六十九話 祭りは準備から
「────うし、これで全部だな」
導力バイクにトランクを積み込み、ラフィはふぅと息を吐いた。
眩い夕日は緋の帝都をさらに緋く染め上げ、人々を照らしている。
「悪いな、手伝ってもらって」
トランクの中身の支払いを終えたリィンが、店から出てきてそんなことを言った。
「何言ってんだ。あたしの衣装も入ってんだろ、こん中。手伝うのは当たり前だよ」
「はは、そう言ってもらえるとありがたいけど」
「ついでにヨルダ達の顔も見れたし」
「今日明日は会えない覚悟決めてきたんじゃなかったのか?」
それはそれ、これはこれ。
そう言ってラフィは胸を張った。
10月21日。トリスタでは明日にかけて士官学院祭の準備が行われている。
Ⅶ組の出し物に付き合う関係上、ラフィも一時的にトリスタで寝泊まりしていた。部屋はラウラが是非泊まってくれと猛烈に誘ってきたため、ラウラの部屋に居候している。
夕方には深刻な弟妹成分不足に陥っていた彼女だが、帝都に舞台衣装を受け取りに行くリィンに付き添って見事補給のチャンスを掴み取ったのだ。
思い切り玄関先で双子を抱きしめ、一緒に出てきたメルキオルにも抱きしめられ、戻ってきたラフィはすっかりツヤツヤとしていた。
「マスターも店閉めて見にくるってさ」
「そうなのか? マスターほど耳の肥えた人に聞かせて大丈夫なものか心配だが……」
「流石にプロと学生は切り分けて聞いてくれるだろ」
普段から店で流すレコードを厳選しているマスターだが、流石に学生のライブは微笑ましく聞いてくれるだろう。
それに、ここ数日の練習で全員かなり上達している。鬼教官エリオットが頷くくらいには。
「────あれ、青い鳥なんて珍しいな」
ふと、リィンが街灯を見上げてそう言った。
点いたばかりのそれの上に、美しい瑠璃色の鳥が止まっている。
その鳥はこちらの視線に気がついたのか、ひとつ美しい鳴き声を上げると、すぐに飛びたってしまった。
「あれ、あいつ……帝都にいたんだ」
「知ってるのか?」
「ガキの頃、たまにオルディスで見かけたんだよ。エサやったこともある」
「へぇ。ラマール州の固有種とかだろうか」
さて、それはどうだろう。
昔、あの鳥を見かけて、ちょうどパーティーでオルディスに来ていたユーシス達を巻き込んで屋敷中の鳥図鑑を調べたことがある。
結果的に、似ているものが少しいるものの、全く同じ種は見つけられなかった。突然変異のようなものだろう、というのが子供達の総意だった。
(まァ、元気にしてるならいいか)
飛び去っていく後ろ姿を眺め、ふっと微笑む。
夕焼けの中で、その瑠璃色はよく目立つ。丁寧に曲がり角へ飛んでいったそれを見送り、戻るかとリィンに提案しようと振り返った。
「────あらら? リィンくんじゃない」
リィンの名を呼ぶ声に、二人合わせて視線を向ける。
グレーの長髪をキャスケット帽子の下から伸ばすその人に、リィンがはっとしてその名を呼んだ。
「クロチルダ……いや、ミスティさん」
「ふふ、お久しぶり。お願いだから本名は勘弁ね。そっちの子は?」
「……ラフィっス。ラフィ・ウィステル。コイツの友達」
蒼の歌姫、ヴィータ・クロチルダ。
昔、父がその歌を絶賛していたのを覚えている。彼女が公演に来るたび、欠かさず劇場へ足を運んでいたことも。
ミスティ、というのは偽名だろう。目の前の女性に微笑まれ、なんだか気恥ずかしくて目を逸らす。
「偶然ですね、帝都で会うなんて。もしかして、この店に?」
「ええ、トリスタにも支店はあるけれど、やっぱり本店の方が品揃えがいいもの。君たちは……なあに?その大きなトランク」
「明後日の学院祭の衣装っス」
「ちょっとしたコンサートをやるので、オーダーをしていまして」
理由を告げると、彼女は目を輝かせて「いいわねぇ!」と手を合わせた。
「面白そうじゃない!上手くスケジュールが開けば見にいっちゃおうかしら」
「はは、あくまでも学生の実力なので、プロの耳に聞かせられるものかは分かりませんけど」
「音楽はハートよ、ハート。聞いた感じウィステルさんもいい声してるみたいだし?」
「……恐縮デス」
突然プロに意識もしていなかった声を褒められ、ラフィは縮み上がる。
それにミスティはクスクスと笑うと、そのはずみで腕につけていた時計を視界に収めた。
「いっけない、あんまり時間ないんだった。それじゃあね、リィンくん。明日の放送もヨロシク♡」
「もちろん、聞かせてもらいます。それでは」
リィンが会釈をすると、彼女は上機嫌で服屋へと入っていった。
「……なんつーか、底知れない人だな」
「そうか? 結構気さくな人だと思うけど」
「今だけはお前の鈍さが羨ましいよ」
鈍いとはなんだ、とむっとするリィン。
"いい声"と褒められた時、背筋がゾッとした。今だってまだ、鳥肌が立っている。
あれに近づいては行けない。本能が、そう叫んだ気がした。
「そうね、ここは着崩した方が貴女らしいかも」
「リボンもネクタイ結びにした方が格好いいですね……」
「いっそエマ様とは反対に髪を結んでしまった方がギャップがあって良いかと♡」
「あーもーなんでいもいいからさっさとしてくれ!」
トールズ士官学院、旧校舎、夜。
ステージ衣装に着替え終え、まともにキッチリ着てしまったラフィがアリサとエマ、それから寮の管理人らしいシャロンに好き勝手弄られているところである。
先ほどまでエマがあれこれ言われていたはずなのに、標的がラフィに移った途端これだ。
「へぇ、みんな予想以上に似合ってるな」
声のした方向を振り返れば、反対側の舞台袖から出てきたらしい男子が、白の統一衣装でパキッと決めて並んでいた。
女子が少しづつ違うのに対して、こちらは全て同じだが……
「華は女子に持たせて、野郎どもはビシッと揃いで決める。これぞメリハリってやつだな!」
「納期が間に合わなかっただけだろ」
「言うなリィンっ」
もっともらしい理由を告げたクロウにリィンが横槍を入れる。
「まぁ、小物類で差をつければいいよね」
「ガイウスは普段からつけてる制服の装飾を持ってきてもいいわね……」
「ん、異国の王子感増しそう」
「ユーシスはいっそそのままで……エリオットはネクタイをリボン結びすれば……」
「おーい、アリサお嬢さーん。戻ってこーい」
ファッションの空想に旅立ってしまったアリサの目の前で手を振り、現実に引き戻す。
はっと我に返ったアリサは、こほんと咳払いをして、ほんのり恥ずかしそうに頬を染めた。
「うし、そんじゃあ今夜中にできる限りのリハーサルをやっちまうぞ!」
「今日を入れて一日半。本当に時間がないから────みんな、ノーミスで行かない限り今夜は眠れないと思ってね♪」
クロウの号令のあと、ニッコリ笑って告げたエリオット。その背後に鬼神を幻視し、皆一斉に後ずさる。
結局、寮に帰れたのは日付を少し超えた頃。その上で、朝早くからまた旧校舎でリハーサルを重ね……
────1204年 10月23日 朝5時半
ギターを片手に、ラフィはトリスタの公園でひとり、音楽を奏でていた。
星の在り処。母がよく歌っていた子守唄であり、己を変えるきっかけをくれた二人を思い出す曲。
鼻歌を交えながら、秋の日の朝、ツンと冷えた空気にギターの音を響かせて行く。
やがて一番を弾き終え、一旦指を休めようと弦から手を離す。すると、第三学生寮の方向から、ぱちぱちと拍手が聞こえてきた。
「や〜、お見事。流石だな、事件屋殿」
「……ンだ、アームブラストか」
ここ2日間、ずっと見ていた銀髪バンダナ男がそこには立っていた。
クロウはそのまま近寄ってくると、ラフィの隣にどんと遠慮なく座る。仕方がないからちょっと寄ってやれば、彼は「サンクス」と軽く礼を言って足を組む。
「呼び方、ラフィで良い」
「おっ、そうか? じゃあオレも呼び捨てで呼んでくれよ」
「ン。クロウ、な。……起こしちまった感じ?」
「いや、なんか寝れなかったんだよな。徹夜明け」
それは流石にどうかと思うけれど。
まァ己が起こしたのでなければ良い。そう考えて、ラフィは再びギターの弦に手をかけた。
数フレーズだけ、遊ぶように奏でる。まろい音色が町中に響いて、返ってくる。
「休憩中もよくその曲弾いてたよな。思い出の曲とかか?」
「そんな感じ。母さんと、リベールで会った恩人達の」
「へぇ」
会話は続かない。
またすぐに途切れて、ギターの音だけになる。
気まずい沈黙というわけではない。心地よい、気心の知れた友といるような、そんな空気感だった。
また一周、星の在り処を弾き終える。弦から指を離せば、クロウはまた口を開いた。
「オレ、ジュライの出身でさ」
「……ジュライ、市国……」
「今は特区だけどな。ガキの頃は、まだ帝国領じゃなかったが……星の在り処は、よく聞いてた」
寂しそうに笑うクロウの横顔を、白夜色────否。
蒼い瞳が、凝視した。
「お前、まさか────」
「 なんだよ……ってオイ、なんか目ぇ色変わってね!?」
「エッ。あァ、わり、発作」
「発作!?!?」
ガバリと立ち上がったクロウに、体の中の天使がクスクス笑っている気がする。
最近大人しいと思ったらこれだ。いくら蓋がゆるゆるだからって簡単に出て来ないで欲しいのだが、往々にして上位存在というものは人間のことを考えてはくれないものだ。
「……オッ、モウ6時カー。トワノ準備手伝ッテクルー」
「あからさまな棒読みやめろ!? あっこいつ足速っ! 発作って絶対良くないもんだろ、つかさっき何に気づきやがった!?」
「まァ、まだリィン達には内緒にはしといてやるよ」
「誤・魔・化・す・な!!」
サカサカと早足で学院へ向かうも、その後ろを走ってクロウがついてくる。
歩きながら迷い、決め、教会の前でラフィは振り返った。
「どうか争いだけは起こしてくれるなよ、起動者殿」
「……は……」
「"蒼の"ならばなおさらだ。まったく、たった5年留守にしただけでこれとは」
ラフィの口を借りて、天使がため息をついた。
そりゃあ、自分の身勝手な家出に付き合わせたのは悪いとは思っているが、そもそもラフィを操らずについてくる選択をしたのは天使自身だろうに。
しばらく呆然とした後、自然とまるで"背中に長物を背負っているかのように"手が伸びた青年を、ラフィはじっと見つめ────
「あっ! ラフィちゃん! おはよう、もしかして本当に手伝いに来てくれたのっ?」
張り詰めた空気が、まるで小動物のように跳ねた声によって遮られた。
ラフィが振り返れば、自分の頭より少し下に、栗色の髪を一つにまとめ、ホワホワと笑う少女がいた。
トワ・ハーシェル。ラフィにとってはお得意先の一人娘であり、友人の一人だ。
「おはよ、トワ。ウン、まァそんなとこ」
「ごめんね、ステージの練習で疲れてるのに」
「お前の方が仕事いっぱいで疲れてンだろ。雑用はあたしに任せてちょっと休んどけ。後でリィンも来るし」
「えへへ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。……あれ? クロウくん、こんな朝早くにどうしたの?」
ひょこり、とラフィの横からトワの顔が覗く。
後ろに手を回し、まるで背中を掻いているかのようなポーズになっていたクロウは、ハッと我に返って、そのまま手を下ろした。
「いや、なんか寝れなくてよ。流石に帰って一眠りするとすっかね」
「まさか徹夜したの? もう、ステージが明日だからって気を抜きすぎだよっ!」
「へいへい、悪かったな。んじゃおやすみ〜」
クロウはそう言うと、踵を返して、ふらふらと第三学生寮まで帰って行った。
染みついた二人分の海の匂いが、周囲に漂う。
「クロウくんったら、相変わらずなんだから……」
「ま、今から寝るならいいんじゃねェの。それより、何処の準備手伝えば良い?」
「はっ、そうだった。えっとね、ラフィちゃんに手伝ってもらいたいのは────」
小さい体で目一杯の身振り手振りをするトワに相槌を打ちながら、先ほど視えたものを思い出す。
(復讐に使っていい力じゃねェだろ、ありゃあ)
否、使えるのは使えるだろう。
ただでさえ復讐は伝播する。ならば、より大きな力で復讐を行えば、どうなるか。……そんなのわかりきったことなだけで。
圧倒的な"力"が2つぶつかり、錬成されたものを、7分割した結果。これは天使にねじ込まれた知識の一つだが。
リベールで、ぶつかった力と同等の力を目の当たりにしたラフィにとって。
クロウが扱おうとしているモノは、いち復讐に使うには、どうにも大きすぎるように思えた。