事の概要はこうだ。
まず、大市で盗難事件が発生。先日言い争っていたハインツ商人、マルコ商人、以上2名の商品がまるっと全て消え失せた。
双方とも不可解なことに一等地の開店場所が被っていたこともあり、動機としては十分。現状だと犯人はこの二人に絞っていいだろう。
もう一つ謎があるとすれば、やたら良いタイミングで領邦軍が割り込んできた、ということだ。その上割り込んできたにしてはやたら雑な処理を行い、さっさと切り上げてしまった、と。
たしかに誇り高き領邦軍の詰所の前だったらシメられそうな話だ。
「ふぅん、へぇ……やってんな、あの人」
「……も、もしかしてあなた、もうわかったの?」
「だとすれば大した推理能力だが」
「妄想込みだ。口に出してお前らの考えを偏らせちゃならんから言わないけど」
アリサとラウラの質問に素直に答える。
えー、と残念がるエリオットには悪いが、5年前のアルバレア公の指針、クロイツェン領邦軍の悪評、増税……政治家のヤジと変わらない不確かな推理で思い込みを起こしてはたまらない。アルバレア公の指針が変わっていないことが最低条件である上にここの領邦軍が悪評の立つような連中であることも前提。
「ラフィが理解できたならはやく聴き込みに行こう」
「うむ。リミットは9時だったか……中々短時間だな」
Ⅶ組の面々が立ち上がる中、ラフィは当然のようについて行こうとする双子を食い止め、しゃがんで視線を合わせる。
「イクス、ヨルダ。お前らは留守番だ。今から帝都に帰れ」
「えーっ、なんでさ」
「わたしたち、戦える。足怪我してるラフィこそお留守番すべき」
「戦う戦わないの問題じゃねェの。確かにワンチャン軍とはやり合うし、少しはあるけど」
明らかに不満ですと訴える二人の視線に大きなため息をつき、真剣な顔でひとつ、頼みを告げる。
自分の経験、過去、知識。その全てを駆使して考えた上での頼みだった。
「頼むから大人しくしててくれ。二人を貴族関連のゴタゴタに巻き込みたくない」
「ヤダ」「やーだね」
「……お前らなぁ……顔覚えられたら不味そうな仕事してるくせに……」
「なーに、それ。わたしたちただの善良なイッパンシミンだよ」
「一般市民は戦わねェよ」
珍しくクスクス声をあげて笑うヨルダに苦笑いをして、ラフィは助けを求めるようにⅦ組の面々を見上げる。
腕組みをしてうんうんと頷くラウラ、微笑ましそうに表情を和らげるアリサ、困ったように頬を掻くエリオット。
極め付けの、良い笑顔でサムズアップするリィン。
「止めようとはしろよ! ガキが付いてこようとしてンだぞ!?」
「二人の実力は知っているもの。少なくとも私とエリオットよりは上でしょう?」
「昨日、せがまれて街道まで出たのだ。そしたら魔獣に出くわした時に私たちが得物を構える前に殲滅してしまった」
「……は?」
あれは見事であった、と感心するラウラをよそに、ブリキのようにカクカクとした動きで双子に顔を向けるラフィ。
その視線の先には、最近ハマっているらしいテヘペロを披露するイクスに、チャックを限界まで上げたヨルダ。
ならばやることは決まっている。拳を作り、胸の前まで持ち上げ────
「……こォんの、ガキンチョどもォ〜〜〜ッ!!」
「ぎゃーーーっ!!」
「いた、いたた」
二人まとめてこめかみ拳グリグリの刑に処す。慈悲はない。
「随分疲れてンなァと思ったら!! 普段あれだけあたし抜きで街道には出るなっつってんだろ!!いくらお前らが戦えるからってそれとこれとは話が別だかンな!!見てないとこで死なれちゃたまったもんじゃねェ!!」
「別に負けねーし!!つーかいっつもオシゴトの時出てるし!!」
「一昨日わたしたちに助けられたくせに」
「あ゛? なんか言ったのはこの口か!?お!?」
姉弟の戯れは人のまばらな朝の宿酒場に響く。
双子の「ごめんってば!」の声と共に満足したらしいラフィの拳はすっとシャツのポケットへと収まった。
「ラフィ、連れてってあげなよ」
隣からエリオットがひょいと顔を出し、援護射撃を決めた。
深く刻まれた眉間の皺をのばし、天を仰ぎ、時間にして1分。ラフィはポケットからいちご味の飴を取り出し、包装を剥いて口に咥えた。
「……好きにしろ!」
ぐしゃりと両手で双子の頭を掻き乱し、ラフィは宿酒場の入り口へと足を進める。
双子は顔を見合わせ、ニィッと鏡合わせのように笑って“姉”の背中を走って追いかけた。
case1 商人ハインツ
あぁ、事件屋くん! 受けてくれる気になったのかね!?
……え、違う?この学生達が?
ほう……少々不安だが……まぁ、君の紹介ならば間違い無いだろう。聞かれたことには答えるよ。
昨日の夕方から今朝にかけてはずっと帝都に居たよ。店こそ持っていないものの卸売りは時たまやっていてね。打ち合わせ相手に聞いて貰えばわかるはずだよ……商談相手の名刺?あぁ、勿論渡しておこう。よく気づいてくれたね、学生諸君。
ともかく、私はその打ち合わせを終わらせて、家に帰った。そして朝イチの始発に乗って来てみればこのザマさ。
しばらく呆けていたらあのマルコとかいう若造が来て掴みかかってきた、と言うわけだ。
犯人に心当たり?そんなのあの若造に決まっているだろう!ここ最近で恨まれた覚えなどアレしかない!
きっと一等地を取られたことを根に持っているのだろうさ。だからと言って盗みなど以ての外だがな。
私か? やって何の得がある。若造の屋台はともかく、自分のまで荒らしては商売ができんではないか。
そういえば、これは唯一残っていた商品だ。事件屋くんにとって来てもらった宝石を使ったブレスレットさ。
あまり有名ではない宝石だからね、きっとあの若造も価値がわからなかったのだろう。
領邦軍か。あまり良い印象は持っていないよ。きっと帝都の正規軍や遊撃士ならもっとしっかりと調査してくれただろうに。あぁでも、帝国に遊撃士はもうないのだったな。
しかし奴ら、やけにタイミングが良かった。まるで効果的な瞬間を狙っていたような……
いいや、軍人を疑うのは良くない。面倒ごとには巻き込まれたくないからな。
おや、もういいのか? ならば私は屋台の修復に戻らせてもらおう。
あの若造を追い詰めてくれることを期待しているよ。
case2 商人マルコ
ん? アンタたち、止めて来た学生? そっちはあのオッサンに縋りつかれてたチビ連れの事件屋さんか。
へぇ、事件の調査を。元締め、学生に任せたのかよ……
あぁいや、不満ってわけじゃないんだ。あんまりアテにはしてないけど。
少なくともあのオッサンが縋り付いてたなら事件屋さんはこういうことに経験があるんだろ?縁贔屓せずにしっかり調査してくれよな。
事件発生当時は商人仲間とヤケ酒かっくらって潰れてたよ。おかげでまだ二日酔いが……アリバイはその仲間とオレの二日酔いが証明してくれる。シジミ味噌飲んでもまだ痛ぇの。
朝見た時はまだちぃと酔っ払ってたんだが、ブッ壊れた屋台見て一気に酔いが覚めてよ。真っ先にあの商人のとこに殴り込みに行ったわけ。
オレの商品も全部後ろに置いてた樽に入れてたんだけどよ、全部無くなってんの。
犯人なんざあのハインツって野郎に決まってるだろ!
絶対あの最高の位置を独り占めするためにやったんだ、クソッ!
オレが犯人扱いされてんのも気にくわねぇ!アリバイがあるんだよこちとら!
領邦軍? あー、雑だよな。珍しくねぇけど。
みんなで陳情だしてからずっとああだよ。場を治めるだけ治めて調査なんか小指の先っちょほどもしねぇの。
こんなん納得しろって方が無理だろ……店、どうやって建て直すかね……
ん?もういいのか?わかった。
まぁ、犯人捕まえてくれた方が嬉しいけど、あんま無理はすんなよ。
case3 領邦軍隊長
何?話を聞きたいだと?学生と子供が?
フン、我々も忙しいのだがな。どうしてもと言うのならば手短に済ませたまえ。
事件については大市で処理した通りだ。あの程度の諍いに一々対処していては時間が足りない。
あの状況なら双方すれ違いで互いの屋台を壊し、商品を持ち去った……それが一番現実的だろう。
調査?一目瞭然だと言うのになぜ調査する必要がある。
普段は何をしているのか?巡回、訓練、事務処理……やるべきことは山ほどある。
まぁ、この様な田舎ではバリアハート程の仕事量は無いがね。少々暇を持て余している兵も居るだろうな。
マルコの取り扱っていた装飾品の行方?
何を言っている。装飾品を取り扱っていたのはあのハインツとか言う帝都の商人の方だろう。
……な、なんだ。何故そんな目で見る。合っているだろう?
もう良いかね。そろそろ職務に戻りたいのだが。
探偵ごっこも程々で辞めるといい。立派な軍人になりたければな。
「……ひとまず、情報はそこそこ集まったわね」
領邦軍の詰所の反対側にある教会。その手前で、リィンの生徒手帳を中心に円を作り、調査の成果をまとめ上げていた。
商人二人には確固たるアリバイがあること。
第三者による犯行と見て、装飾品のみならず日持ちのしない生鮮食品も奪われていることから金銭目的ではないこと。
「そして領邦軍の言動が怪しかったこと、か」
「うん。結構簡単にボロって出て来たよね。ハインツさんの話を聞かなかったら帝都民だなんてわからないのに」
「引っかけに引っかからず、訂正した。間違いあるまい」
「情報筋はわざと被らせた場所の許可証から……なるほどな、お前ら案外やるじゃねェか」
ここまで最初のとっかかり以外は一切口を挟まなかったラフィが満足そうに笑い声を上げる。
アリサが「満点?」と訊ねれば、「90点」と帰ってくる。どうやらまだ少し何かが足りないようだ。
気を取り直して、とラウラが口を開く。
「問題は商品の行方だが……あの量、街のどこかに隠し切るには無理がある」
しかしケルディックは自然と麦畑に囲まれた都市。魔獣さえ対策できれば郊外ならば幾らでも隠し場所はある。
さぁここからが腕の見どころだ。ラフィはポケットに手を突っ込み、見学を決め込んだ。
しかしふと、双子が輪を外れてどこかへ行ったことに気づく。周囲を見渡すと、同じくらいの歳の少女と会話に花を咲かせていた。
「ありがと〜、ヨルダちゃん。ルルってばすっかり落ち着いたみたい」
「わたしも癒されたからwin-win。ふかふか……」
「そういやなんでコイツこんな不機嫌だったの?別に天敵がいるってワケじゃなさそーだけど」
手慰みに大きめの銃弾を召喚して弄っていたイクスは少女に問いかける。
少女は少し困った様に眉を下げ、大市へ繋がる道を指差す。
「あっちの街道の方に酔っ払ったおじちゃんがいてね〜。びっくりするくらいお酒くさいから、ルルが腰抜かしちゃったの」
「なるほど。確かに酒臭いのはヤダ」
「……ん、ほんとだ。ちょっとお酒の匂いがする……」
「ヨルダちゃんわかるの?すごい!」
「訓練のタマモノ」
褒められて誇る様にない胸を張るヨルダをよそに、ラフィはⅦ組へと視線を戻す。
やけに静かだとは思っていたが、どうやら今の会話を聞いていたらしい。
「……朝から酔っ払い、ね」
「話を聞きに行ってみようか」
「おし……二人とも、行くぞ!」
「オッケー! じゃーね、ミナ」
「またくる」
「うん! またね、イクスくん、ヨルダちゃん!」
ピンと銃弾を弾き虚空へと消したイクスと、ふかふかを思い切り堪能しパーカーのあちこちに猫毛をつけたヨルダがⅦ組へと駆け寄ってくる。
「ふふ、友達になれたみたいね」
微笑ましそうにそう言うアリサに頷き、後頭部を何度か掻く。
これからもちょくちょく連れ出してやるか、と、普通の子供みたいに笑う二人を眺めながら、ラフィはそう思ったのだった。