事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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七十一話 旧校舎の異変

────落ち着かない。

嫌な予感が心の内側でぐるぐるしている。皆が明日の本番について話し合う中、ラフィは妙に外が気になり、ソワソワと足を組み替えたり、腕を組んでみたり、ゴソゴソと動いていた。

そんな女に、リィンが怪訝な顔をして問いかける。

 

「さっきからどうしたんだ、ラフィ」

「……へ?」

「なんかソワソワしてるねー?」

「アー、いや……なんでもない、けど。エマ、これってさ……」

 

腰を据えていられない。

その理由がハッキリせず、思わずエマへと話を振る。

するとエマはずり落ちたメガネを直しながら頷く。

 

「そう、ですね……自信はありませんが、おそらくは」

「……そっか。今日かァ……よりによってェ……?」

 

天使によって授けられた知識の端っこ。そこに答えはあった。

チラリとクロウに視線を向ける。彼は肩をすくめ、頷いた。覚えがある、ということだ。

そんな中、マキアスがじとりとエマとラフィを睨んだ。

 

「君たちは二人で何を通じ合っているんだ」

「あはは……なんと言いますか……」

「そうさな、端的に言えば────」

 

 

ごぉん。ごぉん。

 

 

「お前ら、今日は寝れると思うなよ」

 

 

鐘の音が、響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何アレぇ!?」

 

鐘の音の元────旧校舎にたどり着いた瞬間、エリオットはそう叫んだ。

碧い幕に包まれ、異様な気配を放つ旧校舎。鐘の音は依然として鳴り響き、子供達の鼓膜を揺らしている。

 

「ラフィ、もしやそなたの……」

「いーや、これはあたしじゃないね。目だってまだいつもの色だろ?」

 

ラウラの問いかけにそう答えると、ラウラはパシリとラフィの頬を挟んで、じっと瞳を覗き込む。

青のかけらすら見当たらないそれを見て「……うむ」と納得し、離れる。

そう近づかなくても、と愚痴りかけたが、旧校舎の幕の麓にいる人影を見て即座に佇まいを正した。

ヴァンダイク学院長、トワ、ジョルジュ、そして。

 

「ゲェッ!」

 

ゲェとはなんだと言わんばかりに微笑む、トマス・サラインダー。副長と口走らなかっただけ褒めて欲しい。

 

「学院長、先輩方も!」

「リィンくん、みんな!」

「おお、サラ教官も〜」

「────来たか」

 

待ち構えていた学院長に、サラが冷静に「状況は」と問いかける。

鐘が鳴り始めた直後、すぐにこの幕に包まれたこと。

幕は衝撃を吸収してしまうこと。

ローエングリン城の結界と同じと見て間違いないだろう。

 

「ってことは、どこかに鍵があるカンジ?」

「……いや、無い。コイツは"生きてる"。古城のと違ってな」

「いきて……? どーゆーこと?」

 

ミリアムは首を傾げ、ラフィを見上げた。

 

「ここのは中身がある。ローエングリンは空っぽになってウン百年経っていた。だから強度が違う」

「???」

 

さらに宇宙を背負ってしまったミリアムの頭を乱雑に撫で、わからなくてもいいと笑う。

その様子をじっと見ていたユーシスが、はぁとため息をついた。

 

「その様子だと入り方も"知らされている"ようだな」

「や、悪いけどしらね」

「ぐっ……そこは知っているところだろうが阿呆!!」

 

そしてラフィは理不尽に拳骨を落とされた。普段から片手で騎士剣を扱う男の拳骨だ、それなりに痛い。

ズキズキ痛む後頭部をさすりながら、ラフィは学院長たる大男を見上げた。

 

「仕方あるまい。全教官を招集。これより緊急会議を開く」

「最悪の事態を想定して、よね……」

「う〜ん、やっぱりそうなっちゃいますかぁ」

 

教官達が難しい顔をしている横で、女はじとりと副長を見た。本気を出せばこの程度、この人ならば余裕で突破できるだろうに。

今は歴史教師の仮面を被っているから無理なのだろうけれど。

 

「トワ君。明日の学院祭は中止の方向で進めておきなさい。ジョルジュ君はこの場の監視機器を揃えるように」

 

学院長の号令に、トワとジョルジュは悲しそうに頷く。

学院祭、中止。

その文言に反応して、Ⅶ組の面々は次々に声を上げた。

 

「待ってください!!」

「まさか、学院祭を中止にするつもりですか?」

「そんな……せっかくここまで頑張ったのに……」

 

マキアスが叫び、ガイウスが問いかけ、エリオットが悲鳴を上げる。

そんな子ども達に、サラがピシャリと言い放った。

 

「仕方ないわ、この状況じゃ。朝になっても続くようならトリスタ全域に避難指示を出す必要もある」

「チッ、そうなっちまうか」

「危機管理の観点から見れば、当然ですけど……っ」

 

アリサは拳を握りしめて、肩を震わせる。

その様子をじっと見つめていたリィンが、何かを決意したかのように顔を上げた。

 

「この一ヶ月……俺たちも、他のクラスも、学院祭に全てをかけてきました」

 

その後ろ姿を、じっと見つめる。

 

「単なる意地の張り合いだったり、身内への見栄もあるかもしれません。皆と一緒に何かを成し遂げるのが、単純に楽しかったのもあります」

 

4月、ケルディックで出会い。

 

「だけど、それだけじゃない。俺たちがここにいた証────それが残せるかどうかなんです」

 

5月、バリアハートを乗り越え。

 

「勝敗も、成功も失敗も、どっちでもいい。これまで教官や先輩達に導かれ、お互い切磋琢磨してきた"全て"を込めるためにも……」

 

8月。列車砲を取り戻した。

 

「どうか、俺たちに"明日"を掴ませてもらえませんか!?」

 

短い付き合いだが────アツいヤツだと、身をもって知っている。

 

そんな彼が、全てを賭けると。

そう言った。

 

(ホント、青臭いな)

 

だが、それでこそ"重心"だ。

内側で蠢く彼女も、なんだか少し笑った気がした。

 

「ぼ、僕からもお願いします!」

「自分からもお願いする」

「フ、出来る悪あがきなど知れてはいるだろうが……」

「それでも、可能性がゼロではない限り、諦めたくありません!」

「同感。いっぱい練習したし」

「ボクもこれで終わりはヤダよ!」

「元より、この建物の調査は我らの役目でもありましたゆえ」

「今回の異常事態についても、私たちが調べるのが筋でしょう」

 

リィンの宣言をキッカケに、Ⅶ組は声を上げる。

子ども達の言葉を浴びた学院長は、深く考え込む。

 

「────おや? リィンくん、腰のところ、光っていますよ」

 

ふと、副長が白々しくそう言った。

 

「へ……」

 

リィンが腰へと視線を下すと、ARCUSのホルダーが煌々と輝いている。

もしや、と思い、ラフィも懐を漁り、ARCUSを取り出す。

 

「ふえぇ、みんなのARCUSが全部光ってる!!」

「共鳴現象……!?」

「オリエンテーションのあの時のか!?」

「……はは、オレもかよ」

「あたしもだよ。見境ねェんじゃね?」

 

震えた声しか出ない。

何を考えているのだ、ここに眠る"彼"は。

ラフィに宿り、知識を与えた彼女は、"彼"の大事なものを殺す使命を帯びた者だと言うのに。

それに、別の起動者まで。

 

「エマ」

「……ええ。私の使命────今、果たします」

「その意気。あたしも手伝うから」

 

覚悟を決めた彼女の手を握り、ぎゅっと力を込める。

大丈夫だと、安心させるように。

すると、彼女はガチガチだった表情を緩め、花が綻ぶように微笑んだ。

 

旧校舎の幕に、リィンが触れる。

 

「り、リィン君、大丈夫……?」

「これは……旧校舎そのものと共鳴し合っているのか?」

「ええ。間違い無いと思います」

 

リィンは振り返り、皆の顔をゆっくりと見る。

そして最後に学院長に向き直り、胸を張って、告げた。

 

 

「そして、俺たちⅦ組ならば、 旧校舎の中に入ることが出来る」

 

 

老人は、ゆるりと眼を優しく細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐるぐると回る、光る歯車。

ローエングリン城で天使が反応した、あの壁と同じ紋様が刻まれた壁もぼんやりと光っている。

上位三属性の気配を感じながら、一行は扉を見上げ、あんぐりと口を開けていた。

 

「な、なんだこれは……」

「第Ⅶ階層……飛び抜けて非常識ね」

「歯車、光ってる」

 

それを、エマの手を握りながら睨む。

強い、気配。身体の中で、天使が不機嫌そうに蠢いた。

 

────『第六拘束』マデノ解除ヲ確認

────起動者候補ノ来訪ヲ感知

 

無機質な声が周囲に響く。

間違えるはずもない。エリゼが旧校舎に迷い込んだあの日、聞いた声だ。

 

────刻ハ至レリ。コレヨリ『第二ノ試シ』ヲ執行スル

 

導力の駆動音と共に、壁が分解を始める。

現れたのは、外の幕と同じ、碧色。

禍々しいと言うよりも、どこか神聖な雰囲気さえ感じさせるそれは、早く来いと言わんばかりに渦巻いていた。

 

「Ⅳ階層と同じ、ってことか」

「……思わせぶりな仕掛けだとは思ったけど」

「口ぶりとしては、これまでの階層が拘束、ということか」

「キドーシャコーホって、ボクたちのこと?」

「解らぬが……我らは今宵、"何かに"導かれたのではないか」

 

女は、ラウラの言葉に頷こうとした。

おそらくリィンも、同じタイミングで相槌を打とうとしたのだろう。

だが。

 

「っ……!?」

「い゛っ……!!」

 

リィンは心臓を。

ラフィは目を。

それぞれ抑え、ふらつく。

 

「リィン!?」

「ラフィ? 痛いの?」

 

エリオットの悲鳴とフィーの心配の声が同時に重なる。

恐る恐る抑えた手を離しても、そこには何もついていない。

思わず手を離してしまったエマを見上げると、彼女はゆっくりと皆の前へ出て、覚悟を決めたように顔を上げた。

 

「リィンさん、胸のアザが疼くんですね」

「……ああ……そう、だけど……」

「ラフィさん。どうかそのまま、彼女を抑えていてください」

「ハッ、言われなくとも……!」

 

大きく深呼吸して、体を落ち着かせる。

エマに笑って頷けば、彼女も安心して微笑む。

 

「────この先は、尋常な場所ではありません。場合によっては命すら落としてしまうでしょう。皆さん、覚悟はできていますか?」

 

エマの問いかけは、魔女として真っ当なものだ。

魔女は神秘を守り、伝える者。その水先案内人として、招き入れた者に覚悟を問う。

そして彼女は、きっと自分自身にも言い聞かせているのだろう。震える拳が、その心を表していた。

 

「エマ……」

「フン、そこの阿呆といい、何かを知っているような口ぶりだな」

「阿呆って言うな馬鹿」

「阿呆は阿呆だ阿呆」

「セリーヌもいつの間にかついてきてるし。って言うかよく入れたね?」

 

エリオットがしゃがんで、エマの使い魔たる黒猫────セリーヌにそう言うと、当猫はニャアと一つ鳴いた。

じっとリィンを真っ直ぐ見つめるエマ。

そんな彼女に、青年は同じ瞳を、そのまま返した。

 

「俺は……俺たちはみんな、Ⅶ組があるからここまで来れた。互いを認めて成長し、それぞれの道を目指せるような強さを……少しは手に入れられたんじゃないかと思う」

「……リィンさん」

 

自分はⅦ組じゃないのだが、などという空気の読めない発言は、流石のラフィもできなかった。

……とっくにわかってはいた。リィン達にとっては、もう既に己もⅦ組の一員なのだと。

生徒じゃないと、勝手な線引きをして。拒もうと思っても、もう絆されに絆されている。

 

「委員長も、これだけは自信を持って言えるだろ ?」

 

俺たちⅦ組が、最高のクラスだって。

 

「……ふふ、確かに。およそクラス分けには縁のなかった私ですが、Ⅶ組が最高であるのは自信を持って言えると思います」

「だったら行こう、この先に。俺たち自身に証明するために……この異変を食い止めて、明日を引き寄せるために!」

 

女はどことなく、あの日、リベール王城の地下たる封印区画に乗り込んだ日のような────そんな高揚感を覚える。

またこの感覚を味わうことになるとは夢にも思っていなかった。

 

隣をリィンが通り抜ける。

 

その姿が、どこかあの太陽のような彼女に重なって見えた。

 

 

 

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