事件屋ウィステル   作:フッ軽布教女サッチ

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七十二話 灰色の封印

「ミカイル! ここにいたのか」

 

ふと、名を呼ばれて振り返る。

あまりに君がパァ、と花開く笑顔で駆け寄ってくるものだから、ぼくもフっと微笑んで、君に問いかけた。

 

「酒盛りはもういいのかい?」

「あんまり飲んでは明日に響くからな。そういうお前は一滴も飲んでいないようだが」

「酒は苦手だっていつも言ってるだろう」

 

肩をすくめたぼくに、君はそうだったな、と言って、ぼくの隣に腰掛けた。

酒は苦手だ。御憑き様の制御が効かなくなるから。

ぼく程度の器では、彼の方は気を抜けばすぐに乗っ取ってしまう。

 

「ねェ、ドライケルス」

「なんだ、ついにこの友の胸に飛び込みたくなったか?」

「違うよ。まったく……見ていただろう。昨日のぼくを」

 

そう問えば、君はぐっと黙り込んでしまった。両手は広げたままだが。

ぼくはその両手をそっと押し戻して、じっと君を見つめる。

 

「恐ろしいと思ったかい」

「そんなわけがない! お前は我が軍を助けるために、」

「それでも、ぼくは一個師団を壊滅させたんだ。たった一人、生身でね」

 

ドライケルスやリアンヌ達はともかく、兵達はぼくを恐れていた。

ぼくの中に眠る御憑き様を。ぼくの操る力を。

ぼくの、使命を。

 

「相棒よ、ぼくは決めた」

「……何をだ」

「君が王座に座ったのを見届けたら、ぼくはブリオニアに籠るよ。一族全員の人生をかけて、御憑き様と"蒼"を外には出さない」

 

封じるのだ。全てを。

ぼくに美しい未来を見せてくれた君のために。

ああ、ぼくの世界で一番大切な親友よ。

 

どうか、2度と争いを起こさないでおくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────渦を潜ってたどり着いた先には、異様な光景が広がっていた。

影の国の影の迷宮を彷彿とさせる黒を基調とした道に、それとは似ても似つかない巨大な歯車や碧色に輝くライン。周囲は雷雲のような黒い雲で覆われ、強い風が吹き荒れている。

 

リィンの号令を合図に、Ⅶ組はこの領域の攻略を開始した。

案の定上位三属性の働く領域に居る魔獣は、伝承に伝わる魔獣ばかり。至宝が造る領域だ、多少影の国と似通っていてもおかしくはないだろう。

 

『で、お前はどこまで知ってんだ』

 

魔獣に向かって切り掛かり、すぐさまリンク相手の弾道を確保するために避ける。

魔獣の燃え盛る土手っ腹に4発、導力銃の銃弾が直撃。あっさりと倒れた魔獣をよそに、器用なことに戦術リンクを通じてクロウは雑談を仕掛けてきた。

……否。雑談というより、見定めだろうか。

 

『どこまでって……アー、なんていうか……結論だけっつったらいいかな』

『結論?』

 

リィンの討ち漏らしを剣を操って仕留めながら、ラフィも思考を送り返す。

 

『あたしが知っているのは、お前が"蒼"の起動者だってコトと、力を求めた理由が復讐だってこと。誰への、何のための復讐かは知らねェし、"蒼"の存在をどうやって知ったのか、蒼を使って何をしようとしているのかも知らねェ』

 

そのおちゃらけた顔の下に何を隠しているのかは知らない。

ミルディーヌならば、生まれ持った才能で全てを見抜けただろう。だが、生憎ラフィに才能はなく、力に振り回されるだけだ。

ただ、いくつか決まっていることはある。

 

『お前が"蒼"に乗っている以上、あたしはいつかお前を殺さなければいけない』

『……今からリィンだって"灰"に乗るんだぞ』

『ああ。だから、アイツもいつか殺す』

 

だが。

殺し方は、指定されていない。

たとえそれが老衰であろうと。

 

その考えが流れ出たのか、クロウは少しの間目を見開いて、その後フッと笑った。

 

『甘いな。だから争いは起こしてくれるなよ、か』

『そういうこと』

 

起動者同士の戦いは何があろうと阻止しなくてはならない。それが使命だから。

……かなり天使に思考を侵食されている自覚はあるし、ラフィだってこのままでは見逃してくれたアインに申し訳ないと思っている。

だから、なるべく穏便に全てが終わることを願っているのだ。

 

『あとウチの天使様が知らない間に"蒼"を掠め取られたってご立腹だから。剣には気をつけろよ』

『それ早く言ってくんねぇかな!?』

 

ビュンと剣がクロウに飛んでいったと同時に忠告すれば、クロウはギリギリで剣を避け、次の魔獣へと銃弾を喰らわせた。

 

「……その、ラフィ? あなたの剣、クロウに飛んでいっているみたいだけれど」

「なんか気に入らないんだと」

「何よその圧倒的理不尽は」

「上位存在のご機嫌取りも楽じゃねェんだワ」

 

アリサの困惑した問いかけにそう答え、ラフィは戻ってきた剣をパシリと掴む。

まぁ彼女も手加減はするだろう。彼も共にこの試練を乗り越えなければ、明日は無いのだから。

 

 

それから、いくつかのエリアを乗り越えた。

妙にギミックが凝っていたが、そこはⅦ組には頭脳派が何人も居る。魔女としてある程度こう言ったものに理解のあるエマの補助もあり、道中の魔獣は皆手強いものの、するすると踏破は進んだ。

 

そして、最奥の扉を抜けた、その先。

 

「ンだ、これ……」

 

無数の剣と槍が突き刺さる、灰色の砂漠。

気がつくと、そんな場所に一行は立っていた。

先ほどまで立っていた回廊は見る影もなく、足元の砂がざらりと音を立てた。

 

「あァ、なるほど。どうやらぼくが危惧した通りになってしまったようだね」

「誰だ!!」

 

ふと、頭上から"声"が聞こえた。

男性の声だ。気怠げで、先ほどまで眠っていたかのような。

一行が見上げると、そこにはを広げた、ミルクティー色の髪を一つに束ねた男が居た。

 

「ひどいなァ、先祖に向かって誰だ、なんて」

 

男は翼を広げ、ゆっくりと羽撃き、一行の前に降り立つ。

夜空のように深い紺色をした瞳が、まっすぐラフィを貫いた。

 

「さて、若獅子達。裔は借りるよ。試練、頑張ってね」

「なっ────」

「ラフィさん!!」

 

エマの叫び声を最後に、男がぱちんと指を鳴らす。

 

ざざん、と波の音が聞こえた。

瞬く星空と、どこまでも続く水平線。見下ろす騎士像の下に、男とラフィは立っていた。

 

「改めて初めまして、我が裔よ」

「……言い分的に、ご先祖サマってこと?」

「当たり〜。いやァ、まさかカイエンと混ざるとはねェ。それにその歳で御憑き様を抑えるとは、大したものだ」

 

男はラフィに近寄り、ニコニコと頭を撫でる。

なんだか悪い気はしなくてその手を受け入れるも、ラフィはじとりと自称先祖を見上げた。

 

「なんでご先祖様がオルディスじゃなくて学院の地下にいるんだよ」

「ウーン、なんて言えばいいかな。今のぼくは、未練が固まってできた、只の怨霊なのさ」

 

この先の騎神の元起動者が親友で。

親友にまた会いたいがために未練が残り。

結果、ほんのひとかけらだけ、魂がこの旧校舎の奥底へとしがみついた、とか。

星杯騎士団でも今時なかなか聞かないベタな話を聞かされ、ラフィは呆れた。

 

「それで、あたしに何の用? オハナシ聞いて欲しいだけなら他を当たれば?」

「本題に入るのが早いね、我が裔。ぼくとしちゃあ、もうちょっと一緒にお話ししたいのだけど」

「あたしに話す理由がない。却下」

「シクシク……子孫がぼくに厳しい……」

 

よよよと嘘泣きをする先祖の頭をしばき、さっさと話をしろと促す。

彼の言った「試練、頑張ってね」。こんな場所に来てまでやる試練なんて相場が決まっている。

リィン達は、今。何かと戦っているのだ。

なら、早く行って加勢してやらねば。

 

「そんなに彼のことが大切かい?」

「うん。一番にはしてやれねェけど、リィンも、皆も、大事な友達だ」

「ふふ……そうか。まるであの時のぼくらを見ているようだ」

 

いいよ、話をしようか。

 

「さて、我が裔よ。ぼくらでは準起動者に成れないことはわかっているかい」

「エッそうなの?」

「アッ知らなかったのね。そうなの。御憑き様のせいでね」

 

御憑き様。きっと天使のことだろう。己と先祖の間の共通点は髪色と天使くらいしかない。

男は海風に吹かれながら、寂しそうに微笑んだ。

 

「ぼくはね、苦しかったよ。相棒が戦っていても力になれないんだから。それどころか、大切なはずの相棒への殺意はみなぎるばかりだ」

「……」

「きっと君も同じ思いをする。歯痒くて、悔しくて、殺したくて、寂しい思いをね」

 

準起動者に成れないということは、そういうことだ。

男も、かつてこうして相棒と仲間達と共に試練に挑んだ。

挑んだのに、準起動者の資格は与えられなかった。

当然だ。天使憑きは、本来起動者を殺すのが主目的。本質的に相容れない、敵対者であるが故に。

 

「それでも、君は彼と共に行くのかい」

 

男は問うた。

裔の覚悟を。

自制と自傷で彩られた、茨の道を行くのかを。

 

女は、数秒だけ黙り込んだ。

俯くと、視界の端で青い髪飾りと、青いブローチが映る。

 

覚悟は決まっていた。

 

「……行くよ。何があろうと、あたしは耐えてみせる」

 

起動者が何なのかなんて、天使に無理やり押し込まれた知識でしか知らない。

相克が何なのか、黄昏が何なのかも。どうして世界が滅ぶのかも。

それでも。

 

「辛い思いしてるダチの傍に立てない方が、気が狂いそうだ」

 

まっすぐ、白夜色が先祖を見つめる。

 

「……あァ、そうだね。ぼくも、きっと同じ気持ちだった」

 

男はラフィに近寄り、そっと頭を撫でた。

しゃがんで視線を合わせて、優しく微笑む。

 

「一つだけ、彼らの力になる方法がある。君の記憶に流し込んでおくよ」

 

その瞬間、ずるり、と何かが記憶の一番古い場所に流れ込んできた。

驚いて目を丸くすると、彼は変わらず頭を撫でながら、眉尻を下げた。

 

「いいかい、我が裔よ。この方法を取る時は、自分の命を投げ出しても良いと思えた時だけだ」

「……いのちを」

「それだけ危険な方法と言うことさ。ほら、そろそろお行き」

 

そう言って、先祖はトン、とラフィの背を押した。

その先は奈落。

咄嗟に彼に向かって手を伸ばすと、彼は寂しそうに微笑んだ。

 

「頼んだよ、ラファエラ。ぼくの親友の、大切な息子を」

 

 

 

 

 

 

 

────リンクが繋がる。

 

『ラフィ!!』

『あァ、任せろ────!!』

 

地上からリィンの叫び声が聞こえる。

どうやら自分ははるか上空から落ちているらしい。くるりとひっくり返ったラフィは、胸元からこぼれ落ちたペンダントを握って、祈りを捧げる。

 

我が深淵に宿りし天の御使よ────!

 

迷いなく天使を呼び出し、青に染まる視界の中、影に向かって剣を構えた。

バサリと翼を広げ、空中にとどまる。

 

天より顕れ、闇を祓い給へ────

「焔よ、我が剣に集え────」

 

が輝き、地上と上空から影を挟み込む。

二つの光が影を照らし────内側の"灰色"を暴き出した。

 

 

消し飛べ!ネメシス=ブリンガー!!

「オオオオオオオオオオオオオッ!!!! 斬ッッ!!!!」

 

 

 

剣と斬撃が、交差した。

 

 

 

 

 

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