事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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六十八話 目覚め

抱きしめたその体は、暖かかった。

普段から真っ赤に染めてくる服をぎゅうと掴み、溢れてくる涙を、肩まで広がったストールに押しつける。

だんだんと引き連れていく呼吸を聞いたのか、ぐるりと回された手がそっと背中を撫でた。

 

「どうしたのさ、君らしくないよ」

「ふ、ぐすっ……あたしも、なきたくなんか……」

「あー、そっか。オジサンの毒で不安定になってるんだっけ。ほら、落ち着くまでそばにいるから」

 

大丈夫、と優しい声で囁かれ、さらに涙腺が壊れる。

ストールにつかないように、ずび、と鼻を啜って、体を男に全て預けた。

 

「どこにも行かない?」

「もちろん。僕も、それに双子たちもね」

「ホントのホントに?」

「君が拒絶しない限りは」

「……するわけないでしょ、ばか」

 

女は幸せそうに微笑んで、一際強く抱きしめた。

数秒の後、二人はそっと離れ、手を繋ぎ、母へと向き直る。

長い、まっすぐなミルクティー色の向こうに、翼はもうなかった。

 

「起きるのね、ラファエラ」

「……うん。ここまで付き合ってもらったのに、ごめんなさい母さん」

「ふふ、良いのよ。貴女の幸せが一番大事なんだから。ママはそれに全力で付き合ってあげただけよ」

 

母は娘の頭をポンポンと撫でる。

目尻の涙を拭いながら見上げる娘に微笑んで、ソレから先ほどまで戦っていた青年をチラリと見上げた。

 

「メルキオルくん。この子のこと、頼んだわね」

「任せてよ。少なくとも、もう2度と泣かせないから」

「まぁ頼もしい。じゃあもし泣かせたら天使様に頼んでまた同じこと起こしちゃうんだから」

 

茶目っ気たっぷりな母の姿に笑って、最低限の別れを済ませる。

いつの間にか現れていた扉に歩いて近づき、ぎぃ、と扉を押して開ける。

最後に振り返って、二人は手を振り、光のなかへと消えていった。

その場に残されたのは 、たった一人の母親だけ。

ラフィが起きた時点で元の部屋へ戻っていたから、バルコニーへ出て、潮風を浴びる。

 

「わたしも、もう一度貴方の声が聞きたくなっちゃった」

 

視界の端から、娘の作り上げた《影の国》が崩壊していく。

朝焼け色の瞳がそっと細められ、風を心地よさそうに受け止めていた。

 

 

「わたしの大好きな旦那様。どうか────わたし(過去)に囚われないでね」

 

 

 

 

 

 

 

目を開けた時。

法剣の切先が首元に突きつけられていた。

ゆっくりと、瞬きをする。なんだか乾いたみたいに重い瞼を動かして、身体中の激痛に耐えながら、目の前で酷い顔をした憧れの人に笑いかけた。

 

「アイン総長、そんな顔できたんだ」

「……馬鹿者。こうさせたのはお前だろうが」

「そうなの? へへ、ちょっと寝過ぎちった」

 

からん、と音を立てて法剣が投げ出される。

そのまま、間髪入れずに強く、優しい抱擁を受けて、ラフィはくすくすと笑った。

 

「もう暴走しないから、大丈夫。多分」

「危うい返事だな、全く。今からアルテリアに連れ帰っても良いんだぞ」

「それは勘弁。大切な人もできちゃったし」

 

視線をメルキオルの方へと投げ掛ければ、丁度起きたらしいメルキオルもこちらを見ていた。

すると、アインはほぉ、と呟き、じっくりと立ち上がるメルキオルを観察する。

 

「……え、何。ものすごく見られてるんだけど」

 

困惑するメルキオルに、二人は顔を見合わせて笑う。

そんな三人の間に、ずどんと二対の弾丸の如き双子が突き刺さった。

 

「姉ちゃん!!!!」「お姉ちゃん!!!!」

「う゛お゛ッッッ」

「わたしたち、ずっとお姉ちゃんと一緒にいる!! もう、二人ぼっちはやだよぉ……!!」

「そーだそーだ!! 拾ったなら最後まで責任取れーッ!!」

「あだっ、いだだっ、わかった、おま、お前ら、姉ちゃんが悪かったから、ちょっとは加減を─────いだだだだだっ」

 

容赦なくぶら下がりと抱きしめ、全力体重かけをかましてくる弟妹に物理的な体の痛みを訴える。

そりゃあ、あれだけ天使が暴れ回っていたのだ。自分で制御した時とは比較にならないだろう。

騒ぐ姉弟達を優しく見守るメルキオルの肩に、ずんと誰かが肘を置いた。

 

「全く……肝が冷えたぞ」

「俺もここまで命の危険を感じたのは初めてだ……」

 

ユーシスとガイウスの二人だ。

二人とも満身創痍ではあるが、総長が手加減したのか、怪我はかすり傷ばかりだ。

 

「それで、渡せたのか? 例の物は」

「…………まだ、デス」

「阿呆が。さっさと渡せ」

「いや、待てユーシス。内容物を考えればもう少し雰囲気のある場所の方がいいだろう」

「……む。それもそうか」

「なんで君たちが僕の告白場所を吟味してるのさ」

 

じとりと二人を睨みあげれば、顔を見合わせて、ガイウスは眉尻を下げて、ユーシスはにやりと悪い顔で笑う。

 

「新たな友人と大切な幼馴染が後悔しないように、だな」

「彼女に何かあればバルクホルン師父と師兄方がすっ飛んでくる。慎重にタイミングを測るといいだろう」

「いや吼天獅子一派が飛んでくるの怖すぎでしょ」

 

わいわいと騒ぎ始めた男子三人の、すぐ近く。

疲弊してへたり込んでしまったエマに、ラウラが肩を貸して、アガートラムに乗せていた。

 

「さ、流石に疲れました……魔力もカラカラです……」

「やっぱり、さっきの魔法なんだ?」

「ふむ。どうすれば回復するものなのだ」

「一晩休めば動けるくらいにはなりますね……」

「自然回復だったかー」

 

禁術に全力で魔力を回して、無事にメルキオルとラフィを現世に帰した功労者は、少し座りやすく変形したアガートラムの腕にもたれて休んでいる。

そんな友人達の姿を視界に収めながら、泣いて泣いて泣き止まない弟妹を抱きしめ、ラフィは近寄ってきた父を見上げた。

 

「……ラファエラ」

「ごめん 、父さん。忙しいのに、こんな騒ぎ起こしちゃって」

 

精神を不安定にする毒を盛られていた────らしい、とはいえ。ほんのちょっとの癇癪で、ここまでの事態を起こしてしまったのだから。

娘は、ただ父に一言謝った。

 

「謝らなくて良い。確かに、今は少し慌ただしくしているが……私にとっての一番は、お前なのだから」

 

ぐずぐず泣き続ける弟妹ごと、父は娘を抱きしめる。

 

(……なんだ。もうすっかり仲直りしているじゃないか)

 

その姿を、カーネリアが眺めながら、ふっと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メ〜ル〜! だから血は湯に浸けんなって言ってるだろ!!」

 

帝都 アルト通りの昼下がり。

アパートの中から怒号が響いた。

特に依頼も無く、ヨルダは日向に敷いた毛布の上で本を読み、イクスはラフィのARCUSでポムっとに熱中している。

いつも通りの日常だ。ベッドで寝るメルキオルを、怒りのラフィが叩き起こすところまで。

 

「んん……もうちょっと寝かせてよ……」

「寝たいなら約束は守れっつってんだろバカ!」

「う〜ん……ごめんごめん……」

 

上の空な返事に、ラフィはメルキオルを揺さぶっていた手を引き、体を起こしてため息をついた。

首元でチョーカーについた金色のロケットが、陽の光を受けて揺れる。ここ数日でつけるようになったそれは、すっかり体に馴染んでいた。

 

────可愛いわたし達の娘が成人したら、プレゼントしてください。

そんな風に、母の部屋の引き出しに残されていたのが、このロケット付きのチョーカーだった。

まるで未来を見ていたかのようにラフィにピッタリなサイズのそれ。蓋をひらけば、片方だけに若い頃の父母と生まれたばかりの自分が映った写真が嵌め込まれていた。

 

あの後、きっちり破戒に術を解いてもらった父に、たっぷり母の話を聞かせてもらった。

日曜学校で出会ったこと。

天真爛漫で、何も出来ないことはないくらいの才女だったこと。

あっという間に己の思想を変えてしまったこと。

結婚して数年で、娘を頼むと言い残して消えてしまったこと。

語る父の横顔は寂しそうで────けれど、母の死で取り乱すことはなかった。

 

『記憶が戻った今、わかるのだよ。きっとアリエルは、あの日死ぬつもりで出て行ったのだと』

 

 

本当に色々あった特別実習からはや数日。

父とは定期的に文通すると約束して、ラフィはまた帝都暮らしを再開した。父から送られてくるものをお焚き上げしていた4月からは考えられない変化だ。

目の前で惰眠を貪る"彼氏"を眺めながら、ラフィはふっと笑う。一気に身につけるものは増えたが、今の自分も悪い気はしない。

 

「もう知らねェからな。明日の着替え血でカッピカピだからな」

「やだ〜……」

「あたしトールズ行くから、起きたらちゃんと水で洗っとけよ」

 

左手でピッと指をさせば、その薬指にきらりとシルバーが輝く。

その輝きに口元を緩め、壁に立てかけていたアコースティックギターのケースを手に取り、制服のスカートを揺らして玄関へと向かった。

 

「イクス、ARCUS回収」

「え〜、しょーがねーなー」

「端末、父さんが買ってくれただろ。そっちでやれ」

「ちぇ。は〜い」

 

イクスの手から勝利画面の覗くARCUSを回収し、制服の内ポケットに突っ込む。普段から弾道予測をしているからか、イクスは落ちものゲーにめっぽう強いのだ。

そのまま玄関まで行き、片手で剣を鞘ごと操り手に取った。

 

「お姉ちゃん、行ってらっしゃい」

「ん、行ってきます。今日も遅くならねェうちに帰ってくるからな」

「うんっ」

 

とことこ近寄ってきたヨルダをぎゅうと抱きしめ、最後にポンポンと頭を撫でる。心底嬉しそうに微笑んだ可愛い妹に癒されながら、住み慣れた家を出た。

 

それからいつも通りトラムに乗り、駅前広場でたどり着く。今日も沢山の人で溢れるそこに、ひとりのシスターが立っていた。

 

「あれ、総長」

「来たか。調子はどうだ」

「えっ様子見に来てくれたんスか」

 

深緑の隙間から覗くカーネリアに、ラフィは駆け寄った。

ミルクティーの癖っ毛を撫で回す手にされるがままになったラフィは、機嫌が良さそうな声で答える。

 

「天使ならあれから出てきてない。剣もあんまり動かないし、ホントに大人しくしてる」

「よし、良い子だ。そのまま抑えて離すんじゃないぞ」

「リョーカイ」

 

言った側から抗議するようにガタガタ揺れ始めたが、どうせすぐに静かになる。ここ数日、ずっとこんな感じだ。

 

「総長、せっかくだし学院祭の練習見てく? どうせ当日は忙しくて来れないだろ」

「いや……行く気満々のリオンに録画を頼んである。それに、私が行けば若獅子達を怖がらせかねん」

「あー。本気出しちゃったんでしたっけ」

 

ラウラは心底悔しそうだったし、エマをはじめとした皆はしばらくアインが襲いかかってくる悪夢を見ていたらしい。

バルクホルン神父だって相討ちになるかどうか怪しいのだ。武人としての心構えのあるラウラと軍人であるミリアムはともかく、あくまでも一般人たる他のメンバーにとって、紅耀石の強さは間違いなくトラウマものだ。

 

「情報局の監視も面倒だ、そろそろ法国へ帰るとするかね」

「そっスか。爺さんと師匠達によろしく伝えといてください」

「フ、任された。これからは無闇矢鱈に力を使うんじゃないぞ、見習い」

 

はァい、と良い返事を返した女の頭から手を離し、シスターは街道に続く方角へと去っていく。どうやらメルカバはそちらに停めてあるらしい。

────ふと、安物の腕時計を見下ろす。次の列車の時間が迫っていた。

逃せば30分待ちコースだ。女は揺れるギターケースを押さえながら、慌てて駅舎内に駆け込んだ。

 

10月初旬。

エレボニア帝国史における、嵐の前の静けさの月が、今 始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、ラファエラ」

 

「私は、もう止まれないのだ」

 

「どうか────愚かな父を、許しておくれ」

 

 

 

 

 

 




六章、完
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