べちん。
うだうだ言い出した上司の頬を、ヨルダの影の手が過剰腕力で張り倒す。
「うっさい、黙ってついてきて!! "大好きな人たち"が喧嘩別れなんて、わたしは嫌なの!!」
結局影の手に鷲掴みにされ、メルキオルはまるごとプランと宙に浮く。
目を丸くした管理人相手に、双子は先ほどまで喧嘩していたのが嘘のように仲良く手を繋いで、赤い制服を追いかけ始めたのだった。
────光と闇が、せめぎ合っていた。
オルディス地下水路の、ある特殊な扉の奥。一人の天使が、大きく6対の翼を広げて羽ばたいていた。
天井から降り注ぐ光の色は、蒼。光と同じ色をした瞳が、足元で蠢く毒の闇を羽虫を見るかのような目で見ていた。
「しぶといわね。さっさと死んでくれないかしら」
「おお、怖い怖い。俺は武闘派じゃねえんだがなぁ」
「ワタシだってそうよ。こうやって……」
すらりと伸びた、深爪気味の指が天井を仰ぐ。
その先に輝く、巨大な力の奔流。天使は毒の中から見上げる男に向かって、まるで水を流すかのように力を動かした。
「大きな力で叩き潰す方が、よっぽど得意なんだから!!」
どばり、と部屋中を光が覆い尽くす。
避けようのない攻撃に男は普段は愉快そうに丸められているはずの眉をぴくりと歪めた。
「流石にチートがすぎるぜ、天使さんよ……!」
「当然よ。ワタシを他の下位天使と同じにしないでちょうだい」
それよりアナタ、まだ生きているのね。
心底面倒臭そうにそう呟いた天使は、毒ガスを壁にして生き延びた男を見下す。
ただの化学兵器ではないだろう。おそらく、怨念だとか、呪いだとか……何かオカルトじみたものを混ぜている。
当然そんなものは女神の祝福を受けた力には敵わずに一瞬で消え去ってしまうだろう。だが、ヒトの体を守る壁くらいにはなるはずだ。
しかし、ガス風情では防ぎきれなかったのか、男の派手な上着はところどころ破れ、血が滲んでいる。人間を必殺できる兵器を使っているからと天使を舐め腐って物理的な盾や武器を持ってきていなかった報いだ。
そのままトドメを刺してやる。天使はもう一度手を天に掲げ、力を溜めた。
「────させないよ!!」
「あら」
しかし、顔のすぐ真横に来た爆弾に気を取られ、集めていた力が霧散する。
天使は危なげなく爆弾を叩き落とすと、それは閃光だけ放って消え失せる。天使は舌打ちをして、下手人へ視線を向けた。
「邪魔をしないでくれるかしら、メルキオルちゃん」
「ごめんだけど、今この人を殺されると僕らが困るんだよね」
聞きたいことが山ほどあるのだ。それこそ、拷問も辞さないくらいには。
愛しいヒトの体を乗っ取る天使をひと睨みし、メルキオルは育て親へと視線すら向けずに声を上げた。
「オジサン、BC兵器片付けて!! 他のみんなが入ってこれない!!」
「……クク、そうだな。応援を受け取るとするかね」
一人で制圧するつもりだったが、少々原初の天使を甘く見すぎていたらしい。
指パッチン一つで地面に蠢いていた毒闇が消え去る。すかさず天使が攻撃をしかけるも、それは大剣と影の手によって弾かれた。
「やはり乗っ取られているか!!」
「お姉ちゃん……っ」
不安そうにこちらを見上げる"妹"に、天使は気だるそうに眉尻を下げた。
「そんな顔しなくても、この子は後で返すわよ。今は眠ってしまっているから無理だけれど」
「眠っている……? どういうことだ」
これ以上戦いを続ける意味はないと断じたのか、ユーシスの問いかけに答えて天使は床へと降り立った。
ラフィのものとは全く違う表情を浮かべながら、コツコツと音を立てて子供達へと近づいていく。
「そこの羽虫が手配魔獣を使って仕掛けた毒で精神が不安定になったところに、メルキオルちゃんの悪意ない行動と、トドメに羽虫の悪意ある暴露。元々無いも同然だった自己肯定感が尽きた結果ね。
あの子、ワタシに体を開け渡して引きこもっちゃったのよ」
蒼い瞳がスッと細められる。
泣き疲れた赤子のように、彼女は泣いて、泣いて、泣き腫らして、元々天使がいた場所で蹲っている。
「だから、あの子が起きる前に全ての元凶たるこの羽虫を片付けてやろうとしたってワケ」
「天使殿……一応私の友人ですので、そう羽虫と連呼されては……」
「あのね、前から思ってはいたけれど……少しは友人を選びなさいな、クロワールちゃん」
どうしてこうもウチの愛し子達は悪い男に引っ掛かるのかしら。
天使はブツブツと呟いて、6枚翼をバサバサ動かす。
そしてじっくりと面々を眺め────ふと、蒼色がエマに向けられて止まった。
「そうだわ。ロゼの孫娘、少しこちらにおいでなさい」
「えぇっ!? えっと、その、は、はいっ!!」
「もう無理に隠す必要もないでしょう。腹立たしいけれど、灰の覚醒も近いもの」
呼ばれて異様に慌てたエマの頭をそっと撫で、天使はその手を自身の胸へと押し当てた。
────鼓動が、無い。
「メルキオルちゃんをこの子の精神の海へ送り込んでちょうだい」
「それ、は……危険です、慣れていないメルキオルさんではアストラル体が消滅してしまいます!」
「ええ、そうでしょうね。よくて廃人、悪くて死よ。けれど……」
蒼の瞳が、今度はメルキオルに固定される。
「それくらいしてもらわないと、可愛い愛し子をお嫁になんか出せないもの」
「……!」
メルキオルは咄嗟にポケットの中でいじっていた一つの箱を握りしめた。
────そうだ。まだ、渡せていない。
恋をくれた人。暖かさを教えてくれた人。自分のせいで、傷つけてしまった人。
「……いいよ、上等さ。僕が廃人になろうと、死のうと。何がなんでも、ラフィを引き摺り出してみせる」
「ふふ、その意気やよし!」
差し出された冷たい手のひらを握る。
自分の手の温かさが、じんわりと彼女の肉体へと移っていく気がした。